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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅱ『ディヴィッド・ノーマンの残党編』
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16.燃える教会、そして追走⊕

──相変わらず、この世界は狂っている。それとも狂っているのは自分の方か。


 そんな言葉を反芻するように何度も考える事が多くなった。

 そして、改めて痛感する。自分にそう考えさせてくるのは何のせいなのかを。

 それは今彼女の目の前で起きている事が理由だ。私はそれを直視し続けている。


「なあ、レイナ」


 その男──彼女が愛し、盲信した男だ──が麗奈に話しかけてくる。


「ディヴイッド……」


 無論、目の前に姿を現しているのは本物じゃない。麗奈が見ている幻視だ。そのディヴイッドは麗奈に語りかけてくる。


「レイナ、俺は魔術協会に魔術が管理されたこの世界おかしいと思ってんだ。魔術はもっと自由であるべきだ。そうだろ? この世界に魔術の存在を解放するべきなんだよ」


 それはかつてディヴイッドが麗奈に語りかけてきた言葉だ。


「だから俺はよ、どんな方法であれ力を蓄えていずれ魔術協会を潰すんだ。そして、全ての人間に魔術を自由する権利を与える」


 ディヴイッドはそう麗奈に告げてくる。それはかつて彼女が愛した男の言葉であり、その夢は彼女の理想でもあった。彼が死んで組織が壊滅状態になった後、彼女はその意志を継ぐと決めその為の行動を起こしている。だが……


「ディヴイッド、私……私は……どうしたら良い?」


 彼女は迷っていた。本当に今のままで良いのか、と。

 レナード・オルランドという男からの協力でディヴイッドの仇を討つ機会とそれをできる力を得る事ができたとはいえ、それだけでは駄目なのだ。

 レナードに従う事で確かに機会と力を得たが、そうし続けるのはディヴィッドの理想とはズレが必ず発生するだろう。

 それにいずれあの男の言う利用価値というものを失って、殺される事は目に見えている。

 だから、彼女は迷っていた。本当にこれで良いのかと。


「なあに心配すんなってレイナ」


 そんな麗奈の心情をディヴイッドは見透かしたように語りかけてくる。


「俺はお前を信じてるからなァ……お前の力は本物だ」


 それはかつてのディヴイッドが彼女に投げかけた言葉だ。それを受け、麗奈は再び動き出す。全ては、自分の為に。


「……やり遂げてみせるわ、ディヴイッド。貴方が望んだ自由な世界の為に」


 その決意を胸に秘め、彼女は魔術の深淵へ足を更に踏み込んでいく覚悟を決める。

 彼女の瞳に映っていたディヴィッドの幻影は、いつの間にか消えていた。幻視は晴れ、魔術人形の残骸に混じって倒れてうずくまる教皇庁の祓術師達の姿があった。麗奈の火炎魔術により、燃え上がる教会内の景色に戻っていた。


