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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅱ『ディヴィッド・ノーマンの残党編』
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4.夜咲く花々の廷《ナイト・コート》⊕

(さて……と)

 

 香月は心の中で呟く。そして目の前にある店の看板を見上げた。そこにはこう書かれている。

 

L'ami(ラミ) de(ドゥ) rose(ローゼ)

 

 ここは前に清香(さやか)奇譚調査(きたんちょうさ)に来た吸血鬼メイドがコンセプトのメイドカフェだ。以前、ゴシックロリィタを着た謎の少女にチラシを渡された店でもある。

 

(まあ、とりあえず入ってみるか)

 

 香月が店内に入ると、まるで中世の城のような内装になっている。壁紙は赤と黒のチェック柄で、天井にはシャンデリアがぶら下がっている。

 

 そして至る所に薔薇やユリの花が飾られているためか、甘い香りも漂っているようだ。カウンターにはメイド服を着たキャストが立ちながらこちらに笑顔を向けてくる。

 

「お帰りなさいませ、旦那様〜……あっ!」

 

 香月の顔を見ると何かに気付いたようにように声を上げる。

 

「確か……前にご帰宅してましたよね? ほら、メイド服着ためっちゃ可愛いお姉さんと。名前は確か〜……」

 

 ハスキーな声でそう言って、目が大きくパッチリとしたギャルメイクのメイドが思い出そうとする仕草をする。黒髪のロングヘアは前髪が真っ直ぐに揃えられている。

 香月がメイド服の腰の辺りに付いた名札を見ると、『夜神ちょこ』とあった。

 

「そうだ! カヅキさんですよね?」ちょこはニッと笑うと口調が畏まった物からフランクな物に変わる。「おー、久しぶりだなあカヅキたん! 元気しとったんかお前〜! ウエーイ⭐︎」



挿絵(By みてみん)


 

 そう言って、拳を突き出して香月の肩のあたりをコツンと小突いてくる。急な距離感の詰め方に香月は少し引いていた。

 そういえば清香が前に言っていたが、メイドカフェというのはこういう距離感の近いノリが普通らしい。たじたじになりながらも香月が答える。

 

「あ、ああ……まあ、ぼちぼちな」

「そうなんだ〜……ちなみに今日はどうしてご帰宅したの? まさかちょこ様に会いに来てくれたとか〜?」

 

 ちょこは冗談めかした口調で言うと、香月は苦笑しながら言った。

 

「いや、そういう訳じゃなくてな……。ええと、ちょっと聞きたい事があってな……」

「え〜なになに〜? あたいに答えられるような事なら何でも言ってみな〜⭐︎」

 

 そう言ってちょこは控えめな胸を強調するように、えっへんとポーズを取る。

 

「ああ、実はな……」香月は直球に質問をぶつける事にした。「……このチラシをくれた人に会いたいんだけどさ」

 

 そう言って鞄からチラシを取り出して渡す。それを受け取ると、それまで明るく振る舞っていたちょこが急に真剣な表情になる。そして声のトーンを落として言った。

 

「このチラシ、どこで手に入れたんですか……?」

「いや……前に預言者を名乗る子に貰ったんだよ。困った事やもっと聞きたい事があればここを訪ねに来いってさ」

 

 香月が答えるとちょこは考えるような仕草をする。そして真剣な表情のまま言った。

 

「……分かりました。少し待っててください」

 

 そう言うと、ちょこは奥にある扉に向かって歩いて行く。扉を開けて中に入ると何か話している声が聞こえた後、しばらくしてから戻って来た。ちょこは小さく息を吐くと言った。

 

「お待たせしました香月さん。どうぞこちらへ」

 

 そう言ってちょこは奥の部屋へと案内する。店舗の奥は城内のような内装だったフロアとは打って変わってシンプルな事務所になっており、中にはスーツを着た女性が居た。年齢は四十代くらいだろうか? 黒い髪をショートボブにした薄めの化粧をした小柄な女性だった。

 彼女は香月の顔を見るとにっこりと微笑んで言った。

 

「あ〜どうも少年! お久しぶりだね!」

「ああ……えっと」


 まるで前にも会ったような口ぶりだ。初めて会う人の筈だが、そんな態度は感じられない。前に会った事がある人物だろうか?

