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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅲ 『時の回廊編』
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12.霧島麗奈攻略RTA

「て、訳で。連れてきたぞ霧島麗奈を」

 

 そう香月が紹介すると、陽子は一瞬驚いたような顔をしてから呆れた表情に変わった。

 それもそうだろう。麗奈のアジトを襲撃すると宣言して出ていって、ものの一時間ほどで戻ってきた結果がこれなのだから。そんな反応を示すのは当然と言えた。


 陽子の魔術工房であるこの魔術空間の中は薄暗い照明に照らされ、豪奢な木製のテーブルと椅子が城のような室内の片隅に置かれている。陽子は椅子に腰掛けながら、目の前に立つ香月と麗奈を見比べていた。

 

「……つ、連れてきただって? 驚いた……。まだ一時間しか経ってないのに……。えっ、その、ちょっと状況が掴めないんだけど……どういう事?」

「ああ、ちょっと説明させてくれ」

 

 香月は静かに息を整えながら、ここまでの経緯を陽子に語り始めた

 

「──つまり、彼女が襲撃してくる前に空間跳躍魔術で彼女のアジトの中へ突撃して、彼女の持っていた賢者の石を破壊して仲間になるよう説得してここに連れてきた……って事?」

「ああ、大体そんな感じだ」

「まるで、霧島麗奈攻略RTAみたいなノリで言ってくれるね……」

 

 陽子は呆れ半分の顔で香月を見ている。そんな彼女の反応を気にするでもなく、香月は肩を(すく)めた。


「まあ、とにかくそういう事だよ」

 

 香月がそう言うと、陽子は大きくため息をついた。そのため息には、香月の行動力に対する驚きだけでなく、その突飛さへの呆れも含まれているようだった。

 

「はぁ……君には何らかの特異さを感じていたけど、ここまでとは……。まあいいや、それで? 彼女をここに連れてきたのはどういう意図があっての事なのかな? まさか、君だけでなく彼女も夜咲く花々の廷(ナイト・コート)のメンバーに加えて欲しいなんて言い出さないよね?」

「まあ、そのまさかだよ」

「はぁ!?」

 

 陽子が素っ頓狂な声を上げる。


 麗奈は香月の隣で微かに身動ぎしながら、陽子と香月のやり取りを黙って見守っていた。彼女の表情は険しく、その目には僅かな警戒心と戸惑いが浮かんでいる。

 陽子の方はと言うと対象的に、困惑と香月が作り出したこの突飛な展開への苛立ちのような気持ちが入り混じった複雑な表情を浮かべていた。


「待って……思考が追いつかない……」


 そう呟きながら、陽子は額に手を当てて深く息をつく。


「こんな事態になるのは初めてだ。いや、霧島麗奈が私達と協力関係になる未来はこれまでにもなかったわけではないけれど……こんな早いのは……」


 彼女は一瞬言葉を切り、香月を鋭い目で見据えた。その視線には、どこか疑念が宿っている。


「まるで君がこの状況を周回でもしてきたかのような──」


 言いかけた陽子の声が止まった。自分で言った言葉に驚いたように目を見開き、何かに気付いたようにハッとした顔になる。


「まさか、少年。そっか、君……未来から戻ってきてるのか!」

「……! 何故それを?」

 

 今度は香月が驚く番だった。まさか、こんなにあっさりと見抜かれるとは思わなかったのだ。

 陽子は小さく笑いながら頷き、続けた。


「ははっ、なるほど……そうか。そっか、やっと……そうか……」


 陽子は一人で噛み締めるように何度も頷くと、今度は香月を値踏みするような視線で見た。その眼差しはまるで何かを確信したかのように鋭かった。

 

「君のその反応で確信を得たよ。そうかい……君は未来をやり直しにきたんだね」

「ああ……そうだ……」


 陽子はその戸惑いながらの香月の返答を一瞬だけ静かに受け止め、そして小さく息を吐くと、次第に表情が柔らかくなる。それはどこか達成感を感じさせるような顔だった。

 

