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【第四章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅰ 『EVE誘拐事件編』
6/145

5.人狼魔術師と吸血鬼神父⊕

 程なくして、クレアの運転するトラックが香月とイヴを迎えに来た。

 

 今の所、ディヴィッドの支配下にいる者達の追撃は無さそうだった。香月はイヴをトラックの助手席に乗せるとクレアに目配せした。

 

「クレア、頼むぞ。彼女を安全な所まで連れて行ってくれ」

 

 そう言うとクレアは相変わらずの表情の乏しい顔で物言いたげにこちらを見てきたが、視線に逸らして助手席にいるイヴを横目で見た。一瞬、ギョッと目を見開いてその姿を凝視する。

 

 どうしたんだ、と香月が小首を傾げているとクレアが不満げな半目をジト……と香月に向けつつ渋々コクリと頷いた。

 

 クレアの不満げな表情に疑問を抱きながら、香月は荷台のコンテナ上に飛び乗った。

 

「出してくれ」

 

 香月のその一言に呼応するように、トラックが前に進み始める。風が髪をなびかせるのに思わず目を細めた。

 

 コンテナの縁に手を引っ掛けて、転がり落ちないように姿勢を整えていると耳の奥からクレアの伝声が来た。

 

『ねえ、カヅキ。この子、EVE(イヴ)じゃん』

「ああ、イヴだな。お前も聞いてただろ。さっきそう名乗ってた」

『違う違う。モデルのEVEだよ。ニュースで連日報道されてた。誘拐事件の』

 

 イヴとしていたさっきのやり取りを思い出して、なるほどと合点がいった。

 マネージャーや事務所といった言葉が出てきたのは彼女の職業による物だったのだ。

 

「そういえば作家先生のとこでそんなニュースやってた気がするな。それがどうしたんだ?」

『こんな綺麗な子を目の前に妖精みたいだ……ってデレデレしてたんでしょ』

 

 その言葉に香月が苦虫を噛んだような顔をした。今頃クレアはハンドルを握りながら、表情の少ない顔にむすりと唇を尖らせている事だろう。

 

「さっきの不満そうな顔はそれが原因か?」

『正直、ボクとしては任務だから仕方ないにしても? 君が熱心に彼女を守ろうとしてる所が気に入らないかもなあ、なんて?』

「さっきは優しいとか言ってきたくせに(てのひら)くるっくるじゃねえかよ」

『下心出して白馬の王子様気取りな事してたんだったら許さないからね、ボクは』

「わかったわかった。この話は後で聞いてやる。頼むから今は車を走らせてくれよ」

 

 クレアの返事はなかった。香月はやれやれとため息をついた。

 

 日も落ちて夜の倉庫群は薄明りに照らされ、映し出される陰影は不気味さを醸し出している。

 その様子を香月はその景色を眺めていたが、追手の様子はなさそうだった。

 

 処理班への事後処理の要請は、色々と手際の良いクレアの事だ、既に済ませてくれているだろう。後始末は処理班に任せて撤収してしまっても良さそうだ。

 

 そう考えているとトラックの進路上、埠頭の出口の道から人影がこちらへ向かってくるのが見えた。

 香月は、身をかがめて慎重にその人物の様子を伺った。

 

 男だ。まるで神父のような修道服に身を包んでいる。

 暗がりに馴染むような衣服の黒色とは対照的に、その肌の色白さは病的に感じるほど青白い。まるで夜闇に不気味に浮かび上がっているようにさえ見えた。

 

 くせ毛気味の黒髪、その目鼻立ちの彫りの深さから推測すると恐らくイタリア人だろう。

 

 男と一瞬目が合った。赤い、瞳だ──

 それはイヴのそれとは印象の異なる、月明かりに照らされる夜道にぼんやりと浮かび上がるような──まるで異形の怪物と対峙している感覚にさせられる──そんな瞳だ。

 

 トラックが男の脇を通り過ぎる。首筋に冷えた感覚をおぼえ、香月は思わず振り返った。

 

 男もまた、こちらを振り返って目を見開いていた。視線の先は香月の方ではない、運転席の方だ。

 運転席に乗っている人物を見て驚いているような様子だった。その刹那。

 

 大きく、爆ぜるような音が鳴った。

 

 銃の発砲音だ。しかも立て続けの連続発砲。通り過ぎていく香月達の乗ったトラックに向けて放たれた弾丸はコンテナの後方に命中した。

 

「なっ──⁉︎」

 

 突然の攻撃に香月は息を詰まらせた。

 恐らく、先ほどの神父風の男が発砲したのだろう。



挿絵(By みてみん)


 

 男は荷台の上で驚愕している香月を見上げながら、リボルバーのリロードを終えていた。総弾数6発の銃を一瞬で撃ち切るような速射。

 

