表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第三章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅰ 『EVE誘拐事件編』
5/127

4.海運倉庫潜入、そして雪の妖精⊕

 倉庫の入り口の番を交代してからおよそ二時間が経っている。

 四月に近付き、日が暮れてからは外気の肌寒さがだいぶ和らぎ始めて上に着込む物がそろそろ必要なくなってくる。もうすぐ冬も終わりだ。男が腕時計に落としていた視線を上げて周囲を見渡す。

 

 倉庫群は年代を感じる雰囲気だ。倉庫の屋根から生えた錆び付いたクレーンは今は使われているのかすらわからないが、プレートに約70年以上前の和暦が刻まれていた。この景色には慣れ親しんだものなどまるでない、最近来たばかりだからだ。

 

 男はどうしてこんな所で倉庫の番をしているのか、そんな疑問を軽く脳裏に浮かべはしても何故か気にしてはいなかった。一応ついこの間までは自動車部品工場の作業員をしていた筈なのだが。

 とりあえず、今は場所もよくわからないこの倉庫の警備をしている。どうしてだったのかはよく覚えていない。自分が希望してそうしているという訳でもないのだが、気がついたらこんな状況だ。いつ転職したかすら覚えがないし、雇用主の顔も思い浮かべる事ができない。

 

 この倉庫で働いてる奴らは自分と似たような感じだ。何故か前の職場を放り出してここで働いている奴らが何人もいるのだ。

 その全員が「何でここに居るんだっけ……」などとふざけた事を言うのだが、彼らも疑問には思えど何故かそれほどは気にしていない。彼らがそうであるように自分も同じくなのだ。

 何の為にここに居るのか、何故ここで仕事をしているのか、この倉庫の管理責任者は誰なのかすらわからないが、もう二週間くらいそうしている。

 

 とりあえず、わかるのは自分達がするべきなのはこの倉庫の警備と管理。それが義務だということ。

 誰にそれを与えられたかは、わからない。まあ、ともかく今日も異常なしだ。

 

 暇を持て余すようにツナギの胸ポケットから煙草を取り出すとそれに火をつけた。紫煙を燻らせて、すっかり暗くなった空を見上げてぼんやりと物思いに耽る。それを先ほどから何度も繰り返している。

 

「──ん?」

 

 そんな彼が、ふと普段とはほんの少しの異変に気付いて声を漏らした。草葉の陰から敷地に侵入してきたものが居たのだ。

 

「迷い……犬?」

 

 シベリアンハスキーだった。

 飼い主に放り出されて野犬化した飼い犬だろうか? 首輪はついていないが、毛並みは綺麗だ。それにしても小型犬がブームだったという話だから、最近じゃあまり見かけなくなった犬種のような気がする。

 

 多分、近隣のどこかの家から迷い込んできたのだろう。だが暇潰しにはちょうど良い。

 

 男はしゃがみ込むと、無防備に近付いてくるその犬に対して頭を撫でるように手を伸ばした。

 

 それが、油断だった。

 

 手の届く距離にいたはずの犬が一瞬にして消えると、視界の中で影が走ったように見えた。そして、顎のあたりに横殴りの衝撃を感じると彼の意識はそこで途絶えた。


   ◆

 

『犬の姿で近付いて相手の油断を誘って、変身魔術を解いてからの一瞬で顎めがけて一撃。脳震盪で一発ダウン。鮮やかな手口だねぇ〜』

 

 トラックに置いてきたクレアからの伝声が耳を打った。彼女の言葉通りに見張りの男を倒していた香月は、昏倒しているツナギの男を暗がりに引きずり込んでいた。

 

「精神干渉で操られてる一般人らしいからな。一応、手加減はしておいた」

『自分がどうしてこんな事をしているのかすら、疑問に思わないようにされているだろうからね。魔術で操られて命令を与えられて、強制的にここで働かされている。元の生活を放り出した状態で』

