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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode EX『現代魔術は隠されるべきではない?』
162/164

中編

──名古屋市・栄二丁目。深夜0時。


 ビル群の隙間を抜ける夜風が、一瞬だけ冷たく震えた。

 地上ではネオンが瞬き、人々は誰も知らぬままに夜を消費する。その足元で、その異常はすでに進行していた。


 アスファルトの下──地下鉄の配線、通信ケーブル、排水路が縦横に走る。都市は精密機械のように脈打ち続けるが、その鼓動が今、歪みを帯び始めた。

 だが今、その鼓動が変わり始めていた。

 街の片隅で、地面に焼きついた何かからかすかな光が滲み出していた。

 それは瞬く間に歩道を、交差点を、そしてビルの外壁を走り抜け──

 街全体が、一つの巨大な魔術陣へと収斂(しゅうれん)していく。まるで都市そのものを供物(くもつ)に捧げるかのように。


 タワービルの屋上に一人──白い外套の男がいた。夜風を切るように静止し、目は満月に向けられている。

 背後に並ぶ数十名の魔術師たち──その胸には、同じ印が刻まれていた。


 Ω(オメガ)。


「終末」を意味する公開派がシンボルとして選んだ紋章だ。

 彼らはこの夜、世界の「隠蔽」に終止符を打つために集った。きっかけはダークウェブに流出し、魔術界を震撼させたあの動画だ。

 かつて横浜での魔術協会の作戦によって滅ぼされた、カルト宗教団体「神の檻」。彼らは、その残党だった。

 その中心人物の男はゆっくりと空を仰ぐ。男の名は天草真矢(あまくさしんや)と言った。

 

 満月が雲間から姿を現し、白光が瞳に宿る。その虹彩の奥で、人の物ではない赤い何かが蠢いた。


「……どこかで見ているか、我々を。なあ、大神香月」

 

 低く響く声が、風よりも鋭く夜を裂いた。

 

「いや、我々の神を(ほふ)った──人でありながら神格の祝福を受けた器よ」


 口元にわずかな笑みを浮かべる。

 天草真矢は、右腕の袖を押し上げた。

 そこには黒い脈が網のように走り、皮膚の下で光が蠢いている。

 人の肉体が、神胎の細胞に侵されつつあった。


「お前が証明したんだ。人は、神域に至る事ができると──」

 

 彼の声は、祈りにも似た狂気を孕んでいた。彼を取り囲む周囲の人物達へ見せつけるように右腕を掲げ、更に声を張り上げる。


「見よ、神胎の細胞だ……! 神の檻で培われた研究の結晶……、これこそが神域への進化の鍵……! これで人間は禁域を越えるのだ……ッッ!」


 天草の背後で、魔術師たちが一斉に詠唱を開始する。風が止み、街の灯がひとつ、またひとつと消えていく。


 天草が掲げた右腕から、赤黒い閃光が弾けた。それは神の檻の地下神殿の奥で教祖オル・カディスが得た「世界を捩じ伏せる魔力」と同じ。彼が放った魔力は世界そのものに干渉しようとしていた。


