4.魔術人形⊕
『カァヅゥキィ……これはどういう事なのか説明して欲しいんだけどなぁァ〜……?』
そう発言して、クレアは不機嫌そうな顔で手を頭の後ろで組んだ。
事務所に香月が帰ると、そこにはソファーに座ってテレビを見ているクレアの姿があったのだ。帰宅して上機嫌な「おかえりなさい」が聞こえた後に、麗奈の姿を見て取られた態度がコレだ。
「……クレア、何でお前が居るんだよ」
『何? カヅキはボクが居ると何か問題でもあるの?』
「いや、別に問題は無いが……」
そう言って香月は連れてきた麗奈の方をちらりと見る。クレアの不機嫌の原因は間違いなく彼女だ。
クレアからしてみたら、香月がまた新しい女性を連れてきたと見えたのだろう。
言い訳でもするように、香月はクレアに告げた。
「あー、この人はディヴィッド・ノーマンの……」
「愛人よ。ディヴィッドの仇を取りに来たんだけれど、彼に簡単に負けてしまったわ。おまけに私の復讐のパトロンになってくれた人物を騙し討ちにする作戦に協力して欲しいなんて言われてね」
香月が説明する前に麗奈がクレアに向かって言う。
『ディヴィッド・ノーマンの……!? カヅキ、この人は敵になんじゃ……』
「いや、それは違う。別に俺はディヴィッドの仇としていつでも復讐してくれて良いって言っている。それで協力に承諾して貰ったんだ」
「そういう事。だからこうして彼に好きなタイミングで復讐してるの」
そう言って、麗奈が香月の背後に回ると後ろから顔の前に両手を伸ばして頬を摘んだ。
「いひゃいいひゃい! ひゃめりょ!!」
「ふふふ、アナタの反応は本当可愛いわね」
『復讐……なの、それ……?』
「ええ、そうよ。これは復讐よ。私がそう判断した」
『えっと、その台詞って〇ンダム……。うーん、ダブスタクソお姉さんかな……?』
「アナタ、殺されたいのかしら……?」
麗奈の鋭い視線にクレアは思わず目を逸らしてしまう。
「なあ、そういう物騒な発言はやめてくれ。あんまりクレアを怖がらせないでくれよ……」
「ええ、私なら構わないわ。こんな可愛い子相手にそんな気はさらさら無いから。言葉選びが悪かったのは謝るけれど」
麗奈はそう言うと、クレアの方へと歩いて行った。そしてクレアの前に立って見下ろしながら言う。
「初めまして、霧島麗奈よ」
『クレア・フォードだよ。カヅキとは……まあ今は同僚だね』
そう言ってクレアは麗奈を見上げた。
「貴方が彼の幼なじみ? フォード……聞いた事があるわ。風魔術の名門の家柄ね」
『まあ、ボクは音魔術が専門分野だけどね。風魔術は一応実家で仕込まれてはいるけど、あんまり風魔術には興味が持てなかったから……』
「ふぅん……」
そう言って、麗奈がジロジロとクレアを見る。
「可愛い子ね」
「えっ!?」
クレアが驚いた表情で麗奈を見上げる。まさか、そんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。
「貴方、こんな可愛い女の子と毎日一緒に居るのね? いいご身分ね」
『か、可愛い? ボクが?』
「ええ。貴方、自分が可愛いって気付いてないの?」
麗奈はそう言うと、クレアの頬をプニプニと触り始める。
「お肌もモチモチじゃない」
『ちょ、ちょっと! や、やめ……』
クレアは麗奈から距離を取ると、警戒した様子で麗奈の事を見る。そんな様子を見て香月が助け船を出す。
「おい、その辺にしとけよ。クレアが困ってるだろ」
『カヅキ! この綺麗なお姉さんは本当なんなの!?』
クレアが香月に助けを求めるように叫ぶ。麗奈が首を傾げた。
「……おっぱい星からの侵略の被害者かしら」
「お前、その説明で伝わると思ってんのか? クレアが変な勘違いするだろ」
香月は呆れた様子で麗奈を見る。しかし、麗奈は気にした様子もなく続けた。
「あら、実際触ったのは確かじゃない」
「だから、その言い方は誤解を生むから止めろっての。あれは事故だ」
『カヅキぃ……触ったって、どういう事なのさ……。このお姉さんの、おっぱいを触ったから仲良くなったの……?』
クレアがジト目で香月の事を見る。
「いや、だから。あれは事故なんだ。俺は何も悪くない……と思う……ぞ? ああ、事故だ」
香月は最後の方になると、歯切れが悪くなってしまった。事故とはいえ、やはり女性にいきなり胸を触ってしまったのは良くなかった。そんな事を考えてしまう。
『むぅ……』
クレアは不満そうな顔を浮かべながら、頬をプクーっと膨らませた。
「そんな顔するなよ。事故だって言ってんだろ」
『ボク、事故なら仕方ないな……なんて言わないからね』
「あ?」
『カヅキにはボクのおっぱいも侵略して貰うから!』
「何なんだよその謎の要求は……」
香月が苦笑いを浮かべると、麗奈がクスリと笑うと興味深そうにクレアの事を見る。
「貴方達、ずいぶんと仲がいいのね?」
『まあ、幼なじみっていうか一緒に暮らしてたからね。あと、ボクがカヅキの未来の嫁だから』
「そう。でも、貴方みたいな可愛い子なら彼も放っておけないでしょうね」
麗奈はそう言うと、クレアの頬をまたプニプニと触り始めた。
「うーん、やっぱり柔らかいわね」
「ひゃっ!」
クレアは麗奈に触られて思わず伝声魔術ではなく直接口で驚いた声を上げた。顔を赤くすると、モジモジとし始める。