「レイナさん、目的は達しました。退散しましょう」


 白い髪の女を抱え、レナードが言うのに麗奈は若干の間を置いてから頷いた。


「……そうね。長居は無用だわ」


 そして、麗奈はレナードと共にその場を立ち去る。

 その後ろ姿を、物陰から見つめる影に気付かぬまま。


     ◆


「ちょこ師匠、イヴを攫って逃げていった二人組はどっちの方へ行った?」


 間に合わせにその場にあったTシャツに着替えた香月は、クレアとちょこと共に教会から出ようとしていた。


「あっちです!」


 ちょこが指差した方向に香月は走り出す。教会が襲撃を受けたのはおよそ十分前、霧島麗奈とその仲間の男がイヴを攫って逃げてから五分も経過していないようだった。

 だが、その僅かな時間で教会周辺の地形を熟知している香月は、すぐにその二人組を見つける事ができた。

 商店街の建物の屋根を跳躍しながら逃げていく麗奈とレナードの二人の姿を確認すると香月が叫んだ。


「見つけたぞ!」

「クッ、増援が思ったより早いですね……!」


 香月に見つかったと気付いたレナードは、イヴを抱きかかえたまま裏路地へと逃げ込もうとする。


「香月君!」


 助けを求めるように、イヴが叫ぶ。


「逃がさねえ!」


 そんな男を逃すまいと、香月は魔術で身体能力を向上させて一気に距離を詰める。

 逃走の際に何人か追っ手の祓術師達を倒しているような相手だ。だが、そんな事は構っていられない。香月はそのまま男の抱えるイヴに手を伸ばそうとするが──


「甘いですね!」


 レナードは素早く振り返り、懐から拳銃を取り出して香月に向かって発砲する。

 魔術銃だ。魔術銃に使われる弾丸は薬莢の先に魔石で作られた弾頭が取り付けられている。それが引き金を弾いて撃発されると、薬莢の中に膨大な魔力が注ぎ込まれ、弾頭に込められた魔術が発動する仕組みだ。

 薬莢内の魔力が爆発的に解放されると同時に、弾頭が加速し、標的に向かって飛び出す。弾頭には様々な魔術が封じ込められており、例えば、炎を放つものや、氷で対象を凍らせるもの、電撃で麻痺させるものなどがある。

 レナードが放った弾丸は、まるで生き物のように空間を切り裂き、音を置き去りにして香月へと迫る。その軌道にはわずかに魔力の残滓が漂い、凶悪な威力を予感させていた。


「クッ……!」


 弾丸を右肩に喰らい、肩の肉が爆裂する。香月は苦悶の表情を浮かべて怯む。弾頭の魔石に込められた魔術は内側から肉をえぐり、燃え広がる炎を解き放つものだった。激痛が香月の全身を駆け巡り、焼けつくような熱が傷口を蝕む。炎は香月の着てるTシャツの一部を黒く焦がす。


「くそっ!」


 香月が魔術剽窃を発動させる。剽窃するのは清香の回復魔術だ。

 香月は回復魔術を発動させ、右肩に手を当てて魔力を注ぎ込む。緑色の光が傷口を包み込み、焼け焦げた肉が徐々に再生していく。その間も激しい痛みに耐えながら、香月はレナードの動きを見逃さないように警戒を続けた。

 だが、その一瞬の隙を見逃すレナードではなかった。


「甘いんですよ、所詮は日本の地方支部の末端構成員(エージェント)ごときが!」


 レナードは冷笑し、香月の意識が回復に集中しているのを見計らって、すばやくその場から離脱する。そして再び裏路地の奥へ逃げ込もうとしていく。


「魔界のプリンセスちょこ様参上⭐︎ ここから先は行かせないゼェ!」


 別ルートから回ってきたちょこが路地の角から飛び出し、そのまま逃走する二人へと突進する。


「ちょこ師匠!」


 香月が叫ぶ。そして、その叫びに答えるかのようにちょこの体から魔力が発せられる。



挿絵(By みてみん)



「フッ……魔界のプリンセスの力、今こそ見せてやるゾ! 我が内なる魔力よ、具現せよ! 無数の鎖となりて、我が敵を捕えん! 魔力鎖牢(エナジーチェイン)!」


 詠唱を唱え終わった瞬間、その体から発生した魔力が物質化し、黒く光る鎖と化す。そしてその鎖が逃げる男の方へと素早く伸びる。


「なにッ……!?」


 男の足に絡みついた魔力の鎖はそのままレナードを転倒させる。


「きゃっ……!?」


 その拍子で抱えていたイヴから手を離してしまいイヴが倒れ込むが、麗奈がそれを受け止める形になった。

 魔術の鎖は魔術の鎖はレナードの手足に絡みつき、瞬く間にその動きを封じ込めた。黒く光る鎖は、まるで意思を持つかのようにレナードを締め上げ、逃走の余地を完全に奪っていく。レナードは必死にもがくが、鎖の魔力がその身体を重く縛りつけ、自由を奪っていた。


