6.イヴの監視⊕
既にクレアが手配してくれていた処理班と後に合流、任務地点を後にした。
今回は魔術師ではない囚われていた一般人を救出したお陰で処理班は警察官に扮しての到着となった。この一件は「反社団体同士の抗争」というカバーストーリーを流布して処理する方針らしかった。
警察の偽装までして来ているが、現場は人払いの結界魔術を展開させ魔術的な証拠が残らない程度に隠滅・改ざんが加えられる。警察の格好をしているのはあくまで更なる目撃者が生まれた時に警察沙汰があったと勘違いさせるミスリーディングだ。
そして一通り現場に証拠がなくなった後、本物の警察に通報が入って現着したとしても魔術に結びつく痕跡は上がらない。捏造された証拠によって疑わしい人物や団体に行き着きはすれど、真相は闇の中へ消える。
ディヴィッドが収めていたオークションへの出品物の在庫と思しき物は全て処理班によって押収された。
倉庫の警備に使われた男達はかけられていた精神操作魔術を解除、回復魔術で負った怪我を元通りにした後に、カバーストーリーに沿った話に記憶を処理されて解放された。彼らからは精神操作魔術の影響下だった為だろう、ディヴィッドに関する情報は一切聞き出せなかったようだ。
一方、イヴはというと安全な場所に連れて来られた後に処理班に引き渡された後は聞き取りにだいぶ時間がかかっているらしかった。
それと言うのも、彼女は何故かディヴィッドの精神操作の影響下になく、またディヴィッド・ノーマンを名乗る人物の顔を見たと証言したからだ。
満月亭のカウンターで、タブレットの画面に映された動画を見ながらジェイムズが言った。
「あの子が言うには、ディヴィッドを名乗った男は写真の男とは似てるようで少し特徴が違うらしい」
「違う?」
香月が首を傾げる。
「つまり、ディヴィッド本人では無いって事か」
「詳しい事は本人もわかっていないようだがな。だが、ディヴィッド・ノーマンであることは間違いないとあの子は証言している」
ジェイムズが映像をタップして、拡大表示する。そこには確かに、あの倉庫に捕えられていたイヴの姿が映し出されていた。彼女は、刑事に扮した協会の構成員にぽつりぽつりと語り出したという。
「車に連れ去られてから……あの倉庫の部屋に入れられた時に……、私は今度のオークションの大事な目玉商品だって言ってた親玉みたいな人が……ディヴィッド・ノーマンって人でした。私にそう……名乗ったんです。でも、この写真の人じゃなくてもっと若い……。服装とか、髪型は同じだけど年齢とか顔立ちがこの写真とは違う……」
イヴの証言を元に作られた似顔絵は、ジェイムズに見せられた写真とは随分と違った物に見えた。
「どう思う?」
香月の問いにジェイムスがかぶりを振る。
「わからん。だが、相手は抹殺指定のはぐれ魔術師だ。協会が禁止してる肉体の入替くらいしていてもおかしくはない。若い肉体に鞍替えをしたと考えられるがな」
「だろうな……それで、イヴについては今後どうする?」
「一通り、聞き取りを終えた後は記憶処理を施して解放する予定だ。ただし、彼女は割とメディアに露出しているそれなりに有名な子らしいじゃないか。彼女に思い込ませる記憶の方向性は決めあぐねているが、隙を見計らって自力で脱出したという筋書きで行くつもりだ。それにしても──」
「どうした?」
「何だろうな、俺はこのEVEという子が何か引っかかる。この容姿が……」
『妖精みたいだ……』
それまで黙っていたクレアが顔を上げて、二人に聞こえるように伝声を発した。耳小骨を震わせて直接届けるのではなく、空気を振動させて音を発生させている。
その発言に思わず香月が苦い顔をした。どうやらクレアはまだ根に持ってるらしかった。
『まったく。ジェイムズのおじ様も若くて綺麗な子にメロメロになっちゃったのかな。まあ、相手は芸能人だもんね。モデルさんだからね。すごい綺麗な子だし。でも流石に色々と節操が無いと思うんだよね、ボクは』
「おいおい、俺はだな……」
『その歳になって若い女の子に鼻の下を伸ばしてるのどうなのって』
責め立てるように言うクレアに乗じて、香月も口を挟む。そのまま喋らせていると矛先が最終的に間違いなく自分に向かって来そうだったからだ。
「そうだな。女遊びに現を抜かすとは、焼きが回ったんじゃないかジェイムズ」
