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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅱ『ディヴィッド・ノーマンの残党編』
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5.香月、ほられる

「……は?」

 

 香月が思わず聞き返すと陽子は笑顔で繰り返す。

 

「脱いでって言ったよ」

「……え? いや、何でだ?」

「言ったよね? 君の成長を手助けするとね。その為にはまずは君を裸にひん剥いて、その姿をじっくり見る必要があるんだよ〜」

「だからって脱ぐ必要は無いんじゃ……?」

「いや〜? (むし)ろそんな事なくて、必要な事なんだよ〜」

 

 困惑しながら香月が言うも陽子は首を左右に振る。そして笑顔を浮かべながらジリジリとにじり寄ってくる。面白がってやっているように見えるが、その目は笑っておらず真剣だった。どうやら本気らしい。

 

(ヤバい……)

 

 そう思った香月は部屋を出ようとするが、いつの間にか扉は消えており外に出る事はできなくなっていた。どうやら最初から逃がす気は無かったらしい。

 

 すると陽子はじりじりと距離を詰めてきて遂に壁際まで追い詰められてしまった。

 

「さあ、覚悟して貰おうか〜」

 

 陽子が妖艶に微笑んで言う。その笑みはまるで獲物を狙う肉食獣のようだった。そして彼女の手がゆっくりと伸びてきた── 次の瞬間。

 

 ボンッという音と共に突然白い煙が立ち込めると部屋の中に充満した。煙のせいで視界が遮られる中、煙が晴れてそこに現れたのは──

 

「お呼びですかい、ヨーコさん。で、俺に彫って欲しいってのは?」

「掘って……欲しい……⁉︎」

 

 香月は思わず絶句する。

 目の前に現れたのは、細身で小柄ながらも美形の顔をした男だった。茶髪のボサボサとした毛量の多い髪型で後ろ髪は背中に届く程には長い。口元に棒付きキャンディを咥えていて、不敵な笑みを浮かべている。

 その姿を見た香月が驚いたような声を上げる。

 

「いや、俺はそんな趣味ねえって!」

「? 何言ってんだ、コイツ……。ヨーコさん、俺が来る前に何かやったのかい?」

 

 陽子が聞かれ、ニッコリと笑みを浮かべて答える。

 

「うん、ちょっと少年を脱がそうとしてたんだよ。彫る為の下準備で」

「あーね、なるほど。確かに彫る為ならそうするわな〜」

 

 そうやり取りして、二人が香月に向き直る。

 

「さあ、少年。脱いで♪」「悪いな、脱いでくれ」

 

 二人揃って言う。香月は言い知れぬ恐怖を感じた。

 

「ひいっ……!」

 

 思わず後ずさると背中が壁に当たる。逃げ場はなかった。

 

「ちょっと待ってくれよ! 確かにアンタの結社に入るとは言ったけど、入る時の洗礼が男と……えっと、その、す、するなんて聞いてないぞ!」

 

 そう香月が叫ぶと、男がポカンとした顔をした。そうして、顎に手を当てて天井を仰いで考え始めた。

 

「彫る……、掘る……。ああ、なるほど。ヨーコさん、説明不足じゃないっすかコレ」

 

 男が苦笑いしながら言うと、陽子が「うん、実はこうなる事わかっててわざとやってる」と言って舌を出した。男は香月に向き直ると言った。

 

「あー……その、何だ。えっと、良いか?」

「な、何だよ」

「お前、勘違いしてるぞ。別に俺とお前が掘る掘られるとかじゃねえぞ?」

「……は? でもアンタさっき掘るって……」

 

 香月が言うと男は頭をポリポリと掻きながら言った。

 

「ああ……正確には、お前の身体に俺が魔術刻印を彫るんだよ。俺は魔術師専門の彫り師で、ヨーコさんにはお前の魔術刻印の彫り直しの為にここに呼ばれたんだ」

「え……?」

 

 香月が呆然としていると男が続けた。

 

「それにな? 彫るのは俺からお前にできるけど、そっちの意味の掘る方は多分俺からお前にはできなくて……その〜……」

 

 顔を赤らめて言い淀む男に、陽子が「ああーもう、()れったいなあ。つまりね──」と助け舟を出すように言った。


     ◆


「な、成る程……」

 

 香月は説明を聞き終えると言った。そして頭を抱える。どうやら早合点(はやがてん)だったようだ。すると陽子は面白そうに笑い声を上げた。

 

「あっはっは! いや〜ごめんね少年♪」

「くそぉ……」

 

 恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じる。穴があったら入りたい気分だった。

 煙が上がって現れた男というのは、正確には男ではなくて女だったのだ。

 

