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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅰ 『EVE誘拐事件編』
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21.ディヴィッドとの再戦

 それから四時間後、香月とロナルドは共にクリニックの前に居た。

 そこは寂れた雑居ビルの一角にあり、看板には大きくやぶクリニックと書かれていた。

 

 午後七時。これはかりんが入手した街頭カメラの映像では定期的にディヴィッドが出入りしていた時間だった。

 

 クリニックの周囲は人通りが少なく、閑散としていた。ビルの正面入口にはシャッターが下ろされており、中の様子は伺えなかった。しかし裏手に回ってみると裏口があり、そこから中に入る事ができそうだった。

 

 裏口の扉は鍵がかかっておらず、すんなりと開いた。そして二人は慎重に中に入っていく。

 中には受付カウンターがあり、奥には診察室らしきドアが見えた。閉業しているクリニックの中だ、待合室のソファには誰も座っていない。照明が落とされ薄暗くなっているので余計に不気味さを演出していた。

 

 香月は先に進もうとした所をロナルドに止められた。

 彼は無言で顎で奥の部屋を指していた。おそらくその先にイヴが居るのだろうと判断して、香月達はその部屋へ向かうことにした。

 

 部屋に入るとそこにはベッドがあり、その上で女性が眠っていた。年齢は二十代前半くらいだろう。長い黒髪を後ろで一つにまとめている。シートが被せられてその身体の様子は見られないが、その顔色は悪く、生気を感じられない様子だった。

 

 ロナルドは女性に近付(ちかづ)き脈と呼吸を確認した。一通り確認を済ませて、力なく首を横に振った。

 

「死んでいる……」

 

 彼は小声で呟いた。

 

「……」

 

 香月も絶句する。そして彼に続いてベッドの方へ行き、女性の様子を恐る恐る伺った。

 その顔は青白く生気が感じられない。腹部から出血しているようで被せられたシーツに薄ら血が滲んでいるのが見えた。その血はまだ固まっていないようだ。

 

「この女性は一体……?」とロナルドが疑問を口にする。香月も「わからない」としか答えられなかった。

 

 シーツをめくってその身体を見てみる。すると腹部に大きな穴が空いていた。中身は抜き取られた後だろう、解体した痕にはガムテープで繋ぎ止めてある部分があった。

 

 そのあまりにも凄惨(せいさん)な状況に香月は吐き気を覚えた。ロナルドも口を押さえている。

 

「うっ……」

 

 香月はたまらず嗚咽(おえつ)をもらす。

 

「酷いな……」

「……ああ」


 香月がなんとか吐き気に耐え、返事をする。


「恐らく、ディヴィッドの野郎は臓器密売もしてるんだろう。金になるなら見境なんてありゃしねえ……」

 

 そんなやり取りをしている中、不意にどこからか物音が聞こえてきたような気がした。二人は顔を見合わせる。物音の主を探すべく周囲を見回すが何も見つからなかった。

 

 すると今度ははっきりと聞こえた。それは足音のような音だった。

 

「誰だ!」

 

 ロナルドが叫ぶ。しかし返事はない。二人は警戒態勢に入った。

 香月はいつでも迎撃できるよう、拳を構えた。

 すると物陰から何者かが飛びかかってきた。それは人型の何かだった。

 

「!?」

 

 油断だった。咄嵯(とっさ)に避けようとするが間に合わず、その何かの腕が香月の首に掴みかかる。その力は強く振り解く事が出来ない。香月は首を締め付けられ呼吸を封じられてしまう。

 

 これでは魔術を発動させる事ができない。必死に抵抗しようとするも虚しく意識を失ってしまった。

 

「人狼ッ!」


 ロナルドは叫ぶ。そしてすぐに銃を構えて発砲した。銃弾は人型の何かの腕に命中したが効果はないようだった。

 人型のそれは怯む様子すらなく、そのまま香月を床に押し倒した。

 

「くそっ!」

 

 ロナルドは更に発砲する。しかし放たれた銃弾は再度人型に命中したがその動きは止まらない。

 

