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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅱ『ディヴィッド・ノーマンの残党編』
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18.決着⊕

 香月が拳を構えて駆け出すと、麗奈も慌てて応戦しようとする。拳と蹴りの瞬く間の乱打。しかし、その攻撃はことごとく空を切る結果となった。


「くっ……」


 彼女は悔しそうな表情を浮かべながら後退する。だが、すぐに体勢を立て直すと次の攻撃を仕掛けてきた。


Storm Edge(ストーム・エッジ)《乱風刃》ッ!」


 麗奈が掌を構えて乱れ飛ぶ真空の刃を放つ。が、それに香月も同様に掌を麗奈に向けて構えた。


Storm Edge(ストーム・エッジ)《乱風刃》」


 全く同じタイミングで放たれた真空の刃がぶつかり合うと、激しい突風と共にその全てが相殺されていく。

 しかし、その隙を突いて麗奈が飛びついてきた。素早く間合いを詰められると、今度は香月に向かって拳が放たれる。


「チッ……」


 舌打ちをしてそれを身を捻って躱すと、そのままカウンターを仕掛けた。


Synergy(シナジー) Enhance(エンハンス)《筋力・神経反応融合強化》」


 自在術式で風魔術に変更した為に解けた肉体強化魔術を再度掛け直し、麗奈の懐に飛び込む。そして拳を放った。


「くっ……」


 麗奈は腹部に直撃を喰らい苦しそうにしながらも何とか耐えると、逆に香月の腕を掴んでくる。そのまま投げ飛ばされそうになるが、その力を利用して逆に彼女を投げ飛ばしてやった。

 地面に叩きつけられた彼女は顔を歪めるがすぐに立ち上がり反撃に出る。再び激しい攻防が始まった。


「へへ、便利だなアンタの肉体強化魔術は。お陰で見えるようになってきた」


 香月は余裕の笑みで言うが、麗奈の方はそうはいかなかった。


「くっ……何なのその魔術刻印……」


 彼女は苦しそうな表情をしている。それもそのはずだ。彼女の肉体強化魔術を解析し同じ効果を持つ魔術刻印を自身の体に再現したのだから、元々の身体能力が上回っているのは香月の方だ。

 とはいえこの短時間で奪ったばかりの魔術を使いこなすには、相当な集中力と魔力コントロールが必要ではあった。しかし、その甲斐あってか今は互角以上に戦えていると言えるだろう。

 だが、まだそれで終わりではない。


「切り札を切らせて貰うわ」


 麗奈がそう呟くと、彼女は意識を集中させるように目を閉じた。彼女の胸のペンダント──イヴの血を使った賢者の石だ──が輝き出す。そして、彼女の周囲に魔力の渦が巻き起こり始めた。

 彼女の全身にまで行き渡ったSynergy(シナジー) Enhance(エンハンス)《筋力・神経反応融合強化》の魔術刻印が一層強く青白い光を放った。


「へえ……それがアンタの切り札か?」

「ええ、そうよ。この賢者の石の力で肉体の限界を超えるまで強化を増幅させたのよ」


 彼女は不敵に微笑むと、再び構えを取った。


「今度は油断しないわ」


 その言葉と共に彼女の姿が消える。そして次の瞬間には目の前に現れていた。


(さっきよりも早い──)


 香月は咄嵯に身を翻すが間に合わない。麗奈の攻撃が直撃しそうになる寸前、香月はとっさに後方へ飛び退いた。しかし間に合わず、肩口に鋭い痛みが走る。


「ぐっ……」


 香月は顔を歪めながらも何とか踏み止まった。しかし、追撃の蹴りを喰らい吹き飛ばされてしまう。


「クソッ……!」


 香月はすぐに立ち上がると再び構えを取ったが、既に麗奈の姿はかき消えていた。だが、魔力反応は感じる事ができる為、彼女が何処に居るのかは把握できる。


「そこか!」


 振り向きざまに拳を放つが、その攻撃も空を切っただけだった。そしてまた背後に気配を感じると同時に背中に衝撃を感じる。


「うぐっ……!」


 今度は先程よりも深く入ったようで、肋骨が何本か折れてしまったかもしれない。だがまだ今は隙も見せられない、回復は後だ。

 香月は苦痛に顔を歪めながらも何とか立ち上がり構えを取った。しかし、既に麗奈の姿は見えない。


「オオオオオオオォォォォンッッ!!」


 香月が遠吠えを上げる。人狼化だ。

 全身の筋肉が膨れ上がり、身体能力が飛躍的に上昇すると同時に視力や嗅覚も向上する。



挿絵(By みてみん)



