8.レナード・オルランド捕縛作戦
そうして作戦は決行と相成った。香月の狙い通り、自律させた魔術人形は大須商店街に放たれた。そして一般人に扮した処理班を配置して密かに事前に人祓いの結界を張り、一般人への被害はゼロに抑えた。
この魔術人形の騒動を偽装する作戦には多くの魔術協会の構成員が動員され、その数は数十名にも及んだ。
そして魔術人形は大須商店街の大通りに投入され、自律して動き始めたが、かりんを介して教えて貰った簡単な精神干渉魔術で構成員を追いかけはせども本気で襲いかからないようには設定していた。中身はあの猫の魂達だ。
自律させた魔術人形達は大通りをしばらく走り回る。そして突然大きな爆発音が大須商店街に響き渡った。これも実際には爆発はしていない。クレアの音魔術によるものだ。
「な、なんだ!?」
「爆発音だ! あっちか!?」
構成員達は口々にそう叫び、音の発生源へと駆けて行く。無論、事前に知らせてある。
「さ、これで良いわ。教会を襲撃に行きましょう」
その混乱に乗じて、麗奈の姿に変身していた香月はレナードを連れて大須商店街の路地裏にある小さな教会へと向かい始めた。
その途中で香月はレナードに問い掛ける。
「それにしても、貴方も大胆な事を考えついたものね」
「? どういう事です?」
「だって、始祖人類の先祖返りを誘拐なんてしたら魔術協会が黙っていないわ。協会での規律では肉体の乗っ取りは禁則事項の扱いでしょう? 当然、彼女を保護してる教皇庁もね。そんな危ない橋を渡るリスクを背負ってでも、彼女を連れ去りたかったのかしら?」
「……私には、これしか残された道が無かったんだ」
レナードは沈痛な表情を浮かべて言った。背水の陣、そんな言葉が思い浮かぶような反応だったが、彼のプロフィールを調べさせて貰った際にはそんな風になるのもわからないでもなかった。教会内で左遷されて閑職に追い込まれた立場ならば仕方の無い事だ。
そんな彼に対して、香月は言う。
「まあ、貴方の事情なんて私には知った事じゃないわ。私は私の目的を果たすだけ」
そう言って香月はレナードの手に触れて、口の中で空間跳躍魔術の発動の言葉を呟く。無論、レナードには聞こえないようにだ。本物の麗奈の場合、この魔術は指先に填めた魔石の指輪での第三世代魔術での発動だからだ。発動のさせ方の違いで疑念を抱かれる訳にはいかない。
次の瞬間、香月とレナードは大須の教会の目の前に辿り着いた。そうして、裏口から中へ雪崩込むと教会の礼拝堂で祈りを捧げる白い髪の少女の姿が目に入った。
「……見つけたわ」
香月はニヤリと笑みを浮かべて言った。
「ああ、間違いない……あの白い髪、横顔からでもわかる赤い瞳……。始祖人類の先祖返りの少女だ。彼女を手に入れなければ……」
レナードはそう呟いて、彼女の方へ歩いて行こうとする。だが、その時だった。
「我が内なる魔力よ、具現せよ。無数の鎖となりて、我が敵を捕えん……」
呪文の詠唱が聞こえてきた。ハスキーでありながら高い女の声だ。
「魔力鎖牢!」
そう唱えた次の瞬間、礼拝堂の奥の通路から黒く光る魔力の鎖が無数に飛び出して来てレナードを瞬く間に拘束した。そしてそのまま彼は地面に倒れ伏した。
それを見て、香月は思わず声を上げた。
「よーし、ナイスだ。ちょこ師匠!」
「っ!? これは……どういう事ですか、麗奈さん!」
驚きに目を見開きながら言うレナードに対して、香月は笑みを浮かべて言った。
「あら、ごめんなさい。貴方を協会のルール内で捕まえれるようにするには未遂だとしても貴方に作戦を実行して貰うしか無かったから」
「な……まさか、麗奈さん! 貴方、最初からそのつもりで……? これは罠だったのか!」
驚きに目を見開きながら言うレナードに対して、香月は頷いて言った。
「ええ、そうよ。上手く騙されてくれてありがとうね」
「何故だ! 貴方には多くの投資をしている、それに貴方は日本中部支部に復讐する目的があった筈だ!!」
「ええ、それはね……」
そう言って、香月が麗奈の姿からの変身を解く。その姿を見てレナードが驚愕に身を震わせた。
「霧島麗奈なら、アンタを裏切ってこちらの側について貰ったんだ。まんまと売られたんだよアンタは」
「馬鹿な……! こんな事をしてただで済むとでも……!」
レナードがそこまで言った所で、奥の通路から一人の魔術師が現れた。バーテンダー服に白髪交じりの髪をオールバックにした初老の男だ。
「まさか── お前が魔術協会を抜け出してこんな事をするとは思わなかったよ。レナード・オルランド」
