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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅲ 『時の回廊編』
73/164

6.魔術人形3⊕

「屍霊術……?」

 

 香月は怪訝そうに眉を顰めて麗奈の言葉を繰り返す。

 ディヴィッドがイヴを誘拐した時に入った病院で、屍鬼を作り出していたのを思い出した。恐らく、その屍霊術なのだろう。ディヴィッドの愛人だった麗奈がそれを使えても何らおかしい所は無い。

 

「ええ」

 

 麗奈が頷く。彼女は手持ちの鞄の中から手帳を取り出すと、パラパラとページを捲ってその中身を確認する。

 

「そうね……これはどうかしら?」

 

 そう言って開いたページを見せてきた。そこには魔術人形の作成に必要な魔術について書かれていた。そしてその中に載っているイラストの一つを指さしながら説明を始めた。

 

「ここに書いてある通り、屍霊術は死者の魂や死亡して魂の抜けた肉体を自由に操る魔術よ。そして今から私達がしようとしている魔術人形に降霊を行う為に最も必要な素材は……魔石ね。肉や骨、金属と違ってプラスチックやシリコンは魔力が通りにくいの。魔石は粉にして魔力伝導率を上げるのにも使うのだけれど、何より魂の定着にそれなりの大きさの魔石が必要だから必ず用意する必要があるわ」

 

 そう言って麗奈は鞄の中から小さな袋を取り出すと、それを香月に渡した。中には黒い砂のようなものが入っている。

 

「これは……?」

 

 香月はその砂を見て首を傾げる。すると、彼女は言った。

 

「魔石の粉末よ」

「これがか?」

 

 香月は半信半疑でその砂を見る。どう見てもただの黒い砂だ。

 

「ええ、そうよ。それを人形に振りかけるようにして、造形魔術の陣の中で人形と合成すれば良いわ」

「それだけか?」

 

 香月が聞くと麗奈は首を横に振る。

 

「これはあくまで魔力の伝導率を上げる為の仕上げよ。自律型の魔術人形は、人形を魔力生物化させるような物だから。魂の定着に使う魔石はまた別よ。人形の心臓部に埋め込む必要がある。そうすれば魂を魔術人形に定着させて自律させる準備は整うわ」

「それで肝心の魂ってのはどうやって手に入れるんだ?」

 

 香月が聞くと、麗奈は答える。

 

「簡単よ。魂は生きている人間から取り出すのが一番手っ取り早い」

「それって……」と香月は顔を引きつらせて言う。「つまり……誰かから殺して魂を奪えって事か?」

「あら、わかってるじゃない。そうよ」

 

 麗奈はあっさりと答える。その答えを聞いて、香月は頭を抱えた。

 

「……なあ、やっぱりこの魔術って禁書目録入りするんじゃないか?」

「さあ どうかしらね」

 

 そう言って麗奈がクスクスと少し笑い、話をはぐらかすような言い方をする。どうやら、揶揄(からか)っているつもりらしい。その様子を見ると香月は深い溜息を吐く。そして頭を掻きながら呟いた。

 

「……なあ、他の方法があるんだろ」

 

 香月がそう言う。すると麗奈がしれっとした顔で答えた。

 

「ええ、あるわよ」

「ならそれを教えてくれよ」

「ふふっ、引いてる貴方の顔も可愛いわね」

「おい、揶揄(からか)うのは()めてくれ。俺は真剣なんだよ」

「ええ、分かっているわ。ちょっとからかっただけよ」

 

 そう言うと麗奈は妖艶な笑みを浮かべると、香月に向かって歩み寄って行く。そして耳元で囁いた。

 

「その方法というのはね……」

 

 囁かれて香月が思わず肌がゾワッと粟立つのを感じた。その反応を見て、麗奈がクスクスと声を出して笑う。その声はどこか楽しげだった。まだ揶揄(からか)う気らしい。

 視界の端でクレアが何やら不満そうに目を細めるのが見えたが、それは今は置いておく。

 麗奈は香月の傍から離れると、彼の目の前に立って言った。

 

「……方法は二つあるわ」

「その二つの方法って言うのは何なんだ?」

 

 訝しげな表情を浮かべる香月に、彼女は答える。

 

「一つ目は魂が自然発生した魂を使うこと。でもこれだと自然発生を待っていたらいつになるか分かったもんじゃないからおすすめしないわね」

「自然発生? それってどういう……」

「そうね、例えば幽霊の発生のメカニズムと言えば想像がつくかしら?」

 