「行方不明で捜索されてる人も居るだろうな。ひでえ事をしやがるよ」

『まあボクが精神干渉魔術を扱えたなら、カヅキがボクの事をずっとずーっと大好きで居てくれるようにするだろうけどねえ』

「何くだらねえ事言ってんだよ。とりあえず無駄口をたたいてる暇があったらナビゲートしてくれ。今度はコイツに成り済ます」

 

 香月がポツリと呟くような声で軽口を返す。口の中でひそひそと言葉を発して周囲には聞こえない程度の音量だ。

 しかしこれだけでも車に置いてきたクレアには香月の発言が聞こえている。それだけでなく遠く離れていても伝声魔術が彼女の声を届けてくれる。

 

 彼女の音魔術というのは本当に多彩な使い方ができる。音を発生させるだけに留まらず、遠く離れた場所からの音を聴いたりする事もできるのだ。それどころか、超音波を発生させて地形を把握する音響探知機(ソナー)のような使い方もできたりもする。

 

 今回の潜入任務をするにあたって彼女がパートナーに据えられたのは、彼女の扱う音魔術がナビゲーター役をするのに優秀だからなのだろう。

 

『……はいはい、わかったよ。扉の向こうに二人男が居る、外の様子は勘付かれてないようだよ。上手くやってね』

「了解」

 

 かがみこんで、足元で横たわる男に触れた。

 掌に魔力を注ぎ込んで、魔術発動の鍵となる言葉を呟く。

 

Analysis(アナリシス)《構造解析》」

 

 その言葉に呼応して、右手の甲に魔術刻印が青白い光を放って浮かび上がった。

 光を放つ箇所が、刻印に沿って熱くなっていくのを感じる。触れた掌から脳裏に男の身体的特徴の情報が潮流のようになだれ込んでくる。

 

「──よし、解析完了」

 

 立ち上がる。もう一度、今度は身体中に魔力を巡らすようにして、魔術発動の鍵となる言葉を発した。

 

trance(トランス)《変身》』

 

 今度は背中の右肩甲骨の辺りが熱を帯びるのを感じた。変身魔術の魔術刻印を彫ったのはそこだ。

 

 体中の肉が動き、骨が軋み、魔術の力が身体の形を変えていくのがわかる。

 服装も着ていたパーカー・スタジャン・デニムパンツから肌触りが変わっていくのを感じた。

 

 単純な変身魔術であれば身体の形を変えるだけなのだが、身体に彫り込んだ魔術刻印に服装の変化の効果も付与させている。今、香月がしているように誰かに変装する時の為に実用的に追加の術式を加えているのだ。この術式がなければ先程のハスキー犬への変身を解除した時に裸になってしまっている。

 

 香月は男の姿と服装そっくりに変身を遂げていた。ジェイムズが「打って付け」と言っていたのは、香月がこの変身魔術の使い手だからだ。

 作戦の続行をクレアに告げるためにポツリと呟いた。

 

「行くぞ、中へ入る」

了解(ラジャー)

 

 クレアの返事を聞くや否や、香月は男に化けた姿のまま「5-10」と書かれた錆び付いた扉をノックする。

 

 反応がない。

 

 しばらく待った後、反応があるか伺っていると内鍵の開く音がしてギギギと錆び付いたような重鈍(おもにぶ)い音を立てて引き扉が開かれた。

 

 腕一本が入る程度の隙間から覗き込んでくる目が、香月の顔を見た。無論、変身後の姿だ。

 しげしげと顔を確認した後に、中の男が声を発した。

 

「……何だ、お前か。交代の時間はまだだぞ。どうした?」

 

 そんな疑問を投げかけられ、香月は頭の後ろを掻いて苦笑いの表情を浮かべた。

 

「すまない、もよおした(・・・・・)んだ。変わって貰っても良いか?」

「……トイレか。しょうがないな」

 

 そう言い、中に居る男が引き扉を更に開ける。

 

「悪いね」

 

 扉の向こう、香月を挟むように脇に立っていたツナギの男達二人の間をすり抜けるようにして倉庫の中へ入った。

 

