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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅲ 『時の回廊編』
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3. メルクヴィュルディヒリーベ⊕

 翌朝の指定された時間、香月はメモに記された住所を訪れていた。そこは大須商店街の外れにある雑居ビルの三階だった。

 

「ここか……」

 

 香月がその建物を見上げると、そこには『メルクヴィュルディヒリーベ』という看板が掛けられていた。

 

「メルクヴィュルディヒリーベ……ってドイツ語で『奇妙な愛(ストレンジラブ)』だったかな……。小難しい名前の店だな……」

 

 香月はそう呟きながらビルの中に足を踏み入れる。そしてエレベーターに乗り込んで三階のボタンを押すと扉が閉まり、そのままゆっくりと上昇を始めた。

 チンという音と共に扉が開くと、目の前には薄暗い廊下が続いていた。その突き当たりには一つの扉があるだけだ。どうやらこのフロア全体が一つの部屋として使われているらしい。

 

「……ここだな」

 

 香月はその扉の前まで行くと、軽くノックをした。すると中から誰かが近付いてくる音が聞こえる。それと同時にガチャリと鍵を外す音がして、扉がゆっくりと開かれた。

 中から出てきたのは麗奈だった。彼女は香月の姿を見ると、品定めでもするかのようにジロジロと眺め始めた。

 

「ふぅん……」

 

 彼女は小さく呟く。香月は訝しげに彼女の顔を見るが、彼女は特に気にした様子も無く口を開いた。



挿絵(By みてみん)


 

「……まさか、本当に来るとは思ってなかったわ。とりあえず上がりなさいな」

 

 そう言って彼女は香月を部屋の中へと招き入れたのだった。

 

     ◆


 中は雑貨店……いや、どちらかと言えばオカルトグッズの専門店のようだった。壁一面には様々なオカルトグッズが飾られており、部屋の中央にあるテーブルの上にも怪しげな置物などが置かれている。

 

「ここはね、ディヴィッド・ノーマン……私達の組織の出資で経営してた店の一つなの。私達のオークションに参加する客もここで呼び込んでいたわ。ここならレナードにもバレてない筈よ」

 

 霧島麗奈はそう言いながら、部屋に置かれたソファに腰掛けた。香月もその向かい側に腰を下ろす。すると彼女はテーブルの上にあったティーポットを手に取り、二つのカップにお茶を注ぎ始めた。

 

「確か、アンタもディヴィッドのオークションの顧客リストに入っていたな」

 

 香月はそう呟く。麗奈がその言葉に頷いた。

 

「ええ、この店に来ていた頃は単なるオカルト趣味に傾倒した学生だったわ。でも、ある日ディヴィッドの主催するオークションに参加して、そこで彼から声をかけられて……」

「今に至る……と」

 

 香月の言葉に麗奈が静かに頷く。そしてカップの中のお茶を見つめながら続けた。

 

「ディヴィッドは言ってたわ。『お前の中には素晴らしい素質がある。お前ならきっと凄い魔術師になれる』ってね。……それからは、彼の言う通りだったわ」

 

 麗奈はそう言ってお茶を一口啜った。そして再び話し始める。

 

「元々オカルトには興味があったし、彼の話す世界のこともとても魅力的に思えたわ。それに、私自身も魔術を本当に使えるようになるならと喜んで彼の元へ行った。ディヴィッドは色々な魔術書を取り寄せてくれて、それを読み解くのも面白かったしね」

 

 彼女はそう言うとカップをテーブルへと置いた。そしてふぅっと息を吐くと、言葉を続けた。

 

「……でも、ディヴィッドは魔術協会(あなたたち)に目を付けられてたから。だから死んでしまったのね。それでディヴィッドの仇討ちをしようって、私は私一人でも魔術協会(あなたたち)と戦おうと思っていたのだけど……」

 

 彼女はそこまで言うと再びカップに口をつけ、静かに啜った。

 

「……でも、何か気が削がれてしまったわ」

「どうしてそう思う?」

 

 香月は尋ねる。麗奈は香月の顔を見るとフッと笑った。

 

「だって、貴方は私より優秀な魔術師だわ。でもその癖に戦っている相手の胸をうっかり触ってしまうくらいのおマヌケさんなんだもの。後で思い返してたら何だかおかしくって」

 

 香月はその言葉に思わずムッとする。

 

「あ、あれは不可抗力だって何度も……!」

「あら、おっぱい星からの恐るべき侵略者さんは私の胸はお気に召さなかったのかしら? それとも、もうちょっと侵略してみたい?」

「……!? な、何言ってんだ! 触んねえよ!」

 

 揶揄うように麗奈が目を細めると、香月が顔を真っ赤にしてそう反論する。その様子に麗奈は声を上げて笑った。

 

「本当に面白い人ね、貴方は。それにちょっと可愛い。お陰で久しぶりに一人で笑ってしまったわ。ディヴィッドは私の全てだった。復讐って意気込んで来たのに……なんか馬鹿馬鹿しくなっちゃったの」

 