「なんだと……?」

 

 そして人型のそれは、香月の首を締めながら、ロナルドの元へと近付いてきた。

 

「くっ……!」

 

 ロナルドが口元で何かを唱え、足元から黒い霞が浮かび上がる。それは刃を形成して人型の何かの腕を貫き突き上げる。

 香月を手放したそれは、方向を変えて悲鳴のような叫びを上げながらロナルドに飛びかかろうとするが──

 

「……(めっ)せよ」

 

 (おごそ)かに呟く。その声に応えるように、無数の黒刃が人型を襲い、切り裂き、貫いていく。

 そして最後に残ったのは人型の残骸だけだった。ロナルドはそれを確認すると香月の元へ駆け寄る。

 

「人狼、貴様この程度で死ぬつもりか!」


 呼びかけながら彼の身体を揺する。

 

「ゲホッ……うっ……」

 

 香月が目を覚ます。そして咳き込み、肩で息をする。その様子を見、安心したのかそうでなかったのかロナルドが息をひとつ漏らした。

 

「全く、不甲斐(ふがい)ない奴だな貴様は」

 

 ロナルドが毒づく。香月は息を整えつつ、その言葉に悪態を返す。

 

「うるせえよ……」と彼は身体を起こす。

「……何だったんだ、アレは」

 

 呟くように問う香月に、ロナルドは答える。

 

「恐らく、屍霊術の類だろう。屍鬼(しき)化された死体だ」

屍霊術(しりょうじゅつ)……」

 

 そういえば、作家先生の自宅から回収した魔術書がその屍霊術(しりょうじゅつ)が書かれたそれだった事を思い出した。出所がディヴィッドによる闇オークションである事を考えると、ディヴィッドによる仕業である可能性が高いだろう。

 

「まったく、魂に対する冒涜(ぼうとく)だ……」

 

 吐き捨てるようにロナルドが言った。

 

「ああ、本当にな……」

 

 香月も同意する。


「ディヴィッドの奴は、本当にロクでもないな。何でもありかよ……。こんなのが大量に発生して街に出ようもんなら、魔術協会(おれたち)にとっては災害級の事件になっちまう……」

 

 香月は立ち上がり、周囲を見回す。臓器を抜き取られた女性の死体と、人型の残骸が転がっているだけだ。他には何も見当たらない。

 

「……今は未来(みら)の救出が先だ。ここに居る事は間違いない筈だ」

「ああ……そうだな」

 

 ロナルドの言葉に香月は頷く。そして二人は今いる部屋よりも奥の部屋へと向かった。

 そこは診療室のようだった。部屋に入るとその奥にはベッドがあり、その上にイヴが横たわっていた。彼女は眠っているようで、静かに寝息を立てているようだった。だがその隣には、ディヴィッドが佇んでいた。

 

「よう」とディヴィッドは香月達に声をかける。「遅かったなァ。もう来ないかと思ったぜ。ようこそ、俺の魔術工房へ」

 

 余裕そうな笑みを浮かべて彼は言った。

 

「イヴを返せ」


 香月が静かに言い放つ。しかしディヴィッドはその言葉をあざ笑うかのように、こう続けた。

 

「返す? なんだそりゃ……俺は『返してやるよ』なんて一言も言ってないぜェ? ま、俺はわざわざこうやって出向いてお前らを茶化しに来てるだけだが」

 

 嘲笑(あざわら)うように言うと、ディヴィッドは眠っているイヴを肩に担ぎ上げた。その言葉を聞いてロナルドがディヴィッドを睨みつけた。


「……貴様……!」

「ま、テメェらはここで死ぬんだ。俺がこの女を連れて日本を脱出する前の余興(よきょう)として、俺を楽しませてくれよ」

 

 そう言って、ディヴィッドは指をパチンと鳴らす。それと同時に、ぞろぞろと屍鬼(しき)が部屋を埋め尽くすように現れる。

 

「これは……」

 