 周囲を見渡す。剥き出しの鉄骨と(はり)、天井の波板に至るまで錆が残って古めかしい。床に敷かれた木製パレットの上には木材やらダンボールやらが積み上げられている。

 

「えーと、トイレはどっちだっけ……」

 

 そう呟いていると、香月の頭の後ろから何かが勢いよく近付いてくる風きり音が聞こえた。

 

「こっちだ」

 

 そう言いながら、左側に居た男が手にした金属バットを香月の後頭部めがけてフルスイングしていた。その一撃をしゃがみ込み、寸での所で回避する。

 

 頭上を空振ったバットが勢い良く通り過ぎていくのを見上げ、香月が舌打ちした。

 

「変身してもバレバレかよ、クソッ」

 

 悪態をつき、反撃に転じる。

 しゃがみ込んだまま振り返ると、ちょうどバットを振り切った姿勢の男の顎目掛けて立ち上がりざまに掌底を突き上げる。

 男の身体が仰け反って宙へ打ち上がる。

 

「いや、時間以外に入ってきた人物は誰であろうと襲うように暗示をかけられてるのか?」

 

 そう独り言を漏らして、次はもう一人の男へ組みかかる。あっという間に背後へ回ると、首から右腕を差し込んで絞め上げた。叫び声を上げる暇さえ与えない。一瞬だった。

 

 単純な裸絞め。頸動脈を圧迫しているのだ。きっちりと絞め上げれば数秒で相手の意識を落とす事が出来る。

 

 腕の中の男が抵抗を辞め、だらんと力無く崩れ落ちるのを確かめると男への拘束を解いた。男がコンクリートの床へ倒れ込むのを一瞥して、やれやれと一つ息を吐いた。

 

「クレア、どうも穏便にバレずに潜入という訳にはいかなさそうだ。デイヴィッドって奴は結構用心して人を配置してやがるのかもな」

『カヅキの変身魔術が通じないなんてね。もしかしたら、魔術協会の構成員(エージェント)が来る事も想定済みなのかもしれないね』

「そうかもしれない。なあ、この倉庫には人が(あと)何人居る?」

『三人……いや、ちょっと待って……。奥に寝息を立ててる人が居る。それも含めて四人』

「寝ている奴は数えなくても良さそうだな。だと、残りは三人か。ならプランBだ」

『プランB?』

「潜入じゃなく、殲滅だ。ま、上手く片付けるさ。倉庫の中に魔術師らしき奴は居るか?」

『ううん、僕の方からはわからない。それ以外で潜んでいる人は居ない感じ』

「わかった」

 

 それだけ返答すると、ダンボールと木材が積み上がった倉庫の奥へと足を踏み入れる。

 

『カヅキから見て二時の方向、二人居る。中二階へ上がる階段付近をブラブラと歩き回ってる。もう一人は中二階へ上がった所にあるクレーン室……? うーん、コントロール室かも。パソコンのファンが回る音とディスプレイが点灯してる時に聞こえるキーンっていう甲高(かんだか)い音とかが沢山』

「了解」

 

 クレアに言われた通りに二時の方向、積み上がった資材の隙間からその方向を覗き込む。

 

「二十メートル向こうに一人、その奥にダンボールの山を挟んでもう一人。最後の一人はここからはよく見えないな……だけど難しくはない」

 

 ポツリと呟く。

 吹き抜けた天井の向こうの中二階、パレットステージ上にあるコントロール室らしきプレハブ小屋の開いたガラス窓からは人の姿は見えない。クレアが音を聞きつけたのだから、居るのは間違いないのだろう。

 

 少しばかり距離がある。恐らく視認されただけでもこっちへ向かって襲いかかって来るだろう。そうなると一瞬で三人を無力化させるのが良さそうだと香月は考えた。

 

 そんな事ができるのかと普通は考えるかもしれないが、香月が呟いた通り、彼には難しくない。

 そう、彼のもう一つの魔術を使えば。

 

