9.霧島麗奈の襲撃⊕
陽子の予言を受けてから二日が経った。今の所は霧島麗奈が襲撃をかけてくるようなそんな予兆すら感じられない。
予言が嘘だったとしたら?
その可能性も十分にある。だが、香月にはそんな気はしなかった。
だが、あの陽子は意味ありげな事ばかり言うがそんな嘘を付くとは考えにくいし、そもそも彼女はそんな無意味な嘘をつくような人物ではなさそうだ。
「まあでも、ただ待ってるってのもな……」
香月は、公園のベンチに座って空を見上げながら独り言ちていた。既に日は高く昇っているが今日は霧島麗奈以外の人物が強盗事件の犯人である可能性も考慮して、色々と調査をしていたが、手がかりは何も見つけられないでいた。
大須商店街をブラついても大した成果は得られなかった。今は休憩に裏門公園のベンチで缶コーヒーを飲んでいた所だ。
「さて、どうするか……」
「見ぃつけた!」
そう思案していると突然後ろからから誰かの声がかけられた。
「うおっ!」
驚いて香月は座っていたベンチから飛び上がる。咄嗟に身構えるが、すぐに警戒を緩めた。その声の主に心当たりがあったからだ。
鈴の音が鳴るような綺麗な声だ。雪花石膏のような白く透き通った肌、その肌に負けないくらい白く長い髪、二階堂からの提案を守っているのかきっちりとカラコンで青くしている瞳に、そしてラーメンを食べてる頭に旗を立てた豚のイラストに「しぼうフラグ」の文字がプリントされた相変わらず謎のセンスのTシャツ……
「い、イヴ⁉︎」
「久しぶりだね、香月君。これでアレから五回目くらいだよね?」
「懲りないな……」
イヴは屈託なく微笑むが、香月の表情は渋い。
それもその筈だ。以前の事件からというもの、記憶処理ができない彼女には協会の意向により魔術協会には関われないように色々根回しがされていた。
それでも、イヴはモデルの仕事の合間を縫っては魔術協会日本中部支部の人間に辿り着けないか独自に探り、街中で香月を見つけては追いかけてくる。
突き放しても突き放しても、やや強引でありつつも明るく話しかけてくる彼女に半ば折れて香月も最近は話くらいはするようになっていた。
しかし、彼女は教皇庁の最重要護衛人物ではある。基本的には魔術師の世界には接触しないように教皇庁の面々からも言われている筈だ。それを破ってまでこうして声をかけてくる。
「前にも言ったが、俺には関わらない方が良い。俺達はこの世界の日陰の側の存在なんだ。君と一緒には──」
「そんな事言って、私が諦めてくれると思う?」
香月の言葉を遮るようにイヴが悪戯っぽく微笑む。その微笑みは天使のようで、そして妖艶に見えた。
「香月君の事を知るまでは諦めないよ」
「……っ!」
その言葉に、香月の心臓がドキッと跳ねた。
「だって、香月君は私の事を助けてくれたじゃない? それに写真集買ってくれたのも私わかってるよ」
「それは……」
「それにね」そう言ってイヴは続ける。「何度も言ってるけど、私は香月君と関わりたいんだよ?」
「……っ、あ、あのなあ」
思わめず赤面してしまい、顔を伏せる香月を揶揄うようにイヴが覗き込む。
「あれ〜? もしかして照れちゃった?」
「……っ、そんなわけないだろ」
「素直じゃないなあ……。まあ、そういうとこも香月君って可愛いなって思うんだけど」
そんな香月の反応を見てイヴは楽しそうに笑った。
「でもさ、本当に私と一緒に居るのってそんなに良くない事なの?」
「……ああ。一応それが協会で決めた方針だからな」
「なーんか、組織に属してるのって不自由なんだね」
「そりゃ、イヴだってモデル事務所に所属してるんだから一緒なんじゃないか? 活動してる上であーしちゃいけないこーしちゃいけないなんて言われてるだろ」