「あのなあ、お前ら面白がって言ってないか。いいか、よく聞け。……と言いたい所なんだが、何だったかよく思い出せん。あの純白の髪、透き通るようで生命力を感じさせる白い肌、赤い瞳。聖書に関係があった気がするんだが………」
「まあ、芸名がEVEだしな。そりゃ関係あるだろ。そういえばよ、聖書と言えば。あの吸血鬼の神父はどうなったんだ? あれはディヴィッドの手下だろ? 尋問はできたのか?」
「ああ、それか。それなんだがな……」
そう言って、ジェイムズはタブレットを操作して別の動画を見せてきた。男を轢いたトラックを移動させて、壁とトラックの間に挟まれているであろう男の身体の確認をしている場面だった。
「見ての通りだ」
ジェイムズがタブレットを香月に近づける。処理班の一員が現場を撮った映像だ。
処理班がトラックを動かしている映像をしばらく見ていると、カメラの視点が動いて壁との距離が離れたトラックの前方に回っていった。
そこにはあるべき男の肉体が無く、代わりに夥しい量の血が溜まっていたのだった。
「この映像はな、あの倉庫から運び出された後に撮影されたものらしいんだが……そこに誰も居なかったんだよ」
「あの男、並のはぐれ魔術師ではなかった。何せ吸血鬼の肉体を持ってる。再生能力もあった。生きて逃げ果せたと考えるのが妥当だろうな」
「ああ。カヅキ、お前が交戦したという神父風の男というのもな。そっちにも引っかかるもんがあるんだ」
そう言ったジェイムズに、クレアと香月がそれぞれ思った事を口にした。
『妖精みたいだ……』
「男遊びに現を抜かすとは焼きが回ったな………」
ジェイムズは二人の発言に顔をしかめた。
◆
その後、一通りの聴取を終えてイヴは記憶処理を受けて解放された。
香月とクレアの二人は、ジェイムズから解放されたイヴを狙ってディヴィッドの支配下の人間達が現れないか監視するよう命じられてここ数日その任に着いていた。
『おじ様は、あの子が何らかの特異体質があって人身売買を目的に誘拐されたんじゃないかって考えてるみたいだよ』
ビルの屋上から双眼鏡を覗き込んでいる香月に、クレアが伝声した。彼女は香月とは別の場所で、集音魔術による状況把握をしていた。
「ああ、多分昔の俺と同じだろう。肉体の入れ替えまでする魔術師は、より強い身体や何かしらの能力を持つ身体を求めるだろうしな」
『孤児院が多額の寄付と引き換えに子供達を引き渡してたっていう人身売買の事件だね。カヅキもそうだったんだっけ』
「まあな。俺の場合は小学生の頃に家族との海外旅行中に事故に遭った。それで両親を亡くした後、孤児院に保護されたんだがそこが悪徳な所でな。とある魔術師に売り渡されて身体を弄られた挙句、商品として売られそうになった所を協会に保護されて今に至るって訳だ」
『抹殺指定魔術師、人形師……。魔術師向けに加工された子供の肉体を売るっていう闇ブローカー。有名なはぐれ魔術師の一人……』
「ああ。かなり悪徳な方のな。根源を目指す魔術師達の間で、より強い肉体を求めて亜人化が流行していた頃に没落した人狼の身体を持った魔術師の家系だったらしい。それを見抜かれていたから素材に使われたんだろうな。俺はそいつに魔術的な加工を加えた他の子供達の臓器や筋肉を色々と移植されて改造された」
『あの子についてはどう思う?』
双眼鏡を覗いた先にはイヴの姿があった。ここ数日、他の構成員と交代しながら彼女の生活の様子を伺っていたがこれと言って進展はなかった。クレアによると今日はマネージャーからの今後のスケジュールの打ち合わせの電話があったという報告はあったが、それ以外は特にはなくオフらしかった。
今日は出かけて商店街でお買い物というところだろう、自宅から徒歩で15分ほど歩いた距離にある、この街の若者だけでなく高齢者まで訪れる活気のあるショッピング街に来ていた。
大須商店街。家電屋、呉服屋、古着屋、雑貨屋から新旧グルメ、サブカルチャーまで揃うごった煮の街だ。
「さあな……。手口は似ているが多分、俺とは少し違うんじゃないか。連れ去られてから他に何かされたような様子がなかったからな。イヴが元々持つ特異体質に商品的価値があったんだと思うんだが」
