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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅲ 『時の回廊編』
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5.魔術人形2

「なるほど……異界化ね」

 

 麗奈は納得すると、そのままクローゼットの中に広がっていた黒い渦の中へと入って行った。香月とクレアの二人もそれに続く。そして、三人が中に入ると同時に扉が閉じられた。

 

「ここが俺の魔術工房だ」

 

 そう言って香月が指を鳴らすと、辺りに明かりがついた。水晶球に光魔術の魔術陣を掘り込んで、発動させると魔力を明かりにするタイプの照明用の魔道具だった。魔術師が魔術空間内に工房を持つ際によく使われる物だ。

 そして、目の前に広がる光景を見て麗奈が感嘆の声を上げる。

 

「へえ、結構殺風景だけど……そこそこ広いのね」

「ああ、まあな。もっと広いのを使ってる魔術師も居るが俺はこのくらいで十分だからな」

 

 そう言って香月は部屋の中を見回す。香月の魔術工房は二十五畳くらいの広さで、コンクリート打ちっぱなしの無骨な壁と床が広がっている。

 部屋の隅にはデスクがあり書棚には魔術書が所狭しと並べられている。そして戦闘スタイルが格闘がメインである彼らしく、部屋の奥にはトレーニング器具や魔術で耐久性を強化されたサンドバッグなどが揃っていた。

 

「ねえ、チョークはある? 床に魔術陣を描きたいんだけど」

「ああ、あるぞ。今出すよ」

 

 香月はそう言うと、部屋の奥に置いてあるデスクへと向かいチョークを一本取って麗奈に手渡した。そして彼女がそのまま部屋の中央まで行くと、床の上にチョークで円を描いてその内側に詳細な術式を描き加えて行く。

 

「こんなものね」

 

 そう言って麗奈が手を止める。どうやら術式を描き終えたようだ。見た事のない術式ではあるが、彼女の言っていた通りに割と古い時代にできた術式のようだ。マジマジと床に描かれた造形魔術の魔術陣を眺める香月にも、その構造は理解できた。

 香月が顔を上げ、視線を麗奈に送る。

 

「これが……ええと、造形魔術の術式か?」

「ええ。これで魔術人形の素体を作るの。簡単な物ならちょっと脳裏に形を思い浮かべるだけでそれなりの形の物は作れるけれど、実在の人物に似せるとかなら変身魔術や解析魔術の記憶補助術式を使って、その人物の骨格や肉付きまで想定してから造形魔術を発動して作り始める必要があるわ」

「ふぅん……なるほどな」

「素体を作るにはある程度材料が要るんだけど……貴方、何か材料になりそうな物を持ってたりする?」

「うーん……そうだな。俺が趣味で作ってるプラモデルとかならあるが……」

 

 香月はそう言うと、魔術書の置かれている棚から並べられたプラモデルを手に取る。ロボットアニメに出てくる量産機のプラモデルだ。そしてそれを麗奈に見せた。

 

「これで足りるか?」

「まずまずね。まずは基本の素体作りならそれで十分よ。より本物に近くて等身大の物となると、もっと他の素材が必要になってくるけど……」

「そうなのか?」

「ええ。例えば骨組みを作る為に人体の骨格や筋肉の構造を理解してそれっぽい素材を用意する必要があるし……後は肌の色とか質感とかも再現したいなら、それ用の素材も必要になってくるわ」

 

 麗奈はそう言うと、香月が持ってきたプラモデルを見る。そして少し考えてから言葉を続けた。

 

「まあ、でも……基礎中の基礎を教えるにはこのプラモデルで大丈夫そうね。強度とかを気にせずに単純な形の物を作るだけなら」

「そうか?なら良かったよ」

「ええ。それじゃあ、早速始めるわよ」

 

 麗奈はそう言って立ち上がると、香月に指示を出す。

 

「とりあえずそこの魔術陣の上にそのプラモデルを置いてくれるかしら?」

「分かった。こんな感じか?」

 

