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【第三章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅰ 『EVE誘拐事件編』
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1.プロローグ

『──現場のリポーター、紺野(こんの)です。事件は本日午後六時頃、EVE(イヴ)さんの自宅のあるマンション前で発生しました。現場は人通りもまばらな住宅街で起こりました。目撃者の証言によりますと、EVE(イヴ)さんはマンションのエントランスを出た直後、突然現れた黒いワンボックスカーから降りてきた複数の男に無理矢理車に押し込まれました。犯人たちはそのまま車で現場を急速に離れていった模様です』

『紺野さん、警察の対応はどうなっているのでしょうか?』

『警察はすでに捜査本部を設置し、監視カメラの映像や目撃者の証言を元に、犯人の特定とEVE(イヴ)さんの無事な救出に全力を挙げています。また、周辺の交通網を規制し、車両の捜索を(おこな)って──』

 

 山田がふとテレビに視線を向けると流れていたのは報道番組だった。

 最近、化粧品の広告で起用されてSNSなどでもちょっとだけ話題になっていた売り出し中で駆け出しのモデルだ。その彼女が誘拐されたというニュースが報道されている。

 

 自分が本業である小説を書く(かたわ)ら、副業でエッセイを連載している雑誌。それに何度かその子のグラビアが掲載されていたので彼女の存在は何となく知っていた。

 

 印象的だったのはその容姿だ。雪花石膏(アラバスター)のような透き通った肌、淡雪のようなホワイトブロンドの髪、兎を思わせるような赤い瞳。

 もしかしたらその姿はカラーコンタクトやウィッグなどでイメージを作られた人工的な物なのかもしれない。だが、「雪の妖精」と冠されていたその数点の写真の中での(はかな)げで繊細な美しい姿に思わず息を呑んだほどだ。

 

 本人と面識がある訳ではない、しかし頭の片隅にそんな些細に記憶が残っている程度には存在を認知していた。そんな彼女がどうしてそんな目に遭っているのか。

 

 彼女らしき人物が自宅マンションを出た後、数人がかりでワンボックスカーに押し込まれるという街頭カメラの映像が画面には流されていた。

 その報道を眺めているだけの側の人間にはそうなった理由など到底わかりはしないだろう。それにテレビの向こう側の出来事であるから関われもしないだろうが、野次馬的な意味合いも含めてでも興味がかき立てられる物ではあった。

 

 理由のわからない物があれば、それを想像で埋めようとするのは人の(さが)みたいな物だと思う。知りたいと感じた物については追い求めてみたくなる。

 少なくとも作家としてそんな性分(しょうぶん)をしている自覚を山田文雄(やまだふみお)はしていた。

 

 そして今、応接セットのテーブルを挟んで目の前にいる自分よりも干支一周(えといっしゅう)分は若いこの男も恐らくは同じ性分をしている人間なのだろう。


 歳は二十歳そこそこに見える。パーカーの上にスタジャンを羽織った姿のこの青年の名は大神香月(おおがみかづき)と言った。自分で事務所を構えて便利屋という探偵の隣のような仕事をしているらしい。

 彼が聞き込みを重ねて山田の元に辿り着いて接触をしてきたのは、山田がつい先日手に入れた歴史的史料を見せて欲しいという理由からだった。

 

 それは作家を生業(なりわい)としている中で繋がった縁が巡り、招待される事となったとあるオークションで落札した品だった。

 彼の依頼者(クライアント)からとある物を探し出して欲しいという依頼を受けているらしかったが、山田の持っている物がそのものなのではないかという話らしかった。

 

 中世の時代、異端審問や弾圧から身を隠すように存在したとされる魔術師達。そんな彼らが作り上げてきた儀式や秘術の数々を書き記したとされる魔術書。

 それを探し出して欲しいという依頼を受けているという話を聞いている。

 

「これが君の依頼者が求めている物なのかどうかはわからないが──」

 

 山田が報道番組の映像から視線を戻して、この事務所の壁面にずらりと並んだ本棚の内のひとつを一瞥(いちべつ)する。ソファから立ち上がると、その魔術書を棚から取り出した。

 

 その古ぼけた表紙には金糸などで装飾されており見た目にも豪奢(ごうしゃ)な雰囲気をしていた。

 

 その中身は全てのページが羊皮紙で作られており、それに手書き文字で文字や何らかの幾何学的図が記されている。

 活版印刷ができた時代よりも以前の、本が高級品だった時代の古い物だ。

 

「そうですね……」手渡された大神が魔術書をパラパラとめくって目を通す。「確かに。これはクライアントが探していた魔術書に違いないです」

「大神さん、君の依頼人はこれを手に入れられるならいくらでも出すと言っていたようだが……。これにそんな価値があるのかい?」

 

 素朴な疑問を投げかけると大神が頷いた。

 

「これはわかるだけでもざっと百年以上前の骨董品ですよ。どうやってこれを?」

「作家同士のツテでね。とあるオークションに参加したんだ。招待制の」

「ああ、それならわかりますよ。この魔術書みたいな歴史的な史料になる物から、オカルトじみたまじないの道具まで出品されている。そのオークションで手に入れた物は本当に効力があると一部で噂になっていますね」

「ええ、その噂のオークションですよ」

「なるほど」


 そう言うと、大神がひとつ嘆息した。


「山田先生、貴方はとんでもない場所に足を踏み入れて、手に入れてはいけない物を手に入れてしまいましたよ。」

「? どういう事だい?」

「幸い、貴方はこれの真の使い方はわかっていないようですが、これを持っているだけでもこの世界の真実に触れてしまう可能性がある」

 

 大神がジャケットのポケットから何かを取り出すとそれを垂らして見せてきた。青く澄んだ宝石があしらわれたペンダントだった。

 

「この世界の真実?」

「その一端をお見せしますよ。このペンダントをよく見ていて下さい」

 

 言われた通りに、彼の右手から下げられたペンダントを注視する。大神が何やら口の中で言葉を呟くと、その青い宝石から目も眩むような光が発せられた。

 

「これは……?」

「魔術、ですよ」


 そう言い、一呼吸置く。


「貴方はいずれこの魔術書に書かれた儀式を解読し実行するかもしれない。もしそれが中途半端にでも上手く行きでもしたら、貴方は魔術の実在を知ってしまう。それだけならともかくその力を制御できずに命を落とすかもしれない。最悪、この魔術書を奪いに現れた魔術師によって殺されるかもしれない。これを持っていたらそんな危険が貴方に降りかかる」

「やはりこれは本物の魔術書なんだね!」

 

 山田が身を乗り出すように言うと、大神が静かに頷いた。

 

「そう、本物なんですよ。この現代世界で魔術という存在は隠されているんです。そして、これは──」一拍置く。「これは、貴方のようなこの世界で知る権利を与えられていない人間から魔術の記憶を消す為の物です」

「記憶を? 君はいったい……」

「教えといてあげましょう。我々は魔術協会。この世界の真実を隠匿(いんとく)する者」

 

 ペンダントが放っていた光が収束する。その瞬間、山田はまるで立ちくらみでもしたように意識が遠のいていくのを感じた。ぼんやりとした意識の中、先ほどまでの丁寧な口調から一転してラフな口調で話す大神の言葉が聞こえた。

 

「ま、この話もぜーんぶ。アンタは忘れちまうんだけどな」

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