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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅰ 『EVE誘拐事件編』
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25.ディヴィッドとの決着

 ロナルドが香月の血を吸い終わった後、彼は大きく息をついていた。その顔色は先程よりもかなり良くなっているように見えた。

 

(吸血鬼にも血色ってのがあるんだな……)

 

 そんな彼の様子を見て、香月はそう考えていた。そこでロナルドに声をかけた。

 

「さあ、再開と行くか」

「言われなくとも。それで、何か策はあるのか」

 

 ロナルドが聞くと、香月は肩をすくめて答えた。

 

「いや、んなモンはねえよ」

「……は?」

 

 ロナルドが思わず間の抜けた声を出す。

 

「だからねえんだよ、策なんて」

 

 香月がそう言うとロナルドは(あき)れた表情を浮かべた。

 

「貴様……この状況でよくそんな事を言えたものだな」

「仕方ねえだろ?」

 

 そう言って頭を()いた。

 

「無策で突っ込むなんて、無謀以外の何物でもないぞ」

 

 ロナルドの叱責(しっせき)に、香月が肩をすくめる。

 

「無謀でもなけりゃ、道は切り開けねえ。覚悟が無けりゃ、その道も行き止まりだ。そうだろ?」

 

 そうして、香月が目の前の膨れ上がっていくディヴイッドの姿を見上げる。

 

「……まあ、でも。お前に血を吸わせたからこそな。ピンと来た事はあるんだよ」

 

 香月が言い、そしてニヤリと笑った。


「ディヴィッドも吸血鬼なのが手がかりだと思う」

「……ほう?」

 

 ロナルドが目を細める。

 

「見ろよ」

 

 そう言って香月がディヴィッドの方を指さす。そこには、膨張した肉体をなおも変化させ続けている怪物の姿があった。

 その人の原型すらなくなった身体は更に膨張を続けていて、そびえ立つ巨大な肉の壁にすらなろうとしていた。

 

「もう人型(ひとがた)の姿すら(たも)っちゃいねえ。イヴの始祖人類の血を──膨大な魔力を()れる為の器として、自らの身体をわざわざ古い術式で吸血鬼にしたんだろう。恐らく、あの魔術薬も急ごしらえだったんだ。奴はまだまだ実験段階の薬を使わざるを得ないほど追い詰められていた。それで見切り発車で不死身になろうとした。その結果があの姿なんだと思う」

「……つまり、どういう事だ?」

 

 ロナルドが聞くのに、香月が続ける。

 

「あのバケモンはな、イヴの血の魔力の膨大さに耐えきれて無いのさ。だから、あんなに膨張してるんだ。自らの肉体の形を(たも)てずにな」

 

「……フン」ロナルドが顎に手を当てて考える素振りを見せた。「つまりあの男の魔力容量は既に限界点を突破しているという事か?」

 

「ああ。今はまだ膨張し続けているけどな……このままイヴの血の魔力がアイツの中で膨み続けるなら、きっとアイツは自壊(じかい)する」

「……とすると、必要なのは時間稼ぎか。この満身創痍の状態だ。できるのか?」

「やるしかねえだろ」

 

 そう言って香月は肩をすくめてニヤリと笑う。

 

「やはり無謀だな。だが、良いだろう」

 

 その笑顔に釣られるようにして、ロナルドも笑みを浮かべた。そして二人はディヴィッドの方へと向き直った。

 

 ディヴィッドは既に全身のほとんどを異形の肉塊へと変えていた。皮膚を突き破ってはえてきた触手が地面に根を張るように蠢いている。まるで巨大な肉の(まゆ)のようにも見える。だが、その肉体から感じ取れる魔力量は未だ膨大だった。

 

「二階堂さん」

「ああ」

 

 香月と二階堂は目配せをして互いに距離を取る。

 ロナルドもまた同じように二人から距離を取った。そして彼は両手を頭上に掲げた。

 

「……闇よ!」

 

 その手からは漆黒の刃が形成されていく。その数は十、二十を超え──やがて百をも超える程になったところで、ディヴィッドが咆哮(ほうこう)した。

 

「ガアァァァッ!!」

 

 それと同時に肉塊(にくかい)の表面に無数の目のような物が現れる。それらは一斉にこちらを(にら)みつけると、一斉に襲い掛かってきた。

 それを香月と二階堂はそれぞれ別の方向へ飛び退くことで(かわ)した。

 ロナルドが手をかざすと無数の漆黒の刃がディヴィッドへと殺到する。それらは全て命中しディヴィッドの身体を切り裂いたかに見えたが、しかし傷はすぐに塞がっていく。

 

「やはりか……」

 

 ロナルドが呟く。ディヴィッドの身体からは触手が生え続け、そしてそれらは全て三人それぞれを狙って伸びていた。

 

「……そうはさせん!」

 

 ロナルドが手をかざすと、再び無数の刃が生まれ触手を切り刻んでいく。

 

「ガアァァ!!」

 

 ディヴィッドは絶叫を上げたが、それでも触手の勢いは全く衰えない。それどころか更に数を増やしているようにさえ見える。

 

「チッ……」

 

 ロナルドは小さく舌打ちする。

 

「ウオォォォォォォンッ!!」

 

 香月が咆哮を上げる。と、肉体がみるみる変化し人狼の姿へと変貌していく。その銀色の毛並みを持つ狼男はディヴィッドに突進していった。

 

「ああああッ!!」

 

