表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
幕間「ロナルド・ディオの割と暇な一日」
40/164

後編⊕

「何故こんな事に……」

 

 香月から頼まれた事とは、『今日、イヴの写真集の特典会があるから代わりに行ってきてくれ』と言うものだった。

 

 確かにロナルドも彼女の写真集の特典会には興味があったが、まさか自分が行く事になるとは思っていなかったのだ。

 

「まあ……私も写真集を買ったからな。感想ぐらいは伝えるか……」

 

 そんな事を呟きながら特典会が行われている会場へと辿り着く。大須観音の近くにあるライブハウスだ。

 会場の中に入ると既に人で賑わっている様子だった。


「……」

 

 無言で中に入ると、会場に居た者達が彼を見て空気が一変した。

 まあ当然だろう。ロナルドの格好は黒衣の上に外套、つまり祓術師の服装のままだ。

 

「おい、あれ神父のコスプレか?」

「いや、違うだろ。軍服っぽく見えるけどな。アニメ系のコスプレじゃねぇのか? クオリティ高ぇな」

「でも、結構格好良くない?」

「ああ……確かに。声も渋そうだし、外人だし」

 

 そんな声が耳に入るが無視をする事にした。そのまま会場の奥にある特典会ブースまで歩くとそこで列に並んだ。

 

 この特典会に来ている客層を見ている限り、グラビアアイドルのような活動もしているとは聞いていたので男性のファンも多いが、女性のファンも結構な数がいるようだった。彼女の活動は順調らしいと感じるような人の量と列の長さだ。


 恐らく、この客の中にも検邪正省の祓術師(エクソシスト)は身を潜めている。恐らくは男性ファンの中に──

 そう思って、目を向けていると一人の人物と目が合った。間違いない、同僚だ。しかし、彼の目はニヤニヤとなぜか笑っていた。


「……」


 思わず、ロナルドは黙って目を()らした。

 そうして同僚からの好奇の視線を無視して列にならんでいると、列がはけてきて自分の番が来たのでスタッフに話しかける事にした。

 

「すいません、この二冊にサインを頂く事は可能ですか? 特典会チケットが二枚あります」

「はい、大丈夫ですよ。二冊分ですね、少々お待ちください」

 

 そう言ってスタッフはブースに居るイヴに伝えに行く。確認が取れたようで、こちらに戻ってくるとスタッフが特典会ブースへ案内する。

 

「OKです! では、こちらにお越し下さい」

 

 そう言われてブースに向かうとスタッフにブースの目の前に案内された。眼前には雪の妖精のような衣装に身を包んだイヴが座っている。

 彼女は驚いた表情を見せた。


「ロニお兄ちゃ……⁉︎ えっ、何でここに⁉︎」

「いや、今日はオフの日でな……ちょっと人に頼まれて……だな。そんな事より写真集発売おめでとう、凄く綺麗だったよ」

「あ、ありがとうございます。……じゃなくて! え、何で⁉︎ 何で神父さんの格好してるの? 私服じゃないんだ? ていうか、それって確か制服だよね?」


 そう言われ、ロナルドは事情を説明する事にした。


「いや、急遽ここに来る事が決まってな……着替える暇が無かったんだ。それで、私の分の写真集ともう一人の分にサインを……」

「え? あ、はい。分かりました……でもやっぱり気になるなあ。本当、その格好会場の中で目立ってるね」

「……まあそれは気にしないでくれ。場違い感は自覚があるんだ。私が場の空気を読めてなかったんだよ……」

「う、うん……分かった。じゃあ書くね」

 

 そう言ってイヴはペンを手に取ると表紙にサインを書いていく。その様子を横から見ているのだがやはり可愛いと思う。


 無論彼女の事は血の繋がっていない妹や親戚の子供みたいな感覚でロナルドは見ている。施設に居た時代の幼少期の彼女を知っている身としては、こんなにも大勢のファンが集まってくれる活動を彼女がしている事に嬉しくも思う。そして大人になったのだなとしんみりともしてしまう。


 表紙カバーを開いて、裏表紙の方にも何やら書いているようだ。宛名書きのようだ。

 

「はい! これはロニお兄ちゃんの分ね。もう一つの方は名前はどう書いたら良い?」

「宛名は無しで……いや」

 