 そう言うと彼女は立ち上がって、部屋の奥へと歩みを進めた。そして一つの棚の前に立つと、そこに飾られていた人形を一つ手に取って言った。

 

「これはね、ディヴィッドが私に買ってくれた人形なの。『お前はどんな一介の魔術師よりも優れた才能を持ってる』って……」

 

 麗奈はその人形を優しく撫でると、再び香月の向かい側へと戻って来た。そしてカップに残ったお茶を一気に飲み干すと、再び話を始めたのだった。

 

「……それで、ディヴィッドは取引相手の人形師(ドールマスター)っていう──有名なはぐれ魔術師だから貴方も知ってるでしょ? 彼を紹介してくれた。それで機巧魔術を教わってね。初めて機巧魔術で動かしたのがこの子よ」

「その人形が?」

 

 香月が尋ねると麗奈は頷いた。

 

「ええ。この子は『玩具の兵隊(プレイング・ドール)』っていうの」

 

 そう言うと彼女はテーブルに置かれたカップの横に人形を置いた。するとどこからともなく可愛らしい音楽が流れ出す。そして次の瞬間には人形は立ち上がっていた。それはまるで生きている人間のようにも見える動きだった。

 

「これが……機巧魔術……」

 

 香月は思わず声を漏らすと、座ったままでジッとその動きを観察した。そして自分の手を見てから人形の方を見て言った。

 

「これ、俺にもできるのか」

「さあ……? 私は人形師(ドールマスター)に魔術刻印を仕込んでもらったから……使い方は分かっても魔術的な仕組みまではまだ教えられないわ」

「いや、魔術刻印だけなら恐らくアンタと同じ物が使える」

 

 香月はそう答える。麗奈が驚いたように目を見開いた。そして真剣な表情で尋ねる。

 

「……本当に?」

「ああ」

「アレは魔術市場で出回ってる汎用の魔術とは比べ物にならない遥かに上等な術式なのよ? それを貴方は使えるっていうの?」

「ちょっとしたルートでな、手に入れたんだ」

 

 若干、誤魔化したように言う。流石に他の未来で麗奈と対峙して手に入れたとは言えなかった。麗奈は信じられないといった顔で香月を見つめていたが、やがて小さく溜め息をついた。

 

「……まあいいわ。それで?」

「やり方を教えてくれないか。アンタに言ってただろ、協力して欲しいって」

「何に使う気?」

「俺は変身魔術が使える。俺が霧島麗奈としてレナードに接触する」

 

 香月がそう答えると、麗奈は再び小さく溜め息をついて言った。

 

「……いいわ。でも条件があるわ」

「何だ?」

「貴方の魔術刻印を私に見せて頂戴」

 

 彼女はそう言うと、真っ直ぐに香月の目を見つめたのだった。


     ◆


 香月は麗奈に促されるまま、シャツのボタンを外して上半身裸になった。そしてズボンも脱ぐように指示される。彼は少し躊躇したが、結局言われた通りにした。

 

「下着までは良いわ」

「な、なあ上半身までで良かったんじゃ……」

「魔術を扱う者同士だもの。恥ずかしがる事ないじゃない。丸裸にされるよりはマシでしょう?」

「そりゃ、そうだな……」

 

 新しく魔術刻印を彫って貰うのに確かに陽子には丸裸にされたのを思い出して香月は苦笑した。

 麗奈はそんな彼の様子を気にすることもなく、彼の裸の上半身を見つめながら言った。

 

「それにしても……本当に逞しいわね」

 

 そう言って彼女は手でペタペタと彼の身体を触り始める。その感触に少しくすぐったさを感じつつも彼は好きにさせた。

 

「ふぅん……」

 

 麗奈はそう呟きながら彼の胸板や腹筋を触る。そして満足したのか手を離した。

 

「さて、それじゃ貴方の魔術刻印を見せて貰おうかしら」

 

 彼女はそう言って彼の背後に回ったのに合わせ、香月が背中と右腕を意識して魔力を流し込む。すると、青白い光を放って浮かび上がった。

 麗奈が背中に刻まれている魔術刻印を見る。

 

「変身魔術に解析魔術、肉体強化魔術……それにこれは解析魔術の記憶補助術式かしら。それにこの脈打ってるような術式は……わからないわね。どれも汎用的な物では無いわね。それにしても機巧魔術が無いように見えるけど」

「自在術式だ。頭に術式を思い浮かべれば……」

 

 香月がそう言って念じると、彼の背中の自在術式が形を変わって広がる、複雑な紋様が左腕にまで伸びて麗奈の機巧魔術を剽窃した術式を浮かび上がらせる。

 

「へぇ、便利ね」

 

 麗奈は感心したように言った。彼女は続けて尋ねる。

 

「変身魔術を使って私の姿になるなら、解析魔術で私の姿を記憶する必要があるわよね?」

 

 そう言って、手を差し出してくる。

 