「んー……まあ、そうだね。モデル業も半分アイドル売りしてるから、異性関係とかは慎みなさいって言われてるかも」
「だったら尚更だろ。何かに属するってのはそこが決めてるルールに縛られるって事だよ」
香月がそう言うと、イヴはムッとしたような表情で唇を尖らせた。
「じゃあ、何? 香月君は協会がそう決めてるから私と関わらないようにしてるって事?」
「……まあ、簡単に言うとそうなるな」
「ふーん。でも私は、『教皇庁に保護されてる私』が『魔術協会に属してる香月君』に会いに来てるって意識はまるで無いんだよ? 勿論、『モデルのEVEの私』もだよ」
「は……? えっと、どういう事だ?」
イヴの言っている事の意味が分からず、香月は首を傾げる。するとイヴは悪戯っぽく笑った。
「私は協会とか教皇庁とか事務所とかは一切関係なしに、自分の意志で香月君に会いに行ってるんだよ。そう、ただの伊深未来がだよ」
「え……? いや、でも……」
「勝手に押しかけてるの。……まあ、私が何を言いたいかっていうと、私は自分の意志でこうしてるんだから誰にも文句は言わせないよって事。ルールとか言われても知らないもん。ここに居るのはただの私、会いに行ってるのはただの香月君なんだよ」
「いや……それは……」
香月は返答に困ってしまう。ちょっと強引な理屈ではあるが、イヴの言っている事は正論と言えば正論なのだ。
だがその正論を素直に認めてしまえば彼女を魔術協会にまた関わらせてしまうし、そもそも協会の意向は教皇庁と取り決めた方針でもあるのだからイヴがどうこうできる物でもない。
まあ、ジェイムズはというと半ば面白がってイヴの保護に魔術協会も介入するようにしても良いとは言ってくるが。それは香月の望む所ではないのだ。
しかし、香月には彼女を邪険に扱う事も出来なかった。
「はぁ……。相変わらず変なとこ強引で頑固だよな、イヴは」
「ふふ、よく言われるよ。でも、私は自分のやりたいようにやるって決めてるから」
そう言ってイヴは屈託なく笑う。その笑顔を見ていると香月も毒気を抜かれてしまう。そして同時に思うのだ。この笑顔を曇らせるような事はしたくないと。
「そりゃ、色々なルールとか縛りとか俺の拘りとか? 全部取っ払ってだったらな。もっと自由で居れるんだろうけどな──」
「そうなれば良いんだよ。認めさせれば良い」
「じゃあ、二人で魔術協会ぶっ潰すかあ。魔術の隠匿なんか辞めてさ」
「あ、それ良いかも」
そんな冗談を言って笑い合う。
だが、香月は分かっていた。勿論そんな事が出来る筈がないのは。
魔術協会が定めたルールは教皇庁のそれよりも厳しいし、そもそもイヴはどちらの組織にとっても最重要人物になりうる存在だ。それに魔術協会は世界中に根を張る強大な組織だ。平の一構成員に過ぎない香月が簡単にどうこうできる相手ではない。
彼女の身柄の安全を守る為に様々な制約がある。そしてそれは魔術協会でも教皇庁でも同じ事だ。
「……まあ、現実的な話。君だって自分がどういう存在かくらいかはもう知ってるだろ? それに今はさ──」
「それに?」
「いや……何でもない……」
香月は言葉を濁す。彼女は普通の人間ではない。いや、正確には神域の力を持つとされる始祖人類の先祖返りだ。
それに今はディヴイッド・ノーマンの残党からの襲撃を受ける予言をされている。
その事を直接口に出すのはやめておいたのだ。そんな香月の様子を察したのかイヴもそれ以上追及する事はしなかった。
「見ぃつけた」
そんな二人の背後から女の声がした。
「……ッ!」
思わず香月は身構えた。イヴも驚いたようで、その声の主に視線を向ける。