 麗奈にそう言われると香月は首を傾げる。そして少し考えてから言った。

 

「……ああ、まあ確かに幽霊なら自然と発生するのも頷けるな。でもそんな都合の良く捕まえる事ができるのか? 何か方法があるのか?」

「ええ、あるわよ。というか……そもそもこの魔術は屍霊術だと言ったじゃない。つまり突き詰めた所まで行けば死者を蘇らせる事が根源への到達と考えた魔術でもあるのよ。だから、勿論魂を見つける方法やおびき寄せる方法も考え出されている」

「……そうか」

 

 香月は納得したように呟く。そしてふと思い出したように言った。

 

「そういえば、この魔術はディヴィッドも使っていたんだよな? あいつ確か屍鬼(しき)を操ってた」

「ええ、そうね」そう麗奈が答える。「屍鬼は死者の魂を死体に定着させた存在……つまりこの魔術で作り出せるわ。でも、ディヴィッドの場合は死んだ者の肉体を簡易的な魔力生物に作り替えて使役していた」

「なるほどな……人形も死体も器としては一緒なのか……」

「ええ。原理は魔術人形や吸血鬼化と割と同じよ。器としての肉体がどんな形や素材であるかの違いはあってもね」

 

 麗奈が肯定する。そして続けた。

 

「それで二つ目の方法だけど……これはちよょっと特殊な方かしら。自分の魂を幽体化させて更に分割した物を分け与える方法よ。分魂を定着させるの」

「それって……」香月は驚いた表情を浮かべる。そんな方法があるのかと思ったのだ。だが、すぐに首を横に振ると言った。

「……いや……悪いがその方法には俺は賛成できないな」

 

 そう言うと、麗奈は少し不満げに頬を膨らませる。しかしすぐに表情を元に戻すと微笑んで言った。

 

「あら?どうしてかしら?」

 

 すると香月は自分の胸に手を当てながら答える。

 

「それは、やり方によっちゃ他者の肉体を奪う事のできる方法でもあるんだろ? 分魂ではなく、自分の魂を幽体化して他者の肉体を奪う……みたいな方法もできるようになる筈だ。協会の規律に反するのもあるが、俺は誰かから何かを奪い取る事もできるやり方は好きじゃない。だからその方法はできれば覚えたくない。却下だ」

 

 香月がそう答えると、麗奈は小さく溜息を吐いた。そして言う。

 

「そう……」

 

 彼女はそう言うと、顎に手を当てて考え込んだ。香月は怪訝そうにその様子を見つめていたが、しばらくしてから口を開いた。

 

「なら、一つ目の方法にしましょ。何でも良いのなら手っ取り早く魂を手に入れられる場所はあるわ。でも、貴方に魂の定着方法を教えない理由にはならないけれど……」

「構わないよ。教えてくれ」

 

 香月が即答すると、麗奈は目を細めて意味深な笑みを浮かべると言った。

 

「本当に良いのかしら? 貴方は結局、最終的に肉体の乗っ取りの方法も知る事になるかもしれないわよ? それでも良いのかしら?」

 

 香月はその言葉に一瞬躊躇したが、すぐに答えた。

 

「……ああ、そうなるなら覚悟の上だ。そうならないよう努める」

 

 真剣な眼差しで見つめられると、麗奈は納得したように頷いた。そしてクスリと笑うと口を開いた。

 

「そう……なら覚悟は良いのね」


     ◆


 そうして、人形に入れる魂を調達する為に香月と麗奈の二人はクレアを事務所に留守番して貰ってある場所へと向かった。そこは人通りの多い繁華街の中心から少し離れた場所の一軒のビジネスホテルだった。

 

「何でこんな場所なんだ? 霊とは関係なさそうだが」

 

 香月が疑問を口にすると、麗奈は答える。

 

「ええ、そうね。でもこのホテルにはある噂があってね」

「……どんな?」

「それは入ってみれば分かるわ」

 

 そう言って彼女はホテルの中に入る。そしてフロントまで来ると、部屋の予約をせずにそのままエレベーターへと向かった。

「おい、ちょっと待てよ」と香月は慌てて後を追う。

 受付にはスタッフが居たが、特に手続きもなく二人はそのまま上の階へと上がる事ができた。目的の階は12階のようだ、麗奈がボタンを押すのを見るとその横にはダイニングレストランの名前が書いてあった。