 香月は彼女の名前が分からず口ごもるとちょこが助け舟を出すように言った。

 

「この人はこの店のオーナーさんなんです、でもってあたしが魔界のプリンセスのちょこ様です!」

 

 そう言ってちょこははピースサインをする。オーナーの女性はそんなちょこの肩を軽く小突いて言った。

 

「こらこら、ちょこちゃん? この人は私達にとって大事な客人なんだからそんな自己紹介で良い訳ないよね?」

「あ、すみません……」

 

 ちょこは少し笑みを浮かべて小さくなって謝る。香月は苦笑いしながら言った。

 

「あはは、気にしないでください。それより、貴方と私は初対面では?」

「そうでもないんだよ、少年。少なくとも、今回で君が私と会うのは二回目なんだよ」

 

 そう言って、店長が右手を頭上に掲げる。

『Let us party tonight.《さあさ、私達の庭に新入りが登場だ。歓迎の準備をしようじゃないか》』

 (おごそ)かに呟き、指を鳴らす。

 その瞬間、事務所の景色がぐらりと揺らいだ。

 

     ◆

 

「何だ……?」

 

 香月は戸惑いの声を上げる。周囲を見回すと、そこは先程までいた店内の事務室ではなく別の場所になっていたのだ。

 

 まるで中世ヨーロッパのお城のような内装になっており、床は真紅の絨毯が敷かれていた。そして広い部屋の中央には大きなテーブルが置かれており、その周りには椅子が六脚並べられている。

 

(何だここは……?)

 

 香月が唖然としていると誰かが言った。

 

「ようこそ、夜咲く花々の廷(ナイト・コート)へ」

 

 声の方向へ振り返るとそこには、以前香月に自らを預言者と名乗ったゴシックロリィタの少女が居た。彼女は以前と同じ黒いドレスを身にまとっており、手には豪奢(ごうしゃ)な装飾が(ほどこ)されたステッキを握っていた。

 

「ここは……?」

 

 香月が尋ねると少女は答える。



挿絵(By みてみん)


 

「ここは夜咲く花々の(にわ)……私の魔術空間。まあ言ってみれば私のプライベートルームみたいな物だよ。私が魔術で生み出した小世界……いや、魔術工房と言った方が魔術師の君にはわかりやすいかな?」

 

 そう言うと少女は席に着くように促してきたので香月も席につく。するとテーブルの上には紅茶の入ったティーカップと焼き菓子が置かれていた。

 

「戸惑っているね。さっきのスーツ姿は、私の実年齢に合わせた、()(しの)ぶ為の仮の姿だよ。本来の私の姿はこっち。何せ、半人半魔(ダンピィル)の身体は半分が魔力生物だから肉体が歳を取らなくてさ。十八歳の頃から二十四年もの間そのままの姿でほとんど老化してないんだ」

 

 そう言って少女がひとつため息をつく。

 半人半魔(ダンピィル)というのは人間と吸血鬼のハーフの事だ。その肉体はまさに人間と吸血鬼の半々の特徴を持っていて、吸血鬼のように肉体が死んでいるのを魔力で維持してる物とは異なる。生者にして吸血鬼の特徴を持っていると表現して良い。その肉体は吸血鬼と同じく再生能力を持ち、不老ではあるが吸血鬼ほどには強くなく半永久的な不死性は持たない。吸血鬼であるロナルドとは違い、彼女の肌は健康的に赤みを帯びているのは生者である証とも言える。

 

「自分で言うのも何だけど、今でもメイドカフェのキャストとして表に立つ事もできる可愛さは(たも)たれているんだけどね。でも如何(いかん)せん歴の長いお客さんも居るからね。ああやって年相応(としそうおう)の姿に偽装して日常生活を送ってるんだよ」

 

 そう言って少女は紅茶を口に含む。香月は少女に尋ねた。

 

「まず質問させてくれ。君……いや、貴方は何者なんだ?」

「魔術協会に属さない魔獣師達の秘密結社『夜咲く花々の廷(ナイト・コート)』の創設者、史門陽子(しもんようこ)。かつて協会に属してた時に私は『(くろ)姫君(ひめぎみ)』という通名(つうめい)で呼ばれていたよ」