 轟音と地鳴り。名古屋の地に広げられた広大な魔術陣が点火する。


 名古屋のメインエリア──その周辺の空気が、軋むように歪んだ。

 ビルの輪郭が揺らぎ、現実の層が薄皮のように剥がれていく。都市の上に、もうひとつの都市が残影のように重なる。

 人の世界と、高次の──彼らの言葉を借りるなら神の領域が干渉を始めた。


 天草は笑った。

 その笑みは熱狂でも勝利でもなく、救済を信じる者の祈りに似ていた。


「見せてやるぞ……人類が神を超える、その瞬間を!」


 黒光が天を貫き、夜空が裂けた。

 月が血のように染まり、街が沈黙に包まれる。


 その瞬間、名古屋という都市は、天草という男の意志──いや、狂気に飲み込まれた。


     ◆


 その瞬間、街の明かりが一斉に瞬いた。

 看板のネオンが断続的に明滅し、ビルの壁面に映る広告映像が一瞬、無数の幾何模様へと崩れた。

 同時に、地面を這うような低い振動が走った。

 清香の足元で、焦げた魔術痕が微かに光を帯び──まるで呼吸するように、淡く脈動し始めた。


『一条、そこを離れろ! ──今すぐ!』


 二階堂の叫びが無線越しに響いたが、その声は雷鳴のような轟音にかき消された。

 次の瞬間、名古屋の上空に、誰かの意志が──いや、禍々しい膨大な魔力が顕現した。

 それは光でも闇でもなく、ただ、言葉にならない圧力──見えざる悪意の波とも言えた。


 人々は気づかぬままに空を仰ぎ、スマートフォンを構え、歓声を上げる者さえいた。

 だが清香の目には、それが祝福ではなく、世界が崩壊し始める瞬間にしか見えなかった。


 無線が途切れ途切れに、三浦の声を拾った。


『……都市規模の……クソッ、発動させやがった……避難を……』


 そして、清香の瞳に映った。

 ──夜空を覆うように広がる巨大な魔術陣の紋様が、街全体の灯を飲み込む瞬間を。


「こんなの……協会の前例になんて無かった……これは──」


 雨が止んだ。

 代わりに、耳鳴りのような沈黙が街を満たす。


「大規模な……魔術テロ──!?」


 清香が呟いた瞬間、地鳴りが再び走った。

 周囲のビルの窓が一斉に砕け散り、ガラス片が雨のように降り注ぐ。

 通りを行く人々が悲鳴を上げて逃げ惑う中、清香は咄嗟に空間跳躍魔術を発動しその場から──何者かの世界を捩じ伏せるような禍々しい魔力から逃れようとした。


 空気が裂け、視界が白に染まる。その瞬間、重力が反転したような感覚に襲われる。

 跳躍先は確かに指定したはずだった。だが、着地した先に広がっていたのは──


「……えっ、何これ……ここは……?」


 夜の街ではなかった。

 見慣れた名古屋のビル群が、まるで薄い硝子細工のように溶け、歪んでいる。

 街灯は天に伸び、道路標識は逆さまに吊るされ、建物の影が液体のように揺らめいていた。

 そこは、現実と別の何かが重なり合った空間──


「これ魔術空間なの……? どういうこと? この名古屋の街ごと──」


 飲み込まれた。


 清香は息を呑んだ。

 空に浮かぶはずの月は、眼前のアスファルトの中に沈み、逆さに光を放っている。

 ビル群の窓には、誰もいないはずの影が幾重にも映り込み、何かが這い回る音だけが響いていた。


 足元の儀式陣はまだ発光を続けている。絶え間なく魔力が注ぎ込まれてはいるが、まだ完全な発動には至っていないようだった。なら、この魔術空間というのは──


(……まさか、街ごと密閉したって言うの? この儀式陣を完全に発動させる為に?)


 清香は息を詰めた。これは前段階だ。

 冷たい空気の層が、彼女の周囲をゆっくりと回転している。

 空気の密度が異様に濃いように感じた。

 まるで、水の中に沈められたような圧迫感だ。呼吸をするたび、肺の中に誰かの意識が流れ込んでくる錯覚さえあった。


『聞くが良い、この地に生を受けし者達よ──我が名は天草真矢。檻から這い出し神の祝福を受けし者である……!』


 低い声が響き渡った。声は都市全体を満たし、空間そのものを震わせた。まるで言葉が肌を擦り、脳内に直接響くようだった。


『これから俺は、お前達の認識を変える。この世界に隠された秘密を暴く。この世界は真実を隠され、支配されている事を……教えてやる!』


 清香は声の主を睨みつけた。その声を聞くだけで、心の奥がざわめいた。

 それが誰なのか、いまは関係ない。ただ一つ確信した。

  

