26.その後の処理⊕
香月たちはその後、魔術空間を後にする事になった。ディヴィッドとの戦いの後、飛び散って残されていた肉片や触手などは、ディヴィッドの消滅によって跡形もなく消え去っていた。
結局、戦闘班の応援部隊の出番はなく、そのままディヴィッドが魔術工房としていたクリニックと逃走用のトラックの後処理を処理班と合流してこの事件の後片付けを一緒にする事となった。
やぶクリニックの方はフロア内に大量に居た屍鬼はロナルドに大半は殲滅されており、その残りは戦闘班に処理されていた。ディヴィッドの精神干渉魔術により支配下にされていた老医師は記憶処理の後に元の生活に戻させた。
元々、閉業したクリニックというのもあり、警察の鑑識に扮した処理班により魔術的な痕跡は隠滅。カバーストーリーとして「不法滞在の外国人犯罪者に占拠されていた」という噂を流布する事となった。
トラックの方は魔術空間から回収したディヴィッドの遺灰も含めて研究班の分析に回す事となり、精神干渉魔術で使役されていた運転手は記憶処理の後に解放された。
そうして、全てが終わった後に魔術空間を展開していたクレアやイヴの手当てをしていた清香とも合流して、香月達は満月亭に集合していた。無論、ロナルドとイヴも含めてだ。
「これで、一件落着だな」
ロナルドがしみじみと言った。すると香月も小さく同意するように頷いた。
「ああ、そうだな」
彼はそう言って肩をすくめた。そして続けて言う。
「これでディヴィッド・ノーマンという組織は壊滅したと言って良いだろ。何せ、リーダーが死亡したんだからな……」
「でも……」
イヴが不安げな表情を浮かべる。
「これで本当に終わったのかな?」
「さあ、な……。だが、幸いにもイヴの始祖人類の先祖返りとしての存在はあまり知れ渡っていないから、同じような事件が起きる事は無さそうだとは思う」
香月がそう返すと、イヴは安心したようにほっと息を吐く。
「そっか……なら良かった……」
「まあ、でも油断はできないけどね」
清香が口を挟む。それに同意するようにクレアが頷いた。
『そうだね……まだディヴィッド・ノーマンの残党が残っている可能性もあるし、他の魔術師が始祖人類の血や肉を求めて事件を起こす可能性だって否定はできないよ』
その言葉に一同は沈黙した。確かにその通りだと思ったからだ。だが──その空気を打開するかのように二階堂が言った。
「ここは、先手を打つ必要があるな」
「先手?」と香月が聞き返す。すると二階堂はそれに答えた。
「そうだ、先手だ。事後処理や偽装工作をする」
『具体的には?』
クレアが言う。すると彼は言った。
「まず第一に、イヴさんの情報を共有するのはこの作戦に関わった者だけにするべきだろう」
「というと?」
香月が聞くと、二階堂が続ける。
「まずは東京の日本本部への報告はイヴさんに関する情報を一部事実とは異なる内容にして提出する。魔術協会の人間からイヴさんを狙う者を出さない為だ」
『なるほど、それは良い考えだね』
クレアが賛同するように言う。そしてそれに同意するように清香やイヴも頷いていた。
「第二にディヴィッド・ノーマンの残党の処理だ。ダーレン・コールダー……我々が拘束したディヴィッド・ノーマンの影武者によれば、イヴさんの存在を知られたのは本物のディヴィッド・ノーマンだけらしい。だが、万が一その本物のディヴィッドが他の影武者達にイヴさんの存在を伝えていたのなら、その噂はディヴィッド・ノーマンという組織の中で伝播していく可能性はある。世界中の協会構成員に手配をかけて残党狩りをする事になるだろう」
「残党による更なる襲撃があるという事か。ならば、その件は世界中の検邪正省の面々にも対応させよう」
ロナルドが言う。するとそれに同意するように二階堂は頷いた。
「ああ、そうして貰えると助かるな」
『検邪正省が本当に動いてくれるかは不明だけど……』
クレアがぼやくように言うのにロナルドは眉根を上げた。香月が言ったならば、怪訝な表情を浮かべただろうが、クレアの言葉には柔らかさがあったのだろう。特に気に止めた様子もなく言う。