「なるほど、それで……。納得が行った。私の気の遠くなるような年月をかけた研究がやっと実ったみたいだ」


 香月はその言葉に、頭の中が一気に整理されるのを感じたが、依然として陽子の言葉の意味はよく分からなかった。


「どういう事だ?」


 陽子の言葉が深層に秘めた意味を持っているように感じ、香月は思わず口を挟む。だが、陽子はその問いにはすぐに答えず、静かに再び香月を見つめた。

 

 

「ああ、少年。もう一度聞く。君は未来から戻ってきているので間違いないんだね?」

 

 陽子は再確認するように問いかけ、その目には確固たる意志が宿っていた。香月はその問いに対して、覚悟を決めて素直に答えた。

 

「ああ……そうだ」

「では、そこから説明しないといけないね……」そう言ってコホンと陽子が咳払いをする。「君が未来から現在に戻って来れるようにしたのは他ならぬ私だよ。マシロ君にも内緒で、密かに施していたんだ。君が寝ている間にね」

 

 陽子はそう言って語り始めた。

 

「ただ、この術式は私一人が編み出した物ではないんだ。これは私の師匠の遺した魔術の中でもいずれ禁術に指定されてもおかしくないレベルの代物。時魔術、『Reinrevert(リインリバート)輪廻遡行(りんねそこう)》』だ」

「時魔術……Reinrevert(リインリバート)……」

 

 その呟きが、香月の口から自然に出てきた。陽子はその反応を確認するように頷き、話を続ける。

 

「私がこの魔術の研究を始めるきっかけになった出来事があったのは西暦だけで言えばもう二十年も前の事だよ。その当時、私はまだ魔術学院(アカデミー)所属の研究者だった。私は師匠からとある魔術を施されたんだ。その魔術は、術を施された人物が死亡した時に意識だけを飛ばして時間を遡り過去へ戻る術式でね。それを私がその術式を理解して扱えるようにする為に何度も何度も、気が遠くなる回数この二十年間を繰り返した。ざっと合計千年以上かな?」

「ちょっと待てよ……それってつまり……」

 

 香月は陽子が言っている意味を理解しかけて、思わず口を挟む。

 陽子はしばらく黙って部屋の天井を見上げ、まるで何かを見透かすかのようにその瞳を遠くに向けた後、香月に視線を戻してゆっくりと話し始めた。

 

「ああ、そうだよ。私には預言なんて能力は無い。実際にいくつもの未来を見てきただけさ。今の君と同じように周回を繰り返してね」陽子がフッと微笑み、言葉を続ける。「その幾つもの未来のどれもが同じような結末で終わっていた。そう、始祖人類の先祖返り……伊深未来が肉体を奪われてこの世界が崩壊していった。でも、唯一君だけがバタフライエフェクトのようにいつも他の世界線と違う行動を見せてくれたんだ」

「俺が……」

「そう、君だけが特異点だったんだ。だから私はこの術式を施す相手に君を選んだ。もしかしたら、君が世界が崩壊する未来を食い止めてくれると思ってね。そしてこれは、師匠が私を選んだ理由と同じ。君と同様に、師匠が周回する世界線の中で私だけがまるで因果律の枠の外に居るように行動が違ったからだ」

 

 陽子はそこまで話すと一息ついた。そして、また話を続ける。

 

「だから、君には何かしらの特異性があると思って目をつけていたんだ。そして、何度もこの二十年間を何度も周回して試行段階のこの術式を君に施し続けていた」


 その言葉に香月は一瞬、驚愕を覚えた。この未来から過去に戻される現象の背後に隠されていた真実を、ようやく理解し始めた。

 

「なるほどな……それで、俺を使って術の実験をしていたってわけか……」

「まあね」


 陽子は肩を竦め、あっけらかんとした様子を見せる。だがその表情に、どこか切なさのような感情が滲んでいるのは香月だけが感じ取ることができた。


「でも、成功したのは今回が初だよ」


 香月は少し沈黙してから言葉を続ける。

 

「……俺はもう二回未来から戻ってきている」

「そうか、なら……私の術は確実に成功したと言えるね。それでも、まだまだ思った通りに操れるかは未知数だけどね」


 陽子の瞳が輝き、少しだけ嬉しそうに見えた。


「それじゃあ、君にはこの術式の概要を改めて説明しないとね」

「ああ、頼む」

「まず、この術式は術者本人の意識だけを過去に飛ばす。ただし、肉体ごと過去に送る事は出来ない。だから、君の肉体自体はマシロ君と私に魔術刻印を弄られた直後のままだ」

 

