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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅲ 『時の回廊編』
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2.霧島麗奈の説得⊕

 過去に戻ってきているなら、霧島麗奈とは初対面だ。つまり、こちらの手の内は全く相手にはわかっていない。それは好都合な事だった。

 

「行くぞっ!」

 

 香月は麗奈に向かって駆け出し、拳を振りかぶって飛び上がる。しかし、その拳は麗奈には届く事はなかった。

 

「なっ……⁉︎」

 

 拳が振り下ろされる瞬間、一瞬で麗奈の眼前から香月の姿が掻き消えたのである。それは自在術式による空間跳躍魔術だった。殴りかかろうとしたのはあくまでフェイントであり、麗奈の視線と意識を向ける為の()()だった。

 

「動くな」

 

 突如、背後から聞こえた声に麗奈は身体を硬直させる。彼女の背後から腕を回し、香月の手は彼女の首に下げた赤い魔石の(はま)ったペンダントトップを握っていた。

 

Resonant(レゾナント) Collapse(コラプス)《共振破壊》」

 

 麗奈の耳元で(ささや)くかのように香月は(おごそ)かに(つぶや)く。瞬間、ペンダントが甲高い音を立てて砕け散った。

 

「っ……!? 賢者の石が……」

「これがアンタの魔力を強力に増幅させている事は知っている。もうアンタには勝ち目は無いぜ」

「くっ……やってみなければ──」

「悪あがきならやめとけ。アンタはもう詰んでる」

 

 麗奈は身体を動かそうとするが、香月はそれを許さない。

 

「くっ……放しなさい!」

「アンタの目的はディヴィッドが死んだその仇討ちだ。俺達がディヴィッドを追い詰めて、結果死なせたのは事実だ。だからいつでも俺に復讐してくれて良いさ」

「その手を放しなさいって言ってるの!」

 

 麗奈は懸命に身体を動かそうとするが、香月との身体能力の差は歴然だった。香月の腕はガッチリと彼女を押さえ込んでいる。

 

「香月君……最低……」

 

 そんな中、イヴがジト目で香月の事を見据えてそう言った。そう言われると思っていなかった香月は思わずイヴに反論する。

 

「最低!? いやいや、それはおかしいだろ!」

「じゃあ、その手が触ってる物は何なの?」

「へ……? ……あ」

 

 言われ、香月はそこでようやく気が付いた。それは自分の右手が麗奈の肩をガッチリと掴んでおり、もう一方の左手は彼女の胸に置かれていたのだ。

 

「……えっと、あ、こ! これは! ふ、不可抗力だ!」

 

 慌てて香月はそんな言い訳を口にしながら、慌てて両手を麗奈から離す。

 イヴが香月をジト目で見るのも当然と言えば、当然の事だった。

 

「ねぇ……香月君……」

「は、はいっ!」

 

 イヴに睨まれて香月は思わず姿勢を正した。彼女の眉は完全に吊り上がっていた。

 

「今、絶対わざとやってたよね!?」

「い、いや! そんな訳ねえよ! 本当に不可抗力なんだって! そ、そんな事よりもだ!」

 

 香月は強引に話を逸らそうとする。しかし、既に時遅しだった。イヴがジト目のまま麗奈の方を見ると、彼女は顔を真っ赤にして両腕で胸を隠すようにして俯いていたのである。完全にセクハラ案件だった。

 

「……やっぱり最低」

「え!? いや、これは事故だ!」

 

 香月は必死に弁解するが、もはやイヴのジト目が変わる事は無かった。

 

「……ずれ……すわ」

 

 麗奈は顔を真っ赤に染めたまま、消え入りそうな声でそう呟くのが精一杯だった。

 

「……へっ? 何?」

 

 香月が聞き返すと、麗奈はキッと彼を睨みつけた。

 

「いずれ殺すわ。認めてあげる、今回は私の負け。でもね、貴方の事はいずれ絶対に殺す。覚悟してなさいこの……この変態!」

「へ、へんた……⁉︎ いや、悪かったって!これは事故なんだ! それに変態って何だよ! 不可抗力だって言ってるだろ!」

「うるさい、変態! 痴漢!」

「だから違うってのに!」

 

