15.灰燼と残響⊕
やがて辺りは静まり返った。土煙が舞い上がり、視界が遮られる。そんな中でも二人はなんとか意識を保っていたが……
「くそっ……」
「うぅ……」
はっきりと言って間一髪だった。空間跳躍魔術で寸前にその場から逃げおおせていたのだ。
魔術人形達に取り押さえられている際にクレアに手が届かなかったら、まともにあの麗奈の魔術人形の自爆をまともに喰らっていただろう。
『カヅキ、大丈夫?』
「ああ……なんとかな……」
香月はそう答えると周囲を見渡した。咄嗟に跳んだ先は商店街の路地裏のようだ。幸いにも人通りが少ない場所なので騒ぎにはなっていないようだが……
「あの魔術人形達はどうなったんだ?」
『わからない。でも少なくともこの辺りからは反応が消えた』
「そうか……」
香月は小さく呟くと立ち上がった。そしてそのまま歩き出す。クレアも慌てて後をついて来た。
『ねえ、カヅキ。霧島麗奈は目的を達したと言っていたけど何の事だったのかな?』
「ああ、あの魔術人形が自爆する寸前に言っていた言葉か……」
『うん。もしかして他の目的があったのかな……』
香月は考え込むように顎に手を当てた。確かにクレアの言うとおりかもしれない。
だとしたら一体何を企んでいるのか?
「……」
彼はしばらく考え込んでいたがやがて首を横に振った。
「今は考えても仕方ねえな……。だが、胸騒ぎがする。クレア、着いてきてくれないか」
そんな香月の提案にクレアは同意するように小さく頷いたのだった──
◆
霧島麗奈が大須商店街に放った魔術人形達はいっせいにその機能を停止した。だが、街の有様は凄惨だった。
魔術人形の暴れ回った跡は破壊の限りを尽くされており、アスファルトは砕け、建物は半壊し、街は火の海に包まれている。
この光景をもし魔術師でない警察や自衛隊が見たならば日本へのテロ攻撃と見なした事だろう。それほどまでにこの大惨事の被害は甚大だった。
香月はクレアに抱えられながら、目的の場所までの道を重い身体を引きずって急ごうとしていた。
『……ヅキ! カヅキ! 大丈夫? 少し休もう?』
クレアの心配そうな声に香月はハッと我に返った。どうやら考え事をしているうちに立ち止まっていたようだ。
「ああ、悪いな……」
彼は小さく謝ると再び歩き出した。そしてそのまま歩き続ける事数十分後。ようやく目的地である教会へと辿り着いたのだ。だが、そこで待ち受けていたのは──
「これは……」
教会の前には大勢の人が集まっていた。皆一様に不安げな表情を浮かべているように見える。中には怪我をしている人も何人かいるようで、うめき声を上げていた。
香月はその人垣をかき分けながら教会の入り口にたどり着いた。そこには一人の青年が立っている。その青年は香月に気が付くと声をかけてきた。
「君は大神香月……いや香月君か?」
「あんた、誰だ?」
「私はプレザンス、この教会の司祭をしている。ロナルドから話は聞いているよ」
「そうか……」
香月は小さく呟くと周囲を見渡した。すると怪我人が運ばれてきているのが視界に入る。どうやら重傷者が何人かいるようだ。幸いにも死者はいないように見える。
「イヴは……あんた、イヴはどうなったか知らないか?」
香月の問いかけに対して神父は無言で首を振った。その表情は沈痛なもので、最悪の事態を予感させるものだった。
「そうか……クソッ!!」
『カヅキ……』
そんな香月の様子を見てクレアも悲しげに声を上げた。そんな彼女を安心させるように彼は頭を撫でてやる。だが、その心中は穏やかではなかった。
「なあ、司祭さん」
「……なんだ?」
「あんたはこの教会の責任者か? 検邪聖省の祓術師達はどうなったんだ……?」
「彼らは押し掛けてきたディヴィッド・ノーマンの代行者を名乗る魔術師と交戦して、我らが神子を守ろうとしたが……」
「そうか……」
司祭の沈痛な表情に香月はそれ以上何も聞くことはできなかった。代わりに別の質問をする事にした。
「ロナルドは? アイツなら死ぬ様な事はない筈だ。アイツはどこにいる?」
「ロナルド君か。彼ならば……」
司祭は何か言いづらそうな素振りを見せた後に口を開いた。だが、その後に言葉が続く事は無かった。代わりに別の人物が声をかけてきたのだ。
「香月さん!」
それは聞き覚えのある声であった。振り返るとそこには一人の少女が立っているのが見えた。彼女は香月に駆け寄ってくると心配そうに声をかけてきた。
◆
「──ええ、ヨーコさんの言いつけで、私はこの教会に待機していたんです」
「そうか……」
香月はそう答えると改めて少女を見た。
その少女は無論香月は知ってる人物だ。だが、真面目な口調で喋っているせいで何故か慣れない。
「ちょこ……師匠、だよな? 何か口調が真面目過ぎて本人だと思えないんだが……」
「もー。一応、緊急事態だし? この教会知らないところだからあたいも他所行きモードなんだようこれが〜⭐︎」
ぷーと頬を膨らませてちょこが言う。その口調と表情はやはり彼女はちょこ本人のようだ。口調を真面目モードに戻してちょこが続ける。
「それで。香月さん、その格好はどうしたんですか?」
「ん? ああ、この姿か……」
彼は自分の服を見て苦笑した。確かに今の彼の姿はボロボロだ。あちこちに切り傷や打撲の跡がある上に血で汚れている箇所もある。特に背中の部分には大きな穴が開いており、そこから血が滲んでいる状態である。
「これは……」