 香月が呟く。

 

「ここで解体した人間達の残骸(ざんがい)で作った屍鬼(ゾンビ)だ。さて、どうする? まあ選択肢なんて無いんだけどなァ!」

 

 ディヴィッドが言い放った瞬間、一斉に二人に襲い掛かってきた。

 ロナルドは即座に銃を構えると何やら口の中で呟いて、引き金を引く。銃口から放たれた弾丸は、ロナルドの周囲に漂う黒い霞を吸い込むようにして屍鬼達へ向かっていく。そうして、命ずるようにロナルドが呟く。

 

(はじ)けろ」

 

 すると、黒い弾丸はまるでショットガンの弾のように無数の弾丸へと分裂し周囲の屍鬼を次々と撃ち抜いていった。しかしそれでも数が減らないどころかどんどん増えていく一方だった。

 このままではキリがないと判断したのか、彼は舌打ちをする。

 

「クッ、キリが無い……」


 彼は呟くと、今度は無数の黒い刃を出現させた、それが屍霊達を次々と切り裂いていく。しかしそれでもやはり数が減らない。

 

 香月は拳を構えると人型の一体に狙いを定めてその顔面を殴りつける。周囲の人型もろとも巻き込むように横薙ぎに回し蹴りを放つ。鈍い音と共に人型のそれらは壁まで吹っ飛んだがすぐに立ち上がり再び襲い掛かってくる。

 

「クソッ! こいつらが邪魔でディヴィッドに近付けねえ!」と香月は悪態をつく。

「退けッ! 人狼!」

 

 ロナルドが叫ぶ。香月は咄嗟(とっさ)に飛び退くと、そのすぐ後に彼の放った弾丸が屍鬼(しき)の群れを()(はら)った。

 

「今だ!」

 

 ロナルドが叫ぶのに香月がそれに(こた)えるように走り出した。

 

「ディヴィッドォォォッ!!」

 

 香月が叫び、ロナルドの攻撃で出来た屍鬼(しき)の群れの隙間(すきま)をかき分けるように、ディヴィッドの元へ突き進む。しかしそれを阻むように屍鬼(しき)達が立ち(ふさ)がったが、香月はそれらを殴り、蹴り飛ばして振り払っていく。

 

「おー、頑張るねェ。だが、そりゃ無駄な努力だぜ」

 

 そう言うと、ディヴィッドは懐からペンダントのような物を取り出した。恐らく、空間跳躍魔術を使えるようにする魔道具だ。それに嵌められた魔石には何かしらの魔術的な刻印がなされているようだ。

 

「じゃあな、お二人さん。この始祖人類の先祖返りの女は貰っていくぜェ」


 ディヴィッドはそう言うと、魔石に魔力を込めるようにそれを握り込んだ。

 

「今度は逃がさねえ‼︎」

 

 香月は屍鬼(しき)の群れを飛び越すようにして、ディヴィッドに手を伸ばす。

 魔石が青白い光を放ちだしたその時、香月の指先がディヴィッドの抱えるイヴの身体に触れた。

 

「捕まえたッ‼︎」

 

 香月はイヴの腕を(つか)んだ。その瞬間、視界が(ゆが)み、(あた)り一面が漆黒(しっこく)に染まった。

 ディヴィッドの空間跳躍魔術が発動した。

 Tips:『屍鬼(しき)


 屍鬼とは屍霊術(しりょうじゅつ)によって生み出された生ける屍である。生者を襲い、その屍を喰らう習性がある。

 吸血鬼との違いがあるとすれば、生前の記憶を持たず自我も持たない点にある。屍鬼は単なる動く死体であり、生前の感情や思考、個性は一切残されていない。その存在は、屍霊術の術者によって操られるか、あるいは飢餓本能だけで動き回る無差別な殺戮者として振る舞う。


 吸血鬼が生前の記憶や高い知性を保ちながらも、不老と半永久的な不死を得た存在であるのに対し、屍鬼はそのような高等な特徴を一切持たない。

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