「あら? どうしたの?」
そんなクレアの様子を見て、麗奈が首を傾げる。そして、何かに気付いたように手を打った。
「ああ……もしかして」
『な、何?』
クレアが不安そうな様子で麗奈の事を見る。
「可愛い反応ね。女同士で触られるのは初めてなの?」
『そ、そんなわけないよ!』
「そう? でも、顔が真っ赤よ?」
『っ! もう! 知らないっ!』
クレアはそう言うと、麗奈から距離を取る。そして、香月の後ろに隠れてしまった。そんな様子を見て麗奈が笑う。
「あらら……少しからかい過ぎちゃったかしら」
そう言って麗奈は肩を竦めると、今度は香月の方を見る。
「その子、気に入ったわ。彼女の姿の人形を作りたいくらいよ」
「人形……? 魔術人形か?」
香月が尋ねると麗奈は頷いた。
「ええ、そうよ。解析魔術で記憶した特徴を魔術人形を作る時に組み込めば完璧な造形に出来るわ」
麗奈はそう言うと、クレアの方を見た。
「もし貴方が望むなら、私が魔術人形を作ってあげるわよ?」
『……いらない』
クレアが警戒した様子で麗奈の事を見る。香月の服をギュッと握ったまま離そうとしない。どうやら完全に麗奈に対して苦手意識を持ってしまったようだ。
「そう? 残念ね……」
そう言って麗奈は肩を竦めると、今度は香月の方を見る。
「じゃあ、そろそろ本題に入りましょう」
『本題?』
クレアが首を傾げると、麗奈は頷く。そしてソファーから立ち上がった。
「彼が機巧魔術を教えて欲しいと言ってきたのは、私のフリをして魔術人形を街に放つ作戦を実行してレナード・オルランドを騙し討ちにするの目的……って所かしら。合ってる?」
「ああ、その通りだ」
香月はそう言うとソファーに深く座り直す。
「それで、アンタは俺達に手を貸してくれるのか? その、レナードを騙し討ちする事に」
「ええ。私も個人的に彼を良くは思ってなかったし……それに」
そう言って麗奈はクレアの方を見た。そして妖しい笑みを浮かべる。
「彼女の人形を作ってみたいもの」
『ひっ!?』
そんな麗奈の言葉を聞いて、クレアは再び香月の後ろに隠れてしまった。
『ねえ、カヅキ! もうこの人と関わらないで!』
クレアが涙目になりながら叫ぶ。どうやら、彼女は完全に麗奈の事が苦手になってしまったようだ。
「ちょっとからかっただけじゃない。ああ、でも、貴女にとって悪くないと思うわよ」
そう言って、麗奈はクレアの頭を撫でる。
『な、何が?』
「だって貴女、彼の事が好きなんでしょう?」
麗奈はそう言うと、香月の方を見る。
「ねえ? カヅキ君」
そんな麗奈の言葉に、香月が苦笑いを浮かべた。
「彼に貴女の等身大の人形をプレゼントしたら、きっと喜んでくれると思うわ」
「いや、俺は別に……」
香月は否定しようとするが、麗奈に遮られてしまう。
「あら、遠慮なんてしなくて良いのよ?
本物と見分けが付かないくらいにかなり精巧に作ってあげるわよ。それこそ、あーんな事やこーんな事にだって使えるようにね」
そう言って麗奈は悪戯っぽく笑う。すると、クレアが香月の服の裾を掴んできた。
『カヅキ! 作ってもらおう!今すぐに!』
「いや、別に俺は……」
『作ってもらうの!』
「何で急にそんな積極的になるんだよ」
『カヅキにボクの人形であーんな事やこーんな事してもらって、カヅキの気付かない内にボクがすり替わるんだよ!』
「いや、まず俺がそんな事をする前提なのがおかしい」
そんな二人のやり取りを見て、麗奈がクスリと笑う。
「ふふ……仲が良いわね」
香月は溜め息を吐くと、改めて麗奈の方へと向き直った。
「早速だが、作り方を教えてくれ」
「ええ、でも」
麗奈はそう言うと、香月の方を見る。
「カヅキ君、貴方の魔術工房は?」
「俺の魔術工房? まあ、一応あるが……」
香月はそう言って首を傾げる。麗奈の質問の意図がよく分からなかったのだ。
「ここじゃダメなのか?」
「ダメって訳じゃないけど……ちょっと広さが足りないわね」
「広さ?」
香月が首を傾げると、麗奈は頷く。
「ええ、私が人形師から貰った造形魔術の術式は第二世代魔術なの。魔術陣を描くのにそれなりのスペースが要るからね」
「第二世代? アンタの機巧魔術は第四世代なんじゃないのか?」
香月が尋ねると、麗奈は首を横に振った。
「造形魔術よ。機巧魔術はあくまで人形に魂を入れてない時に人形を操る為の魔術なの。魔術人形を作るには造形魔術、それを使う必要がある。私の場合、第二世代魔術の術式を使ってるから……」
麗奈が部屋の中を見回す。そして、言葉を続けた。
「……そうね、魔術陣を描くのに最低でもこの部屋くらいの広さが必要だわ。家具をどけてここでやっても良いけど、それだとちょっと手狭ね」
「なるほど。なら、俺の工房に案内する。ついてきてくれ」
香月はそう言うとソファーから立ち上がった。そしてそのまま自分の寝室へと向かうと、麗奈もその後に続く。
「ここからが俺の魔術工房だ。簡単にだが異界化してある」
そう言って香月が部屋の奥にあるクローゼットを開くと、そこには黒い渦が広がっていた。
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