女性が立っていた。白いノースリーブのブラウスに肩が出るようにしてジャケットを羽織り、下は黒のタイトスカートとストッキングで包んだ長い脚が伸びている。長い黒髪を下の方でツイストさせた髪型にしているが、その顔は調査で手に入れた写真と変わりがない。
「霧島……麗奈……」
「あら? 私の事知ってるのね? 協会にはまだマークされてないと思っていたのだけれど」
そんな香月の反応を見て彼女は面白そうに笑う。その笑みには余裕すら感じられた。
「貴方は私の襲った銀行の周りを何かと嗅ぎ回っていた。魔術協会の人間よね? この地域の」
「……だったらなんだ?」
香月が警戒しながら答えると、彼女はその答えに満足したように頷いた。
「そう。なら、話は早いわ。私はまず貴方とお話する為に来たの。ディヴィッドの事で」
そんな麗奈の言葉にイヴが反応する。
「話? ディヴィッド……ノーマン? もしかして貴方は私をまた捕まえに来たの……?」
イヴは不安そうな視線で霧島の足元から頭まで見回す。
麗奈はその彼女の顔を訝しむように歪める。そして何かに気づいたようにハッとした。
「……そう。貴方、ディヴィッドが見つけたっていう魔術師にとって最高の肉体──商品価値が国家予算並につくっていうあの『始祖人類』ね。成る程、デヴィッドはそんな女を誘拐して魔術協会に討たれたってわけ」
麗奈からの冷徹な視線に、イヴが恐怖で肩を震わせている。
そんなイヴの様子を見て、香月は思わず彼女に割って入るように麗奈の前に立ち塞がった。
「この子から離れろ」
「何? 貴方もしかしてこの女に惚れてるの?」
「違う!」
「じゃあ何なの?」
「……イヴに手を出すな」
香月の言葉に、麗奈は気怠げに息を吐いた。
「安心なさい。私にはこの子を今どうこうする高度な魔術知識は無い。持て余してしまうのよ。でも──」
麗奈はイヴの顔を品定めでもするかのように見やる。イヴが怖そうに身体を震わせた。
「綺麗な顔してるのね。高値が付きそう」
「……ッ!」
そんな呟きに、香月は思わず反応してしまっていた。その横でイヴも不安そうな表情を浮かべる。
そんな二人の様子を見て麗奈は妖しく笑う。そして続けるように口を開く。
「ディヴィッドは魔術師としてもオークショニアとしても一流だったと思うわ。でも、残念ね。彼は魔術協会を敵に回し過ぎた」
悲しそうな表情を浮かべると彼女はイヴへの視線を解いて、仰ぐように顔を上げた。
「でも、ディヴィッドは……私にとっては神のような存在だったのよ」
そう呟き、鋭い視線を麗奈が香月に向けてきた。強烈な魔力の高まりを肌に感じ、思わず身構える。
「彼が討たれ、影武者達が討たれた今……組織は壊滅状態。でも、私は彼の理想を代わりに叶えると決めたの。その第一歩、まずは彼を殺した者を私が殺すわ。だから、貴方には色々と話して貰う」
麗奈が手を差し出すと、指に嵌められた指輪が怪しく光った。それが放つ赤い光を見てしまい、香月は思わず舌打ちをする。
油断をしていた。相手がディヴィッド・ノーマンの残党である事が頭から抜け落ちてしまっていた。これは精神干渉魔術だ。
まんまと術中に嵌まってしまった。
「さあ、話して貰おうかしら。彼の最期を。貴方の知る限り」
麗奈はそう言いながら、香月の方へ詰める。香月は後退りしながら必死に策を考えていたが、麗奈の精神干渉魔術は強力な魔力を込められていた。必死に抗おうと意識を集中させるが、麗奈から下された命令に口が香月の意思とは関係無く動く。
「……ディヴィッドは始祖人類の血で作った魔術薬を身体に打ち込んで、その強大な力に吸血鬼化させた肉体が耐えきれずに死んだ……」
「そう……」麗奈が悲しげな表情をする。「それで、彼がそうなるまで追い込んだのは誰?」
