7.記憶処理が効いてない⊕
「は……?」
思ってもいない言葉に、香月は思わず間抜けな声を上げた。
「え、だって……」香月のそんな反応に、イヴが明朗に言葉を続ける。「倉庫から助け出してくれたよね? 便利屋さんの香月さんに、多分その助手のクレアちゃん。ほら、クレアちゃんはトラック運転してて」
二人をそれぞれ指差して言うイヴに、香月とクレアは思わず顔を見合わせた。
「どういう事だ……?」
『記憶処理の範疇なのかな……ちょっとわからない……。ううん、きっと違う。おじ様からの報告だと彼女が囚われていた倉庫での記憶は警察により救出されたって思うように操作したって聞いてる。それに協会のやり方なら構成員に関する記憶は残らないようにする筈だよ』
「そう、だよな……」
動揺が止まらない。
ちなみに、二人のこの会話はイヴの視点からすると黙ったままのクレアに香月が話しかけて、彼女のわずかな表情から何かを読み取って納得しているように見えたようだった。
困惑している二人にイヴが続ける。
「二人とも何でおぼえてるのって顔してー……助けて貰ったんだもん、憶えてるに決まってるでしょ」
「……どこまで憶えてる?」
恐る恐る、反応を伺うように香月が尋ねる。その質問にイヴは落ち着いた様子で答え始めた。
「んっと、まず港区の倉庫の一室で寝てたら偶然私を見つけた香月さんが外へ連れ出してくれた。トラックを呼び寄せてくれて、それを運転してたのがクレアちゃんだった。助手席に座った時に自己紹介してくれたね」
香月がそうなのかと聞くようにクレアを見やる。相変わらずの表情の乏しい顔で、コクリと頷いて返した。
恐らく、伝声魔術ではなくて直接話したのだろう。香月には普段伝声ばかりで話しかけてくると言っても、ちゃんとその口で直接話せるのも知っている。少なくともその声はかなりか細いが。
「それから、犯人の一味らしき人に銃を撃たれたから香月さんがトラックの屋根から飛び降りてた。私達二人はその場を去って、クレアちゃんが安全な所まで届けてくれて香月さんが心配だからって、すぐ引き返していった」
思い出すように考える素振りをして、「それから110番通報してくれてたんだと思うけど警察の人がすぐ駆けつけてくれて。それで保護して貰った。その後、事件の解決に繋がる事だからって女性の刑事さんに色々聞かれた。刑事さんは話の最後におまじないみたいな事をして、手から下げたペンダントが光ってそれから──」
「いや……十分わかった……」
止めないとまだまだ憶えてる事を列挙していきそうなイヴの言葉を制止する。
彼女が最後に言ったおまじないというのはイヴに対して聞き取りを行った構成員が忘却の魔石を使った場面の事だ。
確かにイヴに対して記憶処理はされている。だが全く効いていない。
まだ奇跡管理部の構成員になって一年だが、香月はこんな事態には遭遇した事がなかった。
魔術師ではない人間が、記憶操作の魔術を受けて記憶が丸々残っている。信じられない事だが、香月の脳裏にある言葉が浮かんでいた。
『特異体質だね、これは』
伝声で耳打ちしてくる。クレアも同じ事を考えていたようだ。
魔術協会に属している魔術師の中にも、記憶操作魔術に易々と抵抗できる人物は居ない訳ではない。魔術に対する抵抗力が高いという体質の人間はある程度は居ても、それは魔力の感知ができて操れる前提での話なのだ。それが魔術師の間での常識だ。
恐らく、彼女は忘却の魔石の放つ光をおまじないの演出くらいに思っているだろう。魔術の存在すら知らないにも関わらず、記憶操作の魔術が効いていない。
『納得がいったよ。何で彼女がデヴィッドの精神干渉の支配下になかったか。恐らく、精神干渉魔術はかけられていた。でも、彼女にはそもそも効いてなかった』
これが彼女の特異体質なのだろうか──しかしそれをわかっていてなら、デヴィッドは彼女をあんな鍵もかかっていない部屋で軟禁みたいな状態で放っておく事は無いだろう。しかし、何らかの特異さがあると確信して捕らえられていたのは間違いない。
魔力や魔術の知識なしに魔術に対して強い耐性があるというのは、協会においてもそんな人間は都市伝説レベルだ。
だが、実際に今、二人は目の当たりにしている。
二人して動揺する様子をイヴは不思議そうに見つめていたが、何かを思い出したようにハッとすると、少し身体を小さくして申し訳なさげに口を開いた。
「あの……もしかして、話しかけない方が良かった……?」
「いや、そうじゃなくてな……」取り繕うように香月が言うのに、一緒にクレアが小さく首を横に振った。「どう説明したら良いかこちらもわからないんだ」
「うん……?」
と首を傾げるイヴに、香月は「とりあえず」と前置きして続ける。
「その、なんだ。君さえ良ければなんだが……俺達と一緒に来てくれないか。俺達が所属する組織で保護する事になると……思う」
「え?」
イヴが驚いた様子で目を見開く。
『カヅキ! ちょっとそれは……‼︎』
クレアが口を挟もうとしたのを香月は手で制止した。そしてそのまま言葉を続ける。
「本当の事を話す。君は刑事にデヴィッド・ノーマンという男について聞かれただろう? あの刑事は警察に変装した俺達の組織……魔術協会の仲間だ。君が彼女から受けたおまじないというのは、記憶を改変する魔術なんだ」
「魔術……」
「ああ」
イヴは信じられないといった顔で困惑している様子だった。無理もない、と思った。
香月は魔術協会に保護された時に似たような話をされた記憶を思い返していた。その時にはそんな話をすんなりと受け入れた。あの時は幼かったから、漫画やアニメの中の話のような世界に憧れていたのもある。
だが、彼女の場合は違う。もう大人になって、彼女は魔術師の世界に属しておらず現実と空想の分別がついているのだ。いきなり魔術などと話をされて、存在する所を見た事が無いであろう物を受け入れる事ができないのが普通の反応だ。
そんなイヴの反応に構う事なく香月が続ける。
「魔術協会は世界から魔術の存在をひた隠しにしている。世界秩序を乱さない為だ。だから、魔術が関わる事件を世界に知られる事なく解決したり、現実に起こった事をなかった事にしたり、実際の真実をガセみたいに扱って有耶無耶にしたり、君が受けたみたいに人々の記憶を消したりしている。俺達が君から話しかけられて驚いていたのはそういう事だ」
「私の記憶が消えてないから驚いてたんだ」
イヴがそう言うのに香月が頷く。
「ああ。何故か君は、魔術による記憶操作を受けたのにこの前の事件のことを正確に憶えている。恐らく君には何らかの特異体質があって、魔術が効かなかったんだ」
「うん……」
「デヴィッド・ノーマン──俺達が追っている魔術師の犯罪者が君を誘拐したのもたぶん君の特異体質が原因だ。だが、君が誘拐された理由は正確には俺達の組織はわかっていない。魔術協会は君の安全を保証してくれると思う。いや、俺が保証させる。だから」
イヴは息を呑んで香月の話を聞いていた。
「だから、君自身を守る為にも君の得意体質を調べさせて欲しい」
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【本文について】
香月の台詞が長過ぎたので、アップロード後少し加筆修正しています。