16.影武者
翌日、香月はジェイムズから満月亭に呼び出された。
「すまないなカヅキ、また呼び出してしまって」
満月亭の中に入るとまずジェイムズが詫びる言葉を言ってきた。そんな言葉を投げかけられて、香月は首を横に振る。
満月亭に呼び出されるのはいつもの事だ。
「いや、構わないが……どうかしたのか?」
香月がカウンター席に座る。ジェイムズが説明を始めた。
「デヴィッド・ノーマンの取り調べは終わったんだ、ある程度わかった事があってな」
ジェイムズは肩をすくめる仕草をした。
その表情は何やら尋問は思うような方向に行かなかったような雰囲気をしていた。
「何がわかった?」
香月が聞くと、ジェイムズは頷いて答えた。
「ああ、ディヴィッド・ノーマンの正体についてだ」
「……正体?」
「ああ、あの我々が拘束したデヴィッド・ノーマンを名乗った男……本名はダーレン・コールダーというらしい」
「ダーレン・コールダー……知らないな。そいつは有名な奴なのか?」
香月が聞くとジェイムズがかぶりを振った。
「まず結論から言おう。奴はディヴィッド・ノーマン本人ではない。まったくの別人だ」
そう言って、ジェイムズが二枚の写真を取り出した。
それは縄で縛られたディヴィッドが写っている写真が一枚、もう一方は魔術協会の正装を着た黒い髪の男の写真だった。
「この写真は?」
香月が聞くとジェイムズが答える。
「我々が拘束したディヴィッド・ノーマンを名乗った男だが、彼を取り調べした際に顔写真を撮ってな。探りを入れたら協会のデータベースからその男の昔の写真がヒットした」
ジェイムズがバーカウンター上でその写真を滑らすように香月へ渡す。香月がその写真を見比べながら言う。
「何か引っかかっていたんだ……。あいつの口ぶりからもしかして、自分の属する組織の連中を出し抜いてイヴを独占しようってしてるんじゃないかって……ボスにも渡さないみたいな事も言ってたしな。そんな雰囲気の話し方をしていた」
「そりゃ、当たりかもしれんな」
ジェイムズはそう言いながら、別の資料を取り出して香月に手渡した。香月がそれを受け取って聞く。
「これは?」
「そいつの経歴だ」
ジェイムズは答え、そして続ける。
「ダーレン・コールダー、元魔術協会所属の魔術師だ。問題児だったらしい、三年前に魔術協会を脱退している」
「……元?」
香月が聞き返すとジェイムズは頷いた。そして話を続ける。
「ああ、奴は魔術協会から追放されたんだ。理由は……まあ、分かるだろう? ディヴィッドと同じさ。奴は自分の目的の為に協会の規律を破ったんだ」
「ふーん……。で、ダーレン・コールダーはディヴィッド・ノーマンに成りすましてイヴを手に入れるつもりだったと?」
香月の言葉にジェイムズがかぶりを振った。
「いや、成りすましというよりアレはデヴィッド・ノーマンの影武者だったようだ。イヴさんが見たと証言したのも恐らくダーレンだろう。魔術を使ったキツめの尋問……と言えばわかって貰えると思うが、それでダーレンに色々と自白させた」
要は魔術による拷問といった具合だろう。何せ尋問を担当した戦闘班は武闘派揃いだ。想像を絶するような生き地獄を味わされたに違いない。
「ディヴィッド・ノーマンは一人ではない。今回の影武者であるダーレン・コールダー含め、ディヴィッド・ノーマンを名乗っている人物は複数人いるという事らしいんだ。それらが一つの組織を結成していた。それが神出鬼没のオークショニアと、ディヴィッドがそう呼ばれる要因だったのはそれだ」
「ふーん……」
「そして、ダーレンは他のディヴィッド・ノーマンを名乗る人物達に抜け駆けをするようにイヴさんを奪い返しに来た。それでまんまとおとり作戦に引っかかってくれた。それが事実のようだ」
「なるほどな……じゃあ、本家本元のディヴィッド・ノーマンは?」
ジェイムズが首をまたもや横に振った。
「不明だ。もしかしたら日本に居ないかもしれない。またはその逆で日本に居るかもしれない。ともかくダーレン・コールダーは本物のディヴィッドを出し抜いてイヴさんの拉致を実行していたようだ。拉致した後は彼女をオークションに出すつもりでな」
「本物のディヴィッドはこの事を把握してない可能性は?」
「わからん。だが、イヴさんの存在を把握されていた場合はこれで一件落着とは行かないだろう」
「そうか……その場合、まだ終わりじゃないな」
香月が言うとジェイムズはそれに頷いた。
「ああ、寧ろまずい状況になったと推測しても良いだろう。影武者が連絡を途絶した事で組織としてのディヴィッド・ノーマン側に魔術協会の関与がバレてしまっていると考えても良いからな。今後、もし本物のディヴィッド・ノーマンが関与してくるならどう動いてくるかの予想がつかない」
「ああ……厄介な事になったな……」
香月は頭を抱えた。
「まあ、その件については出来る限りバックアップするつもりだ」
そう言ってジェイムズは香月の肩を軽く叩いた。
「すまない、ジェイムズ……」
「気にするな。囮作戦を計画したのは俺だ。ただ、これで相手の正体が少し掴めたというだけでも収穫だったと考えておこう」
「ああ、そうだな……」
「それで、ディヴィッド・ノーマンの影武者の一人ダーレン・コールダーだが……奴はイヴさんが始祖人類の先祖返りとして高値がつく事を知っていたようだ。金に目が眩んだんだろうな。まあ、本人の供述によるとだが…… 莫大な売り上げを挙げてそれを持って組織から抜ける算段をしていたようだ」
ジェイムズが言うと香月はため息をついた。
「なるほど……道理で執拗にイヴを狙う訳だ」と香月が納得したように呟く。
「まあ、そういう事だ。ダーレン・コールダーはイヴさんを手中に納めるのに躍起になっていたようだ。そして彼女を拉致してオークションで目玉商品として売り捌く……全てが上手くいく算段だったが、何者かの邪魔が入った。それがお前だカヅキ」
ジェイムズが香月を指差した。
「俺がか?」
香月が言うとジェイムズは頷いた。
「そうだ、お前がイヴさんを助けたおかげで状況が変わった。そして今に至る訳だな」
「ふーん……なるほどね……」
そう香月が言ったその時だった。満月亭の入口の扉が矢継ぎ早に四回ノックされる音が聞こえてきた。
「何だ? 慌ただしいな。『開いてるよ』」
ジェイムズがこの魔術空間への入口の解錠の言葉を口にすると、それがトリガーになって店の内鍵が開かれた。店の扉が開かれて誰かが慌ただしく入ってきたようだ。それは息を切らして服もボロボロになった清香だった。
「支部長! 大神君!」と清香が叫ぶ。
「清香! どうした、何があった?」
ジェイムズが聞くと清香はこう答えた。
「イヴさんが……イヴさんが……」
それを聞いた瞬間、香月は立ち上がって声を上げる。
「イヴがどうしたんだ!?」
すると清香が言った。
「イヴさんが攫われました!」
その言葉に香月とジェイムズは顔を見合わせるのだった。