 何故か痴話喧嘩のような言い合いをし始めた二人に、イヴは呆れ顔を香月に向けた。

 

「香月君の変態。おっぱい星人。そんなにそのお姉さんの胸が気になってたの?」

 

 イヴがジト目のままボソッと呟くと、麗奈は更に顔を真っ赤に染めた。そしてそのまま彼女は逃げるように走り去っていく。

 

「……何なんだよ、本当に」

 

 そんな彼女の後ろ姿を見ながら香月は呟いたのだった。


     ◆


「なあ、機嫌直してくれよ……」

 

 イヴのジト目を感じながら、香月はバツが悪そうに口を開いた。

 

「知りません」

「いや、アレは事故だったんだ」

「……知りません」

 

 イヴは完全に拗ねていた。ムスッと膨れっ面のまま一向にこちらを向こうとはしない。今彼女がどんな顔をしているのか簡単に想像がつくだけに、香月の罪悪感は増すばかりだった。

 

「……なあ、本当に悪かったって」

「知りません」

「いや……でもさ……」

「……何ですかー? 私にはおっぱい星の言語はわかりませーん。私は今、機嫌が悪いので話しかけないでくださーい」

「いや、でもさ……その……」

 

 香月は口籠もる。イヴはそんな香月を肩越しにチラリと見た。そして彼の様子から何かを感じ取る。

 

「……何ですかー?」

「いや……その……何というか」

「……ハッキリ言ってくれないと分かりませーん」

 

 イヴがそう言うと、香月は意を決したように口を開いた。

 

「イヴの機嫌を損ねたのは、本当に悪かったと思ってる。俺にできる事があれば何でもするから、機嫌直して欲しい……んだけど」

 

 その言葉にイヴはピクリと反応する。片目でチラリと香月の方を見るようにして、

 

「ふ〜ん、何でも〜?」

「あ、ああ……」

「本当に〜?」

「男に二言はねえよ」

 

 イヴは香月の言葉を聞くと、少し考えるように俯いた。そして数秒後、再び顔を上げ彼を見つめる。

 

「なら……許してあげなくもないかなー?」


 そう言って、イヴはようやく笑顔を見せた。どうやら機嫌を直してくれたらしい事に香月はホッと胸を撫で下ろす。


「で? 何でもしてくれるって言ったよね?」

「ああ」

「……じゃあ、連絡先と新しい事務所の場所教えてよ」

「へ?」


 香月はキョトンとした顔になる。イヴのその要求があまりにも予想外だった為だ。


「だって、またいつ会えるか分からないし……それに私、まだ香月君の連絡先すら知らないんだよ?」

「あ……」


 言われてみれば確かにそうだった。以前、ディヴィッドとの戦いで別れて以来、彼女とは何度か再会しているが連絡先の交換はしていない。それは無論、魔術協会日本中部支部的には彼女の保護は教皇庁(きょうこうちょう)に任せ、なるべく彼女を魔術の世界から遠ざけるという方針があったからだ。そしてそれは再会を果たした今も変わらないのだ。


「……うーん。俺的にはあんまり魔術協会に関わって欲しくは無いんだが、イヴはどうせ俺の言う事なんて聞かないだろ?」

「私の事よく分かってるね。さすがは香月君」


 イヴはニコニコしながらそう言った。その笑顔を見る限り、おそらく本当に言う事なんか聞く気は無いのだろう。実際、街中で姿を探されて何度も追いかけてきた筋金入りだ。彼女は一度言い出したら聞かないのだ。だから香月が折れる事にした。


