13.大須商店街騒乱⊕
同時刻、大須商店街。そこでは魔術人形と呼ばれる魔術的な施術によって疑似生命を吹き込まれた人形が暴れ回っていた。
そしてそれを操っているのは──霧島麗奈だった。大勢の魔術人形を商店街に放ち無差別に人を襲うように符号化させた。
「さぁ、行きなさい。私の……人形達」
彼女は眼下の商店街の景色を眺め、噛み締めるように独りごちた。
「ディヴィッド……貴方の欲した自由の第一歩を私がが代わりに踏みしめてあげるわ。だから、空の上からでも見ていて頂戴……。私の……私達の、自由への更なる一歩を」
◆
商店街の人々はパニック状態に陥り逃げ惑う。だが、そんな彼らに向かって容赦なく魔術人形達は襲いかかってくる。
「きゃああああっ!!」
そんな悲鳴が響き渡る。
「な、なんだ!?」
「おい、こっちに来るぞ!」
「逃げろぉ!!」
商店街に混乱が広がる。そんな中、一人の少女が商店街の中を走っていた。それは、清香だった。彼女は逃げ遅れた人々を魔術人形から守るために現場に出動していたのだった。
「皆さん! 慌てないで! こちらへ!」
清香は人々を誘導しながら魔術人形から逃がす、その先には救急隊に扮した処理班が人々の記憶処理をするために待機していた。
「皆さん、落ち着いてください!」
清香がそう叫ぶと、人々は安心したのかその場にへたり込んだり泣き出したりする者もいた。
「大丈夫ですか? 怪我人は?」
清香はそう言いながら救急隊に扮した処理班の人達に視線を向けると、彼らは小さく頷いた。そして今度は救助を手伝っていた実行班の面々の方を向く。
「市民の避難はほぼ終わりました! 次の段階をお願いします!」
促されるように、そのまま魔術人形を撃退するための行動を開始する。
「よし……、やるぞ。陣を組め!」
一人の実行班の男がそう言うと、他の者達もそれに続いて行動を開始した。複数人ので街を囲い込むように人祓いの結界を展開させる。そして、処理班の警官に扮したチームが大須商店街を封鎖した。
「ふう……これでしばらくは大丈夫。それにしても大規模な作戦だよ……これは……」
清香はそう独り呟くと、再び商店街の中に戻っていく。
「よし、ここも大丈夫……!」
清香は商店街を一通り見て回って、通行人や店舗の店員達の避難が終わったのを確認する。
「清香姉!」
突然後ろから声をかけられるのに清香が振り返るとそこには、香月の姿があった。
急いで走ってきたらしい。軽く息を切らしている。
「大神君! 来てくれたんだね」
「ああ、ジェイムズに呼び出されてな。状況は?」
「率直に言って大変な事になってるよ……」
清香が険しい表情でそう答えると、香月は眉をひそめながら周囲を見渡した。
そこかしこに残されている破壊された人形の残骸を見、香月は深いため息をついた。
「これは……魔術協会にとって最も厄介な状況だな。白昼堂々と、こんな大きな事をされてしまうと魔術の存在を隠匿するのも困難だろう。明らかに普通の魔術師じゃ考えつかない発想だ……」
「支部長も各所に色々根回しして裏で奔走してるみたい。SNSとかへの対応とかもしてるみたいだよ。とりあえず現場は一般人の避難は何とか済んだよ。人祓いの結界魔術も展開済み、記憶処理の方は正直目撃者が多すぎて手が回らないくらい」
「ああ、清香姉の様子を見ててもわかるよ。それで戦闘班と実行班は? 向こうか?」
香月が視線で商店街の奥の方を示すのに、清香が頷く。
「うん、それぞれ暴れ回ってる魔術人形達と交戦中。今頃派手にやってるんじゃないかな?」
「なるほど、それじゃ……俺も行く」
香月がそう言うと、清香は頷いてから彼に場所を伝える。そして香月は清香を残してそのまま商店街の裏通りを駆け抜けていくと、途中で魔術人形の大群に遭遇した。
「Enhance《肉体強化》!」
香月は魔術人形達に対して身構える事無く、肉体強化魔術を発動させる。全身に魔力が行き渡り、彼の身体能力が向上する。
陽子によって魔術刻印に書き加えられた術式は、肉体強化魔術を効率化し更に出力を上げてくれているようだった。身体中に以前よりも強く力が漲るような感覚があった。