 そもそもこの特典会に来たのは、香月に頼まれてだ。その理由というのも、顔合わせると後でイヴからの色んなゴリ押しが待っていそうと言う理由である。なるべく顔を合わせたくないのだそうだ。

 

 なので、サインの宛名は香月の名を伏せるように言われていたのだが、どうせならお使いに遣わされた腹いせをしてやろうと思い、違う名前を書いて貰う事にした。

 

「では、『全人類の汚点』で頼む」

「えっ!? な、何その変な名前……自分でそんな名前名乗ってるから(へりくだ)ってるとかなのかな? それともドMさんなの……?」

「ああ、そんなものだ。気にしないでくれ。それが私にこの特典会のお使いを頼んできた人物が普段名乗ってる名だ。それで書いてやってくれ」

 

 嘘っぱちだ。だが、イヴは何を思ったのか納得してくれたようで、割とすんなりと表紙にサインを書いていく。開いた表紙カバーの方で直接見た訳ではないが、彼女は裏表紙の方にもスラスラと書いて言ったので、あんなちょっとした悪口みたいな名前でも素直に書くのかとロナルドはほんの少しだけ驚いた。

 書き終えると、表紙を閉じてにっこりと笑う。

 

「はい! これでOKだよ」

 

 そう言って彼女はロナルドの分とそのもう一冊を重ねてこちらに写真集を差し出してきた。それを受け取る。すると彼女は少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「……ねえ、ロニお兄ちゃん。このサインって本当に『全人類の汚点』さんで良いの? それとも違うお名前の方がその人は嬉しいんじゃないかな?」

「……どういう意味だ?」

「んー? そのままの意味だけどなー?」

「……」

 

 まさかとは思うが、もう一人の渡す相手が香月だとバレているのだろうか。 その可能性もあるが、仮にそうだとして何故わざわざこんな事を聞いてくるのか。

 

「……まさかとは思うが」

 

 ロナルドがそう口を開きかけた所で、イヴがクスリとひとつ笑った。まるで彼の反応を見透かしたような反応だった。


「……ふふふっ……なーんてね。冗談だよ、ロニお兄ちゃん」

 

 彼女はそう言うと何故か彼女は機嫌が良くなったように笑顔になる。

 

「じゃあ、またね! ロニお兄ちゃん」

 

 そう言って手を振ると彼女はスタッフに促されてブースを出て行くのであった。

 

     ◆

 

「……おい、吸血鬼。俺は宛名無しって頼んだ筈だが? イヴに何を吹き込んだ?」

「別に何も? ただ、『全人類の汚点』とサインを書いて欲しいと言っただけだ」

 

 ロナルドがしれっと言うと、香月がEVE(イヴ)のサインの書かれた写真集の裏表紙を見せてきた。そこには「大神香月クンへ♡」と名前がしっかりと書かれていた。

 

「おい、これのどこが宛名無しだ? 思いっきり俺の名前が書かれてるじゃねえか」

「……おかしい、私は貴様の名前など一切言ってない筈だが。それどころか貴様に特典会に並ばされた腹いせで適当な名前で未来(みら)に書いてもらおうとしたというのに……何故だ?」

「こ、この野郎……」


 香月は溜息を吐きながら頭を抱える。


「……まあ、今回はお使いの礼って事で許してやるよ吸血鬼」

「ふん……別に貴様の為にやった訳ではないがな。それといい加減にその呼び方をやめないか? 普通に名前で呼べばいいだろう」

 

 すると、香月は少し驚いたような顔をした後で首を横に振った。

 

「いいや、無理だね。アンタだって俺の事を人狼って言うだろう? それと同じさ」

「そうか……まあ、別に良いがな」

 

 それから暫く沈黙が続く。やがて香月は口を開いた。

 

「……まあ、ありがとうな。とりあえず礼はするよ。何か食うか? 奢るぞ」

「フン、貴様の施しなどいらん」

「まあ、そう言うなって。大須301ビルの一階にラーメン屋ができただろ。そこにでも行こうぜ」

「ラーメン屋か……まあ、いいだろう。付き合ってやる」

 

 こうして二人は店に向かうべく歩き出したのであった。


     ◆


「ニンニク入れますか?」

「ニンニクマシマシヤサイマシマシアブラカラメで」

 