 香月が床に書かれた魔術陣の上にプラモデルを寝かせて置くと、麗奈が頷く。

 

「ええ、それで大丈夫。それじゃあ始めるわよ」

 

 麗奈はそう言って魔術陣の上に手を置くと、魔力を集中させる。すると、床に描かれた魔術陣が光を帯び始めた。そして次の瞬間には香月のプラモデルがまるでアメーバ状の生き物のように動き出し、その姿を変えていく。

 

「へえ、これは……凄いな」

 

 香月は思わず感嘆の声を上げる。創造(クラフト)系の魔術を初めて見る香月にとって、目の前で起きている現象は興味深いものだった。

 

「ふふ……驚いてくれたようで嬉しいわ」

 

 麗奈はそう言うと、さらに魔力を放出する。そして数秒後には香月のプラモデルが完成された人形の姿になっていた。

 それは女性の姿をした素体で、ポージング人形のような形をしている。髪などは無く、顔はのっぺらぼうだ。身体は裸の状態になっている。関節部などに球体のパーツが嵌め込まれており、魔術人形だという事を感じさせた。

 

「へぇ、凄いな。こんなに簡単に出来るものなのか」

「ええ、そうね。もっと複雑な造形となると時間や材料が必要になるけど……私が使った術式ならこのくらいの大きさのものを作るのに時間はかからないわ」

「なるほどな……」

「それじゃ、次。もう少し複雑な造形の物を作ってみましょうか」

 

 麗奈はそう言って、今作った緑一色のプラスチックの魔術人形の素体を魔術陣の上に戻す。

 

「今度はさっきよりも少し難易度を上げてみましょうか」

 

 そう言って麗奈は手持ちの鞄から何やら材料を取り出して魔術陣の中に置いた。何やら柔らかそうな物質だった。シリコンとかだろうか、肌色になっている。恐らく皮膚の素材だろう。

 

「あと、髪の素材は……これで良いわね」

 

 そう言って、鞄から金色の繊維状の素材を取り出した。恐らく、ウィッグなどに使うポリエステルの耐熱ファイバーとかだろう。

 それを魔術陣の上に置くと、麗奈は傍らで二人の様子を見ていたクレアの方を向いた。

 

「クレアちゃん、解析魔術をさせてくれるかしら。手を出してくれる?」

『え? あ、うん……』

 

 クレアは戸惑いながらも麗奈の言われた通りに手を出す。すると、麗奈が彼女の手を取りながら解析魔術を発動させた。

 

Analysis(アナリシス)《解析》」

『わっ!?』

 

 クレアは驚いて手を引っ込めようとしたが、麗奈にしっかりと握られている為それは出来なかった。そしてそのまま数秒間が経過して解析が終わる。

 

「ふうん……なるほど」

 

 麗奈はそう言うと、再び魔術陣に手をかざした。今度は先ほどよりも長めの術式が発動している。

 恐らく、解析魔術の記憶補助術式を意識して、そこから取り出したクレアの姿の情報を造形魔術の術式を通して出力しているといった所だろう。

 すると、床に描かれた魔術陣が光を帯び始めた。そして次の瞬間には先程のプラモデルののっぺらぼうの顔の素体人形がまた姿を変えていく。今度の人形はクレアの姿にそっくりな姿へと変わっていた。

 サイズ感は10センチ程の大きさだが、その出来はなかなかにリアルだ。3Dプリンターで出力したフィギュアみたいにも見える。

  

「結構、リアルに出来るんだな。ここからの肯定は?」

 

 香月が感心したように声を漏らすように言うと、麗奈は首を横に振った。

 

「いいえ……もう終わったわ」

「え?そうなのか?」

 

 香月が首を傾げる。クレアも驚いた顔をしていた。

 

「ええ。解析魔術で元となる人物の骨格や筋肉の構造を解析して、それを元にして体を作ってるからね。だからそんなに時間はかからない」

 

