21.レナード・オルランドへの尋問⊕
レナード・オルランドの尋問は、ジェイムズの魔術空間である満月亭の中で行われた。
ジェイムズの魔術工房の中でレナードは魔術による呪術的な拘束を受けて幽閉されていた。身体の動きを制約する見えざる力が彼を支配していた。
その様子を見下ろしてジェイムズが言った。
「よもや、お前が魔術協会を抜け出してこんな魔術犯罪に手を染めるとは思わなかったよ。レナード・オルランド」
「はっ、魔術の本場である英国を離れて日本のような島国の地方支部で支部長とは。落ちぶれたものですね、ジェイムズ・ウィルソン」
レナードは鼻で笑うのに、ジェイムズは目を細めて言った。
「それは太平洋の島国で毎日、意味の無い日々を過ごしていたお前にも当てはまるだろう。それに俺はこの名古屋の地を気に入っている、お前ほど落ちぶれてはいない。それで、この日本という島国ではお前は何をしていたんだ? 」
「始祖人類の先祖返りを拉致しようとしていたのですよ。既にお分かりでしょう?」
「いいや、お前がほぼ形だけだったとはいえ幹部魔術師の地位を自ら放棄し、魔術協会を抜けた理由が分からなくてな。ナウルという国の支部に左遷されたとはいえ、お前の腕は魔道具技師としては一流だった。それに奇跡の隠匿には、ことさらうるさかったお前が、なぜそんな事をした?」
「とある方にあの少女の肉体を献上する為ですよ」
「とある方……というのは?」
「それはお答えできませんね」
レナードが魔術による拘束の効果を受けたまま肩をすくめようとするような動作をした。
「魔術協会内部の人間──それも序列上位の者だよね。貴方はその人物に弱みを握られて、魔術協会を裏切る形を装って、始祖人類の先祖返りの拉致を命令された。そうでしょ?」
ジェイムズの傍らに居た陽子が、レナードに問いかける。
「フッ……どうでしょうかね」
「貴方ほどの実力者を、序列下位の者が脅迫するというのは無理があるからね。おそらくその人物は、協会内でそれなりの発言力を持つ人物の筈だよ」
「フッ……フフッ……」
レナードは陽子の言葉を鼻で笑い飛ばす。
「その程度の情報では、特定は難しいのでは?」
「貴方は言うつもりが無いもんね。だって、呪殺魔術をかけられているんでしょ?」
「!?」
「当たりか。やっぱりね」
陽子が口角を吊り上げる。
ジェイムズも頷いた。
「呪殺魔術……。そんな物もあるのか」
ジェイムズの目には、何の魔術の起動も映っていないが、眼前の男には何らかの呪いがかかっているようだ。
「……貴女は一体?」
「元序列十位、黒の姫君と言えばわかるかな?」
「!? ……貴方が……かの黒の姫君……? 根源に最も近い魔術師の一人とされる……?」
「まあ、序列に関して言えば元だけどね」
「……まさか……。こんな小娘が……あの伝説の……? 二代目とかの間違いでは……」
レナードは目を見開き、陽子を凝視する。
「本人だよ。見た目だけは本当に歳を取らなくてね。まあ貴方より年上なんだけどね、実年齢は。そんな事はどうでも良いよ。それより、貴方が拉致を命令された人物についてだけど、それは誰なの?」
「……それはお答え出来ません」
レナードは首を横に振る。
「そう……。なら、交換条件と行こうか。私が、貴方に施されている呪殺魔術を解いてあげるよ。ただし、貴方が拉致を指示した人物の正体を教えてくれたらね」
「……」
レナードは、陽子の申し出に逡巡する。
しかし、これ以上黙秘を続けても無意味だと悟ったのだろう。
「分かりました……。その代わり、私にかけている拘束魔術を解いてください」
「解いた瞬間に魔術で自害とかしない?」
「しませんよ。この呪殺魔術が発動している限り、私は自害する事もできませんからね」
レナードはそう言って笑う。
「分かったよ。ジェイムズさん、拘束を解いてあげて」
「了解しました。しかし、私は彼が逃げないように監視させてもらいますよ」
「……大丈夫だよ」
レナードは拘束魔術が解かれ、その動きを自由にされた。
そして、ジェイムズの監視の下、陽子の目の前に座った。
「さて……では呪殺魔術を解除する前に一つ質問があるんだけど良いかな?」
「何でしょう?」
「貴方を呪殺魔術で脅迫している人物って誰? 序列上位者なのは分かるけど……」
「……教授です」
「教授? それって、あの?」
「ええ。魔術協会の現序列第十位。『教授』と呼ばれる謎めいた存在の彼ですよ……うぐっ……がっ……!」
レナードが苦痛に顔を歪める。
呪殺魔術が発動しているのだろう。レナードが苦しそうに視線で訴えかけてくるのに、陽子は頷いた。
「分かったよ。なら、解除するね」
そう言って陽子は、レナードの額に手を当てて目を閉じた。魔力の流れを感知して、口の中で呪文を唱える。第一世代魔術での解呪魔術だ。
そして、十秒程経過した後、手をどかす。呪殺魔術は解除が出来たようだ。だが──
「……あ……がっ……がっ……」
レナードは白目を剥き、泡を吹いて倒れた。
「えっ、あれ? ちょっと、大丈夫?」
慌てて抱き起こす陽子。
しかし、レナードは事切れていた。
「……死んでる」
既に事切れているレナードの脈と呼吸を確認して、陽子は言った。
その様子を見て、ジェイムズが首を横に振る。
「ああ……。これは……呪殺魔術が解除された条件で死ぬようにも設定されていたようですな。まあ……奴は協会の規律に背いた。当然の報いだが……」
ジェイムズの言葉に陽子が頷いた。
「まあ、確かに。そう、かもね……」
陽子は、レナードの死体を見下ろした。




