前編⊕
「満月が欠け始めて月が紅く染まるぅ、そぉんな十六夜の月が昇る夜にぃ……こぉの大須商店街でわぁ……メイド服の幽霊がぁ出ぇる……そぉなぁ……」
わざとらしいおどろおどろしい口調と表情で清香が言った。何故だかノリノリな様子だ。しかも口調がなんだか名前の後ろに(CV:若本規夫)って付きそうな感じだ。
コスプレ用のメイド服に身を包んだ彼女がそう言うのに香月は訝しげな視線を向ける。それにしても、何でメイド服のコスプレなんてしているのか。
なまじ清香は舞台役者をやってるだけあって、普段のポニーテールにしてる時の姿は綺麗なお姉さんという印象だ。しかし、今日の清香はツインテールで、頬にピンク色のチークを薄く使って普段とは雰囲気がガラリと変わり可愛らしい印象になっている。リップも艶感のあるピンク系だ。
多分、化粧の感じも普段のナチュラルメイクな感じからメイドカフェやコンカフェで働いてる女の子がしているような物に寄せているからだろう。
普段の姿だって、可愛いと綺麗の中間みたいな雰囲気をしているのだ。メイド服に身を包んだ清香の姿は香月にはキラキラして見えた。そして、実際に清香本人は気分上々といった具合だ。
そんな清香の姿に香月が目を細めて目を逸らすような態度を取ったのは、彼の中に色々な感慨があった事を隠したかった為だった。いや、ぶっちゃけ香月的にも清香のメイド姿はかなり可愛いと感じる物ではあったのだ。
「……メイド服姿の幽霊、なあ。てか、その幽霊って俺達が対応する必要あるのか?」
「大神君だって、便利屋の仕事でポルターガイストの案件を対処したんでしょ? だから幽霊の噂も何かある! きっとあるよ! それを処理するのも魔術協会の仕事なんだよ!」
そう意気込むように言う清香はどこか楽しげだ。息抜きついでにやっているのが見て取れる程だ。
二人がいるのは大須商店街の中にある、とあるオフィスビルの屋上だ。眼下の商店街の景色に目を向けて、香月が言う。
「そもそも何でそんな噂が広がったんだ……? そんな噂が立つとは普通考えられないんだが」
「なんでも、目撃証言多数なんだよ。見かけたら、一瞬で姿が掻き消えてただとかで……」
「……それってさ」
香月は清香にジト目を向ける。
「はい?」
「もしかして清香姉の事じゃないのか? ほら、空間跳躍魔術を使ってる所を見られて。調査班の奇譚調査に付き合ってるんだろう? ずっとその格好で」
奇譚調査とは、街中で流布されている奇っ怪な噂や伝承を調査して、協会の隠匿対象であるかを判断する調査班の通常任務だ。
最近、事件らしい事件も無く、処理班としての出番がない清香は調査班の任務に付き合っているらしかった。
「流石に人目のつく所では空間跳躍は使わないよ〜。それに大須商店街ってメイドカフェすごく多いじゃん? だからメイド服の方が目立たないかなって……。てか、何で知って……」
「その格好、何だかんだで結構目立つぞ……。それに、満月亭の面々の中で噂になってる。清香姉が調査班の奇譚調査を手伝ってるって。しかも、相手はメイド服の幽霊だからって何故かメイド服のコスプレして来てるって」
「え、ええー⁉︎ 嘘! そんなに噂になってるの⁉︎」
清香は大袈裟に驚く様子に香月は思わず笑ってしまった。
「大人気だぞー。戦闘班の三浦さんがその姿の清香姉が可愛すぎるから一緒にチェキが撮りたいって言ってたぞ」
「ええっ⁉︎ それは、なんか……光栄だけど、恥ずかしいっていうか……」
「冗談だよ、冗談。まあ、噂になってんのは本当だけどな。それはともかく……。その幽霊ってのは?」
「あ! それはね〜。この幽霊、目撃した人によると、そのメイド服からしてメイド喫茶の店員さんらしいんだよね」
「うん? それなら人間じゃないかよ。魔術師か?」
「だったら良いんだけどね〜……。何せ噂だけが一人歩きしてて。放置しといて良いのか判断に迷うからこうやって調査班が動いてるみたいだよ」
「ふーん…………。それで? そのメイド服の幽霊は何処に行ったら出てくるんだ?」
「それなんだけど……。どうやら、目撃証言によると……」
清香は鞄から地図を取り出して広げた。
「ここと、ここと、ここに出るんだって」
地図のある一点を指で指し示していく。そこは大須商店街のとある一角だった。普段、人通りはそこまで多い場所ではない。
「この三ヶ所で幽霊を目撃した人が多いみたいだね」
「……ん? ああ、何か見覚えがあるなと思ったら……そうか、ここは……」
「どうしたの?」
「いや、ここは確か……。前に俺の事務所があったとこの近所だな……」
清香が地図を鞄にしまう。
「そっか〜。じゃあ、この三ヶ所を回ってみようか」
「……そうだな。まあ、噂が一人歩きしてるだけだろうしな……」
二人は商店街の中を歩き始めた。