 店員の言葉に頷きながら、ロナルドは慣れたように呪文のような言葉を返す。ちなみにラーメンに入れるニンニクの量と野菜の量は凄く多めに、その上に背脂とタレをかけてもらう注文だ。

 

「かしこまりました!ニンニクマシマシヤサイマシマシアブラカラメですね!」

 

 店員は笑顔で注文を繰り返すと厨房に戻っていく。その様子を見送るとロナルドは再びメニューに視線を落とした。

 このラーメン屋は『ラーメン豚嶽(ぶただけ)』。スープが絡む極太麺に厚切りのチャーシューと野菜がてんこ盛りでインパクトのある見た目のラーメンが特徴の店だ。

 

「……なあ、アンタってこの店来た事あるのか?やけに慣れているように見えるが。ここの常連だったのか?」

「ん? まあな、慣れてはいる。この店ではないが教皇庁の仕事で東京に長期滞在している時に同僚に似たような店に連れて行かれた。多分あれが本家なのだろう? それ以来何回か通った」

「へえ……そうなのか。てか、アンタニンニク大量に食べても平気なんだな」

 

 その言葉の意味は吸血鬼であるロナルドはニンニクが弱点なんじゃないかと言う事だろう。もしかしてだが、先程の写真集のサインのお返しにするつもりだったのかもしれないが。

 

「ニンニクは平気だ。アレは伝承や物語の上での話で、実際には何の効果もない。それに私はイタリア出身だからな。パスタにもピッツァにもニンニクは使われている物はあるしな。(むし)ろ好物でもある」

「そ、そうなのか……」

 

 そんな事を話していると、注文していた料理がやってきたので受け取ることにした。

 

 ロナルドは自分の分の料理をテーブルに置くと香月の方を見る。彼は既に食べ始めているようで、黙々と箸を動かしていた。

 

「おい、アンタも早く食えよ」

「……ああ、そうだな」

 

 言われて自分の分を食べ始める。濃厚豚骨だしに醤油ダレがかかっているスープからワシワシとした麺を、山のように盛られたモヤシとキャベツの山から箸で掘り出す。

 そして麺を啜っていると、不意に視線を感じた気がしたので顔を上げる。

 

「何だ? 私の顔に何か付いてるのか?」

 

 そう尋ねると香月は何でもないと言った様子で首を横に振った。その様子に首を傾げながらも食事を続ける事にした。



挿絵(By みてみん)



 それから暫くして食べ終わると食べ終えた丼をカウンターに上げて店を出たのだが……。

 

「吸血鬼がニンニクマシマシのラーメン食べてるのって何かシュールだよな」

「何だ? 貴様もニンニクマシマシヤサイマシマシにするか?」

「……いや、遠慮しておくよ。俺の身体は結構嗅覚が良いらしくて、ニンニク大量なのはキツいんだよ。それに俺はアンタみたいにもやしが盛り盛りのは量が多くて結構食べる難易度高いんだよ。普通ので十分だ」

 

 そんな会話を交わしつつ二人は大須商店街を歩いていく。

 

「今日はサンキューな」

「礼はさっき聞いたぞ、もう忘れたのか? 鳥頭か貴様」

「……いや、そうじゃなくてさ。写真集の特典会にお使いさせて悪かったなって意味だよ」

「ああ……別に気にしていない。私も良い気分転換になったからな。それに未来と少し話せて良かったと思っているしな……」

「そうか、それなら良かったよ。じゃあな、ロナルド(・・・・)


 香月はそう言って笑みを浮かべると手を振って去って行った。その後ろ姿を見送りながら自分も帰路に着く事にしたのだった。そして、ふと立ち止まる。


「ん? さっきあの男、私を名前で呼ばなかったか?」


 そう呟くが、ロナルドはその理由を考える事はなかった。


TIPS:『この話に出てくる大須のお店やライブハウスについて』


一応、作品上では店名を変えていたり名前を出さないようにしてますが……



喫茶店の『はやし家』 → はやしや(大須の老舗の喫茶店)

ライブハウス → Dt.BLD(地下アイドルのライブをよくやってる所)

ラーメン豚嶽 → ラーメン豚山(Ep1に出てきた大須301ビルの一階にあるラーメン屋)


など、大須界隈に出入りしてる人なら割と知ってる可能性のある場所を登場させてます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