9.レナード・オルランドへの尋問2
レナードの尋問は満月亭の奥にあるジェイムズの魔術工房で行われる事となった。
「ジェイムズ、俺も同席しても良いか?」
レナードを満月亭の奥の部屋へ連れ込んで手足を拘束した所で、香月がジェイムズに言った。
「別に構わない」
「じゃあ、失礼するぜ」
そう言ってジェイムズと香月は満月亭の奥の部屋へと入って行った。そしてそこには魔術で拘束されたレナードを眺めて部屋の隅に座る陽子の姿があった。
彼女は二人の姿を認めると静かに頷いた。尋問を始めてくれて良い、そんな意思表示のようだった。それに応えるようにジェイムズが陽子に頷いた。
「さて。レナード・オルランド、お前の処分についてだが──」
ジェイムズがそこまで言った所で、突然レナードが笑い出した。
「ふ、ふふ、ふふふふふ。あは、あはははははははは!」
「何が可笑しい?」
ジェイムズがレナードに尋ねた。
「私は……オルランドの血筋はもうお終いだ。ああ、クソッ……オルランドの一族は、もう、私で最後なんだ……。私は殺される……!」
「……?」
ジェイムズはレナードの言っている事の意味を理解出来なかった。
嘆くように頭を抱えたレナードは、ジェイムズにこう告げた。
「あのお方に私は殺される!」
「あのお方? 誰だそれは」
ジェイムズが再び尋ねた。しかし、その答えをレナードは答えない。
「魔術協会に不当な左遷をされてから……私は魔道具の製造法を代々受け継いできた家系として、オルランドの血筋を絶やすまいと必死に努力した。そして私はようやくオルランド家を再び表舞台へ呼び戻す機会を得たというのに……。それなのに……なのに!」
「おい、レナード・オルランド」
ジェイムズがレナードに話かける。しかし、レナードの嘆きは止まらなかった。そして不意に顔を上げたレナードは、ジェイムズと香月を睨みつけて言った。
「オルランドの血筋は、お前らのせいで途絶える! 私が遂行するべきだった計画をいとも簡単に潰してくれやがって……! まるで最初から知っていたみたいに……!」そう言って何かに気付いたようにレナードがハッとする。「そうか……! これは最初から仕組まれていたんだな……ッ! ナウルへの左遷から私がこうやって拘束されるまで全部ッ! そうだろう!?」
「なあ」
香月が表情を顰めてジェイムズに声をかけた。
「ジェイムズ。こいつは一体、何を言ってるんだ?」
「さあ……。俺にもさっぱりだ」
そしてレナードはまたも自嘲気味に笑い出した。その笑い声は部屋中に響き渡るほど大きなものだった。そしてひとしきり笑ったレナードは、今度は急に静かになり覚悟を決めたような顔になるとこう言った。
「……『教授』だ。私に始祖人類の先祖返りを誘拐するようにさせたのは。そしてオルランドの血筋を絶やそうとするように仕向けたのも。恐らく全ては奴の仕業なんだ。きっとそうに違いない……ッ!」
「『教授』……? 協会の序列十位のか?」
ジェイムズがレナードに尋ねた。すると、レナードは肯定の意思を示すように頷いた。
「そうか……、お前らは知らなかったのか……。だが、私の命で教える事が出来るのはここまでだ……ッ」
「何だと?」
「……くッ! あああ……ッッ! 痛い、痛い、痛い……ッッ! がああッッ!」
レナードは突然苦しみ出した。その苦しみ方は尋常ではない。まるで体の内部から何かが暴れているかのようだった。そしてレナードが白目を剥いて意識を失った。
「……死んでいる」
香月がレナードの脈を測りながら言った。レナードの亡骸を眺め、ジェイムズが陽子に目配せをする。陽子はただ静かに頷いた。
ジェイムズが嘆息まじりに呟いた。
「呪殺魔術か……。恐ろしいものだ」
「ところで、さっき言ってた教授って……」
「ああ……」深刻な顔でジェイムズが言った。「それは、魔術協会内でのお前の義父さんの通名だよ」
「何……!?」
「序列十位、通称『教授』。魔術協会奇跡管理部の総本部長、エドワード・クロウリー。その男だ」
「義父が……エドワードがこの一件の黒幕……!? 一体何のために……」
香月が困惑した表情でそう言うのに、ジェイムズはかぶりを振った。
「わからん。恐らく、呪殺魔術の発動の条件は、『エドワードの事を話す事』だろうな。推測にしか過ぎんが……。レナードはその条件を満たしたんだろう」
ジェイムズが淡々とした口調で続ける。
「ディヴィッド・ノーマンの残党狩りがあった時に、この名古屋の地に始祖人類の先祖返りが居る事を何らかのきっかけでエドワードは知ったのかもしれん。そして、その始祖人類の先祖返りを誘拐するようにレナードに命じた可能性があるな」
「始祖人類の先祖返りを誘拐して……一体どうするってんだ」
「始祖人類の先祖返りの肉体は魔術師にとって、根源に至るには理想の肉体だ。奴は序列十位や奇跡管理部の総本部長の立場を捨ててでも、始祖人類の先祖返りを誘拐して、肉体の入替をする腹づもりだったのかもしれん」
「……」
そのジェイムズの推測に、香月は納得の行く物があった。
確かに、現在に戻ってくる前の翠星大学付属病院への襲撃でイヴが肉体を乗っ取られた時に彼女の口から出た一言はエドワードが言っていたなら辻褄が合うと感じてしまったのだ。
『お前には感謝せねばな。お前の肉体をいずれ頂くつもりでいたが思わぬ収穫をもたらしたのだから』
それがイヴの肉体を乗っ取った人物が言った言葉だ。だから、その言葉をエドワードなら言っても何処もおかしくない。