 恐らく、ウエスタン映画にも出てくるファニングという技術だろう。現代のリボルバー拳銃はほぼダブルアクション、引き金を引けば撃鉄(ハンマー)が起き上がった後に落ちて銃弾が発射されるようになっているのが普通だ。ファニングでの連続速射ができるのはシングルアクション、あらかじめ撃鉄が起きていないと引き金を引いて発砲できない銃だ。

 

 男が持っているのはよほどの骨董品(アンティーク)かもしくは愛好家向けの現代製の銃だろう。どちらにせよ現代ではあまり実用的とは言えない物好きな銃の選択だ。

 

 銃弾は荷台のコンテナを貫通して運転席のフロントガラスを貫いていた。その衝撃にクレアが思わずハンドルを取られたのか、車体が大きく横に振れた。

 

「クレア! 追手だ! 速度を上げろ!」

 

 ディヴィッドの配下の人間だ──

 そう香月は直感した。再度コンテナの後方を振り返ると、男がリボルバーをこちらに構えて発砲するのが見えた。

 

「うおおッ⁉︎」

 

 香月が咄嗟にコンテナから飛び降りた。地面に着地してすぐに、すぐ脇を銃弾がかすめる感覚を覚えた。

 

「クソッ!」

 

 悪態をつくと、香月はすぐに走り出した。

 

『カヅキ! 大丈夫⁉︎』

 

クレアの心配そうな声が耳に響いた。

 

「俺の事は良い! とにかく安全な所へ行くんだ!」

 

 香月が男の前に立ちはだかった。

 

enhance(エンハンス)《肉体強化》」

 

 口の中で肉体強化魔術の発動の言葉を発する。左の肩甲骨から魔力の熱を感じ、それが全身に行き渡るまでほんの数秒。

 

 その間で香月は地を蹴って男に肉薄していた。男はリボルバーの引き金を引いていたが、その一瞬の間に拳が届く距離まで来ていた。

 

 撃発と同時に、男の銃を持つ手を払いのける。軌道のずれた弾丸は香月の右耳の上を通過する。すかさず右拳で男の顔を殴打した。

 肉を打つ感触。振り抜いた拳と共に男の口から血飛沫が舞う。

 

 しかし男は怯まなかった。左手で香月の右腕に掴み掛かると、そのまま地面に引き倒そうとしてくる。

 

「んな……っ⁉︎」

 

 一気に引っこ抜かれるような強烈な力だった。

 

 明らかに常人の持つ力ではない。肉体強化を施している香月の身体が、地面で足を踏ん張る事すらできずにひっくり返った。そうして派手に地面に叩きつけられる。

 

「か……ッ‼︎ はァ……ッ‼︎」

 

 背中に突き刺さるような衝撃。たまらず香月が呻く。砕かれたアスファルトが周囲に舞い上がった。

 

 肉体強化されてない生身の身体ではまず耐えきれなかっただろう。痛みに思わず意識を持ってかれそうになったが、歯を食いしばって繋ぎ止める。

 

 倒れる香月に男が銃口を向けてくる。追撃が、来る。

 

「やりやがったなこのッ!」

 

 腕を掴んでいる男の左腕にしがみつくと、香月はそれを力尽くでへし折った。

 骨を砕く手応え。男の顔が苦痛に歪むのが見えた。掴んでいた腕を離される。

 

「げほっ……!」

 

 思わず咳き込んでしまう。それでも追撃の隙を与えずにすぐさま立ち上がり、男の腹部に全力の蹴りを捩じ込んだ。

 男は後ろに吹き飛んで、倉庫の外壁に叩きつけられた。

 

「はぁ……っ! はぁ……っ!」

 

 もう一発入れようと男に向かって駆け出そうとしたが、背後から発砲音が聞こえて踏みとどまった。振り返ると再び銃弾が襲って来るのを視認して、香月は慌てて横に転がって回避する。

 

 銃撃の主を確認して、横目で背後を盗み見る。先ほど蹴り飛ばしたはずの男の姿はなく、香月の目前で折れてない方の腕で銃を構えていた。この一瞬の間で香月の背後に回っていたのだ。

 

「へへっ……やるじゃねえか……」口元から垂れる血液を香月が拭う。「あんた、明らかに人間の身体じゃねえな。その赤い目、青白い肌。肉体を吸血鬼にしたクチだろ」

 

 香月の問いかけに男は答えない。黙ったまま、だらりとぶら下がった左腕を肩で持ち上げる。先ほど殴り飛ばした顔の傷がみるみると塞がっていき、折れた腕の骨が再生していくのが見て取れる。

 

「ま、魔術師の世界じゃ珍しくもない。真理に辿り着く為に人間の身体を捨てる奴も少なくないって話だよな。人間の寿命は魔術の真髄を紐解くにはあまりに短い。大昔じゃ吸血鬼化が主流のトレンドだったってのを魔術学院(アカデミー)で習ったよ」

「……」

 