「ジェイムズ・ウィルソン……!?」
ジェイムズ・ウィルソン。魔術協会日本中部支部の支部長である彼は、険しい表情を浮かべて言った。
「……これは一体どういう事だ? 香月」
言われ、香月は首を横に振った。
「どうもこうもねえよ。このレナード・オルランドは始祖人類の先祖返りを誘拐する為に、協会を抜けたんだ」
「……そのようだな。小国の支部に左遷されたとはいえ奇跡管理部の幹部魔術師であるこの男が、始祖人類の先祖返りの誘拐を企てるとはな。しかし、この短期間よくもお前一人でここまで突き止めれたな?」
ジェイムズが訊くのに、香月は頷いた。
「まあ、ちょっとした筋からな……。だからそれを未然に防ぐ為に、コイツの仲間に変身して潜入していたんだ。見事に罠に誘き寄せられてくれて助かったぜ」
「なるほど、そういう事か。では──」
ジェイムズはそう言ってレナードに近付こうとした。だが、その時に礼拝堂の床に倒れたままのレナードが言った。
「いや……私が誘拐を計画したのではない!」
「何?」
香月が訝しげに言った所で、ジェイムズは何かに気付いたようにハッとしてから言った。
「ほう、つまりお前は始祖人類の先祖返りの誘拐に利用されただけだと言うのか……。全く、哀れな奴だな」
「ああ、そうだとも……」
レナードは肯定するようにそう言ったが、その次に彼は含みのある笑みを浮かべると言った。それは自嘲にも見える笑だった。
「……私も閑職に左遷されてからというもの、この協会に未練など無かった。だから、私は始祖人類の先祖返りを誘拐する協力をしたに過ぎない」
「なるほどな……。だが、その言い分はお前の本心ではないのだろう?」とジェイムズは鋭い視線でレナードを見詰めて言った。
「……何?」
レナードが訝しげに言った所で、ジェイムズは言葉を続けた。
「お前はただ単に魔術師としてのオルランドの没落を回避したかっただけなのだろう? お前の一族が仕えてきた協会という組織に対する忠誠心など左遷された時点で当に無かった。それにお前は協会内の誰かに脅されてこの計画を実行しているな? しかも成功した暁には新たなポストを用意するとでも甘言を添えられた形で」
「っ!? なぜ、それを……」
レナードは目を見開いた。
「当てずっぽうだったのだがな、やはりか……」
ジェイムズはため息を吐くと、レナードを見詰めて言った。
「……お前は愚かな事をしたよ。始祖人類の先祖返りの誘拐を企てた事は──協会の規律を破ってでも肉体の入替えを目的とした誘拐と疑われても仕方ない。かつてのオルランドの魔道具の技術は協会でも指折りだった。だが、お前のしようとした事は未遂とはいえ現代の協会の中でも禁忌と指定されている事だ。ただではすまないぞ」
「っ……!?」
レナードは顔を青褪めさせた。
「まあ、お前の処遇については追って知らせるとしよう。だが、その前に……」
そう言葉を区切ってジェイムズは香月の方を見た。
「香月。お前、方法がアクロバティックにも程があるぞ。俺が命令してない事をここまでやるとは……だが、よくやった」
「まあ、な……。で、このレナード・オルランドはどうする?」
香月が訊くのにジェイムズは言った。
「とりあえず、身柄を拘束して満月亭へ移送する。そしてそこで話を更に聞き出して処分を決めるとしよう」
「……そうかよ」
香月は頷いた所で、ふとある事を思い出して言った。
「あ! そういえば、あの魔術人形は!?」
香月が慌てて言うのにジェイムズは驚いた様子を見せた。
「あの、猫みたいな動きをするクレアみたいな見た目のか? それならどこかへ行ってしまったぞ。あれはお前の機巧魔術で動かしてるんじゃないのか。てっきり変な動きするのは付け焼き刃で覚えた魔術でやってるからだと思っていたんだが──」
ジェイムズがそう言うのに、思わず香月はまずいと思った。どこかへフラリと行ってしまったのもそうだが、あの魔術人形が屍霊術の技術を使ったものだとバレてしまってはまずいからだ。
「あ、ああ! 悪い! 実はあれは機巧魔術がまだ上手く扱えてなくて制御できてないんだ!」
慌てて誤魔化すように言う香月に対してジェイムズは気にした様子もなく言った。
「そうか……。まあ、いい。とりあえずこのレナード・オルランドを満月亭へ移送するぞ」
ジェイムズが手を翳すと、彼の部下達がどこからともなく現れてレナードに拘束具を付けてから礼拝堂の外へと運び出すのであった。
そうして大須商店街と教会での騒動の後始末を終えてから、香月達は満月亭へと戻った。