 それにSynergy(シナジー) Enhance(エンハンス)《筋力・神経反応融合強化》の効果が上乗せされて、反応速度もさらに磨き上げられるようだった。

 視界に入るものすべてが細部まで鮮明に映し出され、一瞬の動きも見逃す事が無いと思える程だった。目の前の敵の動きを予測するかのように、筋繊維が瞬時に最適な動作を導き出し、香月の身体は意識を越えて自在に駆動できそうだった。

 その変貌を目にした麗奈は、驚愕に目を見開いた。


「貴方、一体どこまで……」


 彼女が言い終わる前に香月の攻撃が襲い掛かる。彼は獣のような咆哮を上げながら飛びかかると、その拳を振り下ろした。しかし、麗奈はその一撃を難なく受け止めると、そのまま力任せに投げ飛ばす。

 人狼化した香月の大きな身体は軽々と宙を舞い地面に叩きつけられた。だが、彼はすぐに立ち上がると再び攻撃を仕掛ける。

 その攻防は一進一退のものだったが、徐々に香月の方が優位になっていった。

 それもその筈。麗奈は肉体の限界を遥かに超えた力を発揮して戦っているせいなのだ。


「やるな。だが、そんな高負荷な肉体強化魔術の使い方じゃ身体が持たなくなるぞ」

「うるさい!」


 筋繊維が引きちぎれるような痛みが常に彼女を襲っているのを再生紋(ヒーリングファクター)という魔術刻印で無理やり治癒し、無理矢理強化をかけている状態だという事は解析魔術から得た情報で香月はわかっていた。

 そして、いくら肉体が壊れない様に治癒魔術を掛けようとも、人体の許容範囲を超える力を行使すれば身体はいずれ自壊していくだろう。彼女は既に限界を迎えつつある。

 時折痛みに顔を歪める麗奈の表情を見、香月がため息まじりに問いかける。


「そろそろ、限界だろ? もうやめておけ」

「くっ……まだよ!」


 麗奈が叫ぶと同時に彼女の魔力が更に数段高まるのを感じた香月は警戒を強める。

 しかし次の瞬間、彼の視界からまた麗奈の姿が消えた。


「何処だ!?」


 慌てて気配を探るが、感じられない。警戒しながら周囲を見回していると、背後から凄まじい殺気を感じた。振り返る間もなく蹴りを叩き込まれ、香月は吹き飛ばされる。

 地面を転がった末に壁に激突し動きを止めた。こちらのダメージも深刻だった。香月の人狼化が解け、人間の姿に戻る。

 口から血を吐きながらもよろよろと何とか立ち上がる。香月も既に満身創痍といった状態だった。そんな彼を見て麗奈は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


(クソッ……)


 香月は心の中で悪態をつくと、再び構えを取った。


「……へえ、まだやるつもり?」

「言っただろ、アンタを止めるって」

「そう……諦めが悪いのね。なら仕方ないわ」


 麗奈はそう言うと、再び魔力を高めた。すると、彼女の身体が淡く発光し始める。それと同時に彼女の身体能力もさらに向上していくのを感じた。


(チッ、まだ出力を上げるのか。もう一度人狼化する体力も残ってねえか……クソッ……)


 香月は思わず舌打ちをする。このままでは確実に負けるだろう。だが、彼は諦めなかった。


(考えろ……何か方法がある筈だ。どうにか隙を作れねえか……何とかして、突破口を作らねえと……!)


 香月は息を整えながら、思考を巡らせる。このまま相手のペースに飲まれていては負けてしまうだろう。

 なんとか相手の虚を突いて状況を打開する策を打たなければ、そう考えていると一つだけ突拍子もない案が脳裏に浮かんだ。

 それは、できれば実戦で使いたくない物ではあった。


「あら? もう終わりかしら」


 麗奈は再び姿を現すと挑発するように微笑む。だが、その表情とは裏腹に目は真剣そのものだった。あちらも余裕が無いのだ。

 だが、真剣にこの戦いを意識してくれているなら尚更使わない手は無い。後は覚悟を決めるだけだ。


「……ははっ。こうなったら、ヤケだな」


 そう言って香月は両腕を掲げて構える。


「あら、何をするつもりかしら?」

「……見せてやるよ、俺がちょこ師匠から直々に教わった末恐ろしい魔術を」


 香月がそう言った瞬間、彼の全身から魔力が溢れ出す。それは炎のように燃え上がり、周囲を明るく照らし始めた。その様子を見た麗奈は、一瞬だけ驚いた表情を浮かべる。しかしすぐに冷静さを取り戻すと、静かに呟いた。