「……わかったよ。でも教えるだけだぞ? 連絡してくるなよ?」

「えー? それじゃあ意味ないじゃない」

「いや、俺が困るから……」


 そんな会話をしていると、通りの向こうの方から何やら視線を感じた。

 香月がそちらに目を向けると、そこにはジト目でこちらをジ~~〜ッと見てくる麗奈の姿があった。


「何だアレ……」

「何って、香月君への復讐? のチャンスを伺ってるんでしょ。全く油断も隙も無いんだから」


 イヴは溜息混じりにそう答える。どうやら彼女がジト目を向けているように感じているのは香月だけのようだ。

 香月は思わず溜め息をついた。


「おーい」


 そして香月は麗奈に声をかける事にした。すると彼女は驚いたような顔を一瞬見せ、すぐにまた警戒するように不機嫌そうな顔に戻った。


「おーいって。霧島麗奈、さっきは悪かった。ちょっとこっち来て話そうぜ」

「……」


 しかし、彼女は何も答えようとはしない。それどころか先ほど以上に不機嫌そうにさえ見えた。そんな様子に香月は思わず頭を掻く。


「あー、その……何だ。とりあえず場所変えようぜ? ここじゃ目立つし」


 そんな香月の提案に彼女はようやく口を開いた。


「べっ、別に私は構わないわ」

「……いや、俺が構うんだよ」


 麗奈はその言葉にフンと鼻を鳴らした。そして踵を返して歩き出す。


「良いわ、ついてきなさい」


 どうやら案内してくれるらしい。香月はイヴの方に向き直る。


「だそうだ。ちょっと行ってくるから待っててくれるか?」


 しかしイヴは不満そうに頬を膨らませた。


「そんなにあのクール系な綺麗なお姉さんのおっぱいが良かったの? 私より?」

「いや、誰もそんな事言ってねえって。あくまで不可抗力だって言ってるだろ」


 香月がそう答えると、イヴは更に頬を膨らませた。


「香月君のおっぱい星人」


 そしてプイっとそっぽを向いてしまう。どうやら機嫌を直すのはまだ先の事になりそうだった。

 

     ◆


 麗奈に案内された場所は喫茶店だった。繁華街の中にあるよくあるチェーン店で、二人はそこでコーヒーを注文する。人目に入りにくい奥まった席に向かい合って座る。

 ついこの前──と言っても未来の話ではあるが──死力を尽くした戦いをした相手が目の前にいる。しかも、喫茶店のテーブルを挟んで。

 そんな状況に香月は妙な緊張していた。



挿絵(By みてみん)



「……それで、何の用?」


 そんな香月を余所に、麗奈はまるで興味が無いとでも言うかのように口を開いた。

 香月は口火を切る為に話し始めた。


「……アンタはレナード・オルランドの協力を得て、日本中部支部(おれたち)にディヴィッドの敵討(かたきう)ちに来たんだろ」

「あら、そんな事までお見通しなのね」


 麗奈はそう言ってクスクス笑う。だが、すぐにその表情は真剣なものに変わる。


「それで? それが分かっているからどうだって言うの?」

「賢者の石は破壊した。アンタは俺には勝てないよ。だが、提案がある」

「提案?」


 訝しむように麗奈が聞き返すのに香月は頷く。


「ああ。レナード・オルランドを裏切って俺に手を貸してくれないか。アンタの事は協会的にも表沙汰になっていない。アンタの存在を知っているのは俺だけだ。俺が黙っているだけで良い。それにレナードは何かしらの計画をアンタに打診しているだろう? 魔術人形を街に放つ、とかな」


 憶測を交えて麗奈に語りかける。当たっていてくれと祈りながら。麗奈の反応は香月の望んだ通りの物だった。


「……そうね、確かに彼からはそう聞いているわ。彼が目的にしてる物が見つかったらその計画を実行すると」

「でも、アンタはそれに乗り気じゃない。何なら復讐には関係ない人間を巻き込むのは不本意だと考えてる筈だ」

「……」


 彼女は肯定も否定もしなかった。だが、それは香月の言葉を暗に認めたようなものだった。


「アンタは人形を街に放って無差別に人を襲わせる事を嫌がっている。かといって、賢者の石を失った今レナードの元へ戻ったとしても始末されてしまう可能性の方が高い。俺の用事が終わるまでで良い、その後は何処へでも身を眩ませてくれて構わない。だから俺に手を貸してくれないか?」