「はあああっ!」
香月は魔術人形の一体に向かって、地を蹴ると身体丸ごとをぶつけるかのように突き出した拳で殴り飛ばす。そして、そのまま他の魔術人形達に飛びかかっていくと、次々と殴り飛ばしていく。
破壊された人形達は込められた魔力が抜け出ていくように黒い霧を吹き出して崩れ落ちていく。
「ちっ、数が多いな……!」
香月はそう呟きながらも、商店街を駆け抜けていき魔術人形達を次々と蹴散らして破壊していく。
だが、その途中で彼は足を止める事になった。なぜならそこには更に大量の魔術人形達が待ち構えていたからだ。
「くそっ、まだこれだけの数が居んのか……!」
香月は舌打ちをすると、周囲を見渡す。するとその時、魔術人形の群れの背後から大きな爆発音が鳴り響いた。
「なんだ!?」
香月が驚きながら振り返るとそこには、大爆発によって吹き飛ばされる魔術人形達の姿があった。そして、その爆炎の中から一人の人物が姿を現した。
その人物は戦闘班のエース、二階堂だった。彼は両手に魔力を込めると、今にも襲いかかってくる人形達に魔術を発動させた。
「魔力激発ッ!!」
二階堂がそう叫ぶと同時に、両手から魔力の奔流が溢れ出した。そしてそれは凄まじい衝撃波となり、魔術人形達を吹き飛ばしていく。
「二階堂さん!」
「大神か! ここは任せろ!」
二階堂はそう言うと、再び魔力を両手に込めると今度は両手を大きく広げながら前に突き出した。するとその両手から再び巨大な魔力の塊が出現して魔術人形達へと襲いかかっていった。その一撃によってまた多くの魔術人形達が吹き飛ばされ破壊されていく。
「ありがとう、二階堂さん。頼む!」
「ああ、任せておけ!」
二階堂はそう答えると、そのまま魔術人形達の掃討を始めた。香月はそれを見届けると再び商店街の中を駆け抜けていく。
そしてしばらく走ると、今度は大きな広場に出た。そこには大勢の構成員達が人形達と戦っていた。どうやらここが最前線のようだ。だが、魔術人形の数があまりにも多く、苦戦を強いられているようだった。
「加勢する!」
香月はそう叫びながら、魔術人形の群れの中へと飛び込んでいった。そしてそのまま次々と魔術人形達を殴り飛ばしていく。だが、それでも数が多すぎてキリがない。
「くそっ、このままじゃ……!」
その時だった。突然、彼の目の前に一人の女性が現れたのだ。ゴシックロリィタの衣装に身を包んだ少女──それは陽子だった。
陽子は掌上に置いた植物の種子のような物を地面に落とすと、そのまま魔力を注ぎ込んだ。
「Awaken《目覚めなさい》」
陽子がそう厳かに唱えると、その種子は急速に成長し種から芽が芽吹き、瞬く間に無数の蔓へと姿を変えた。そしてその蔓達は魔術人形達に向かって伸びていくと、その先端を鋭く硬化した樹木の槍となって身体を刺し貫ぬいていく。そしてそのまま貫かれた魔術人形達は次々と崩壊して黒い霧を吹き出していった。
「本当、私が長らく愛したこの商店街で好き勝手してくれるのは気分が良くないなあ」
陽子は呟くようにそう言うと、そのまま魔術人形達に向かってゆっくりと歩いて行く。
そうして、彼女は手に握りしめた種子に魔力を込める。
「Awaken《目覚めなさい》」
すると、芽吹いた種子がみるみると大槌の形に変貌していった。小柄な彼女の体躯の二倍の大きさはある樹木の大槌だ。
陽子はその大槌を両手に持ち上げると、大きく振りかぶりその小さな身体で軽々とぐるぐると回す。まるで自分の存在をアピールでもするかのように。
「さあ、かかっておいで」
陽子は不敵な笑みを浮かべつつそう言うと、そのまま駆け出した。
そして次の瞬間にはその大槌を振り下ろし魔術人形達を薙ぎ払っていく。陽子の振るう大槌の一撃によって次々と破壊されていく魔術人形達を見て、香月は思わず息を飲んだ。
「すごいな……」
香月がそう呟くと、陽子はこちらに視線を向けてきた。
「あ! やあ香月少年! 君も居たんだね」
そんな明るい声で名前を呼ばれ、香月は苦笑いを浮かべる。
「ヨーコさん、協会の作戦に協力してくれるんだな」