「へぇ……それが貴方の切り札ってわけね」

「行くぞっ!」


 香月が裂帛の気合いで叫ぶ。それと同時に、彼は胸の前で指でハートマークを作った。思わず麗奈は「えっ?」と声を漏らした。


「今からオムライスが美味しくなる魔法をお前にかけちゃうぞっ♡」


 麗奈の顔が引きつった。何をやっているんだこの男は。そんな顔をしていた。

 そりゃそうだろう。真剣な雰囲気から一転、あまりのことに呆気に取られて思考が追いついていないようだった。

 香月的にもハッキリ言って相当恥ずかしい行為ではあった。だが、香月は恥をかなぐり捨てなりふり構わずに続ける。


「おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 何のつもりよそれは!?」


 麗奈が思わず突っ込みを入れる。しかし、香月は止まらない。そのまま指ハートのままウインクすると……


「全力! 全開! 萌え萌えビィィィィィンムッ!!」


 叫んだ。

 その瞬間、指で作ったハートからピンク色のぶっとい光線が放たれた。それは麗奈の頭上をかすめると、そのまま空の向こうへ飛んでいった。


「え……、何……? 何なの……その変な光線は?」


 呆然とした表情で呟く麗奈。だが、香月の作戦はその瞬間成功していた。彼女が見せたその隙を見逃さなかった。

 萌え萌えビームを放ち終えた瞬間、自在魔術を空間跳躍魔術に切り替えた。


Leaping(リーピング)《空間跳躍》」


 香月は麗奈の眼前に現れると、彼女の首に下げたペンダントを握った。「悪いな、これでチェックメイトだ」

 そう言って、麗奈のペンダントを引きちぎる。彼女は慌てて後ずさろうとしたが、香月はそれを許さない。素早く彼女の腕を摑むと地面に組み伏せた。


「……痛っ! 何するのよ!」

「うるせえ! 黙ってろ!」


 そう言うと、手に握ったペンダントトップを強く握りしめる。


Resonant(レゾナント) Collapse(コラプス)《共振破壊》!」


 先程の魔術人形との戦いで、クレアが見せた音魔術を剽窃して発動する。

 手の中にあった賢者の石が粉々に砕け散った。


「ああっ!」


 麗奈が悲痛な叫び声を上げる。賢者の石を失った彼女は、急速に肉体を再生させていた魔力の流れも止まる。

 香月は力の抜けた麗奈の腕を放すと、ゆっくりと立ち上がった。


「……諦めろ、これで終いだ」

「くっ……」


 麗奈は悔しそうな表情を浮かべると、力なくその場に横たわった。


「……観念するんだな」


 香月はそう言って、横たわる麗奈を見下ろす。


「殺せば……?」


 麗奈は諦めたように呟く。その投げかけに香月はかぶりを振った。


「言っただろ? 止めるって。だから殺しゃしねえよ」

「……どうして?」


 香月は考え込むように目を伏せた。そして、しばらくしてから再び口を開く。


「俺はアンタの事情なんて知らないし興味もない。復讐を続けたければ、続けりゃ良い。俺も復讐心でディヴィッドと戦ったからな。実際、ディヴィッドを追いやったのは俺達だ。だから、少なくとも俺はそれを受けるつもりだ。ただ……アンタはイヴや他の皆を巻き込まないようにしてくれた。あれは、アンタなりの優しさだったんだろ?」


 香月の言葉に麗奈は目を見開いた。


「違う! 私はただ……」


 彼女は何か言いかけたが、途中で口を噤んだ。そして、そのまま黙り込んでしまう。


「まあ、どっちにしろ俺はアンタをこのまま協会に引き渡すがな」


 そう言って再び彼女を見下ろすと、彼女は何かに堪えられなかったのか静かに涙を流し始めた。その様子を見た香月は思わず狼狽える。


「お、おい……泣くなよ……」

「泣いてない!」


 麗奈は叫ぶと、そのままそっぽを向いてしまった。

 香月はどう対応して良いかわからずに困惑していた。その後、魔術協会の面々が駆け付けたのはそれから数分後の事だった。

 

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