イヴは店先でずらりと並んだ服を物色していた。時折、気に入った服があれば試着する為に店の中へ入っていってしばらく経つと紙袋を提げて出てくる。香月からは距離があるので店員と何を会話してるかまではわからないものの、その仕草から楽しんでいる様子が伺えた。
『うーん……ボクもそうだと思うんだけどね……』
クレアは何か言いたげだったが、言葉を濁す。
「どうかしたのか?」
『ここ数日こうやってあの子の周辺を監視してはいるけど、何も進展が無いからさ』
「そうだな……。もしディヴィッドにとってイヴが相当な値打ちがつく商品だったとしたら、取り返しに来てもおかしくないんだがな……」
イヴが服屋から出て来ると今度は表通りに面した商業ビルに入って行った。
「大須301ビルに入った。ここからじゃ見えない。監視対象の近くまで移動する」
『了解』
香月はイヴを追うように双眼鏡を覗くのを中断し、人目につかないようにビルの配管に沿って飛び降りながら、建物の入り口に入り彼女の後をつける形で近くまで移動した。
イヴが次に入ったのは2階にあるイヤホン・ヘッドホン専門のショップだった。
棚に展示されてるヘッドホンを見る振りをして店内の様子を探る。
どうやらイヴは目当ての何かを探しているようだったが、すぐに見つかったのか商品を手に取ってしげしげと眺めている。
携帯電話で通話している振りをしながら、香月は少し離れた位置で彼女の様子を伺っていた。小声で、どうせ音を拾っているであろうクレアに言葉をかける。
「近くまで移動した。周囲に怪しげな人物は居ないな」
『オーライ。こっちも音を聴いてモニターしてる。異変があったら知らせて』
「了解」
香月がイヴへ視線を向けていると、ふと商品に目を向けていたイヴが横目でこちらを見てきた。思わず視線を伏せる。
『? どうかしたの?』
「いや……」
そう言って、再びイヴの方へ視線を戻す。目が合うのを恐れて思わず視線を外してしまったが、気のせいだろうか確信的にこちらを見てくるような気がする。
「何だろうな……、こちらの存在に気がついているように思えるな」
『何度も視線を感じる? 』
「いや、そんな感じではないが……」
『監視してるのがバレてる? うーん、まさかとは思うけどストーキングされてるとか思われてないかな』
「そうかもしれない。怪しまれない程度に続行する」
イヴがイヤホン・ヘッドホンのコーナーを離れた後に、香月も後を追うように移動する。ヘッドホンは、しばらく値段と性能を見比べるようにして手に取っていたが購入には至らなかったようだ。
「どういう事だろうな……。まさかとは思うが俺の正体がバレてるとか」
『それなら監視してるのに感づかれてるなんてボク達がそんなヘマをする訳ないじゃない』
「まあな……」
『でも、ちょっと気になるね。あの子が本当に監視に気づいてて、その上でカヅキの存在に気づいた上で無視しているとしたら……。もしかして、あの子が何かを仕掛けようとしてる……とか』
「記憶処理もされてるんだ。そんなまさかだろ」
香月はイヴがビルを出たのを確認して、後を追った。
◆
大須301ビルからしばらく歩いた所にある喫茶店に入ったイヴを少し離れた席から監視しながら、香月は注文したアイスコーヒーに口をつけた。合流したクレアは紅茶を飲んでいるようだった。
「しかし、本当に何も起こらないな」
『そうだね……ディヴィッドの手駒らしき人物も見た感じ居ないようだし、彼女も何も仕掛けてくる様子がない。こっちに気付いてて敢えて無視してる……とか』
「まさかとは思うが、俺達を誘い込む為にあえて人気のない店を選んでいるという可能性は……?」
『どうだろうね。彼女も芸能人だし、人の目を避けれる店を選びそうとは思うけど……』
香月はイヴが喫茶店で注文したホットチョコレートのカップに視線を向けた。彼女はそのカップを手に取り口をつけた後、再びテーブルに置いた。
すると、彼女が立ち上がり二人のいるテーブルに近づいてきた。
やはり監視に気づいている──
そんな風に思い、香月が身構える。しかし、どうということはない。記憶処理を受けた彼女にとって自分達は会った事のない他人の筈だ。
イヴが二人の目の前で立ち止まる。彼女の口から出たのは意外な言葉だった。
「ねえ、二人とも。何で私に声をかけてくれないの? この前あんな事があったのに」
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