Enhance(エンハンス)《肉体強化》』


 発動の言葉を、静かに、口の中で呟いた。途端、左の肩甲骨辺りに彫った魔術刻印に沿って肌が熱を帯びるのを感じた。

 

 肉体強化魔術だ。その名の通り、魔力で肉体を活性化させて人体の限界を超えて高い身体能力と強度を持たせる魔術である。その増強の度合いは、術者が元々持っている身体能力の高さによって比例する。

 

 出力は30%というところだ。だが、この人数を片付けるなら十分すぎる程だ。

 

 身体の隅々まで魔力が行き渡るのを感じると、そのまま右脚で地面を強く蹴った。

 ダンッという音が鳴ってから、三人の男達が倒れるのは一瞬だった。

 

 まず、20メートルの距離を一足飛びに詰めると一人目の男の腹部に拳を一撃。そのまま両脚で地を蹴り、身体を宙で翻すと積み上がったダンボールの山を飛び越えて空中から二人目の男の後頭部を蹴りつけた。

 その勢いで再び飛び上がり、中二階の部屋の開いた窓から直接雪崩れ込むと、モニターを監視していた三人目の男へ飛び蹴りを喰らわせた。

 

 その間、約三秒。

 

「よし、片付けた」

 

 確かに、三人の男達を倒すのは一瞬ではあった。だが、あまりに派手な方法だった為にその結果は中々の惨状だった。

 

 一人目の男は吐瀉物を吐き出して床にくの字に折れた形で倒れ込んでいるし、二人目はダンボールの山へ顔面からダイブして気を失っていた。

 三人目に至っては壁のコントロールパネルを突き破って、頭から壁に突き刺さっていた。

 

 クレアの苦々しい口調の伝声が、香月の耳を打った。

 

『あー……うん。これは。カヅキ? これはだいぶ豪快にやっちゃったね。一人目は肋骨が折れる音が聞こえたし、二人目は君が踏んずけた時に首がゴキって言った。最後の一人は君の飛び蹴りで顎の骨が、壁を突き破った時に顔の骨が、多分それぞれ骨折してるよ。音的に。これは明らかなやり過ぎ……』

「……処理班に治癒魔術が使える奴がいるだろ。手配しといてくれ。そいつに後で来て貰えば良いさ」

『後でジェイムズのおじ様に怒られてもボク知らないからね。相手は一応操られた一般人なんだから』

「一応、死なない程度に(・・・・・・・)手加減はしたぞ。任務さえ達成しちまえば問題ないだろ。事後処理は処理班に丸投げで良いんだよ」

『大雑把だなあ……』

 

 部屋の様子を見渡してみると、三台のパソコンと倉庫内の監視カメラの映像を映し出しているモニターが六台あった。まずパソコンの中身をそれぞれ確認したが、ディヴィッドの居所の手がかりになりそうな物は発見できなかった。

 

 中に入っていたデータはこの倉庫をかつて管理していた海運会社の経理簿や在庫管理表などのファイルだったが、その最新更新日は一番最近の物でも二年ほど前の物だ。

 

「打ち捨てられた古い倉庫に間借り、って感じか。ここを管理してた会社のデータはあっても、例の闇オークションや主催者に繋がりそうな物はまるで無い……」

『紙の資料とかは?』

「それこそ無さそうだ」

 

 そう返事をして、棚にあった埃被った事務ファイルを手に取る。開いてしばらくページを捲って目を通していたが、目当ての物ではないとわかるとクレーンの操作パネル上へ放り投げた。

 

「ここじゃないな。クレア、ここの他に部屋はあるか?」

『あるよ。もう一つ』

「どこだ?」

『その部屋から出て階段から降りた奥の所だよ』

 

 クレアの案内に従って、コントロール室を出て階段を降りる。パレットステージ下の奥にある窓付きのドアに近づくと、小窓から部屋の中を覗き込むことができた。無数の段ボールが積み上げられ、その中央にはソファの上で横たわるように寝ている女性がいた。

 