「うん、ジェイムズさんにはお世話になってるからね。今回はジェイムズさんからの応援要請に乗ったカタチだよ」
「なあ、この魔術人形の大群。やっぱり──」
「そうだよ。君が思ってる通り。霧島麗奈の仕業だよ」
陽子はそう言うと小さくため息をついた。香月はそんな陽子の様子をじっと見つめていた。するとその視線に気がついたのか陽子は顔を上げて、笑みを浮かべた。
「んー? どうしたのかな、少年。私の顔がそんなにも可愛いかな? そりゃ、私が現役のキャストだった頃はお客さんにガチ恋勢が出たくらいに可愛いからね。君も意外とロリコン趣味なのかな?」
「いや……」
「ふふん、さては私に惚れちゃったかな?」
陽子は悪戯っぽい笑みを浮かべると、香月に顔を近づけてきた。彼女の吐息が感じられる距離にまで迫る。
「ちょっ……! な、何言ってんだよ!」
「あはは! 冗談だよ。私は見た目は十八歳だけど、君とは二十くらいは歳が離れてるから。君みたいな若い子に手を出すのは私的にちょっと色々と気が引けるから安心してよ。ところで君が聞きたいのは、霧島麗奈の存在を知ってるのに何故私が彼女を討たないのかって話でしょ?」
「あ、ああ……アンタほど力のある魔術師なら賢者の石で増幅された霧島麗奈の魔術相手でも簡単に倒せるはずだ。なのに何で?」
陽子の言葉に香月はそう問いかけた。すると、陽子は小さく首を振ってみせた。そして彼女は真剣な眼差しで答えた。
「言ったでしょ、君に相応しい力を与える代わりに霧島麗奈を君の力で倒してもらうって。私は君に力を貸すだけだよ。君が自分の力で戦わなきゃ意味が無いんだ。それに……これは君にとっていい経験になると思うからね」
「経験……?」
香月が訝しげに首を傾げると、陽子は笑みを浮かべた。
「そう。自分で言うのも何だけど稀代の大大大魔術師である私が手を下すのは簡単だよ。でも、それじゃあダメなんだ。君の成長の為にね」
陽子の言葉に香月は思わず首を傾げた。
「俺の成長の為……?」
「そうだよ。君はいずれこの世界を救ってもらわなくちゃいけない。そんな君に対して倒すべき敵を用意してあげるのは私の役目って事だよ」
そんな陽子の言葉を聞き、香月は小さくため息をついた。そして、改めて目の前のわらわらと湧いて出てくる魔術人形の群れに視線を向ける。
「なあ、ヨーコさん。アンタならわかるんだろ。霧島麗奈がこんな大量の魔術人形を使って人々を無差別に襲うなんて騒ぎを起こしてる理由がさ」
香月の問い掛けに陽子は小さく頷いてみせた。そして静かに語り始める。
「うん、そうだね。確かに彼女がこんな事をしてる理由はわかるよ。これは炙り出しだよ」
「……炙り出し?」
香月が眉を顰めると、陽子も真剣な表情で言葉を続けた。
「そう、これはこの騒ぎに対処してる魔術協会の人間達を炙り出すための作戦であり罠なんだよ。そして同時に君に対する挑発でもある」
「俺を? 何故?」
陽子の言葉に香月が更に首を傾げると、陽子は小さくため息をついて答えた。
「彼女は君をディヴイッド・ノーマンを殺した人間として報復の対象にしている。そして、それだけじゃなく魔術協会日本中部支部もまたディヴイッドを死に追いやった報復の対象になっている。彼女の目的は、この騒ぎに駆り出された構成員達を全滅させる事。つまり騒ぎに対処する為に派遣されてきた魔術協会の人間達を全て殺す事だよ」
陽子の言葉に香月は息を呑んだ。まさか、そこまでの事を霧島麗奈が考えていたなんて思いもしなかったのだ。
「……まずいな、急がないと誰かが犠牲になるかもしれない」
「そうだね。でも、安心しなよ。私は君の──魔術協会の味方だよ、香月少年」
陽子はそう言うと再び魔術人形達の群れの方へと歩みを進めた。そして掌から種子を地面に転がり落とす。するとみるみると育った植物の蔓が地面から生えて来て魔術人形達を拘束していった。その動きはまるで鞭のように素早くしなやかであり、あっという間に多くの魔術人形達を縛り上げてしまった。
「ほらっ、今の内に! 少年、霧島麗奈を探すんだ!」
陽子の言葉に香月は力強く頷き返すと、商店街の奥へと走り出した。