 そう言って麗奈はクレアの魔術人形をデスクの上に置いた。

 

「基本はここまで。等身大のを作るのはまずは貴方がこれが出来てからよ」

 

 麗奈の言葉に、香月は頷く。

 

「ああ、だいたい分かった。なら早速練習するか。できれば時間はかけたくない」

「そうね。ならまずは素材を用意してくれるかしら?」

「分かった。じゃあ、ちょっと待っていてくれ。ちょっと買い物に行ってくる」

 

 香月はそう言うと、魔術で異界化させた工房の外へと出て行った。そしてしばらくの時間が経ってから戻ってくると、大量の大きなビニール袋を手に下げていた。その中には様々な物品がビニール袋に詰められていた。

 

「とりあえずこれで試してみる」

 

 そう言って香月は持ってきた大量の材料を袋から出して床に並べる。それは香月が思いつく限りの人形の素体を作る為の素材だった。

 

 まず一つ目はプラスチック製の板材だ。これはプラモデルを素材にするのが勿体無いと考えたのが理由で買ってきた。

 そして二つ目は金属製のボルトや金属製の組み上げ棚だ。こちらは人形の骨格や関節部などになる部分に使うつもりで、金属素材として用意した物だ。

 三つ目は麗奈が持ってる皮膚素材としてシリコン製のスマホカバーだ。商店街の中古家電販売店でワゴンで叩き売りされている物を大量に買ってきた。これは先程クレアの魔術人形を作った時にも使用したシリコンの塊の代用品だ。

 四つ目はウィッグだ。大須にあるコスプレ専門店で買ってきた。切ってそのまま毛髪にする。

 五つ目以降は主に見た目を構成する為に、ガラス玉や塗料など色々と素材にできそうな物を色々と商店街にある100円ショップで買ってきている。

 

「まあ、とりあえずこれで試してみるよ」

 

 香月がそう言うと、麗奈は頷いた。

 

「まあ、材料としては悪くないわね。分かったわ。なら早速始めましょうか」そう言って麗奈は香月を魔術陣の方へ招く。「まずは小さいのから作ってみましょうか。このパーツを魔術陣の上に置いて」

 

 香月は麗奈の指示に従って各部品を置く。そして背中にある記憶補助の術式を意識して魔力を魔術陣に流す。

 すると、再び床に描かれた魔術陣が光を帯び始めた。そして次の瞬間にはまた人形の姿が変わる。麗奈の姿に似た人形が出来上がった。

 

「おお……凄いな……」

 

 香月は思わず感嘆の声を上げる。その横でクレアは驚いた顔をしていた。

 

『す、凄いね……』

「ふうん……。まあ、初めてにしては上出来じゃないかしら」

 

 麗奈が少し感心したように言うと、鞄の中から手帳を取り出して香月に手渡した。

 

「じゃあ次はもっと難しくなるわ。よりリアルになる素材で等身大サイズで作ってみましょうか」

 

 その開かれた手帳のページには、人形の素体を作るためのパーツの一覧が載っていた。そして何気なく次のページを開いてみると──

 

「お、おい……これ……」

「? どうしたのかしら?」

 

 麗奈は首を傾げる。香月は震える声で答えた。

 

「これ……真にリアルにするなら本物の人間の死体を素材にして作るって書いてあるが……」

「……そうだけど?」

「いや、ちょっと待ってくれ。それって大丈夫なのか……?」

「何が?」

「いや、倫理的にというか道徳的に……」

 

 香月の言葉に麗奈は首を傾げる。そして言った。

 

「ああ、そういう事? 私がこの魔術を教わったのは人形師(ドールマスター)だから。彼の技術の一部を教わっただけで私は実行した事は無いわ。知ってるのは理論だけよ。生体素材だと魔力伝導率も良いらしいけれど、どうも気分が良くなくて人間の死体では作るのには手が出せていないの」

