8.二人の解析
『これ、結構高度な方法で術式が効率化されてるよ。ボクも知らないやり方だ……。こんなのをいったいどこで?』
解析魔術の術式を見たクレアが感心したように呟いた。
「ああ、それはちょっと知り合いに紹介して貰ってね……」
『ふうん……知り合い、ね』
香月の説明にクレアは何か言いたげな表情になった。
陽子からは夜咲く花々の廷については他言はしないように言われている。香月はどう誤魔化すか考えていたが、クレアはそれ以上追及するつもりはないらしかった。そのまま言葉を続ける。
『まあ、良いや。ほら、始めよっか』
そう言って、クレアは香月に手を差し出してくる。その手を握ると、右腕の魔術刻印を意識して魔力込める。
すると、クレアの体内に流れる魔力と共鳴するように右腕の魔術刻印が熱を帯びた。
「Analysis《解析》」
そうして解析魔術を発動させる。香月の脳裏にクレアの肉体の特徴、彫られた魔術刻印の情報、そして幾つかの記憶が流入してくる。
それだけではない、魔術が解析していた体内を流れる魔力の流れ、彼女の中にある記憶すらも一瞬で知覚していた。
今までの術式だったら、これだけの情報量であれば負荷が強くて全てを受け切れなかっただろう。しかし、新しい術式は魔力効率や情報の伝達効率を上げてくれているようだった。
「……よし、これで終わりだ」
『え? もう終わり? 流石に早くないかな』
解析魔術をかけ終えた香月がそう言ってクレアの手を離すと彼女は驚いたように口をポカンと開けている。
そんな様子を横目に見ながら、香月は清香の方に向き直った。
「じゃあ、次は清香姉も」
「え? あ……う、うん」
一瞬驚いたような表情をする清香だったがすぐに頷くとおずおずと手を伸ばしてきた。その手を掴むと彼女と手を繋ぐ形になる。そして同じように、解析魔術を発動させる。
「Analysis《解析》」
「んっ……」
すると、清香の魔力と同調して彼女の膨大な情報が入ってくる。その中には、彼女の日常生活──表の職業の舞台女優での記憶も含まれていた。
だが、今回はその記憶を深く解析することはない。欲しいのは魔術に関する情報だけだ。そのまま、彼女の魔力の流れや特徴を感じ取っていく。そして──
「よし……これで良いよ」
『え? もう終わりなの?』
「ああ」
解析魔術をかけ終えた香月は手を離す。
「それでさ。二人に解析魔術をかけさせて貰ったのはコレなんだよ」
そう言って、香月は立ち上がるとおもむろにジャケットとパーカーを脱いだ。
「『……っ!?』」
香月の上半身を見て、清香とクレアは息を吞んだ。
「これ、どう思う?」
香月が背を向いて二人に示したのは、彼の背中にある自在術式の魔術刻印だった。極彩色でうねうねと蠢いていたその術式の形は、先ほど解析したクレアのものと同じに変わっていた。音魔術の発動の術式だ。
「それは……」
『ボクと同じ魔術刻印だよね? なんで?』
二人の反応に、まあそんな反応になるよなと香月は思った。
「これは自在術式の魔術刻印なんだ。解析した結果を脳裏にイメージして、クレアの魔術刻印と全く同じにコピーした」
『……っ!? どういうこと?』
「つまりな、俺が他人の魔術を盗む新しい術式を取り入れたからなんだ。まだ試してる段階なんだけどな」
そう言って香月は二人を見る。
「さっき二人に解析魔術をかけたろ? じゃあ、今度は……」そう言って、魔術の発動の言葉を発言する。「Transmit《伝声》」
クレアの音魔術の伝声魔術を剽窃する。
『どうだ? 俺もクレアみたいに喋れてるだろ? これが魔術剽窃、解析した相手の魔術をコピーする魔術だ』
口を閉じたまま、二人の耳に自らの声を伝える。
『……!?』
「これって、凄いことなんじゃ?」
香月の説明に清香は目を丸くしている。
一方クレアは、既にこの事態をある程度受け入れている様子だ。
『なるほど、そういうことかあ』
納得がいったのかクレアが頷いている。
『カヅキがボクらに解析魔術を使ったのはこのためだったんだね。コピー能力の確認のためだったんだ』
「そういうことだ」
『エッチな目的じゃないんだ』
「だから、そうじゃないって言ってるだろう」
『おっぱい星人カヅキが〜?』
揶揄うようにクレアの表情の乏しい顔がニヤニヤと目を細める。
「それはもういい!」
『あははは! 冗談だよ!』
香月が憮然とした様子で頭を掻いているとクレアは楽しそうに笑う。付け足すように、悪戯っぽくまた微笑むと伝声魔術で直接香月の耳に囁いた。
『でも、ボクのだったら直接解析しても良いよ。魔術じゃなくてさ』
そう言ってクレアは自分の胸を両手で触れる。そんなクレアの言葉に、香月は顔を赤くする。
「な、何言ってんだ! 清香姉もいるのに!」
『あははっ』
慌てる香月にクレアがまた楽しそうに笑う。そんな二人の様子を眺めて、清香がぽつりと呟く。
「……二人って、本当に仲良しだよねえ」
清香は少し呆れながらもクスリと笑った。