 その言葉に麗奈は深い溜め息をつく。そして香月の目を見据えて口を開いた。


「手を貸す、というのは具体的にはどういう事なのかしら?」

「俺はレナード・オルランドを何かしらの方法で討つつもりだ。それに協力して欲しい。その過程でアンタの事も助ける事ができる筈だ」

「……まるでお人好しね。私がどういう人間か、貴方は知っている筈でしょ? それでも救うというの?」

「ああ。アンタを助けたいと思ってる。協会的には魔術犯罪者を見逃す形にはなるが……それは俺がどうにかする。俺にはアンタに恨みはないからな。死なれちゃ気分が悪いのさ、アンタと同じだ。それにお人好しはアンタにも当てはまるだろう?」

「……そう」


 麗奈はそれだけ言うと考え込むように目を伏せた。そして十秒程思案した後に再び口を開く。


「まあ……でも仕方ないわね。正直に言えばあの計画はあんまり好きじゃないわ。それにこのまま戻っても始末されるだけでしょうし」

「なら……」


 そんな香月の言葉を遮るかのように彼女は続ける。


「それで貴方にいつでも復讐して良いのね?」

「ああ、もちろんだ」

「なら、その提案を吞んであげても良いわ」


 そんな短いやり取りの後、麗奈が手を差し出して来た。それに応え、二人は握手を交わす。


「……じゃあ、早速だけどちょっと顔貸してくれる?」


 そう言って麗奈は香月の顔に手を伸ばしてきた。香月は咄嗟に身構える。


「おい、ちょっと待っ……」


 そんな香月の言葉は彼女の行動によって中断された。突然、麗奈が香月の頬を摘むと、そのまま横にグイッと引っ張ったのだ。


「痛ででっ! 痛てえって!」


 香月は堪らず悲鳴を上げる。しかし、麗奈の手は止まらない。


「何するんだよ!」


 香月は彼女の手を軽く払い除けると、頬をさすりながら抗議の声を上げる。すると麗奈が不満そうに頬を膨らませた。その仕草はまるで小さな子供が駄々をこねているようだった。


「私の胸を触った事への復讐よ。文句あるの?」

「いや、アレは事故だって!」

「おっぱい星からやってきた恐るべき侵略者、だったかしら。私も侵略されないように気をつけなきゃね。あー怖い」

「変なあだ名をつけるな!」


 冗談のつもりなのかそうでないのかは彼女が真顔のまま言うので香月にはわからなかった。だが、そんな香月の反論に麗奈は口元を緩めるとフンと鼻を鳴らした。そしてそのまま席を立ち出口に向かって歩き出した。


「じゃあね。また貴方に接触するわ、侵略者さん」


 そう言って彼女は店を出て行ってしまう。テーブルの上にはメモが残されていた。それには住所の番地と共にこう書いてあった。


『明朝八時にここに来なさい』


 残された香月は呆然とその後ろ姿を見送った。


「……何なんだ一体」


 香月がそう呟くと同時に、背後から肩をポンっと叩かれた。振り返るとそこにはイヴが立っていた。どうやら一部始終を見ていたらしい。


「ほら、おっぱい星からの侵略者さん。忘れ物」


 そう言って彼女は一枚の名刺を差し出してくる。それはイヴの事務所のものらしい。その裏には電話番号とメッセンジャーアプリのIDが書いてあった。


「イヴ、お前な……」

「とりあえず今はその名刺で我慢してあげる。ちゃんと登録してよね」

「ああ。まあ、約束だからな……」


 そんな香月の言葉を遮るように彼女は口を開く。


「……何か色々あったみたいだけど、これで良かったの?」


 イヴはそう問いかける。その表情には不安の色が見て取れた。おそらく心配してくれているのだろう。香月は彼女の頭にポンっと手を置いて答えた。


「ああ、少なくとも敵として争うよりかは良いと思う」

「そっか、なら良かった」


 そんなイヴの顔を見て、香月は思う。これで彼女の存在はレナード・オルランドには伝わらない筈だ、と。


「……上手く行くと良いが」

「え? 何か言った?」

「いや、何でもないよ」


 香月は小さく首を振りそう答えると、テーブルの上に置かれたイヴの名刺と麗奈のメモを手に取ったのだった。

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