 陽子は香月を指さし、冷静に説明を続ける。

 

「だけど、自在術式は君の記憶から呼び起こす物だ。だから、意識だけ過去に戻ってきた君は他の未来で解析してきた魔術も使えるようになっている。記憶補助の術式も君の脳に容量を圧縮した記憶を入出力できる物にしてある」

「なるほどな」香月はその新たな知識を頭の中で整理しながら、つぶやく。「このReinrevert(リインリバート)輪廻遡行(りんねそこう)》って魔術で未来の魔術を過去に持って来れるって事か。それに、使い方によっては異様に記憶が良くできると」

「そういう応用の使い方も可能だね。まあ、その記憶は君の意識に焼き付くから、仮に君が死んで肉体が消滅してもその記憶は君の魂に刻み込まれたままになるんだよ」

 

 陽子はそこで一旦言葉を区切ると、少し間を置いてから口を開く。

 

「……さて、この意識だけを過去に遡行(そこう)させる術式の発動条件だが、それはもうわかっているね」

「ああ、俺が死んだ時だな」

「そう、その通りだよ。君が死ぬ事でこの術式が発動するように仕込まれている」陽子はそこで言葉を区切ると香月を見る。「さて……少年。君ならもう分かっていると思うけど、私は君が未来から戻ってくるのを待っていたんだよ」


 香月は静かに頷き、陽子の目を見返す。その瞳にはどこか遠い場所を見ているような、儚げな光が宿っていた。

 

「ああ、それは何となくわかっているよ」


 香月は、彼女が繰り返してきた時間の重さを感じ取るように深く頷いた。


「陽子さん、貴女もイヴが肉体を奪われる未来を阻止しようとしていた……それも周回も含めてずっとずっと前から。そういう事だろう? それには、俺という協力者が必要だった。だから、貴女は俺の前に姿を現していた。多分、公園で初めて会った時に『久しぶり』なんて言っていたのは俺が未来から来たかどうかを確かめる為だった」

 

 陽子はにっこりと笑った。

 

「ご名答だよ。流石だね……。まあ、私としては君が未来から戻ってきた事だけでも嬉しいんだけどね……」

 

 陽子はそう言うと香月の肩をポンと軽く叩いた。

 

「というわけで……少年。君は合格だ。約束通り、君には夜咲く花々の廷(ナイト・コート)のメンバーになって貰おう。私の研究の手伝いとこの世界の危機を救う活動をしてもらうよ。まずは始祖人類の先祖返りが肉体を奪われる未来を阻止する」

「ああ、それは構わないけど……具体的にはどうするんだ?」

「それはこれから説明するよ。前々から温めてた作戦がある」

 

 陽子はそう言って今度は静かに話を聞いていた麗奈に視線を向ける。

 

「さて、君はどうする? 私としては、君にも夜咲く花々の廷(ナイト・コート)に入って貰う事は問題がないんだけれど……」

「私は……」

 

 陽子は麗奈にそう問いかける。すると、麗奈は少し考える素振りを見せてから答えた。

 

「私も……この組織に入るわ」

「それは、どうしてかな?」

 

 陽子が理由を尋ねると、麗奈は答える。

 

「それは……私が何もできなかったからよ。無論、いきなり襲われてここに連れてこられて警戒心みたいな物はあるわ。私はディヴィッドの仇を討つ為に、彼を殺した奴をこの手で殺すつもりでいたけれど……こんなにもあっさりと返り討ちにあうなんて思わなかった。私は……自分の考えが甘かったんだって気付かされたわ」

 

 麗奈はそう言って香月を見て、唇を噛む。

 

「彼は言ったわ。いつでも復讐してくれて良いと。そしてその力を得れる可能性のある場所を提供すると。それが、この組織なのでしょう? なら……私は更なる高みを目指すだけよ」

「ふうん……」

 

 陽子はそんな麗奈をじっと見つめると、軽く溜め息をついてから言う。

 