 

「ここ、最上階のレストランが宿泊客じゃなくても利用できるのよ。でも私達の目的はこっち」

 

 そう言って最上階に着いてからは麗奈はダイニングレストランの入り口から離れた所にある一つの扉を開けた。そこには屋上へ続く階段があった。

 

「屋上?」

 

 香月が不思議そうに呟くと、彼女は言った。

 

「ええ、そうよ」

 

 麗奈はそのまま階段を上り始める。そして一番上の階まで行くと、自販機コーナーがありそこで立ち止まった。その脇には屋上に出る扉がある場所だった。

 

「ここか?」

 

 香月が尋ねると、麗奈は答える。

 

「そうよ、この奥に目的の場所がある」

 

 そう言って扉を開けるとそこには広い空間が広がっていた。床一面に芝生が敷かれており、隅の方には花壇も作られているようだ。そして中央には噴水とベンチが置かれていた。

 

「ここは?」

 

 香月が尋ねると、麗奈が答える。

 

「見ての通りただの屋上よ。でもこのホテル、出るって有名なのよ」

「出る……?」

 

 香月が眉を顰める。すると、麗奈はクスクスと笑った。

 

「ふふ……まあ聞きなさいって」

 

 そう言って彼女は噴水の方へ近づくと、その縁に腰掛けた。そしてそのまま話を続ける。

 

「このホテルの最上階の屋上には幽霊が出るのよ」

「……幽霊?」香月は首を傾げる。だが、すぐに納得したように頷いた。「なるほどな……」

「そう。それで、ここからが本題よ」


 麗奈は言った後、立ち上がって香月の方を見た。

 

「その幽霊はね、このホテルの最上階の屋上によく現れるらしいの。このホテルの屋上、何人か有名な自殺した人がいてね。その魂が幽霊として稀に現れているらしいの」

「なるほどな……それで?」

 

 香月は続きを促すように聞く。すると、麗奈は答えた。

 

「このホテルで自殺した人の霊を捕まえて、その魂を人形に定着させるの。そうすれば素材にする魂を手に入れる事が出来るわ」

「……そうか……」

 

 そう言って香月は考え込むような仕草をしたがすぐに決断したように言った。

 

「よし、分かった。やめよう。他の場所にしよう。何か気分が悪くなってきた」

 

 香月はそう言うと踵を返して階段を下りていこうとする。だが、麗奈がそれを引き止めるように言った。

 

「待って、まだ話は終わってないわ」

「……何だよ?」

 

 不機嫌そうに振り向く香月に構わず麗奈は続ける。

 

「私がさっき話した幽霊は確かに存在するわ。でもね……私の目的はその自殺者の方じゃない。その自殺者の魂よりも、この最上階の屋上に頻繁に現れる幽霊の方なのよ」

「……どういうことだ?」


 香月が首を傾げる。すると、麗奈は意味深な笑みを浮かべて言った。


「猫の幽霊よ。その屋上の幽霊」

「……猫?」

「そう、貴方は知らないと思うけどオカルト界隈ではこのホテル、最近噂になっているのよ。猫の幽霊が最上階の屋上でよく姿を現すってね」

「は……?」香月の顔が引き攣る。「いや……だから何でそんな噂が……」

「さあ? それは私にも分からないわ。ただ、その幽霊は屋上の花壇によく現れるらしいのよ」


 そう言って麗奈は花壇の方を指差す。そこには確かに小さな花壇があり、綺麗な花が咲いていた。


「だから、私はこのホテルに来たの」

「……つまり?」

「貴方をここに連れてきたのはそれが理由よ。だからその猫の幽霊を捕まえましょう」

「はあ!?」

 

 香月は思わず声を上げる。だが、麗奈は構わず続けた。

 

「大丈夫。猫の霊なら簡単に捕まると思うし、貴方は魂の定着について覚えるだけだから。何も難しい事は無いわ」

 

 そう言って彼女は微笑む。だがその瞳の奥にある光を見て香月はすぐに察した。この目は本気だ――と。

 

     ◆

 

「う……うわああああ!」

 

 香月は絶叫しながら逃げ惑っていた。その後ろから追いかけてくるのは一匹の大きな白い猫だ。それだけじゃない、大量の猫の幽霊達がその後をついて香月を追いかけてきていた。