◆
「……まずはここだな」
香月はとある一角の前で立ち止まった。そこは大須商店街のメインの通りからは外れたとある一角で、飲食店や隠れ家的なメイドカフェ等がちらほら点在しているが普段は何の変哲もない場所だ。
「噂通りなら、ここに出るらしいな……」
「そうだね〜。さて! サクッと調査しちゃおっか!」
清香は懐から調査用の道具を取り出す。それは一見するとただの水筒だが、中身は広域魔力感知用の魔術薬だ。
「あ、そういえば……」と清香が何かを思い出した様に言った。
「……何だ?」
訝しげな表情で香月が尋ねると、清香が水筒の蓋を開けながら言う。
「その幽霊って、はぐれ魔術師だっていう可能性もあるんだよね? だから、万が一もし戦闘になったら……私一人じゃちょっとキツイかも………」
「今回は単なる奇譚調査なんだから、何事も無いと思いたいんだがな……」
清香が水筒の中身をアスファルトに垂らして、魔術陣を描く。単純な魔力感知の魔術陣だ。
清香が描いたそれに指を添えて、魔力を流し込むとそれに反応して青白く発光し始めた。
「んー……特に反応無しって感じだね」
「ここでは無さそうか?」
「使われた魔術の強さにもよるからね。んんー……残留魔力ってだいたい一日くらい、長く留まってても三日とかだろうから、ダメ元でって感じかな……」
清香が魔術陣から指を離した。発光していた青白い光が消えると、途端に何も無かったかの様に魔術陣の浮かび上がっていたそこはただの液体で濡れたアスファルトになった。
「うーん……次行ってみようか」
二人は次の場所へと向かった。
◆
「最後は……ここだな」
香月は三つ目の目撃情報があった場所の前で立ち止まる。二つ目の場所も最初の場所のように何の収穫も得られなかった。
そこは大須商店街から少し離れた住宅街の一角だ。近くに公園がある為、子供の姿が多いのが目につく。
「ここは……特に何も感じないね」
「ああ……」
香月が相槌をうつ。
だが、清香は何か気になる事があったのか、水筒を取り出して蓋を開ける。そしておもむろに魔術陣を描き始めた。
「どうしたんだ?」
「……うん、ちょっとね」
清香が描いた魔術陣に指を添えて魔力を流し込む。すると、先程の様に発光し出した。だが、その光は青白くはなく赤みがかった色だ。
「これは……」と香月が呟くのに清香が頷く。
「……うん、魔力の残滓の反応ありだね」
清香が魔術陣から指を離した。発光していた光が消えると、そこには何も残っていなかった。
「反応あり……か。でも何でだ?」
香月が言うのに清香は考え込んでいる様子だった。そして、何かを思いついた様に顔を上げると言った。
「ねぇ、大神君。この公園の付近で協会の魔術師って誰か住んでたかな?」
「ん? いや、特には……。確か大須に俺の事務所があった時は協会の魔術師は誰もいなかった筈……」
香月が答えたのに清香は頷きながら言った。
「そっかー……。だとするとこの魔力反応、はぐれ魔術師の仕業ってことかな?」
「……可能性はあるだろうな」
清香の意見に賛成する様に頷く香月を見て、清香が言う。
「じゃあ……。この魔力反応を追ってみようか?」
「そうだな、そうしよう」
香月は清香の意見に賛同した。
そうして二人は公園の敷地内へと足を踏み入れた。この裏門前公園は都市部にある公園としては小さ過ぎず、かといって広大という訳でもない程々の大きさの場所だった。
遊具らしい遊具は一般的な子供向けの滑り台と山の形をした大きな滑り台が各一つ、他にあるのは砂場だけだ。だから広さ自体はそれなりに余っていて、公園内には幾つかのベンチが設置されていた。
その公園の中を清香は辺りを、右手にペンダントを垂らしながらキョロキョロと見回しながら何かを探して歩いている。そして、それを香月が訝しげな表情で見ていた。
「なあ……何を探してるんだ?」と香月が訊くと清香が答えた。
「うん? いやさ、さっきの残留魔力に残滓が点々と存在してないかなと思って」
「……もしかして、魔力感知してるのか?」
「そ! 大正解〜♪」
言いながら清香はピースサインをする。相変わらずのテンションに香月は一つ嘆息した。
「まあ、別に良いんだけどよ……」
「で〜……お? あ、これかな?」
清香が言って立ち止まり、垂れ下げたペンダントをかざす。すると、ペンダントの魔石が赤く光り、そこには残留魔力の様な物が微かに残っているのが分かった。
「よーし! ビンゴ〜!」と言って清香は目を輝かせる。
東屋の中にあるベンチに魔力感知の魔石が反応したらしい。魔石での探知は魔術薬よりは範囲は狭い、だが残留魔力の残滓の場所を特定するのには向いている。こういう調査の場合は探知魔術の使い分けが重要なのだ。
