後編⊕
(うーん……これは困った)
ジェイムズ・ウィルソンがそんな風に思ったのは主に自分達が座っているテーブル席から斜向かいの位置に座った、新規で入店してきた二人の男女の客──つまり香月と清香が原因だった。
(何でこんな所に……?)
ジェイムズがチラリと横目で見ると、香月と清香は二人で一つのメニュー表を覗き込んで何やら話している。
「ねえねえ! この『吸血メイドの愛情たっぷり♡特製オムライス』じゃダメなの?」
「いや……それはちょっとな……」
「え〜! なんでよ〜? メイドさんにケチャップで絵を描いて貰えるアミューズメントがあるのに〜。あ! じゃあさ、こっちのドリンクはどう?」
そう言って清香はメニュー表を指差す。そこには様々な種類のドリンクの写真があった。
「清香姉が楽しみたいのはよーくわかった。じゃあ、『信奉者の捧げた生き血』にするよ。これならただのプラッドオレンジジュースみたいだからな……」
などとやり取りしてるのが聞こえる中、対面に座っていた三浦がジェイムズにヒソヒソとした声をかける。
「あれ、大神と一条じゃないですか。支部長が呼んだんです?」
「いや……」
ジェイムズが短く答える。
「でも、一条はともかく大神は意外ですね。こういう場所に来るタイプには見えないんですが」
「……俺もそう思う」
そう言いながらジェイムズが三浦の視線の先にあるメニュー表を覗き見ると『吸血メイドの愛情たっぷり♡特製オムライス』という文字が見えたので目を逸らした。
こういう雰囲気の店であるというのはわかってはいるのだが、如何せん慣れがない。
一人で来るのは少しばかり苦手意識があり、三浦を同伴させたとはいえやはり慣れない。
「まあ……今日は調査もかねてですからねぇ……」
三浦が縮こまってる様子のジェイムズを見て苦笑すると、ちょうど香月達の方から注文が決まったらしい声が聞こえてきてキャストを呼んでいる様子が見えた。そしてオーダーを聞き終えた後で厨房へと戻っていくメイドを見送る。
「今日の件はあの二人にはなるべく内密にしなくちゃならんからな……どうしたもんか。オーナーには連絡をしておくしかないな」
「ああ、確かに。ここはちょっと特殊な事情のある場所ですからね」
「全く面倒なことだ。だが、あの二人が帰るまでは下手に動くのも危険だからな……」
「そうですね……。まあ、とりあえずは様子見ですね。それにしても一条はメイド服が似合ってるなあ」
三浦が素直な感想を言ったところで、香月達が注文したドリンクとフードが来たのでジェイムズ達はそちらへ意識を向けたのだった。
◆
「お待たせしました〜。『信奉者の捧げた生き血』と『吸血メイドの愛情たっぷり♡特製オムライス』で〜す⭐︎」
ゴシックロリィタ風の制服に身を包んだキャストがそう言って、二人の前にグラスとオムライスの皿が置かれる。
「あ! 来た来た!」と嬉しそうに言う清香に香月は呆れた表情をする。
「清香姉、調査……」
「まあまあ、そう言わずにさあ! 大神君、オムライスには何を書いて貰おっか?」
「いや、俺は別に……」
香月がそう言いかけたところで清香が、「すみません」オムライスを持ってきたギャル系のメイクをしたキャストに言う。
黒髪のロングヘアを前髪は分けてパッツンにしているアイドルなどにありがちな所謂清楚系の髪型だ。だが、つけまつ毛は目がパッチリとするくらいに付けられていて、そもそも大きな目には目尻にアイラインを引いていて抜け感がある。チークも赤みのあるピンクで頬には血色の良い感じのメイクをしている。
胸の名札には「夜神ちょこ」と書いてあった。
「はーい、お決まりですかぁー?」
そのキャストは香月達の前に『吸血メイドの愛情たっぷり♡特製オムライス』を丁寧に置きながら愛嬌たっぷりに言う。ハスキーな声質ながら、可愛らしさのある声だ。