「……わかりました。説明は後回しにしましょう」
何かを察したのか彼女はそれ以上深く追求してこなかった。
「ところで──」ちょこが香月の隣にいるクレアを指差す。「その、香月さんの隣に居る人何なんです?」
ガルルルとでも言わんばかりに警戒の視線を向けてくるクレアにちょこは軽い恐怖を覚えたようだった。
「あー……こいつは……」
『ねえ』
香月が言いかけた所でクレアの不機嫌な声が耳を打った。伝声魔術でちょこには聞こえないように直接香月の耳に届くようにして言う。
『何か、仲良さそうじゃん。誰、このギャルっぽいお姉さん? カヅキとはどんな関係の人?』
「いや、この人は……」
香月が言い淀むとクレアは更に続けた。
『まさか……カヅキの彼女? それとも隠し妻?』
「ちっ、違うぞ。この人は……俺のし、師匠だよ」
そうとしか表現できなくて、しどろもどろな返事になる。
『……ふーん』クレアは疑わしげな視線を向けてきた。『本当に?』
「本当だよ。魔術協会には所属してないけど魔術師なんだ。だからそんな目をするな、普段通りに喋っても良いんだぞ」
そんな二人のやり取りをする様子をちょこは黙って見ていたがやがて口を開いた。
「そう、ちょこ様はカヅキに萌え萌えビームを伝承した師匠なんだゾ⭐︎ ウェーイ⭐︎」
ちょこが決めポーズにピースをして口の端に舌を出してニッと笑う。
いや、急に普段の口調に戻るんじゃない。てか、あんたが普段の口調に戻るんかい。そう香月は言いたくなったが、ぐっとこらえた。
「あー……つまりそういう事だ。彼女のおかげで今の俺はオムライスをなんやかんや美味しくできる。ピンク色のビームが出るんだ」
『へえ……そうなんだあ……意味わかんないけど……』
もうどうとでもなれ。知るか。
殆ど説明になってない香月の説明にクレアは納得していないような口調だった。だが事実関係は合ってる。
香月はというと、それ以上言及するつもりはなかったので話題を変える事にした。
「それより、ちょこ師匠。この教会で何があったんだ? 他の祓術師達は?」
「はい、それは……」ちょこは真面目な口調に戻ると説明を始めた。「最初は街の人々が突然暴れ出してこの教会を襲撃したんです」
『え……⁉︎』
香月が驚きの声を上げた。恐らくは魔術人形を街で暴れさせたドサクサで、ここでも精神干渉魔術で人々を操ってそうさせたのだろう。
ちょこが続ける。
「そしてその対応に混乱を見せている隙に、ディヴィッド・ノーマンの代行者を名乗る魔術師達が襲いかかってきたんです」
「達? 一人じゃなかったのか?」
その問いかけにちょこがコクリと頷く。
「男の魔術師と、黒髪ロングのクール系な顔立ちで露出させた肩とタイトスカートから伸びた脚がやけにエロい綺麗で美人なお姉さんの二人組でした」
後半がやけに描写が具体的過ぎる気がするが、香月はツッコむのをやめといた。あと前半の説明があまりにも雑だ。もしかして男だから興味がないのかと思うほどだ。
ちょこの主観がだいぶ入ってるとはいえ、後半の内容が指している人物は霧島麗奈には間違いなさそうだった。
それにしても真面目な口調で話していても微妙にクセの強さが抜けきらないなあ。
「……その男の魔術師というのは?」
「わかりません……、ただあの魔術師はそれなりの凄腕なのは間違いありません。ヨーコさんが教皇庁に伝があったらしくて、私が派遣された形なんですけど力及ばずでした。霧島麗奈とその男の魔術師の二人組の圧倒的な力にこの教会は瞬く間に制圧されたんです。でも、幸いにも怪我人は出ましたが死者は出ていません」
「不幸中の幸いだったな。それで、イヴは連れ去られたと」
「はい、霧島麗奈ともう一人の魔術師は……イヴさんを抱えてどこかへ行ってしまいました。何人か祓術師の方達がそれを追ってるようですが──」
「そうか……」
香月は小さく呟いた。彼は拳を強く握る。恐らく、その二人組を追ってる祓術師の中にロナルドは含まれている筈だ。今は一刻も早くイヴを助け出す事が先決だろう。
「ところで香月さん」
「ん?」
恥ずかしそうにちょこが香月の身体をチラチラと見ながら言う。
「その、服が破れてて……」
「……ああ、これか」
言われて香月は自分の姿を確認するように見下ろした。確かに彼の服はボロボロに破れており、あちこちから出血している。そして何より背中の部分に大きな穴が開いていてそこからも血が流れていた。
そんな状態で立ち話などしていれば目立つのも当然だろう。
「悪いな、ちょこ師匠。戦闘がだいぶ激しかったんだ。あちこち傷がある。血が出てるのは……まあ、目に毒だったかもな。すまない」
「いえ、そうじゃなくて!」
ちょこが慌てて言う。何か言いづらい事でもあるかのようにモジモジしながら、そして頰を赤らめると言った。
「見えちゃってます」
「……何が?」
「乳首が」
「ち……。そうか」
オウム返しで言いかけてやめる。
そういえば色々と破れてたから気付かなかった。ジャケットの中に着たTシャツの胸の辺りに破れがあったのだろう。
香月は無言で自分の胸を見下ろした。そこには確かに色々と着てる服に穴が開いていて、そこから肌が露出しているのが見える。そしてちょこの言うその部分にはちょうど良い位置にちょうど良いサイズの丸い穴が二つ空いていた。
「……」
香月は無言でその穴を手で隠すと、そのまま無言で後ろを向いた。そして無言のままに服を脱いでいったのだった。