──自分達が、魔術協会が維持しようとしていた世界の秩序が壊されようとしている。


「こんな……こんなの……許されるわけがない……!」


 握り締めた拳の中で、掌に爪が食い込む。

 視界の端で、現実が粘土のようにねじれ、建物の輪郭さえ揺らぎ始めていた。このまま放置すれば、名古屋そのものが次元の隔たりの向こうに飲み込まれるだろう。

 日本の地図からこの都市がそっくりそのまま消えてしまうなどという現実改変すらあり得る。


『もし……この計画に賛同して協力を希望する者がいるのであれば、我々の前に来い。お前達にこの世界で得るべき真の力を与えてやるぞ』


 しかし問題は──どうやってこの男の暴挙を止めるか、だった。


『おい……! 誰……聞こえるか! 返事をしろ……!!』


 ──その瞬間、無線機からかすかに声が入った。割れたような音声で、途切れ途切れに。


『……俺だ……ジェイ……ムズ……聞こ……るか?』


 清香は思わず無線機を握り締めた。鼓動が耳を打つ。


「支部長……!? 清香です! 聞こえててます……!」

『よ……し……落ち着……け、清……香……この……空間……まだ終わり……じゃ……ない……』


 天草の圧倒的な魔力が直接肌を刺す。街全体がねじれ、空は血の色に染まり、地面は液状に揺れる。しかし、途切れ途切れのジェイムズの声が、清香の思考の隙間に小さく光を落とした。


『魔……術陣…………流れ……見ろ……都市……だが……核……一点……そこ……狙え──』


 言葉は途切れ途切れだが、『魔術陣の魔力の流れを見ろ。核は一点だ。そこを狙え』と言っているのだけはすぐにわかった。

 この魔術空間を作り出している儀式陣を解析して、その核となる部分を破壊しろという事らしい。

 基点は三つ。だが、核はその点から自ずとわかる。中心点だ──清香の脳裏で、それが確信に変わった。


 この儀式陣の三つの基点は、街の肉体をなす縫い目のように見える。地下鉄栄駅、若宮大通の白川公園に隣接する大きな交差点、そして名古屋駅前のタワービル。そこから脈打つ光の糸が放射状に伸び、奇妙な幾何学を描いていた。三角形の頂点──その方向に目を向ければ、自然と術式の核の場所はわかる。


(失敗すれば、私も、街も終わる。でも──今ここで私が止めなきゃ、誰かの明日がなくなる)

 

 清香は歯を食いしばり、掌に宿る光を更に強めた。


「時間が無い。三浦さんや二階堂君に頼りたいけど……今はあれを試すしかないか──」


 清香は視線を東の方角に据えた。ネオンと街灯が入り混じる雑踏の中心、そこに魔術陣の一端が深く焼き付いている。光の糸は伏見から伸び、三角の頂点を形成している。ここが核──この巨大な魔術陣の心臓が脈打つ場所だ。


(伏見……あそこに飛ぶ)


 身体中に魔力を凝縮する感覚が全身を満たす。普段は自分や誰かの肉体を運ぶだけの術が、今はこの街の危機を救う武器に変えなければいけない時だ。脈打つ赤黒い光を意識の一点に結び、脳裏で跳躍の軌道を描く。


Leaping(リーピング)《空間跳躍》──ッ!」


 視界が裂け、空間の層が押し寄せる。風が螺旋を描き、路面のタイル、看板、街路樹、ひとつの信号機までもが、清香の周囲で縮み上がるように見える。跳躍の感覚が彼女を包み込み、世界が一瞬、掌サイズの模型のように納まる。


 そうして視界が元通りになり伏見の──核の上に降り立つ。着地の瞬間、地面と建物が震え、脈打つ紋様が直視できるほど近くにある。アスファルトの亀裂から魔力の黒い脈がうごめき、交差点の一角がまるで生き物の腹のように膨らんでいた。


 背後には、波打つように歪んだ街が続く。天草の力は遠くからも圧として届き、空気を厚く引き延ばすようだ。しかし清香は足元の術式の核だけを見据えていた。ここからなら──街ごと、核を抱えたまま跳躍させることができる。