 香月が一人で言葉を続けるのに男は何が言いたいんだとばかりに肩をすくめた。その様子を気にした様子もなく香月が続ける。

 

「好きでこうなった訳じゃねえんだが……。ま、俺もあんたと似たような身体をしててな。あんたが人間じゃないんだったら、俺もとっておきを出さなきゃいけねえよな」

 

 そう言い、香月が身体を低く構えた。

 

「ウオオオォォォォォンッッ‼︎」

 

 香月が咆哮する。

 地面が衝撃で砕け、周囲の空気が振動する。明らかに人間のそれではない、まるで野獣のような荒々しさを含んだ唸り声。

 それを見、男が初めて口を開いた。

 

「……貴様、まさか人狼なのか」

 

 男が身構える。

 

「グルルルァァッッ!!」

 

 香月の身体がみるみると変貌していく。

 その目は野獣のように鋭く輝き、牙が生え変わり、爪が鋭く伸びる。獣の本能が彼の内側から湧き出し、人間の姿を飲み込むようにして肉体を支配し形となる。

 

 香月の身体は人間と獣の間の存在にその容貌を変えていた。

 それを見ていた男は一瞬驚愕したように目を見開いていたが、平静を取り戻したように冷徹な表情に戻る。香月はそんな男に向けて駆け出す。その速度は人間の目で追えるものではない。

 

「ガアアァァァッッ!!」

 

 獣のように咆哮しながら男に飛びかかろうとした。その時だった。

 

『カヅキ! 左! どいて!』

 

 突然、香月の耳にクレアの伝声が響いた。咄嗟に左を向くと、いつの間に接近していたのかトラックが音も無くこちらの目前まで迫って来ていた。

 

 トラックの走行音を魔術で消音していたのだろう、ヘッドライトを消して気付かれないように接近していたのだ。

 

 飛びかかりかけていた香月が慌てて一歩引く。すると、トラックは香月の身をかすめるように眼前を通り過ぎて、ブレーキをかける事なく男にめがけて突っ込んだ。

 

 凄まじい衝突音と共に土煙が舞い上がる。その衝撃で、倉庫一帯に金属片や木片が飛び散り、それらが地面をえぐる。

 トラックは男を轢いた後も勢いを衰えさせず、倉庫の壁を突き破った。

 

 香月が人狼化を解く。倉庫に開けられた穴から中を覗き込むと、トラックは中にあった色んな物を跳ね飛ばしながら壁にぶつかって停止したようだった。

 

 その運転席はひしゃげて潰れていた。壁には血が飛び散るようにぶちまけられていた。

 

「クレア!?」

 

 困惑して叫ぶと、積み重なったダンボールの陰からひょっこりとクレアが顔を出した。トラックの方を向くと運転席のドアが開いていた。

 

 衝突の瞬間に飛び降りたらしかった。見ればクレアの着ているパーカーの袖が所々に切れていて、そこから露出している白い肌からは擦り傷が見えた。

 

 ということは、壁の血は男の物だけのようだった。男はまともにトラックとぶつかって車両と壁の間で押し潰されたされたのだから、いくら再生能力があるとはいえ暫くは動けはしないだろう。想像するだけでも背筋が冷える話ではあるが。

 

『またつまらぬ物を()いてしまった。転生した先でチート無双するが良い……なんちゃって』トラックの方を向いてそう言い、クレアが香月に振り返る。『やあやあ、無事だったかい? カヅキ』

「おっ……おま……っ、お前っ! なんでトラックを!?」

『ああ。カヅキが心配だったから、ちょっとね』クレアがしれっとした顔をする。『でも良かったよ。ちゃんと助けれたみたいだ』

「良かったよ……じゃねえ! なんであんな無茶をしたんだ!」

『そんなの当たり前だよ。カヅキとボクの仲じゃないか。さあ、今の内に引き上げよう』

 

 香月の怒りに、クレアは飄々とした態度で微笑んだ。

 Tips:『肉体の亜人化について』


 根源を目指す魔術師にとって、人間の身体は魔術の探究において大きな制約となる。その最大の理由は、寿命の短さである。これを克服するために、不老不死、または不老や不死の一方を手に入れることは、古くから魔術師たちの研究の核心的なテーマとなってきた。


 かつて、魔術師たちの間では自身の肉体を人狼や吸血鬼へと変化させることが流行した。特に人狼化が支持されたのは、身体能力や生命力の飛躍的な向上が期待できたからである。しかし、最終的に廃れた理由は、人狼化では吸血鬼のような半永久的な不死性や不老の特性を得ることができなかった点にある。その名残なのか亜人化している魔術師には吸血鬼の肉体または半人半魔(ダンピィル)の肉体を持つ者が多く残っている。


 現在、亜人化はもはや主流とは言えず、むしろ家系に秘術を受け継ぎながら長期的に研究を進める方法が一般的だ。それでも、魔術師たちの間には強靭な肉体を手に入れることへの欲望は根強く残っている。

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