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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅱ『ディヴィッド・ノーマンの残党編』
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2.ディヴィッド・ノーマンの残党⊕

「ククク……アハヒャ……ギャーハハハァッ‼︎」

 

 脳裏(のうり)にこびりつくくらい聞いた、嘲笑(あざわら)うような声だ。

 

 また、この夢か。香月はそう思いながら、声の主へ振り向く。ツーブロックにした赤い髪、それをオールバックにした男。そこには、この前の事件で死んだ筈のディヴィッド・ノーマンの姿があった。

 

 無論、夢の中だという事は分かっている。だが、それは余りにもリアルに感じられて、まるで本当に死んだ者が目の前に現れたかのようにすら思える。

 

「ディヴィッド・ノーマン……。またお前かよ……」

「ギャハハッ! どうしたァッ? そんなシケた面しやがってよォ!」

 

 ディヴィッドは香月を嘲笑うかのように、ゲラゲラと笑い続ける。その笑い声は耳障りで、香月の神経を逆撫でする。

 

「お前に対する復讐は終わった。だからもう……お前と関わる必要はねぇ。毎度、夢にまで出てくるんじゃねえよ」

「アァン? 復讐だァ? 俺にトドメすら刺せずに圧倒されて、運良く生き残っただけの奴が何言ってんだァ?」

 

 夢の中のディヴィッドが首をもたげるようにして言う。

 

「お前はよ、逃げられねえんだよ。人狼のガキ。だがお前は弱い。俺が人形師(ドールマスター)にお前を売り渡してから全てが始まってるんだぜ。そこから繋がる事象が全て、お前に降りかかってくるんだァ」

「……どういう意味だ?」

「さあな、俺が知るかよ」ディヴィッドが肩をすくめる。「まァ、俺が死んだ程度では終わらねェって事だぜ。せいぜいこの因果を楽しむこったなァ。ギャハハハッ!」

 

 ディヴィッドが言葉を終えると同時に、周囲の景色が歪んでいく。香月は必死に彼の腕を掴もうとする。

 

「待てよ……まだ話が……」

 

 だが、香月の掴んだディヴィッドの腕は灰塵となって崩れ落ちる。そうして、そこから、連鎖するように身体全体が崩れ落ちていきディヴィッドの姿が消失する。

 

「はは……ハハハハハ……ァァーッ!!」

 

 だが、ディヴィッドの笑い声は次第に大きくなっていき、やがて反芻(はんすう)するように何度も聞いた耳障(みみざわ)りな絶叫へと変わって響き渡る。

 

「ディヴィッドォッ!!」

 

 そうして香月は、あの男の名前を呼ぶ自分の叫び声で目を覚ます。その絶叫が夢から覚めた事を気が付かせてくれた。

 

「はぁ……はぁ……。またか……」

 

 香月は額の汗を拭いながら呟く。この夢を見たのはこれで十回目だ。

 心臓が早鐘を打つかのように高鳴る中、目の前の景色が自分の部屋である事を確認し、安堵の溜息を吐いた。

 

「……最悪な目覚めだ」

 

 部屋を眺めると冷房がつけっぱなしのエアコンが静かに稼働している。昨晩から使い始めたのだ。

 梅雨が明けて季節は夏になり始め、外では日ごとに気温の上昇と蒸し風呂のような湿気が感じられるようになってきた。だが、部屋の中はエアコンのおかげで冷ややかな空気に包まれ、外の暑さとは無縁の、静かな時間が流れている。

 

 反して、香月はというと寝巻きで着ていたTシャツは寝汗でベタベタになっていた。香月はTシャツの裾を引っ張り、汗で貼りついた布地を無理やり引き剥がすようにして、深いため息をついた。エアコンの冷気が肌に触れた瞬間、わずかな心地よさを感じたが、背中に染みた汗はひんやりと冷たく、かえって不快感を増すばかりだった。

 

 ディヴィッド・ノーマンの一件があってからというもの、ずっとこの調子だ。

 湧き上がる嫌な予感、そしてディヴィッドを捕まえると意気込んだ割に復讐を果たし切れたとは言い難いこの体たらくさ。苦い顔を浮かべるしかない。

 

 しかし再びイヴの血を用いた魔術薬で吸血鬼化したディヴィッドのような強敵と出会う事があれば生きていられる保証は無いという焦燥感をひしひしと感じるのだ。

 

「クソッ……俺は力不足なのかよ……」

 

 そう呟くと香月は枕元に置いてあったスマホを確認すると、ジェイムズからの招集がかかっている事に気付いた。

 寝床から起き上がると、満月亭に向かう準備をし始めた。恐らく、呼び出された理由は昨日報道されていたあのニュースの事だろうと香月は思っていた。


     ◆

 

「……やっぱ、見た目はまるっきりディヴイッド・ノーマンだよな」

 