「秘密結社……? 魔術協会に属してないという事ははぐれ魔術師って事か?」

「そうであるけれど、厳密にはそうじゃない。恐らく、君が言うのは反協会的な魔術犯罪者の事を指して言っているんだろうと思うけど。私達は協会に所属しない魔術師の集う秘密結社と言ってもごく小規模でね。魔術研究サークルみたいな雰囲気で受け取って貰えれば良いよ。私達は協会に協力関係を結んでいる。この大須周辺を自警団のように受け持たせて貰っているんだよ」

 

 そう言って、陽子は紅茶を(すす)る。その所作は優雅で気品に(あふ)れていた。そしてカップをテーブルに置くと香月の方を見ると言った。

 

「それじゃあ、君の本当に聞きたい事に答えようか。……とその前に、まずはどうして私が君が聞きたい事を知っているかを答えようか。答えは簡単だよ。私は預言者だからね」

 

 そう言うと、陽子はニヤリと笑った。

 

「私は君の迎える未来がわかるんだ。それに勿論君の過去も。今なら君からの認識なら私とは浅い関係の筈だよね? 何か言い当ててみようか?」

 

 そう言って陽子はフッと笑むと、香月の顔を覗き込むように見る。そして言った。

 

「君は今、自分の力不足を感じているね?」

「……っ!」

 

 図星をつかれて思わず息を飲む。すると陽子は小さく笑って言った。

 

「わかりやすい反応だね」

「どうしてわかるんだ……?」

「まあ、私は預言者だからね、君の未来を知ってるんだ……なんて、これは予言でも何でもないよ。占い師の使うコールドリーディングっていう話術だよ。魔術師なら誰でも当てはまりそうな言葉を投げかけた。それに君が勝手に乗ってきてくれて自分から反応してくれただけ」

 

 そう言って少女はまた紅茶を口に含む。そしてカップを置くと続けた。

 

「それじゃ、君の過去を言い当てようか。そうだな……うーん、幼なじみの……クレアって子に抱きつかれる度に内心は結構ドキドキしてたりしているね。 それから、その子にアプローチされる度に本当は割と好きなのに冷たくあしらっている。意外にもおっぱい星人のようだね。えーと、それから──」

「……っ!?」

 

 やけに具体的な発言をするのに思わず香月は目を見開く。すると陽子はフフッと笑った。

 

「どうやら図星のようだね?」

「やけに具体的だな。どうしてそれを知ってるんだよ……」

 

 香月が言うと、少女は悪戯っぽく笑って言った。

 

「それは私が預言者だからさ……なんてね。冗談だよ、君の反応が面白かったからつい揶揄(からか)ってしまったんだ」

 

 そしてまた一口紅茶を飲むと続けた。

 

「これで私の力がわかって貰えたかな? さて、そろそろ本題に入ろうか」

 

 そう言って陽子が香月を真っ直ぐに見つめた。口元に浮かべた薄い笑みが妖艶な雰囲気を漂わせる。

 

「君が知りたいのは、最近ニュースで話題になっている銀行強盗の犯人の事でしょう? それとも、君の幼馴染が一年後にブラのカップ数がどのくらいサイズアップするか……だったかな?」

揶揄(からか)うのはやめてくれ、それよりも……」

「おっと、ごめんごめん。まあ、君が知りたい事を言い当てるくらいはできるよ。実際、君が何を知りたくて私を尋ねに来るかも見越してあのチラシを渡しているからね」

 

 そう言って陽子はまた紅茶を一口飲むと続けた。

 

「そうだな、まず銀行強盗の犯人についてだけど……これはもうニュースで見てるだろうから知っているね? あのディヴィッド・ノーマンに化けた犯人というのは君が目星をつけている人物で間違いない。正体は霧島麗奈だ」

 

 香月が聞くまでもなく、ハッキリと言う。彼女の言葉は確信があっての事だと香月は直感的に悟った。

 

「どうしてそうハッキリと言い切れる?」

「まあ、これも予言かな。数日以内に、君は霧島麗奈からの襲撃に遭う。それに彼女は君にとってそれなりに因縁のある相手になる筈だよ」

 