 麗奈の話によると、この猫達はこのホテルに憑いている霊で間違いないようだが、それにしても量が多い。

 香月は全身にマタタビを塗られ、さらに猫じゃらしのおもちゃまで持たされている。

 

「な……何でこんなモン持たすんだよ……!」

 

 香月は涙目で抗議するが、麗奈は気にせず続ける。

 

「だって、猫に好印象を持ってもらいたいでしょ?」

「だからって限度があるだろ! マタタビ塗ったりとかさ!」

 

 香月は叫ぶが、麗奈は全く聞く耳を持たない。

 

「ほら、逃げてないで頑張って捕まえて。貴方に渡したその魔石なら魂のひとつやふたつどころか、かなりの量の魂が捕まえられるように術式は刻んであるから」

「だからこの猫の幽霊達は一体なんなんだよ!?」

 

 香月が叫ぶ。すると、麗奈は言った。

 

「このホテルの屋上で自殺した女の子のペットよ」

「……は?」


 香月は猫の幽霊達の追走から逃げながら思わず聞き返す。


「いや! でも、こんな大量に居るのは何でだ? いくらなんでも多すぎるだろ!」

 

 すると麗奈は少し考えるような仕草をした後、答えた。

 

「確か、動物が本当に好きで大量に飼ってた子だったかしら。自殺したのは……いいえ、正確にはペットと一緒に自殺しようとしたが正解ね。ペットと一緒に天国に行こうとして、先に落としてったんだけどいざ自分の番になって怖くなっちゃったのよ。だから飼い主はまだ生きてるわ」

「最悪だ!そんなオチは求めてなかった!あとペットが可哀想だ!」

「まあ、そう言わないの」

 

 香月が叫ぶのに麗奈は宥めるように言った。そして続ける。

 

「ほら、早く捕まえないと居なくなっちゃうわよ? 頑張ってね」

「……クソっ!分かったよ!」


 そう言いつつも内心では勘弁してくれと思っていた香月だが、仕方なく踵を返し猫達に向かい始めた。手に持った魔石を構えて猫の幽霊達に向ける。すると麗奈が言った。


「あ、そうそう」と言う彼女の手には一個の魔石が握られていた。「貴方に渡したの何も刻まれてない方の魔石だったわ。魂の捕縛に使える魔石はこっちよ」

「ふざけんな!」

 

 香月は思わず叫ぶ。だが、麗奈は気にする様子も無く続けた。

 

「ちゃんと捕まえられたらご褒美あげるから頑張りなさーい。おっぱい星の侵略者さんには私のおっぱいで良いかしらー?」

「要らんわ!とにかくその魔石をくれ!」

 

 香月が叫ぶと、麗奈はクスクスと笑いながら「はいはい」と言ってその魔石を彼に向かって投げた。思いっきり明後日の方向に。わざとだ。絶対にわざとだ。香月はそう思ったが、それでもその魔石に向かって走る。

 

「うおおおお!」と叫びながら香月はその魔石をキャッチするとそのまま猫達に向けて、魔石の術式を発動させた。すると、魔石が輝きだしその光が猫達を包み込む。そして一瞬にして大量の猫の霊は跡形もなく消えてしまった。

 

「よし!」

「これで目的は達成ね」


 思わずガッツポーズを取った香月に麗奈は言った。そして続けて言う。

 

「じゃあ、帰りましょうか。クレアちゃん、待たせてるし」

 

 そう言って彼女は屋上の出口へと向かおうとする。だが、香月は動かなかった。

 

「……どうしたの?」

 

 麗奈が振り返り聞くと、香月は花壇に向かってしゃがみこんでいた。

 

「いや……」

「何? はっきり言いなさい」

 

 香月の曖昧な返事に彼女は少し苛ついた様子で言う。すると香月は振り返る。

 

「悪い、猫達に手を合わせていって良いか? 飼い主のエゴで無駄死にしたわけだし……それに、俺達の都合で魂を使わせて貰うからな」

「……変な人ね」

 

 香月の意外な反応に彼女は少し驚いた表情を浮かべた後、微笑んだ。

 

「ええ、構わないわよ」

 

 そう言って麗奈は猫達に手を合わせ始めた香月に並んで一緒に手を合わせる。そしてしばらくしてから二人は立ち上がった。

 

「じゃあ戻りましょうか?」

 