「この子、マシロ君。うちの系列店の男装キャストなの。そんでもって、夜咲く花々の廷(うち)のメンバーなんだよ。この子、凄腕の彫り師の所で修行してて腕が良いから私が呼んだんだ」

「どうも、マシロだ。よろしくな、カヅキ」

 

 そう言ってマシロは手を差し出す。香月がその手を握ると彼女はニッと笑った。

 

「さて、それじゃあ早速(さっそく)始めようか」

「え? あ、いや……その……」

 

 戸惑う香月に陽子が言う。

 

「ほら、恥ずかしがってないで早く脱ぐ!それとも私が脱がせてあげようか?」

「……わ、わかったよ!」

 

 また指をワキワキとしてみせる陽子に、観念した香月は服を脱ぎ始めた。そしてパンツ一枚になると香月が気恥ずかしそうに言った。

 

「こ、これも脱ぐのか……?」

「魔術刻印の全体図を考えないといけないからね。ほら、早く」

「わ、わかった……」

 

 香月は観念してパンツを脱ぐと、一糸(いっし)(まと)わぬ姿になった。彼は手で股間を隠そうとするが、陽子はそれを許さなかった。彼女は彼の腕を掴むと強引に左右に広げる。そこにぶら下がっている物を見て、陽子がニヤッと笑うと言う。

 

「へぇ〜? 可愛いもんだね? そんなに縮こまっちゃって。少年、緊張してるの?」

 

 陽子が興味津々と言った様子でまじまじと見るものだから香月は慌てて足を閉じて両手で隠すようにする。しかし彼女の力は意外と強く、また簡単にこじ開けられてしまった。

 

「恥ずかしがる所もまた可愛いねえ♪」

「う、うるさい! あんまりジロジロ見るな!」

 

 顔を真っ赤にして言う香月だが陽子はどこ吹く風と言った様子で受け流す。

 一方、揶揄(からか)い調子の陽子とは打って変わって、マシロの表情は真剣だった。

 

「ふむふむ……? 背中に肉体強化と変身、右腕に解析魔術の刻印がある感じだな。まだ全身とまでは行ってない。彫れるスペースはかなりあるな」

 

 マシロがライトを──魔術刻印が浮かび上がる光を放つ魔道具だ──香月の肌に当てながら、放たれる青白い光を見て言った。

 

 香月は恥ずかしさで死にそうだったが、陽子はお構いなしに彼の体を観察していた。そしてマシロの見立てを聞いて「ふむ……」と顎に手を当てる。

 

「まあ、とりあえずは腕の魔術刻印からかな」

 

 そう言って陽子が香月の腕に手を当てると、彼女の手が淡く光り出した。すると腕にじんわりとした熱を感じるようになり、やがてそれが全身に広がるような感覚があった。

 

「……っ!」

 

 香月が小さく呻くと、陽子が手を引っ込めて言った。

 

「よし、これで一時間は全身の魔術刻印が浮かび上がるよ。まずマシロ君に彫ってもらいたいのは腕の所は二箇所だね」

 

 そう言って、陽子は腕に浮かび上がった解析魔術の魔術刻印を指差していく。

 

「まずここは、魔力効率が良くなるように修正。解析の術式と変身の術式に接続してる部分も魔力の流れが良くなるように……。それから、背中に新たな術式の追加をするから、今ある術式に干渉しないようにお願い。こんな感じに加えてくれるかな?」

 

 そう言って陽子がドレスの胸元から術式の描かれた紙を取り出して、マシロに渡して説明を始める。彼女はその紙を興味深そうに見ていたが、やがて香月に向き直って言った。

 

「それじゃあ。今から彫るぞ」

「お、おう……」

 

 結構本格的に魔術刻印を彫るらしい。思わず香月がたじろいで返事をする。目配せをするようにマシロを見て、陽子が声を上げる。

 

「よーし! ……とその前に、マシロ君?」

「はいよ」

 

 陽子に言われてマシロは棚から道具箱を取り出すと(ふた)を開けた状態で彼女に手渡す。すると陽子はその中から何かを取り出した。それは小さな小瓶に入った液体だった。それを香月に見せるように言う。

 

「これは多分君も見た事ある顔料(がんりょう)だね」

「ああ、魔術刻印に使われる一般的な……普段は透明で魔力を込めると青白く発光するヤツだよな。昔、魔術刻印を彫る時に見た事がある」

 

 香月がそう答えると陽子はニッコリと笑って言った。

 

「うん、そうだね。今回はこれに加えてもうひとつ」

 