 前回の未来で麗奈と戦った時に麗奈には解析魔術は掛けている。しかし現在は過去に戻ってきているからその記憶が使えるかどうかはわからない。解析魔術と変身魔術、それに自在術式に付随させてある記憶補助の術式は、データとしての蓄積ではなく脳内にある記憶容量の圧縮とかいう理論だった筈だ。未来で覚えてきた筈の魔術が使えてた以上、麗奈への変身はできる筈だが、いざという時に出来ないでは意味が無い。

 

 念の為に麗奈に解析魔術を掛けておくべきだろう。そう考え、香月は麗奈の言葉に頷いた。

 

「ああ、頼む」

「……何だか返事が遅かったけど、どうかした? やっぱりおっぱい星からの恐るべき侵略者さんは胸の方が良いのかしら」

 

 麗奈が真顔で言う。相変わらず冗談で言ってるのかどうかがわかりにくい。

 

「それ、気に入って言ってんのかよ……」

 

 麗奈はしれっとした顔で頷いた。

 

「そうよ。貴方(あなた)揶揄(からか)甲斐(がい)があるから。これも私の復讐よ。何か問題でも?」

「いや、別に」

「何か不満そうね。いつでも復讐してくれて良いって言ったのは貴方じゃない」

「そりゃそうだが……まあいい、始めるぞ」

 

 そう言って、彼女の手を取った。

 

Analysis(アナリシス)《解析》」

 

 香月はそう呟く。すると彼女の手と触れている部分から彼女の身体と魔術刻印の情報が脳裏に流れ込んで来た。

 そこで気付いた事があった。

 

(解析魔術と変身魔術、機巧魔術しか無い……)

 

 多分、これが霧島麗奈が本来身体に彫っていた魔術刻印なのだろう。今の麗奈に無かった魔術刻印は計画の実行に併せて新しく(こしら)えた物だったようだ。

 

(魔術人形を街に放った時に肉体強化魔術や風魔術やらは彫り師に急遽彫って貰ってたんだな……)

 

 手を離して、脱いだ衣服を着直す。麗奈が口を開いた。

 

「……一応、変身してる姿を見せてくれるかしら」

「ああ、わかった。Trance(トランス)《変身》」

 

 香月がそう呟くと彼の体が軋むように形を変えていった。髪は伸び骨の形を変え肉付きが変わり、麗奈の姿となった。

彼女は感心するように声を上げていた。

 

「へえ、私そっくりね。声も変わってるのかしら?」

 

 そう言って彼女は自分の喉に手を当てる。香月は頷くと、麗奈の声を発した。

 

「これで構わないかしら?」

「口調まで真似てくると私にしか見えないわね」

 

 彼女は感心したように呟くと、少し考え込んだ後に言った。

 

「……ねえ、貴方はその姿でレナードに接触するのよね?」

「ああ、そうだ。そのつもりだが、何か問題でも? まさか、俺がアンタのフリをするのは問題か?」

 

 香月が尋ねると彼女は首を振った。そして少し考えてから言った。

 

「いえ、別に構わないわ。でも、貴方が私の姿でいる間は私はどうしていたら良い?貴方がいない間、私は貴方の代わりでもした方が良いの?」

「ああ、そうか。確かにそうだな……」

 

 香月はそう言って考え込む。そしてふと思い付いたように言った。

 

「……俺がアンタに変身している間、アンタが身を潜める必要はあるよな」

「ええ、そうね」

「なら、ウチに来いよ。部屋も余ってるしな」

 

 その香月の提案に麗奈は驚いたように目を見開く。

 

「え、良いのかしら?」

「ああ、今は俺しか住んでないからな。幼なじみがちょいちょい遊びには来るが、まあ話しておけば問題は無いだろ」

「貴方は私がディヴィッドに変身して、銀行に押し入った事は知ってるわよね。それに私の父親を撃った件だって……」

「表の世界の法律じゃ、アンタは裁けないよ。立証が出来ないからな。それにアンタの父親の事は心配しなくて良い。生きている。病院に忍び込んで回復魔術を掛けておいた。その内目を覚ますさ」

「それでも私のした事に関しては魔術協会は黙っていないでしょう」

「さっきも言ったが、アンタの存在はまだマークされてはいない。この一件が終わったらどこかへ身を眩ませると良いさ。それまでの協力関係だ。少なくとも教皇庁の検邪聖省(魔女狩り)にはターゲットにされる可能性は否定できないが」

「……貴方は、私が怖くないの?」

 

 麗奈が彼をじっと見つめる。瞳から何かを読み取ろうとしているが、彼の真意を読み取る事は出来ないような反応を示した。香月は肩を竦めた。

 

「ま、アンタが何かしでかすってんなら俺が止めるさ。でも、アンタはそんな事しないだろ? それに……俺はアンタの事は憎い訳じゃないしな」

「そう……」

 

 彼女は少し考えてから、ひとつ息を吐き出した。そうして頷いた。

 

「……分かったわ。それなら貴方の家にお邪魔する事にする。でも、私は貴方を信用はしないわよ?」

「ああ、構わないよ」

 

 香月はそう答えたのだった。

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