清香は魔力の残滓を辿っていく。その道は公園の入り口を抜け、大通りと交差する道路の方へと続いていてる様だ。清香はその道を進んだ先にあるものを考えていた。それは大須にある店の中でも特に多いジャンルのもの。所謂メイド喫茶だ。
「大神君! この先にあるのは……多分メイドカフェだよ!」
「……まあ、そうだろうな。見りゃわかるよ」
「でもさ、何でこんな所に残留魔力が続いてるんだろうね?」
「はぐれ魔術師がメイドカフェに通っている……いや、メイドカフェで働いている? メイド服の幽霊の噂と関係してるのか……?」
香月は腕を組んで考える。清香も顎に手を当てて考え込んでいた。
「うーん……。とりあえず行ってみようか」と、清香が言って歩き出そうとした時だった。
「あれ? あそこにいるのって……」
清香が何かに気づいた様に言う。その視線の先には大通りを歩いて行く二人の男の姿があった。
「三浦さんとジェイムズじゃないか」
「本当だ。何してるんだろ?」
清香が首を傾げる。
二人は大須の大通りを歩いていた。三浦が先導する様な形で、ジェイムズはその後をついて行く様に歩いている。
その様子を見て香月は内心「ああ」と思った。三浦さんと言えば、戦闘班のベテランとして有名だが、メイドカフェやコンカフェが好きというのでも知られているのだ。
「あれは──ジェイムズが三浦さんの趣味に付き合わされてる感じっぽいな。あ、入ってった」
二人が居る店とは違う奥の店の中へジェイムズと三浦が入っていくのを見送ると、清香が香月の方を向いた。
「大神君、どうする? これは一大事だよ!」
真剣な口調で伺いを立てるように清香が聞いてくるが、その目は好奇心でウキウキしている様子だ。
「清香姉、調査はどうするんだよ……」と香月が呆れて言うと、清香は「はっ!」とした表情になると言った。
「……それも大事だよね。うん、わかるよ〜」
清香はそう言うと、三浦達の入って行った店の方向へ歩いて行く。
「おい、清香姉……」
香月が呼び止めようとするが、その時には時既に遅し。彼女は店の前に立った。そして笑顔で言う。
「でも、支部長達がメイドカフェに居るの見たくない?」
本音はやっぱりそれかと、香月は呆れつつも清香に追いついた。
「やっぱり見たいのかよ……。でもそれだと調査がな……」と香月が言うと清香が言った。
「大丈夫! 調査もちゃんとするから!」
「いや、でもさ……」
言いかけたところで清香が店の中に入っていくので仕方なくその後をついて行く。
店内に入ると、すぐにゴシックロリィタ風のメイド服を着た店員が出迎えてくれた。カラーコンタクトで瞳は赤く、口からは付け八重歯が覗いている。吸血鬼の屋敷がコンセプトのメイドカフェらしかった。
「お帰りなさいませ、旦那様」
厳かな雰囲気の声とお辞儀と共に席に案内される。二人はテーブルに案内された。
店内はゴシック調の内装で統一されている。テーブルには白いレースの縁取りのクロスがかかっていて、メニュー表には見開きでドリンクの見本写真が載っている。
香月が席に着くとメイドに一通りの店内での決まり事の説明がされて「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」と丁寧に言われたので軽く会釈した。そして清香の方に目を向ければ彼女はメニュー表を見て目を輝かせていた。
「うーん……どれにしようかなぁ……」
「清香姉、あんまり長居するなよ?」
「わかってるよ〜。でもさ、二人がどんな様子なのかやっぱ気になるじゃない? ちゃんと調査もするからさあ」
「まあ、そうだけどさ……」
そう言いつつ香月はメニュー表に目を向ける。そこには様々なドリンクの見本写真が載っていた。
「あ! これとか美味しそう! 二人で分けっこしようよ!」
そう言って清香が指差したのは『吸血メイドの愛情たっぷり♡特製オムライス』だった。
「いや……それはちょっとな……」
香月が言うと、清香は不満げな表情をしたのだった。
TIPS:「コンカフェ」
コンセプトカフェ、通称コンカフェとは特定のコンセプトを取り入れる事によって他のカフェとの差別化が図られているカフェまたはバーの事である。
……と言われてもよくわからない人にはよくわからないかもしれませんが、要はメイドカフェの派生の店舗です。
メイドカフェのコンセプトは一昔前であればメイドさんのいるお屋敷がコンセプトのカフェというのが一般的ではあったのですが、時代は流れて色んなコンセプトのカフェまたはバーが存在しています。
例えば、ケモ耳のコンセプトやサキュバスや魔法学院がコンセプト……など様々です。
なので現在ではメイドカフェやメイドカフェの業態に即したメイドではないコンセプトのカフェやバーもひっくるめてコンカフェと呼ばれています。