 報道の録画を見ながら、香月が呟いた。

 ディヴイッド・ノーマン。世界各地を股にかけて闇オークションを開いていたはぐれ魔術師だ。三ヶ月ほど前に魔術協会と検邪聖省との共同作戦で討伐対象となり、交戦の末に死亡した筈の人物だ。

 

「ああ。この前拘束した影武者とは違って、まるっきり本人の顔の特徴だ。髪型や服装だけを同じにした物とはまるで違う」

 

 共同作戦を指揮していたジェイムズが頷く。香月はこの銀行強盗の報道がされてすぐに満月亭に招集されていた。



挿絵(By みてみん)


 

「どう思う? ……まあ、どう考えてもはぐれ魔術師だよな」

 

 香月が(うな)る。ジェイムズもそれに同意するように頷いた。

 

「この銀行強盗、ディヴィッド・ノーマンの亡霊とかいう可能性は?」

「それは無いと思うがな……」

 

 香月の問いかけにジェイムズがかぶりを振る。

 

「でもディヴィッドは……死んだ(はず)だ。それに世界各地に残存する影武者を掃討する作戦は成功したんだろう?」

「……まだ把握しきれてない影武者が居たのかもしれんな。わざわざディヴィッドの姿をして犯行に及んだのは、魔術協会(われわれ)へのアピールをしているようにも見えるが」

「でも、わからねえな。何が目的で影武者がそんな事をする?」

 

 そう言われ、ジェイムズがううむと(うな)る。

 

「復讐……、だろうかな……」

「復讐って言ってもよ。あんな奴が部下に仇討ちして貰える程に人望が厚いとは思えないがな……。それだったらディヴィッドが復活したという可能性の方がありそうだがな」

「この前の事件の際に吸血鬼化したディヴィッドの遺灰は我々が回収して厳重に管理している。その可能性は考えにくいだろう」

「じゃあ、この銀行強盗してるディヴィッドの姿をしてる奴……これをどう受け取れば良い?」

 

 再びジェイムズがううむと(うな)る。

 

「俺の推測では、ディヴィッド本人である可能性は限りなく低いと思うがな。そして、あの銀行強盗は……ディヴィッドがここ、名古屋で死んだ事を知っているのだろう……」

「協会へのアピール……協会構成員の炙り出しが目的か……?」

「その可能性が高いだろう。どちらにせよ放っておく事は難しい。何にせよ対処をせねばなるまい」

 

 ジェイムズはそう言うと、椅子から立ち上がった。

 

「カヅキ、お前にはその討伐を命じる事になるだろう。あのディヴィッドが本人だろうと、残党の何者かであろうと」

「……ああ。了解だ」

 

 香月が頷く。ジェイムズはその姿を確認すると、続けた。

 

「そこでだ。先ずは一つお前に頼みがある」

「……何だ?」

「ディヴィッド・ノーマンの姿をした犯人が辿った足取りを調べて欲しい。警察の方は銀行を出てからの行方を追えていないそうだ。その調査をお前に頼みたい」

「……俺がか? ……まあ良いぜ。どうせやる事無かったのもあるしな」

「ああ、助かるよ。では早速だが……」

 

 そう言ってジェイムズが資料を手渡すと、香月はそれを受け取り目を通した。


   ◆


「ディヴィッド・ノーマンの亡霊……または残党……な……」

 

 事務所に戻ってきた香月はベッドに横たわりながら資料に目を通していた。ジェイムズに渡されたのは、警察に潜入させている構成員(エージェント)から得られた情報をまとめた物だったが、その資料にはあの銀行を襲ったディヴィッドの犯行の手口が詳細に記されていた。

 

 一件目は金だけを奪い瞬く間に逃走、二件目は銀行員の一人を持っていた銃で撃ち抜いてから金を奪って逃走した。

 そのどちらとも、監視カメラに顔が収まるように犯行がされている。

 

「ここか……」

 

 香月は、ディヴィッドの銀行強盗が辿った足取りを調査すべく、その犯行現場である名古屋市内の銀行の場所をスマホで調べていた。地図アプリのストリートビューに映る風景から、建物の外観や道路の様子を見るだけであればこれで十分だ。

 

「この銀行で金を奪った後はバイクで逃走しているんだったか……」

 

 そう呟くと、香月は資料に再び目を通す。

 

「……ん?」

 

 すると、ある項目に目が留まった。それは被害者の名前だった。そこにはこう書かれていた。

 

「『霧島悟史(きりしまさとし)』……、二件目の強盗事件で撃たれた銀行員か……」

 

 香月が資料をめくる。すると、そこにはこう書かれていた。

 

「四十五歳、家族構成は娘が一人……娘はニ年前に家出したその後は行方不明か……。ん、これは……」

 

 香月はその項目に目を通し、目を見張った。そこにはこう書かれていた。

 

「娘の名前は『霧島麗奈(きりしまれいな)』……。二年前に名古屋で開かれたディヴィッドの闇オークションの顧客リストに名前の記載あり……」

 

 香月は、その項目をもう一度見返した。

 

「ディヴィッドの顧客リストに載っていた……だと?」

 

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