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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅱ『ディヴィッド・ノーマンの残党編』
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26.エピローグ⊕





 (──何だ?)




 






 (俺、まだ生きているのか……?)





 香月は目を開いた。するとそこには見知らぬ空間があった。


(ここは……何処だ?)


 身体に痛みはない。だが、ずっと眠っていたかのように頭がぼんやりとしている。俺はゆっくりと上半身を起こした。そして周囲を見渡す。そこは何も無い、白い空間だった。

 空間跳躍魔術で逃走するディヴィッドを追い詰める際に、クレアが展開していた魔術空間に似ている。建物などもなく、どこまでも白い景色が悠久に続いているように感じられる。


「俺は死んだんだよな……?」


 そう呟くが、その言葉に返事をする誰かも居ない。

 イヴに指を突き刺された胸の辺りを確認するが、傷痕も無かった。血の跡すら見当たらない。だが確かに心臓を抉られた感覚があった。


「一体、何なんだ……」


 訳の分からない状況に香月が戸惑っていると、遠くの方から何かが聞こえた。

 ゆったりと、規則的に、何かの機構が作動するカチ、コチという音だ。

 香月は音のする方へと歩いて行く。するとそこには、巨大な黒い立方体が浮かんでいた。その立方体の一辺は十メートルほどもあり、その中が空洞になっているのか、壁が透けている。そしてその立法体の上に、一人の少女が座っていた。

 少女は長い銀髪を垂らし、白いワンピースを着ている。肌の色は白く透き通るほどだが、血色は良いようだ。年齢は12歳前後に見える。


「ここは何処だ?君は誰なんだ?」


 香月が少女に問いかける。しかし、少女は何の反応も示さない。


「おい、聞いているのか?君は誰なんだ?」


 再び問いかける。すると、彼女は浮かび上がる立方体から降りて地面に降り立った。

 ワンピースのスカート裾を摘んで軽く会釈だけすると、香月の脇を通り過ぎようとする。


「なあ、待ってくれ──」


 香月が少女の肩に触れようとすると、突然その空間が眩い光に包まれた。


「うッ……!」


 思わず腕で顔を覆う。そして光が収まったのを感じて目を開けると、そこには誰も居なかった。


(何だったんだ……?)


 すると再び、カチ、コチという音が聞こえる。その音は立方体のその中央から聞こえてくる。香月がそちらに視線を移すと、立方体の中は空洞になっている訳ではなく、巨大な機械の歯車が複雑に噛み合っていた。


「何だ……これは……」


 そして再び空間が光に包まれたかと思うと、その浮かび上がる立方体は消えていた。代わりに宙から何かが舞い降りてくる。紙だ。それがヒラヒラと舞い降りて、地面にパサリと落ちる。

 香月がそれを拾い上げると、その紙は見覚えのある物だった。


L'ami(ラミ) de(ドゥ) rose(ローゼ)のチラシ……? しかも……」


 チラシの一番下に手書きのメッセージが添えられている。


「ここが君のスタート地点になる。よーくおぼえておいて!」


 それは、陽子と初めて会った時に渡されたチラシに書かれていた文字と全く同じだった。香月はチラシを畳んでポケットにしまう。


「何が何だかわからないな……いったい何なんだ……?」


 そう呟いた時、白い空間の中でボーン……ボーン……と振り子時計の時報が鳴る音がした。


「これは……?」


 周囲を見渡すと、いつの間にか香月の背後に大きな振り子時計が立っていた。その時計は、しばらくの間、不気味な静けさの中に佇んでいたが、やがて、針が何かに引き寄せられるように本来時を刻むのとは逆の動きを始めた。

 奇妙なことに、刻まれる音は逆さに響き、周囲の空気が一瞬で冷たくなる。


「何が……どうなって……」


 時計の秒針は止まることなく、時を刻み続ける。その機械音を聞いていると、だんだんと頭がぼんやりとしてくるような感覚に襲われる。


(これは……魔術……か……?)


 突然、時計の針が逆回転を始めるように見えた。

 視界がかすみ、まるで記憶の底へと沈んでいくような感覚が広がっていく。香月はふらつきながらその場に倒れ込み、そして意識を失った。


     ◆


 次に香月が目を覚ますと、ベッドの上だった。そこで伸びをする。どうやら長らく眠っていたらしい。

 目覚めた場所は、陽子の魔術空間である夜咲く花々の廷(ナイト・コート)の魔術工房の中だった。

 そして自分が下着一枚の姿である事に気づくと、ペタペタと身体中を掌で触って確認した。やはり、傷は無い。


 (俺、死んだんじゃ無かったのか……? アレは夢だったのか……?)


 香月はベッドから起き上がると、そこに陽子が居た。



挿絵(By みてみん)



「あ、やっと起きたんだね? おはよう。生まれ変わった目覚めの気分はどうかな?」


 前に聞いた事がある台詞言いながら、にっこりと笑う。その手にはティーカップを持っている。

 マシロに魔術刻印を彫って貰った後と全く同じシチュエーションだった。


(どういう事だ? 夢でも見てたって言うのか?)


 考え込んでいると、陽子が顔を覗き込んで来た。


「どうしたの? ぽかんとしちゃって。まだ寝ぼけてるの? それとも私に裸を見せつけたいのかな?」


 陽子は不思議そうな顔で首を傾げる。


「あ、いや、何でもない…………。まあ、実感は無いが。よく寝てたみたいだ……」


 困惑しながらも香月がそれに答える。

 香月はベッドから立ち上がり、まだぼんやりとした頭を振るように手でこすった。

 ベッドサイドにあった服を手に取り、着始める。

 陽子の工房は何度か見た景色だが、彼の胸中には得体の知れない違和感が広がっていた。


「よく寝てたね、少年。まるで何年も眠り続けてたみたいだったよ」


 陽子は微笑みながらティーカップを着替えが終わった香月に差し出すが、香月の視線は彼女を通り抜けまだ遠くを見つめていた。


(俺は、過去に戻ってきたのか……?)


 多分、今居るここは過去なのだろう。

 未来で見たもの、経験したことが頭の中でぐるぐると渦巻いている。香月は陽子の視線を感じていたが、それに応える余裕もない。


「どうしたの? まだ寝ぼけてる? 」


 陽子が首を傾げて(たず)ねるが、香月は曖昧に頷くだけだった。目の前の彼女が、自分が経験した未来の陽子と同じだとは思えない。全てが同じようで、微妙に違っているような気がする。だが、それは自分だけが知っていることだ。


「そうだな……少しぼんやりしてるだけだ」


 香月は努めて平静を装い、陽子のティーカップを受け取る。だが、その手が僅かに震えているのを自覚していた。

 多分、未来から戻って来たなんて事を伝えたとして信じて貰えるとも思えない。

 未来で起きたこと、それを誰にも伝えられないという孤独が、彼をさらに苦しめていた。

Episode Ⅱ完結。

次回よりEpisode Ⅲ「時の回廊編」がスタートします。


※次回更新は正月期間明けの2025年1月6日からになります。

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