「ディヴィッドと戦ったのは……俺と……教皇庁の吸血鬼神父……」
そこで言葉が止まる。
「あああああッッ‼︎」
香月が突然叫んだ。
その叫びに麗奈が警戒し、距離を取る。
魔力を身体中に放出し、無理矢理に麗奈の精神干渉魔術の支配下から自分を解放する。
「ハァ……ハァ……クソッ……」
息を切らしながら、麗奈を睨みつける。
だが、その表情に麗奈は余裕の笑みを浮かべていた。
「……そう。貴方が」
だが、その目つきは先程よりも鋭さを増していた。
「貴方がディヴィッドを……ッ!!」
麗奈が豹変したようにそう叫ぶと同時に、香月は咄嗟にイヴの手を引いて走り出した。
「逃すかッッ!」
そんな麗奈の叫びを聞きながら二人は公園から逃げ出したのだった。
◆
「ハァ……ハァ……」
息を切らしながら、香月とイヴの二人は裏路地に逃げ込んだ。
「……大丈夫?」
「あ、ああ」
心配そうにイヴが見上げてくる。そんなイヴを心配させまいとかぶりを振る。
「すまない、イヴを巻き込んでしまった」
「ううん、気にしないで。香月君と一緒に居れる口実になってるから、むしろ嬉しいって思っちゃってる。変かな?」
そんな香月にイヴが優しく微笑みかける。その微笑みは屈託がなく、本当に喜んでいるように見えた。
「……っ」
そんな悠長な事を言ってられる状況ではない。それはわかっているのだが、そんな彼女の表情と発言が思わず可愛いと感じてしまった。顔が熱くなるのを感じると香月は自分を律するように首を振った。
「そんな変な事ではない……と思うぞ。そりゃあ、なんだかんだ……言ってるけどさ。俺もイヴに会えて嬉しい……しな」
そんな香月に、イヴから笑みが溢れた。しかし、状況が状況だ。二人ともすぐに表情を引き締めた。
「……それで、これからどうするの?」
「とりあえずはジェイムズに連絡して応援を貰うしかなさそうだな……。イヴは──」
そう言いかけて香月が口籠る。そんな香月にイヴは首を傾げる。
「どうしたの?」
そんなイヴに香月はどう説明したものかと思案する。そして、少し間を置いて口を開いた。
「その……イヴはどうする? 緊急事態ではあるが、あの女の目標は恐らく俺だ。勿論イヴを狙ってくる事も可能性はありそうだが……君だけこの場から逃げて、教皇庁に保護を受ければ君自身は安全だ」
「え? そんなの嫌に決まってるじゃん。香月君置いてなんて逃げられないよ」
即答だった。思わず香月も呆気にとられてしまう。そんな香月にイヴは続けるように口を開く。
「だって、香月君。私を逃がそうとしてくれてるんでしょ? でも、私は香月君と居たい」
「イヴ……」
そんなイヴの真っ直ぐな視線に、思わずたじろいでしまう。そんな香月に構わずイヴは続ける。
「私って結構頑固だからね。香月君が私の事を思ってしてくれてても、私は自分の意思で香月君と一緒に居る」
「本当に頑固だな……わかった、負けたよ」
香月は観念したように肩をすくめるとイヴに笑いかけた。
「でも、君の安全を確保するまでだ。そこまでは俺から離れるな」
「うん!」
そんなやり取りをしている時だ。突然二人の背後から声がした。
「あら? もう鬼ごっこはお終いかしら」
その声に香月が振り返るよりも早く、イヴの手を引いて走り出した。
「逃げよう、香月君!」
イヴもそんな香月に手を引かれながら走る。しかし、その行く手を阻むように麗奈が瞬時に立ち塞がった。空間跳躍の魔術だ。
「逃がさないわ」
麗奈の鋭い視線が香月を射抜く。
「イヴ! 俺の手を離すな!」
「う、うん!」
そんな香月の言葉に、イヴは頷いた。
香月は背中の自在術式の魔術刻印のある背中に意識を集中させる。
(……ここは清香姉の魔術刻印を借りるしかねえな)