 陽子はそう言うと紅茶をまた一口飲む。そしてカップを置くと続けた。

 

「彼女は知識は並の魔術使いだけれど……恐らく魔術協会(きみたち)を圧倒してくる。今のままでは君は霧島麗奈には勝てないよ。まして、力不足な君では」

 

 魔術使い──つまり、魔術師のように例えば根源に至る為に魔術を研究するといった目的意識を持たない魔術を使うだけの者の事だ。

 だが、並の魔術使いが魔術師を圧倒するというのはどういう事なのか。

 

「並の魔術使い相手に苦戦すると言うのか……? それなら……俺はどうすればいいんだ?」

「そうだね……」

 

 陽子は胸に手を当てて(まぶた)を降ろす。そして言った。

 

「君が、私の秘密結社『夜咲く花々の廷(ナイト・コート)』の一員に加わる……というのはどうだろうかな? ああ、勿論魔術協会の構成員(エージェント)をしたままで良いよ」

「『夜咲く花々の廷(ナイト・コート)』に……?」

 

 香月は驚いて言う。陽子は小さく頷いた。

 

「そうだよ。現に君は今、力不足を感じている。でもそれは君がまだ自分の力を十全(じゅうぜん)に使いこなせていないからだよ」

「……どういう事だ?」

「そのままの意味だよ。君の力はまだまだ発展途上。だから……私の結社に入ればその力を使いこなす為の手助けをしてあげよう。ただし条件はあるけどね」

「条件……?」

「簡単な事だよ。私達が力を与える代わりに、その与えた力が相応(ふさわ)しい人物である事を君が証明する──つまり、霧島麗奈を君の力で打ち負かすんだ」

 

 そう言って、陽子は香月に手を差し伸べる。その笑みは妖艶で魅惑的だ。だが不思議と悪意は無いように見えた。

 

「…………」

 

 香月は考える。

 確かに、現状の香月の実力はディヴィッド・ノーマンに勝てなかっただろう。霧島麗奈もそれに匹敵する力を持った相手だとしたら、まず戦って勝つというのは難しいかもしれない。

 

 だが『夜咲く花々の廷(ナイト・コート)』に入れば、本当にその差を埋める事が出来るのだろうか?

 

「……わかった」

「うん?」

「貴方の結社に入るよ」

「そう言うと思っていたよ」

 

 陽子が面白そうに言う。

 

「ああ、俺は今のままでは力不足は(いな)めないからな。それに、貴方の言葉には不思議な説得力がある」

「それは嬉しいね」

 

 そう言って陽子は微笑んだ。香月は紅茶を飲み干すと席を立つ。

 

「それじゃあ、よろしく頼むよ。陽子さん」

「うん。こちらこそよろしくね、少年」

 

 そう言うと少女はまた手を差し出してきた。今度は握手という事らしい。香月はその手を握ると軽く振った。

 すると握った手から何かが流れ込んでくるような不思議な感覚を感じた気がしたがすぐに消えたので気のせいと思う事にした。

 

「じゃあ早速だけど行こうか?」

 

 そう言って彼女が席を立つのにつられて香月も立ち上がる。

 

何処(どこ)へ?」

「私の工房だよ」

 

 そう言って陽子は香月の手を引くと歩き出す。二人が居た部屋を出ると通路になっている。本格的に城を模した魔術空間らしかった。

 

「こっちだよ」

 

 香月は手を引かれるままついて行く。暫く歩くと大きな扉が現れた。彼女が手を翳すと扉がひとりでに開く。

 中に入ると、そこはまさに魔術師の工房と呼んで良い部屋だった。部屋の中央に置かれた立派なマホガニーのテーブルにはビーカーやフラスコなどの実験器具が置かれている。壁には本棚がズラリとあり、その中には難しそうなタイトルの本が並んでいた。そして奥には大きなベッドが置いてあるのが見えた。

 

「ここは?」

「さっき言った通り、私の工房だよ。さて早速だけど──」

 

 陽子がくるりと香月へ向き直ると、両手の指をワキワキとさせて言った。

 

「さあ、ここで君には脱いで貰おうか」

 

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