 麗奈が言う。すると香月が答えた。

 

「ああ、そうだな」

 

 こうして二人は屋上を後にして階段を降りていった。


     ◆


  その後、香月達は空間跳躍魔術で事務所に戻った。

 

「じゃあ、魂を定着させる方法について説明するわね」

 

 香月がやれやれとばかりに疲れた様子でソファーに座ると、麗奈がそう言って話を始めた。

 

「ああ、頼む」

 

 香月がそう答えると麗奈は魔術人形に魂を定着させる方法の説明を始める。

 

「まずはその人形に術式を施して、そこに魔石を埋め込むの。それで集めた魂を一つ、人形の中に入れ込む」

 

 そう言って彼女は手の中に黒い石ころのような物を取り出した。

 

「これがその魔石よ」

「……宝石の方の魔石では無いんだな」

 

 香月が呟くと、麗奈は頷いた。

 

「ええ。魔術協会で一般的には磨かれて成形された宝石でしょうけど、別に原石でも違いがある訳じゃ無いわ。せいぜい形成してた方が魂の定着がしやすいって程度だから」

 

 麗奈はそう言いながら、その魔石と一枚の紙を香月に手渡した。それは物質に──今回の場合なら人形に魂を定着させる為の術式のようだった。

 

「それじゃ人形の胸の辺りに術式を書いていって。これよ」

「ああ、やってみる」香月はその紙に目を落とした。屍霊術という禁書目録に入る魔術とはいえ、魔術の基本さえわかっていればそれなりに理解は容易な術式ではあった。「ふうん……成る程な……」

 

 そう言って彼はペンを執って先ほど作り上げたクレアの姿をした人形素体の胸に術式を描き始めた。ペンは魔力伝導率の良い銀製だ。

 人形の胸の部分に術式が書き終わると、麗奈が説明を続ける。

 

「ええ、それで良いわ。後は魔力を込めながら魔石を人形に埋め込んで、術式を起動する。魂を取ってきた時の魔石はあるわね? 魔石から魂を一つ取り出して、人形に埋め込んだ魔石に入れるの」

「ああ、あるよ」香月は懐に手を入れて小さな魔石を取り出した。「これだろ?」

 

 そう言って香月がその魔石を見せると麗奈は頷いた。

 

「ええ、それね。それは魂の保管用の魔石よ。人形の胸に魂の定着用の術式を刻んだ魔石を埋め込んであるからそれをかざすようにして」

「分かった」

 

 香月はそう言うと、その魔石を術式が描かれた人形の胸の部分の上で(かざ)した。

 

「それじゃあ、術式を起動して」

「……第二世代魔術だしな、魔力を込めるだけで良いよな」

 

 香月がそう言って人形の胸に手を添えて魔力を込めると、人形の胸に描かれた術式が青白い光を放った。そして、その光が収まった時、人形の瞼が開いた。

 

「……成功ね」


 麗奈は呟いた。

 

「ああ、そのようだな」

 

 香月が頷く。

人形は立ち上がると、その小さな手で自分の胸の辺りを触った。そして、不思議そうに首を傾げた後、香月の方を向いた。

 

「にゃあ」

「お、成功したか。……って、反応が猫みたいだな」と香月が言うと、麗奈は頷いた。

「ええ、そう。さっき捕まえてきた猫の幽霊をそのまま魂に使っているから」

「成る程な……。で、何か出来る事はあるか?」

「にゃあ」

 

 人形は香月の言葉に返事をしたのかそうではないのか、また鳴いた。

 香月はクレアの姿をした人形の頭をポンと撫でながら頷いた。その頭を撫でていると何故かクレアが不満そうな顔をこちらに向けてくるがそれを敢えて無視する。

 

「喋れないのか?」と香月が訊くと、人形は再び「にゃあ」と鳴いた。

「言葉を喋らせるには魔術的に操る必要があるわ。……ちょっと人形に手を加えるわね」

 

 麗奈はそう言うと、人形に手をかざして魔力を込める。すると指先に嵌められた指輪が光り始めた。それは確か精神干渉魔術を発動させる為の物だ。使用の仕方としてはかなり応用の加えられた物だろう。

 

「これで良いわ。ある程度は言葉を話せるようになる筈」

 

 麗奈がそう言うと、人形は口を開いた。

 