「今時、第一世代魔術!? 随分渋いな!」


 思わず香月が驚いて声を上げる。

 現代の魔術は第四世代。魔術陣を身体に彫り、自らの肉体に流れる魔力──つまり血を媒体にして発動させるのが主流だ。

 第一世代魔術とは、呪文の詠唱により魔術を発動させる古典的な発動方法だ。

 呪文によって自然界にある元素に働きかけて発動させる。媒介は一般的には肉体を流れる血だ。詠唱の長さや言葉選びやその複雑さによって、魔術の力や効果が変化する。

 解析魔術をかけた時にちょこに魔術刻印が一つしか無かったのはそれが理由だった。彼女は古典魔術が専門分野なのだ。

 驚く香月に対し、ちょこが指を振る。


「チッチッ、わかってないなあ〜。魔術は詠唱がある方が良い。その方がなんか格好良いから!」


 シャキーンとでも効果音がつきそうなポーズを取るちょこ。

 そう、彼女が古典魔術を専門にした理由は割と中二病な理由だった。


「意味わからんけど、なんかすげえな」

「めっちゃ褒めてくれるじゃん、ちょこ様チョロいから愛おし過ぎだろ。ラブ〜♡」軽い調子で指でハートマークを作って香月に向けると、レナードと麗奈の二人に向き直る。「というわけでぇ! このまま逃がしたりはしないゾ☆ 観念してイヴちゃんを返すんだ!」