「相手は検邪正省としても討伐対象の魔術犯罪組織だ。早急に働きかけるさ」
そんなやり取りを見ながら香月はふと思い立った事を言った。
「そうだ、今後のイヴの護衛をどうするか考えなきゃいけないんだが……何か良い案とかあるか?」
そう聞くと、ロナルドが答えた。
「それなら、以前からと変わらず教皇庁がする事になるだろう」
「そうか。そうなると、護衛の人数を増やす感じか?」
「いや、それは逆効果だろう」と二階堂が香月に口を挟む。「むしろ少数精鋭の方が望ましいだろうな」
その言葉に香月は首を傾げる。するとそれに説明するようにロナルドが言う。
「彼女の所属する事務所のスタッフにも教皇庁の関係者が何名か派遣されている。精鋭揃いだ。少人数である方が何かと動きやすいものでな」
「なるほどな……」
香月が納得したように頷くと、二階堂もそれに同意する。
「そして、これが三つ目。これがするべき事の最後だ。イヴさんには活動再開の為の記者会見をしてもらう」
「記者会見?」と香月。「それは一体どういう理由で……?」
「理由は、一つだ。イヴさんの誘拐は連日ニュースで報道されるほど、世間での認知度が高い話題だ。そこで事件の経緯を魔術的な部分を隠した内容で説明してもらう。警察に潜入している魔術協会の構成員にも裏で動いて貰うが、その会見でちょっとした細工をする。彼女を見て始祖人類の先祖返りであると魔術師が思わないようにだ」
「そんな方法があるんですか……?」
イヴが目を丸くして驚くように言う。すると二階堂は自信ありげに頷いた。
「ああ、ある。しかも本当にちょっとした細工だ。魔術でも何でもない……な」
二階堂はニヤリと笑みを浮かべた。
◆
そして数日後、イヴの記者会見が行われる事になった。場所は都内にあるホテルの一室である。会見場にはテレビカメラや記者たちが所狭しと詰め掛けており、その中には記者に扮した清香と香月の姿もあった。
「では、これより本日行われる当社所属のモデル『EVE』による会見を始めます」司会進行役の女性がマイクを通して会場全体に呼びかけるように言った。「それでは、イヴさん。どうぞ」
その呼びかけに応じて一人の女性が壇上へと上がる。それはイヴだった。彼女は緊張した面持ちでマイクを手に取ると口を開いた。
『皆さんこんにちは』
彼女の挨拶に会場から拍手が起こる。それに軽く会釈して応えると、イヴは言葉を続けた。
『本日はお集まりいただきありがとうございます』
「まずは無事に活動を再開された事、心よりお祝い申し上げます。それではイヴさん、今回の事件についてとこれからの活動についてお聞かせ願えますでしょうか?」
司会進行役の女性が言う。するとイヴは少し考えてから口を開いた。
『そうですね──』
壇上で喋るイヴを見て、香月がふとした疑問を隣の席に座っていた清香にひそひそと投げかけた。
「なあ、結局どんな細工をしたんだ? 俺には全く変わらないように見えるが……」
「わからない? 本当にさりげない感じだけど、イヴちゃんの顔をよく見ればわかるよ」
そう囁いて、清香が双眼鏡を手渡してくる。言われた通りにそれを覗き込み、イヴの顔をよく見てみると違いはハッキリしていた。
白くて長い髪は相変わらずだったが、あの特徴的な赤い瞳の色が青に変わっていたのだ。
二階堂から提案された細工というのは、始祖人類の先祖返りである彼女の特徴を隠す為に瞳の色が青になるカラーコンタクトレンズを付けるという物だったのだ。そうして世間の注目度の高い事件だっただけに記者会見でメディア露出すれば、始祖人類の先祖返りであると気づく者はいなくなるだろうという話だった。
「なるほどな、確かにこれならバレそうにはない」
香月が感嘆するように言うのに清香は嬉しそうな顔をした。そして小声でさらに付け加えるように言った。
「イヴちゃんはこれからモデルの仕事に復帰して、また新しいファン層を獲得していくと思うから……これで一安心だね」
その言葉に香月も同意するように小さく頷いたのだった。
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