「あ、りがとう」

「お、ちゃんと喋れるじゃないか。凄いな」


 香月が言うと、人形はまた「にゃあ」と鳴いた。

 

「やっぱり動きが猫っぽいな」

「仕方ないわ。使ってるのが猫の魂だもの。まあ、もう少し素体に改良を加えたり、魂に知識や躾を与えてみたり、本物の人間の魂をさせたらたらより自然にはなるんだけど」麗奈は言い、首を傾げて香月を見る。「でも、本当に人間の魂を使う気は無いの? 貴方の分魂を憑依させるだけでも良いのに。私が見たところ、貴方なら使えると思うんだけど」

「それはしないと言っただろう。俺は覚える気がない」

 

 香月がそう言うと、麗奈は気にした様子もなく「そう」と言って引き下がった。

 

「それで、この人形に魔術を使わせるにはどうしたらいい?」

「私達と同じように魔術刻印を彫り込めば良いわ。そうして魔力の経路を魔力の源と繋げるの。魔力の源は人形の核にした魔石に込めると良い。後は、魂に魔術の発動の仕方を仕込む必要があるわね」

「そうか。じゃあ早速教えて貰えるか?」

「勿論」

 

 麗奈がそう言うと精神干渉魔術を使って、人形を床に仰向けに寝かせると人形の服をはだけさせて、銀製のペンで魔術陣を書き込んでいく。

 人間の肌に彫る魔術刻印とは違い、特殊な魔道具とかは必要ないようだった。


「今回は練習みたいな物だからね、適当な魔術を書いたわ。まずは簡単な魔術をこの子に仕込んでいくわ」

 

 彼女はそう言うと、指輪を人形にかざして魔術を発動させた。精神干渉魔術だ。

 

「心臓の核のある部分を意識しなさい、流れ出る何かを感じて。それをお腹にある魔術陣を送り込むように意識して。そして発動の言葉を口にしなさい」

「うん」

 

 人形はそう言って立ち上がると、心臓の辺りを左手で押さえて瞼を閉じる。身体に流れる魔力を意識しているようだ。すると腹に描かれた魔術陣が淡く光り出した。



挿絵(By みてみん)


 

「flame《火炎》」

 

 そして次の瞬間、人形の右手に炎が噴き出した。その炎は彼女の手を焼かずに、まるでそこに見えない壁があるかのように一定の距離までしか広がらない。

 炎は球状に収束していく。


「そこまでで良いわ」


 麗奈が言うと、人形がそれに応えるように発動させた火炎魔術を解除する。掌に浮かび上がった炎の球は一瞬で掻き消えた。

 

「……まあこんな感じね」

「案外、簡単にできるんだな」

 

 香月は感心したように言う。

 

「ええ。私の場合、精神干渉魔術を使って感覚を教え込んでいるの。その方が手っ取り早いから。別に魔術の初歩修練を教え込む方法でも良いのだけど、それだと時間がかかるからね」

「成る程な。じゃあ、俺もそれをすれば良い訳か。そっちの方は日本中部支部ウチに精神干渉魔術の専門家が居るから、そいつに教えて貰う事にするよ」

 

 香月が言うと、麗奈は頷いた。

 

「ええ、そうなさいな。……これで一通りの事は教えたわ。それで、貴方はこれからどうするつもりなの?」

「ああ、アンタの姿に変身してアンタらが計画していた魔術人形を街に放つ作戦を俺が実行する。そこでレナードを嵌めるつもりだ」

「そう。でも、それは上手くいくの? レナードオルランドが貴方の正体を知っていて、貴方が私になりすます事を予想している可能性は?」

「その可能性は無いとも言いきれないな」

  

 香月が頷いたので、彼女はそれに対して更に訊く。

 

「じゃあどうするのよ」

「まあ、上手くやるさ」香月が肩をすくめる。「だからアンタは、俺がアンタに化けてる間は、大人しくしておいてくれ。俺がアンタに化けてる事を知っているのは、俺とクレアとアンタだけだ」

「分かったわよ。……でも気を付けて、私は貴方の味方とも限らないのよ」

「ああ、そうだな。でもアンタはクレアに危害を加えないだろう?  それにもしアンタが敵に回ったとしても、その時はその時だ。殺すしかないだろうな。……ま、そんな事は無いようにするつもりだがな」

「そう」

 

 気にした様子もなく彼女は答えるのに、香月は苦笑した。


 

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