脳裏に浮かべたのは、解析魔術で清香からコピーした彼女の魔術刻印だ。
「よし、いけそうだ」
そうポツリと呟くと、香月の背中に術式が展開される。その術式は魔力が循環するように熱を帯びた。
「Leaping《空間跳躍》」
「逃さないわ」
麗奈が駆け出すと同時に、香月とイヴの姿が消える。
そして、次の瞬間には二人の姿は麗奈の前から消え去っていた。
「ちっ」
そんな舌打ちをした麗奈は辺りを見回した。目が怪しく赤色の光を放つ。
それは魔力感知の魔眼だった。そして二人の魔力を探ろうとする。
「見つけた」
そう言って、麗奈は右の薬指にはめた魔石のついた指輪に魔力を込めた。それは空間跳躍の魔石のようだ。
「無駄よ。逃がさないと言ってる」
そう呟くと、麗奈の周囲の景色が一瞬で切り替わった。そこは先程まで香月達がいた裏路地から数メートル離れた大通りだった。
そして、そのすぐ目の前にはイヴが居た。彼女は突然現れた麗奈を見て驚愕の表情を浮かべている。
「えッ!?」
思わずイヴは後ずさるが、すぐに香月に腕を掴まれて引き寄せられた。
そんなイヴを庇うように香月は麗奈の前に立ち塞る。
「へえ、見つけるのが早いな。空間跳躍じゃ逃げられないって訳か」
「当たり前でしょう? 私はディヴィッドの遺志を継いでいる。復讐の為にこの両目を魔力感知の魔眼に挿げ替えた。今の私は復讐者であり追跡者。その私が貴方を逃すつもりはない」
麗奈が香月を睨みつける。その視線には強い憎悪が込められているように感じられた。
そんな視線を受け流しながら、イヴを自分の背後に隠すようにして香月も睨み返す。
「なら、どうする?」
「決まっているわ」
そんな香月の言葉に、麗奈はニヤリと笑う。そして、ゆっくりと手を上げるとパチンと指を鳴らした。
その瞬間だった、彼女が指に嵌めた指輪達の一つが赤い光を放つ。それと同時に彼女が首に下げたペンダントの真紅の宝石が輝き出した。
尋常じゃない程の強烈な魔力が彼女が掲げた指先に集まるのを感じる。放たれる魔力が肌にヒリヒリと刺さってくる。
この感覚はイヴの血で作った魔術薬を打ち込んだディヴィッドと対峙した時と同じくらいの脅威があった。
「クッ……その魔石は……ッ!」
香月が気付いた時には遅かった。
麗奈の掲げた手が振り下ろされると同時に巨大な炎の塊が放出されたのだ。それはまるで蛇のようにうねりながら香月へと襲い掛かる。喰らってしまっては生命を落とし兼ねない。
「ッ!」
咄嗟にイヴを庇うようにして覆い被さるが、その炎が二人に到達する寸前でその姿が消える。
それは空間跳躍魔術だった。
しかし、麗奈の放った炎は消えずにそのままイヴと香月が居た場所で燃え盛った。
そして、その一部が路地の壁にあたり焼き焦げた匂いが辺りに広がる。
「また逃げたか……」
そう呟くと、麗奈は手を振り払うと魔術の炎を消す。そしてそのまま路地から立ち去ろうとしたがふと足を止めた。
『イヴ、こっちだ! とにかくここから遠ざかるんだ!』
背後の方から香月の声が聞こえる。
「ッ!」
麗奈は振り返ると、その方向に空間を跳躍する。そして声が聞こえてきた場所に降り立つと、そこにはイヴの姿も香月の姿もなかった。
「……逃したか」
そう呟くと、麗奈は指輪の一つに魔力を込めた。すると彼女の周囲の景色が一瞬で切り替わる。そこは先程まで居た場所から数メートル離れたビルの屋上だった。
魔眼で魔力感知をかけてみるが、自分が使った空間跳躍魔術の残滓以外は見つからなかった。
「完全に見失ったわね……」
舌打ちしながら麗奈は呟く。
「まあいいわ。いずれ、殺してあげる」
そんな呟きを残して、彼女はその場から姿を消した。