 陽子が言うのに、マシロがもう一つの小瓶を渡してくる。瓶の中に入った液体の色が極彩色に(きら)めいて見える。

 

「こっちのはまだ(ちまた)では普及していない、恐らく最先端の顔料さ。私達が開発したんだ。魔力の込め方や接続している魔術刻印からの影響で、この顔料で彫った術式を自在に変えられる」

 

 陽子が説明するのに香月は感心したような声を上げる。

 

「へぇ……凄いな」

「まあ、これもまだ実験段階の物ではあるんだけどね。でも副作用とかは無いから安心してね」

 

 陽子が苦笑いして言うと、魔術刻印を彫る魔道具の準備を終えたマシロがテーブルセットの椅子に腰掛けて手招きしてくる。

 

「まずは腕からだ。ほら、座れ。向かい合って腕を出してくれ」

「あ、ああ……じゃあこれで……」

 

 香月は言われるままにマシロの向かい側に向かおうとする。

 

「あの……」

 

 香月がおずおずと声を上げる。大事な所は両手で隠したままだ。

 

「このままは恥ずかしいから、せめてパンツだけでも履きたいんだが……」

「あ、ああ……悪い。じゃあ俺らは後ろ向いてるからその間に履くといい」

 

 マシロはそう言うと背中を向けた。それに従うように陽子も後ろを向いた。香月がいそいそと下着を履き終えると言う。

 

「すまない、これで大丈夫……」

 

 そうして椅子に座ると香月が腕を差し出した。

 マシロは手に取った魔道具に魔力を込める。すると魔道具の表面に刻まれた魔術刻印から光が放たれて、先の針が青白くぼんやりと光り出した。

 

「それじゃあ、始めるぞ」

 

 マシロが言うと香月は緊張気味に頷いた。

 

「あ、ああ。よろしく頼む」

 

 そう言って目を閉じる。何度も腕にチクッとした痛みが走ったかと思うとすぐに消えていく。そうして四十分ほど魔術刻印を彫る作業が続いた。

 そうして腕を見ると、そこには今までの魔術刻印に重なるように刺青のような複雑な模様の魔術刻印があった。

 

「これは……」

「うん、上手くいったみたいだね」

 

 陽子が満足そうに言うのにマシロが頷く。そして香月に向き直って言った。

 

「よし……次は背中だ。そこのベッドでうつ伏せになってくれ」

「わ、わかった……」

 

 香月は言われるままにベッドにうつ伏せに横たわるとマシロがその上に(またが)る。すると陽子が近づいてきて香月の背中に手を当てた。そして再び魔術刻印を浮かび上がらせる為の発動の言葉を唱え始める。それが終わると陽子はベッドサイドに降りて言った。

 

「これでまた一時間は魔術刻印が浮かび上がるからね。時間が来たらまた同じ事をするよ。こっちの方は大工事になるから、睡眠魔術でもかける?」

「ああ、ありがとう。そのままで大丈夫だ……」

 

 陽子の問いかけに礼を言う香月にマシロが言う。

 

「じゃあ次はどうしますか、ヨーコさん」

「今度はね……構造解析と変身の術式を接続してる部分を枝分かれさせて、その先に新しい術式を足して欲しいんだ。あと、変身魔術とその記録補助の術式にも手を加えてね」

 

 陽子が香月の背に描かれた魔術刻印の輪郭をなぞりながら言うと、マシロは「わかりました」と言って魔道具に魔力を込める。

 するとまた針がぼんやりと青白く光る。構造解析と変身の術式の接続部分に新たな魔力経路、そしてその先に新たな術式が追加される。新たな術式の方は術式が自在に変わる方の顔料を使うようだった。

 魔力経路と新たな術式を彫り終えたら、次は今ある術式にも手を加える。長い作業だった。

 

 そうしてそれが完成して定着する頃には三時間が経過していたようで、香月の背中の魔術刻印が放つぼんやりとした青白い光は段々と弱まっていた。

 それを確認した陽子は満足げに微笑むと、香月に向き直って言った。

 

「よーし、終わりっと! ありゃ……?」

 

 マシロが魔術刻印を定着させている間に陽子は香月の身体をチェックする。すると彼は既に寝息を立てていた。

 

「あらら……寝ちゃったんだね」

 

 陽子の言葉にマシロが苦笑いして言う。

 

「まあ、仕方ないでしょう」

「そうだね、それじゃあ残りはこっちでやるから後は任せて。マシロ君はもう帰っていいよ〜」

「はいよ」

 

 そう言ってマシロは部屋を後にしたのだった。

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