「女が居る。呑気に寝てるな」

 

 香月は小窓から覗くと、彼女の姿を確認した。

 

「どうやら、敵では無さそうだ。オークションでは人身売買もしてるらしいから、商品として誘拐されたのかもしれないな」

 

 香月が変身を解除し、扉のドアノブを確認した。施錠はされていない。そっと部屋の中へ入ると足音を立てずに近付き彼女の顔を覗き込んだ。

 

 雪のような白く長い髪が、ソファの上で広がっている。透き通った肌はまるで石花石膏(アラバスター)のようだ。Tシャツとミニスカートというラフな服装だったが、その無防備に眠っている姿を見るだけでもその存在感は普通の人間ではないような異質な美しさがあった。

 

 香月はその姿に一瞬見惚れてしまい、

「妖精みたいだ……」

 思わず、言葉に出していた。

 

 その発言がまずかったのだろう、クレアの不機嫌そうな声が耳を打った。

 

『カーヅーキー? ボクという物がありながら、何を眠った女の子に見とれてるのかなー? 君の任務は何かなー、集中した方が良いのではー?』

「わかってる。任務は忘れてない……が」

『が?』

 

 クレアが少しの不機嫌さを孕んだ口調で聞き返してくるのに、香月は返事をせずにソファで眠りこけている彼女の肩を揺さぶった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 耳の中でクレアの不満タラタラな伝声は続いているが、そんな事はおかまいなしだ。

 

「ん、んんー……」

 

 揺さぶられ、眠りから覚める。少し呻くような声を出すと、半開きの澄んだ瞳が香月を見上げた。

 

 赤い瞳だ。彼女の色白さや髪の色にも相まって、その印象は白兎(しろうさぎ)を連想させる。

 香月にそう思わせたのは、見上げてくる彼女の瞳に少しばかりの不安げな感情が見て取れたからなのかもしれない。

 

「貴方……誰? マネージャー……柚月(ゆづき)さんの知り合い?」



挿絵(By みてみん)


 

 そう言われ、香月は一瞬きょとんとしたが彼女の問いにかぶりを振る。

 

「いいや、君の言う柚月(ゆづき)という人は知らない。俺は大神香月。便利屋……報酬があれば犯罪以外なら何でもやる、探偵の隣みたいな仕事をしている」

 

 本当は魔術協会の構成員(エージェント)が本業だが、香月の言うこれも間違いではない。現に事務所も構えているれっきとした香月の表向きの職業だった。構成員(エージェント)としての任務をする上で行動と時間に比較的自由である事と、何かと話に辻蔦が合わせやすいから選んだ世を(しの)ぶ為の仕事という具合ではあるが。

 

「便利屋……さん? 私の事助けに来てくれたの?」

 

 再度、かぶりを振る。

 

「いや、残念だが違う。偶然君を見つけたんだ。とある筋からの依頼でね、この倉庫でとある物を調査していた」

「とある物?」

「すまないが、それは言えない。依頼主(クライアント)のプライバシーに繋がる物なんでな」

 

 はぐれ魔術師が開くオークションの商品が集められた倉庫に潜入して、主催者の男に繋がる情報を得る為の調査をしているとは素直には言えない。当たり前ではあるが、相手は恐らく魔術協会にとっての一般人だ。こういう時は口から出まかせな言葉で相手に合わせるに限る。

 

「ところで」香月が彼女をじっと見やる。「君は何でここに居るんだ?」

「わからない。家を出て道を歩いてる途中で車に押し込まれたから……。多分、誘拐? だと……思う……私の居る事務所、そんな大手じゃなくて……。嫌がらせでこんな事されるとも思えないんだけど……。ドッキリ企画……とか……?」

 

 歯切れの悪い返答に、香月が一つ軽いため息をつく。それはそうかもしれない、彼女は本人の言う通りに何もわからないままここに連れて来られたのだろう。事務所だの何だの、マネージャーがどうとかという話は上手くわからないが。多分、アイドルか何かをやっている子なのかもしれない。