清香が笑顔で答えた。
「このケチャップでメッセージを書いて欲しいんですけど!」そう言って、清香がコソコソと彼女に耳打ちする。「──そんな感じで!」
そう言ってニヤッと笑うと、ちょこというキャストもニッと笑った。
「はい、かしこまりましたかしこ〜⭐︎」
そう陽気に返答をして、ケチャップでオムライスにメッセージを器用に書き込んでいった。お絵描きオムライスの皿は広く大き目なスペースがわざと用意できるように料理に対してやや大き目な皿を使っている。しかし、このちょこというキャストは手慣れているのかオムライス上の限られたスペースにメッセージを、そして皿の上にウインクしてペロリと舌を出している清香の似顔絵をすらすらと描き進めていった。
そうしてオムライスにできあがったメッセージはこうだった。
『二人とも、何してるんですか?』
これは──
「えいっ、写真を撮って送信っと♪」
清香が携帯電話を取り出してオムライスの写真を撮ると、すぐさまメッセージを送信した。すると、ジェイムズと三浦の席の方からスマホの通知音が二つ鳴った。ジェイムズと三浦の二人ともにメッセージを送ったらしい。
ちょうどスマホを見ていた三浦が、清香からのメッセージを見てその画面に映し出された物をジェイムズに見せる。そして、フッと笑うと注文していたオムライスを持ってきたメイドに何やら声をかけた。
そして、メイドがオムライスにケチャップで書いた何かを写真に撮った。
『曲者じゃ! 出合え出合え!』
そうして、清香のスマホが通知音を鳴らした。妙な趣味の通知音だ。それにしても何で時代劇の悪代官のセリフなのかと思ったが、香月は敢えてそれをスルーした。
メッセージに添付された画像を確認すると、清香は三浦と同じようにフッと笑った。
清香が見せてきた画面にはオムライスに『デート中♡』とケチャップの赤い文字でそう書かれていた。
「三浦さんってお茶目さんだなあ」
清香はスマホの画面を眺め、ニコニコしながら言った。
「ああ……そうだな」とだけ言うと、香月はケチャップのかかったオムライスを食べ始めるのだった。
(あ、これ美味いな)
と、心の中で思った。
◆
「あー、楽しんだ! じゃあ、そろそろ行こうか」
そう言って清香が席を立つと、それに続いて香月も席を立った。そして会計を済ませると店を出る。ふと振り返ると、ジェイムズ達がいた席にはいつの間にか別の客が座っていた。
「あれ? 支部長達はもう帰ったのかな?」
「そうみたいだな……」
香月がそう言うと清香は「そっかそっかー」とか言いながら腕を組んできた。
「じゃあ、大神君! 次は隣の店ね!」
そう言って張り切る清香を横目で見ながら、香月は小さくため息を吐くのだった。
◆
閉店後、夜神ちょこは客を見送った後でテーブルを片付けていると、後ろから声をかけられた。振り向くと──キッチンから出てきたのだろう──そこにはオーナーが立っていた。
「ちょこちゃん、お疲れ様ぁ〜」
そう言ってオーナーは彼女に笑いかける。四十代くらいの黒髪ボブヘアの小柄な女性だ。
「あ、ヨーコさん。お疲れ様で〜す⭐︎」
ちょこも笑顔で答えた。
「今日も盛況だったみたいだねぇ。今日はキッチンだったから、フロアの様子はあんまりわからなかったけど」
陽子が言うと、ちょこは苦笑いした。
「ですね〜⭐︎ ……それで今日のあの二人ってどうなんですか?」
「うん? どの二人?」
聞かれ、驚いたように一瞬目を丸くすると、陽子が首を傾げる。そんな彼女にちょこが言葉を加える。
「シブいおじ様二人でデートしてた人達ですよ〜。ヨーコさんのお知り合いなんですよね?」
「ああ……」
納得したように息を漏らして、顎に手を当てて考え込む様子を見せる。
「ジェイムズさんは協会の偉い人だよ。それと三浦さんもベテランの人。協会の構成員だよ」