「そ、そうなのか?」

 

 香月がほっとした表情を浮かべると、麗奈は微笑む。

 

「ええ、だから安心なさい。私は彼みたいに屍人形(ネクロドール)を作った事は無いわ。彼が加工(コーディネート)して肉体の入替(ボディスナッチ)用に闇市場で魔術師向けに売っている肉体を作るのにその理論を使っているみたいだけれど……私はまだその技術は習得していないわ。さすがに気分が良い物では無かったから」

「そ、そうか。なら良かった……」

 

 香月が安堵の息を吐くと、麗奈は笑った。

 

「ふふ……心配性ね。まあ良いわ、とりあえず練習してみましょうか」

「ああ、分かったよ」

 

 そう言って二人は再び魔術人形の作成に取り掛かった。麗奈が所持している素材も足して、より大きくよりリアルになるようにと造形魔術で試行錯誤を繰り返す。そうして二時間が経った。


 

「よし! これでどうだ!」

 

 香月は出来上がった人形を見て思わず叫んだ。

 

「あら……凄いじゃない」

 

 麗奈が感心したように言う。その視線の先には、等身大サイズのクレアと瓜二つの人形が出来上がっていた。

 

「本当に凄いわね……今日が初めてとは思えない出来だわ」

『すごい! ちゃんとボクになってる!』

 

 麗奈とクレアが感嘆の声を上げる中、香月は額に浮かんだ汗を拭う。

 

「ふぅ……なんとか出来たな……」

 

 そして出来上がった人形を見て満足げな表情を浮かべる。関節の稼働や顔や身体の特徴を似せる事にかなり拘って、何度も作り直した結果造形魔術のコツを掴んだような感覚があった。

 

「これでこの魔術は使い物になりそうか?麗奈」

「ええ、そうね。随分と飲み込みが早いと思うわ。後はその感覚を忘れないように定期的に何度も練習を続けていれば問題無く使いこなせるわ」

 

 そう言って微笑むと、麗奈は立ち上がった。

 

「とりあえずこれでこの魔術は一通り教える事が出来た。でも、あくまでこれは魔術人形の素体を作るまでの話。今のままではただの人形よ。動かすには機巧魔術による制御やまたは自律させる為に魔術人形に魂を定着させる術式が必要になるわ。それはまた別の話よ」

「ああ、分かってるさ。でもとりあえずこの人形を動かすにはどうすれば良いんだ?」

 

 香月がそう言うと麗奈は顎に手を当てて考える。

 

「そうね……機巧魔術の方はもう貴方は使えるんだったわね。魔術を起動させて操る練習をすると良いわ。使っていれば段々とわかってくるとは思う」麗奈がそう言い、一拍置く。「さて、自律の方はだけど――」


 そう言って値踏みするように麗奈が香月の様子を伺った。


「貴方って、倫理観が意外と魔術師らしくなくちゃんとしてる方だから……貴方ってこういうの嫌がりそうなのよね……」

「待て、嫌な予感がする」

 

 麗奈がそう言うのに香月が何かを察したように言うと、麗奈は頷く。

 

「ええ、そのまさかよ。察しが良いわね」

「……やはり、まさかそういう感じかよ」


 げんなりとした表情で香月が言うと、麗奈は頷いた。

 

「ええ。この人形の中に何かしらの魂を魔術を使って入れる必要があるわ。人間なり動物なり、ね」

「……冗談だよな?」

「いいえ、大真面目よ」

「……」

 

 香月は絶句する。そしてしばらく考え込んだ後、再び口を開いた。

 

「なあ……それって魔術協会だと禁書目録入りするような魔術を使う……って事だよな?」

 

 そう香月に聞かれ、麗奈は飄々とした態度で答えた。

 

「そうなの? 禁書目録入りするかどうかは知らないけど。今から貴方に覚えて貰うのは屍霊術よ」

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