人形師に肉体を加工された後、人形師の工房から救出してくれた奇跡管理部の部隊を指揮していたのは若き日のエドワード本人だったからだ。それだけではなく、香月を魔術協会の保護下に置いて奇跡管理部の構成員になるよう勧めてきたのも彼だった。
「……まさか、エドワードが裏で手を引いてたとは思わなかった」
「ああ。俺も同感だ」
ジェイムズは香月の言葉に頷いた。
「だが、本当にエドワード・クロウリー程の男がそんな事をするのかというのも疑問だ」と、ジェイムズ。「これは各所に声を掛けて内密に調べて貰う必要があるな」
そしてジェイムズはこの尋問に同席していた陽子に目を向けた。彼女はその場のやり取りを部屋の隅で静観しているだけだったが、ジェイムズは彼女に言った。
「……これは魔術協会全体に関わる問題です。だから、陽子さん。貴女にも手伝って頂きたい。それと、『教授』についても。何か知っている事があれば、教えて頂けますか」
「うん、協会時代の信用できる筋の人物にこちらからも頼ってみる事にするよ。色々と探ってみる。ジェイムズさんも、そのエドワード・クロウリーとかいう魔術師の件について、出来る限り調査してみて貰えるかな。その上でわかった事があったら教えて欲しい」
「ええ、わかりました」
「じゃあ私も用事があるからこれで失礼するよ」
そう言って陽子は席を立った。
「ありがとうございました」
ジェイムズが陽子に深々とお辞儀をする。そして、香月もそれに続いた。
陽子はそんな二人を見て優しい笑みを浮かべると、満月亭を後にした。
こうして、霧島麗奈とレナードによるイヴの誘拐の阻止と、この二人を予め押さえる事でイヴの情報が掴まれる事を阻止した香月だったが一抹の不安は残ったままだった。
そうして、ジェイムズと陽子によるエドワードへの調査が開始されたがその速報を香月が知る事になるのは、翌日の事となる。
◆
『カヅキ、聞いてくれ。大変な事がわかった』
電話越しのジェイムズの声は、なんだか切羽詰まっているようだった。
「一体どうしたんだ?ジェイムズ」
『教授……つまりお前の義父さんなんだがな……、彼はもう既に死んでいるらしいんだ』
「な……」
ジェイムズの言っている事が一瞬理解できなかった。死んだ?あの義父が? 一体どうして?
『調査に向かってもらった総本部の構成員達がエドワードの自宅で死体を発見した。エドワードは部屋の中で銃器を持った何者かによって襲われたような様子だったらしい。お前にとっては辛い事実かもしれんがな……』
「そうか……」香月はしばし考えた後、口を開いた。「……なあ、ジェイムズ。魔術協会で教授の異名を持つような幹部魔術師がたかが銃を持った連中に襲われただけで、あっさりと殺されるようなものなのか?」
『いや、それは無いだろうな。エドワードは魔術師としては群を抜いて優秀な奴だった』
ジェイムズがすかさず答えた。
「だったら考えられるのは……」
『ああ。エドワードの死体は身体の内側から何かに食い破られたかのような、凄惨なものだったらしい。つまり、相手はただ銃を持っただけのチンピラ集団の類ではないという事だろう。おそらくエドワードの死因は、その食い破られたような傷の方だろう』
「やはりそうか……」
『それともう一点なんだが……』
「何だ?」
『レナード・オルランドが死んだ理由だ』
「ああ。突然苦しみ出して死んだな」
香月がそう言うとジェイムズは少し間を置いてからこう続けた。
『……レナードに彫られていた魔術刻印は呪殺魔術で間違いない。だが、恐らくその呪殺魔術はエドワードの物だろう』
「何だって?」
『……レナードはエドワードの呪殺魔術によって死んだ。だが、始祖人類の先祖返りの誘拐を企てた黒幕の筈のエドワードはそれより前の一週間前に死んでいたようなんだ』
「……ますます訳がわからないな」
『俺もだ。だが、わかる事も一つある』
「何だ?」
『始祖人類の先祖返りを誘拐しようとした黒幕のエドワードは……もう居ないって事だ』
「……」
香月はジェイムズの言葉に黙って耳を傾けた。
『つまり、だ』ジェイムズが続ける。『エドワードが死んだ事により、黒幕を失った始祖人類の先祖返りの誘拐計画は仮にレナードが成功していたとしても頓挫していた事になるんじゃないだろうか。引き渡す先が無いのだからな。だが、問題はそれじゃない。何故エドワードは死んだのか、だ』
「ああ」
『……これは俺の推測なんだがな』とジェイムズが言った。『エドワードが死んだのは、魔術協会の中でエドワードの他にも始祖人類の先祖返りの存在に気付いた魔術師が居た可能性がある』
「……」
それを聞いて香月が黙り込む。しばらく考えてはみたが、思ったような納得の行く答は出なかった。
電話越しの香月の反応の薄さを察したのか、ジェイムズが続けた。
『まあ、あくまで推測の話だ。そう結論付けるにはまだ尚早といった所だがな。もう少し調査を進めてみないとはっきりした事は何も言えん』
「そうか……」
その一言だけ香月は答えた。いや、答えられなかった。そして、ジェイムズが切り出した。
『とにかく、これは我々魔術協会にとって由々しき事態だ。あらゆる可能性を考えなきゃならん。イヴさんは日本中部支部の構成員による護衛をつける手配をした。お前もそちらに合流してくれ』
「わかった」
香月のその返事を聞くと、電話が切れた。
加筆修正について:誤字の修正をしました。