「……分かったよ。君の好きにするといい。私としては君の人となりは未来で何度か見てきているからね。そう言うと思っていた。だが、私としては協力してくれる分には大歓迎だよ」

「ええ、感謝するわ」

 

 陽子の言葉に麗奈は素直に礼を言う。

 

「さて、話はまとまったね。それじゃあ、早速で悪いけれど……これからよろしく頼むよ」陽子はそう言って手を差し出す。「私はこの秘密結社のリーダーだよ。何かあればいつでも相談してくれればいいし、協力できる事があれば何でもするからね」

「ええ……こちらこそよろしくお願いするわ」

 

 麗奈はそう言って陽子と握手を交わす。その様子を見ていた香月が口を開いた。

 

「陽子さん……それで、これからどうしたらいいと思う? 前々から温めてた作戦があるって言ってたけど、何か考えがあるのか?」

 

 香月の問い掛けに陽子は静かに首を縦に振った。

 

「もちろんだよ」そう言ってから、陽子が説明を始める。「まず、最初に言っておくと……この組織は君が中心になって活動していく事になると思う」

「俺が?」

 

 香月の言葉に陽子が頷く。

 

「そう、これは断言できる事だけど……君は必ずこの世界が行き着く結末を変える事ができる能力を持っているはずだよ」

「俺にそんな力なんて……」

 

 香月はそう言って首を横に振る。しかし、陽子は自信に満ちた表情で香月を見る。

 

「いや、君には間違いなくその能力がある」

「どうしてそう思うんだ?」

「それはね……」陽子はそこで言葉を区切ると、少し間を置いてから再び口を開く。「君が最後に辿る運命のひとつを私が観測しているからさ。君が辿り着く結末というのか、その可能性を」

 

 陽子の言葉に、香月は息を呑む。

 

「俺が……辿る可能性?」

「ああ、そうだよ。今は具体的には伝えられない。でも、君が辿るであろう未来のひとつを私は知っている。だから……君にはこれから起こる出来事に対処する為の術を身につけて貰いたい。君の未来の可能性を少しでも拡げる為だ」

「わかった、教えてくれ」

 

 香月がそう言うと陽子は頷いて話を続ける。

 

「まず、最初に確認しておきたいんだけど……」そう言って、陽子は麗奈の方をチラリと見て香月に言う。「君は彼女の魔術をどのくらい教えて貰った? いや、今の彼女じゃない。他の未来での彼女に、だよ。協会の規律とかは気にしなくて良い。ある程度はわかってはいるが、一応の確認だよ」

「造形魔術と……初歩的な屍霊術を使っての魔術人形の作り方を教えて貰った」

 

 香月がそう答えると、陽子が質問を続ける。

 

「それはより人体に近い作り方の方かい?」

「いや……そっちじゃない。プラスチックや金属、シリコンとかを使った方だな」

「ああ、なるほど。まだそっち(・・・)は教えて貰っていないんだね」

 

 陽子は納得したような顔をすると、また質問を続ける。


「では……その感じだと屍霊術の方は憑依や自分の魂の幽体化や分魂なんかは教えて貰っていない。という認識で良いかな?」

「ああ、その通りだ」

 

 香月がそう言うと、陽子は少し考えるような仕草をする。

 

「そうか……なら、まずはそこからだね」

 

 陽子はそう言うと、香月に向き直る。

 

「まず、君にはより深く屍霊術を学んで貰う必要があるだろうね」そう言ってから陽子が説明を始める。「屍霊術とはその名の通り、死者の肉体や魂を操る魔術だ。そしてそれは同時に生者にも使える。まあ、当然と言えば当然だね」

「ああ」

 

 香月が相槌を打つと、陽子もそれに続けるように言葉を続ける。

 

「そして、その魔術体系の中にPossession(ポゼッション)《憑依》という魔術がある。これは自分の魂を他の肉体に乗り移らせる術だ。君にはこれを覚えて貰おう」

「それって……」

 

 香月が何かに気づいたように呟くと、陽子はそれに答えた。

 

「そう……君に覚えて貰うのは魔術協会(ソサエティ)の規定では禁術に指定されている領域の魔術。そして、これが私が温めてきた作戦の要になる物さ」

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