 香月の無数の拳が肉壁に向けて放たれる。ディヴィッドはそれをまともに全弾喰らうが、香月に対して無数の触手を突き刺そうとしていく。だが香月はその攻撃を全て紙一重で避けてみせ、逆に爪や牙による攻撃を繰り出していく。そしてその度に肉塊は大きく形を変えていく。

 

 だが、それに怯まずディヴィッドの触手の一本が振るわれる。香月の身体を直撃し、彼を吹っ飛ばして地面に叩きつける。

 

「ぐあッ……!!」

魔力鎖牢(エナジーチェイン)ッ!」

 

 二階堂が魔術を発動させる。魔力の鎖がディヴィッドに絡みつくと、そのまま圧縮して抑え込もうとする。しかしそれもディヴィッドのみるみると膨張していく身体ですぐに破られてしまう。

 

 反撃とばかりに振るわれた巨大な触手が二階堂を薙ぎ払う。

 

「ぐっ……! 拘束し切れないか……!」

 

 吹っ飛ばされ、体制を立て直す。二階堂が小さく呟いた。

 ディヴィッドはなおも膨張を続けていく。既に肉塊の大きさは直径二百メートルを超えており、その体積はもはや計測すら困難になっていた。

 

「はぁ……はぁ……クソッ! (らち)が明かねえな……! 時間稼ぎだけじゃもうジリ貧になっちまう……!」

 

 そんな息も絶え絶えな香月の焦りを嘲笑うかのように、肉塊から触手が伸びる。その数は百を超え千に迫り……そして万にも届く程だ。

 一斉に襲いかかってくるそれを、三人は必死に避け続ける。

 

「ガアァァァァッッ!!」

 

 ディヴィッドが言葉にならない叫び声をあげて、その巨体を捻じる。勢いをつけて触手を三人めがけて叩きつけるように振るう。

 まとめて叩き潰してしまおうという事なのだろう。ロナルドと二階堂が咄嗟に地面を蹴って避けるが、香月は先程の直撃が効いてしまっていたのか反応が遅れてしまった。巨大な触手が香月に迫る。

 ロナルドと二階堂が叫ぶ。

 

「人狼ッ!」「大神!!」

「クソっ……! 避けきれねぇ……!」

 

 だがその時、香月に触手が届く寸前にディヴィドの肉体に変化が現れた。

 ディヴイッドの巨体がピタリと動きを止めたのだ。

 

「……何だ?」

 

 呆然と眼前に止まる触手を香月が見上げる。

 そうして変化は目に見えて起こり始めた。膨張を続けていた彼の肉体が徐々に縮み始めたのだ。それに伴い、触手の動きも鈍っていくように見えた。

 

「これは……」

 

 ロナルドは呟くと、ディヴィッドは更に変化を続ける。

 膨れ上がっていた肉は剥がれるように落ち、伸びた触手は崩れ落ちるように灰になって消滅していった。

 そうして、やがて彼の身体は元の大きさにまで縮小し、その姿には先程までのの異形の面影はなくなってディヴイッドは人の形を取り戻していた。

 

「……ようやく、終わったのか?」

 

 ロナルドが呟く。だがその時、香月が口を開いた。

 

「いや……違う」

「……何だと?」

 

 ロナルドは眉根を寄せた。それを見て香月は言う。

 

「奴は自壊するだけじゃ終わらねえ……まだ何か残してるぞ……!」

 

 そう言って(うずくま)るディヴィッドの方を指さした時──突如としてその身体が発光し始めた。それは赤黒く明滅する光だ。

 そのままディヴィッドが立ち上がる。口元をニタリと歪ませるような笑みを浮かべて。

 

「ククク……アハヒャ……ギャーハハハァッ‼︎」

 

 ディヴィッドが三人を嘲笑うように見つめると、高笑いを上げた。

 そうして掌を三人の方へ向ける。

 

「クッ……!!」

 

 三人が身構える。

 発光が激しくなると同時に、周囲に強烈な風が吹き荒れ始めた。ディヴィッドの身体から放射される魔力の影響だろうか。その発光する光は彼の魔力の高まりに呼応して徐々に大きくなっていき、そして突然弾けるように霧散した。それと同時にディヴィッドは絶叫を上げる。

 

「アギャァァァアアァァッ!!」

 

 次の瞬間──彼の肉体は内側から爆発するように四散し、肉片が周囲に飛び散った。それは地面に落ちるとすぐに灰化して砂塵のようになっていった。

 

「…………」

 

 三人とも呆然としていた。あまりに突然だったからだ。

 

「……終わった、のか?」

 

 ロナルドは呟くと、それに香月が頷く。

 

「ああ。そう……みたいだな……」

 

 香月が言う。その二人の様子を見て二階堂も安堵(あんど)したように息を吐いたのだった。

 そして香月は同時に変身を解くと、そのまま地面へとへたり込んだ。その肉体には大きな疲労感が残っており、息も絶え絶えといった様子だった。

 だがそれも無理からぬことだろう。何しろ既に一時間以上戦い続けていたのだから。

 

「ったく……疲れた……」

 

 香月は大きく息を吐くと呟いた。するとそれに答えるように笑い声がする。それは先程まで戦っていた相手の声だった。

 

「はは……ハハハハハ……ァァーッ!!」

 

 笑い声は次第に大きくなっていき、やがて絶叫へと変わる。

 その声を聞きながら、三人は顔を見合わせる。その声はまるでディヴィッドの持つこの世への執念そのもののように感じさせる程で、お互いに困惑した表情を浮かべたのだった。

 

 そんな彼らを他所(よそ)にディヴィッドの高笑いと絶叫の残響は魔術空間の中で響き続けた。

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