「えっ、協会……大丈夫なんです?」
『協会』という言葉に驚いた様子を見せ、ちょこが尋ねると陽子がかぶりを振った。
「ウチは心配ないよ。協会に所属してないって言っても、協会に目をつけられて怒られるような事は何もしてないでしょ? 寧ろ協力してるくらいだし」
「ああ〜、確かに……」とちょこは納得したように頷く。そして、「でも、調査だったんですよね……?」と首を傾げる。
陽子は顎に手を当てて少し考えると言った。
「……まあ、ちょっとやらかしちゃってね。空間跳躍魔術を使ってた所を通りがかりの人に見られて噂がだいぶ広がっちゃったみたいなんだ。気をつけてね〜っていう軽いお叱りを受けちゃった感じなんだよ」
そう言って苦笑いを浮かべると、ため息まじりに言う。
「そんな事より」
急に陽子の口調が真剣な物になる。
「そろそろ、私達も本格稼働になる頃合が来たよ」
その言い方に、ちょこには思い当たる事がありハッとして喉をゴクリと鳴らした。
そんな彼女を前に、陽子が続ける。
「覚悟しといてね。貴女達に話してた事が近々起こるから」
「……いよいよなんですね」
「うん……」そう言ってちょこに頷くと、数時間前にメイド服を着た女の子と赤いスタジャンを着た青年が居た卓に陽子が視線を向けた。「今回はどうなるかはわからないけど、でもその為に貴女達を育てたから。だから、大丈夫。きっと上手くいくよ」
そう言って笑いかけるとちょこは「はい! 頑張ります!」と力強く返事をしたのだった。
◆
その後、香月は清香に連れ回されて吸血鬼コンセプトのカフェを出てから複数のコンセプトカフェを梯子する事になった。
最後の店舗を出るととっくに日が暮れていた。空はしっかりと暮れており、帰り道の大須商店街は人の足がまばらになっていた。
清香が帰路を歩きながら言う。
「いやあ〜楽しかったね〜」
「ああ……そうだな……」と相槌を打つと、ふと疑問に思った事があって香月は尋ねた。
「なあ、清香姉」
「んー? 何かなー、大神君?」
「結局、魔力の残滓の追跡はどうするんだ?」
「あ……」
清香は声を漏らすと、足を止めて香月の方を見た。
「あはは……忘れてたよ……」
そう言って頭をポリポリとかくと、彼女は続けた。
「でもまあ、魔力の残滓が残ってたって事はもう調査もほぼ終わったような物なんじゃないかな? 多分、報告するにはもう十分だと思うよ」
「そうなのか?」
香月が聞くと清香は力強く頷いた。
「うん、きっとね」と言って彼女はウインクしてみせる。
「あ、そうだ! せっかくだから今日の記念にプリクラ撮ろうよ!」
そう言って急に方向転換してゲームセンターのUFOキャッチャーの奥の方へ走っていく清香を見て、やれやれと言いつつも笑いながら追いかける。すると清香は振り返って言うのだった。
「そういえば大神君、今日はどうだったかな〜? 楽しかった?」
「ああ、まあな……」と香月が答えると、清香は満面の笑みを浮かべて言った。
「そっか! なら良かったよ!」
そして二人はゲームセンターの奥へと歩いて行くのだった。
その後、メイド姿の清香と二人で撮ったしっかりと二人それぞれの手で♡マークを作ったツーショットのプリクラはクレアに見つかって「二人の関係が怪しい」などと問い詰められ、その騒ぎで三浦にも見つかり「本当に羨ましい……」とまで言われたりなどした。
結局大須に現れたメイド服姿の幽霊の話は、その後色々な尾びれ背びれが加わり、有耶無耶な噂話となっていくのだが、その噂話の中にツインテールのベタなメイド服の幽霊(しかもかなり可愛い)が大須商店街に神出鬼没に現れたり、吸血鬼コンセプトのメイドカフェに来てオムライスを食べていた、男とデートしていたという噂も加わっていたのはまた別のお話である。
次回、幕間「クレア・フォードはある日突然に」