「クッ……、何なんだこの鎖は! レイナさん! 貴方にどれだけの投資をしたと思うんです! 絶対に彼女を渡すんじゃありませんよ!」


 魔術の鎖に縛られたレナードが屋根の上に突っ伏しながら叫ぶ。だが麗奈はというと、イヴを抱えながら呆然と立ちすくんでいた。


「レイナさん! 貴方も魔術を使う者であるなら分かるでしょう! この娘の持つ力の意味が!」


 そんなレナードの叫びに対し、麗奈は答える事無く静かに佇んだままだった。だが、その瞳には強い意志が宿っていたのを香月は確かに見た。


「……ディヴイッド」


 そして彼女は小さくそう呟くと、イヴを抱える腕に力を込めてさらに強く彼女を抱き寄せる。


『カヅキ! 無事!?』


 香月とちょこ、それぞれと別ルートから回り込んできたクレアが合流したのはその時だった。

 浮遊魔術(エアログラインド)で屋根の上に上がってきたクレアは倒れ込んでいるレナードの顔を見て思わず、言葉を漏らす。


『あれ、この人……』

「知っているのか? クレア」

『うん。多分、昔は総本部(ロンドン)の……幹部魔術師だった筈だよ。フォードのお屋敷にお父さんを訪ねに来た事がある……』

「はあっ!?」


 思わず香月が大声を上げて驚く。ちょこも目をぱちくりとさせていた。だが、そんな周囲の反応に構う事無く、突然麗奈が誰へ向けるでもなく言葉を発した。


「ディヴィッド……貴方なの……?」


 麗奈の視線は宙を泳いでいるようだった。その目は香月やちょこを見ているわけでは、まして抱えたイヴを見ているわけでもない。


「何だ……?」


 まるで夢遊病者のような様子の麗奈に思わず香月が身構える。


「え、な、何……?」


 抱えられたままのイヴも不思議そうな顔で首を捻っていた。

 麗奈は目を瞑り、静かに深呼吸する。そしてそのまま再び目を開くと、その瞳には決意の光が宿っていた。彼女は一瞬息をつくと意を決したように口を開いた。


「ディヴィッドはいつでも、私を見てくれている。聞こえたの、ディヴィッドの言葉が。だから私は……彼以外の他の誰かの言いなりになんてならないわ」


 うわ言のように呟く彼女に、レナードが叫ぶ。


「何を馬鹿な事を言っている! ええい、そこの英国人の女! フォード家の者だろう! 私から命令する! あの女を──」


 そう叫ぶ男の言葉が言い終わる前に、クレアは男に対して掌を向けると何やら口の中で呟いた。すると、男の周囲で何かが炸裂する音が聞こえた。

 音響炸裂魔術(ソニックブラスト)だ。強力な音波の炸裂が男の意識を刈り取る。

 その様子を眺めていた香月がクレアに対して言う。


「クレア……?」


 その口調には、少しの驚きと困惑の色が混ざっていた。クレアが静かにかぶりを振る。


『ううん、何でもない。でも、この人は捕らえて後で支部の集会所(ロッジ)で色々と聞き出さなくちゃいけない。それに──』


 そう言ってクレアは麗奈の方を見る。普段から表情が乏しいが、その口調は普段よりほんの少しばかり淡々としていた。その青い瞳は麗奈の抱えるイヴを捉えている。


『イヴさんを……一刻も早く取り戻さなくちゃね』

「……あ、ああ……そうだな」


 そんなクレアの言葉に戸惑いつつも香月は頷く。そして、そのまま視線を倒れている男の方へと向ける。彼は完全に意識を失っているようだった。

 だが、そんな男の様子を見ても麗奈の表情は全く変わる事は無かった。


「この男は貴方達にあげるわ」


 麗奈はイヴを抱えたまま、淡々とした調子で言う。


『「え……?」』


 思わず香月とクレアが同時に声を上げる。だが、そんな二人に対して彼女は静かに告げるのだった。


「私がこの男と組んでいたのはあくまで私の目的を果たす為」


 一瞬の間を置いて、麗奈が続ける。


「私は、この男を利用してたに過ぎないの。彼が私に利用していたのと同じように。でも、もう役目は済んだわ」


 その言葉に、香月は眉をひそめる。

 彼女の冷淡な態度はイヴを誘拐する以外の何か別の目的を示唆しているように感じたからだ。恐らく、彼女が口にしていたディヴイッド・ノーマンの仇討ちに関する物だろうとは推測できた。

 麗奈の目には強い決意が宿り、一片の迷いも見えない。


「……それに、ディヴィッドが望んでいたのは真に自由な世界よ。だからこそ、この私が誰かに従うなんてありえないのよ」


 麗奈は抵抗するイヴを抱え直す。肉体強化魔術を使っているようだ、イヴがじたばたと腕と足を動かしているが軽々と持ち上げられている。

 と、麗奈が鋭い視線を香月に向けた。

 彼女の瞳には揺るがぬ意思が宿っているように見えた。


「私の進む道は私自身が決めるわ。この男に決めさせる事は許さない。私の選んだ道は、ディヴイッドの意志を継ぐ物でないといけない」


 彼女の瞳は冷静に香月を見据え、一切の迷いがなかった。

 彼女の内に秘めた覚悟が、その言葉に重みを持たせていた。ディヴィッドの理想を受け継ぎそれを実行するという狂信的な信念が、麗奈を強く突き動かしている。

 香月に向けられたその眼差しは、復讐の為に彼を打ち倒すことを誓った戦士のようだった。


「大神香月、貴方を殺すのはこの私。ディヴィッドの仇は必ず取るわ。でも、今ここで戦うのは私にとって得策じゃない」

「逃げる気か!」

「態勢を立て直す時間を頂くわ。この子を連れていけば、貴方は必ず追ってくる。いずれ決着をつける時が来るわ」


 そう言いながら彼女はイヴを抱えたまま踵を返してその場を立ち去る。香月がその後を追おうとするが、すぐに見失った。

 空間跳躍魔術を使ったのだ。

 香月は舌打ちをすると、傍らの二人に言った。


「ちょこ師匠、クレア、この男を協会の誰かへ引き渡してくれ。俺はあの女を追ってとっ捕まえる」

「かしこまり〜、かしこ〜だゾ〜⭐︎ 任せておきたまへ!」


 そんな香月の言葉に、ちょこがビッと敬礼のポーズを取る。クレアは魔術を使って魔術の鎖に縛られた男の体を浮遊させると、香月の方を向いた。


『カヅキ……気をつけて』

「ああ、分かってるさ」


 そう答える香月の目には強い決意の色が浮かんでいた。

 

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