 それにしたってドッキリ企画発言はあまりに呑気な発想だ。危機感ってもんが感じられない。

 本人にとってショックの大きい発言になるだろうが、多分伝えておいた方が良い。そう思い、香月は口を開いた。

 

「恐らくだが、君は人身売買の目的で誘拐されたんだと思う。ここは、とあるオークションに出される商品が集められているんだ。君に何かしらの価値があると思われたのかもしれないな」

「えっ……!? じゃあ、それって……」

「……犯罪に巻き込まれたんだよ。ドッキリじゃない、普通に誘拐さ。オークションに掛けられれば好事家(こうずか)達に買われて好き勝手されるかもしれないし、趣味の悪い奴らに身体を(いじ)くり回されるかもしれない。それこそ人権の無い仕打ちを受ける事になるんだ。俺みたいに──」

 

 何も考えずに言いかけて、香月は言葉を止める。思わず熱が入った勢いで自分がしかけた発言に思わず顔をしかめた。彼女と話していて、無意識に脳裏に浮かぶ記憶があったのだ。それを誤魔化すように、香月はわしわしと髪を掻いた。

 

「……ったく、余計な事を喋りすぎた。なあ、名前は? 立てるか?」

 

 そう言って、横たわっている彼女に香月は手を差し出す。その手を取って、彼女が困ったような顔をした。

 

「んっと、どっちの名前で名乗ったら良いのかわかんない……かも」

「? どういう意味だ?」

 

 香月が再びきょとんとした表情を向ける。それを見て、はっと何かに気付いたような表情をすると彼女はかぶりを振った。

 

「ううん、気にしないで。私は……イヴ。イヴって呼んで」

 

 多分、偽名か何かなのだろう。もしかしたら本名かもしれないがそんな事を構っているつもりもなかった。香月が頷く。

 

「わかった。イヴ、君をここから助け出してやる。……絶対に。俺に着いてくるんだ」

「うん」

 

 イヴの手を引っ張り上げ、彼女の身体を起こす。そうして、出口の方へ目配せした。意を介したように彼女が首を縦に振った。

 

『相変わらず、優しいんだね。カヅキは……』

 

 イヴと話している間、それなりに空気を呼んでか黙っていたクレアが急にぽつりと香月の声を伝えてきた。その声は何かを理解してるようなしみじみとした口ぶりで、思わず香月は頬のあたりが熱くなるのを感じた。

 

「うるさいぞ、クレア……」

 

 気恥ずかしさで、思わず呟いた言葉にイヴが首を傾げて見せた。

 

「どうかしたの?」

 

 疑問の目を向けてくる。伝声魔術の存在がバレるとまずいと思い、香月は人差し指で右の耳を塞ぐ仕草をした。

 

「ああ、悪い。イヤホンだよ、相方と通話してたんだ」

『助け出してやる、絶対に……かあ。本当、カヅキって優しいんだから。もしかして感情移入しちゃった?』

 

 間髪入れず、耳奥に茶化すような言葉を投げ掛けてくるクレアに思わず香月が眉をしかめた。

 

「悪いかよ。ああ、そうだよ。うるさいな。この子を連れて帰るぞ。撤収だ。トラックをこっちの近くに持ってきてくれ」

『撤収? まだディヴィッドに繋がる情報は何も得れてないのに?』

「後で話す」そう言って、香月はイヴの顔をチラリと横目で見た。「少し、気付いた事がある。すぐにこっちに来てくれ」

 

 そう言って、イヴの手を引いて倉庫の出口へ向かって歩みを始めた。 

 クレアに伝わるように、香月は確信めいて脳裏に浮かんでいた考えを口にした。

 

「もしかしたら見つけたかもしれない。奴に繋がる情報を」


【読者様へのお願い】


「この作品好きかも」「続きがもっと読みたい」と思われましたら、よろしければブックマーク追加・評価等をお願いします。

 皆様の応援が作者の作品継続への意欲になります。

 よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