17.金を生む『工場』
イヴが目を覚ますとそこは、見知らぬ古びた病院の手術室だった。
なぜ自分がここにいるのかわからず混乱していたが、手足をベルトのような物で手術台らしき物に拘束されているのがわかった。
「……ッッ‼︎」
声を出そうにも上手く身体に力が入らなく、感覚がない。上手く、声が出ない。
眼下を見下ろすと白衣を着た老齢の医者がいた。自分の右腕から繋がった管から黙々と血を採っている様子が見える。
その医者はイヴに目もくれず、淡々と採血を続けている。その瞳は虚ろだった。
「よう、目が覚めたかお嬢ちゃん」
医者が居る方向とは別の所から男の声がした。イヴは視線だけを動かして声の方向を見る。そこには、ツーブロックの髪型をオールバックにした赤髪の男が居た。
前に自分を誘拐したデヴィッド・ノーマンを名乗った男と同じ見た目だが、その彼よりもだいぶ老けて見える。しかし、その容貌を見るにとある言葉が脳裏に浮かぶ。
(デヴィッド・ノーマン……?)
イヴがそんな思考を巡らしていると、男はイヴにゆっくりと近づいてきた。
「意識が戻ってなによりだぜ。会えて嬉しいぜ、『始祖人類の先祖返り』伊深未来ちゃん。たまたま日本に来てなかったらこの機会を一生流してただろうなァ」
ニヤリと笑いながら男が言った言葉にイヴは困惑する。なぜこの男は自分の本名を知っているのか?
「不思議そうな顔してるな、まぁ無理もねぇか」
「……」
「……あーそっか。そういえば喋れないんだったな、忘れてたぜ。まぁ俺が今から話す事を耳の穴かっぽじってよ〜く聞け?」
男は手術台の横でしゃがみ込むと、イヴの横顔を見据えながらそう語った。
「俺は秘密結社『デヴィッド・ノーマン』のリーダー、お前を最初に攫った奴とは違う本物のデヴィッド・ノーマンだ。よろしくなァ」
そう言って、男はにんまりと笑った。
「んん〜ッ! んんッ!」
イヴが言葉にならない声を上げる。その目は動揺で左右に揺れている。
「何だよ、私にこんな事をしてどうするつもりだ……ってか? ま、お前を攫った俺の影武者と一緒だよ。いや、俺の場合は便乗だな。先走ってお嬢ちゃんに手を出した影武者の手柄をなァ……横取りしてお前を売って金儲けしようとしてるって所だ。もっとも、魔術協会にあっさり自ら捕まっちまったアイツとはちょっと違うやり方だけどなァ」
そう言い、デヴィッドはクックッと笑う。
「お前の身体を色々と調べさせて貰った。異常な自然治癒能力、とんでもなく強大な魔力を有した肉体。こうやってお前の身体から血を抜けるようにするのにちょいと苦労したぜ。俺が持ってる資材からその治癒能力を抑制する魔術薬を生成するのには」
「ッッ……」
「ま、お前が目覚める前に身体の血を採取できたのは幸いだったぜ。お前の血は貴重な『始祖人類の先祖返り』の血だ。知ってるか? 魔術を行使する為に使われる魔力の源というのは生命力。つまり、身体の中に流れる血液だ。コイツを魔術の媒介として魔術師どもに売り飛ばせば、俺は世界を掌握できるほどの大金持ちになれる」
「……ッ!」
イヴの脳裏に、自分を最初に誘拐したデヴィッド・ノーマン──恐らくこの男の言い分を信じるなら彼は偽者なのだろう──が語った言葉が蘇る。
『この女の血には莫大な魔力と魔術的な価値がある。神に等しい始祖人類の生まれ変わりの血と肉は魔術師にとって、至宝なんだ』
イヴの心臓が早鐘を打つ。
「ご想像の通り、お前を欲しがる魔術師どもはごまんといるぜ。俺や俺以外のはぐれ魔術師に魔術協会の魔術師ども、他の秘密結社を組織してる奴等もこぞってお前を奪いに来るだろうよ」
デヴィッドはクックッと笑いながらイヴを見据える。
「だがな、俺は影武者みたいにお前の肉体を一気に売り払うなんて事はしない」
「……ッ?」
「俺はな、始祖人類の血を売り捌いて恒久的に富を得続ける。お前には金を生む『工場』になってもらうのさ」
「ッ、ッッッ!」
「だから俺は、お前を生かし続けてこうやって拘束して血を抜いてるんだ。俺が利益を独占する為にな」
そう言って、ディヴィッドは立ち上がると拘束されたイヴの胸に手を触れた。
「ッッ!」
「心配するなよ。俺はお前みたいなガキには興味はねえんだ。お前に求めてるのは俺の為に金を生んでくれる事だけだ」
ディヴィッドが自分に向けてしてくる弄ぶ行為にイヴが身をよじろうと抵抗するが、拘束されている上に何か薬を盛られているせいか力が入らない為大した抵抗はできなかった。
「ッ……!!」
イヴの顔が羞恥で赤く染まる。キッとディヴィッドを睨みつけるが、彼はそれを嘲笑うように見下ろしていた。
「フフッ、怖い顔すんなよお嬢ちゃん」
ディヴィッドは笑いながらイヴの胸から手を離すと、イヴの頬を優しく撫でた。
「そう睨むなって。俺とお前で莫大な金を産んでいこうぜ。金は正義だ。正義の前では善も悪もねえ。まあ、その金は全部俺の懐に入るんだけどな」
「ッ……」
「さて、俺はそろそろお暇するぜ。これから忙しくなるからな」そう言ってデヴィッドはイヴの頬から手を離した。「じゃあなお嬢ちゃん。また来るぜ?」
そう言い残してディヴィッドは手術室から出て行った。
(……)
一人残されたイヴは唇を噛み締める。その目には強い意志が宿っていたが、その瞳には涙が滲んでいた。