「魔術陣はさ……魔術刻印と同じで……形が崩れちゃえば──」

 

 掌に流した魔力が熱を帯びる。

 これをやるには自分でも限界なくらいの膨大な量の魔力が必要だ。だが、今はそれをやらないといけない。

 跳躍術を移動ではなく、破壊の道具として用いるための準備だ。道路標識の金属、舗装の砂粒、腐食した排水溝の蓋、歩道のタイル──接触したものすべてに魔力の爪痕を残すように、清香は膨大な魔力を放つ。



挿絵(By みてみん)



(ここで……全部、吹き飛ばす!!)


 吸い込まれるように、核の周囲の空間が清香の意思と同期した。跳躍のエネルギーは既に満ち、指先は震える。彼女は一度だけ視線を上げ、伏見の歪んだ夜景と、遠くに揺れる天草の影を確認する。


「──跳んでけッ! Leaping(リーピング)《空間跳躍》ッッ!!」


 再び空間跳躍魔術を発動させる。だが、これは無論、清香の肉体を移動させる為の物ではない。これは大人数を手を繋がずに空間跳躍させる方法の応用だった。彼女が放った魔力が触れた空間全てを次元の隙間へ吹っ飛ばして丸ごとどこかへ移動させる──荒技だった。

 

 次の瞬間、白光が掌を貫き、伏見の一角──核を含む地面と建造物が、まるごと空間の裂け目へと飲み込まれていった。街の(かたまり)が跳躍魔術の軌道に乗り、音もなく消失する。残されたのは、抉り取られたようにぽっかり空いた穴と、止まった光の脈動だ。


 清香は自らが作ったクレーターの中で、跳躍の反動で膝をつく。喉を焼くような疲労と、しかし確かな手応えがあった。術式の核を抱えた一角を奪い去ったことで、魔術陣の流れに亀裂が生じた。


 眩い光が一瞬、夜空を裂いた。

 跳躍の術式が完全に発動し、核を抱えた空間そのものが消滅した瞬間、都市を縫うように広がっていた魔力の流れが一気に逆流を始めた。


 まるで街が悲鳴を上げているようだった。

 歪んでいた建造物が軋みながら元の形に戻り、液状に揺れていたアスファルトが硬化していく。

 宙を漂っていた影の残像が消え、赤黒く染まっていた夜空が、徐々に元の群青へと戻っていった。


「──っ、街が、元に……戻ってく……!」


 清香の声が震えた。

 足元に走る光の筋が一つ、また一つと消えていく。

 天を覆っていた巨大な魔力の障壁が砕け散り、粉々になった光の破片が雨のように降り注ぐ。

 その破片が肌に触れるたび、現実が元に戻されていく。


──都市を包んでいた異界は、崩壊を始めたのだ。


「これで……どうだ……っっ!」


 息を荒げながら、清香は崩れかけた膝を支えた。

 全身の魔力が焼けつくように消耗している。視界が霞む中、彼女は遠くのタワービルを見上げた。


 そこに、天草真矢の姿があった。

 白い外套を翻し、彼は崩壊していく空を見上げていた。そして、タワービルの屋上から飛び降りると清香の元に降り立つ。視線が彼女を見据える。

 その表情は怒りでも絶望でもない。

 ただ、深い静寂の中で、何かを確かめるような顔だった。


「……魔術協会か。やはり、こうなるか」


 天草の唇が、微かに動いた。

 彼の右腕からは、黒い脈が煙のように立ち昇り、風に溶ける。

 何かの細胞を埋め込んだような──それはまだ完全に馴染んでるようではなかった。しかし、確信した。

 この空間が維持できなくなった今、魔術陣の制御も失われた。どうにか、この街に及ばされる大きな被害を未然に防げた。


(──風が戻ってきた)


 都市の輪郭が修復されていく中、瓦礫と硝子の雨が舞い上がる。

 夜風が吹き抜け、冷えた空気が清香の頬を打った。

 焦げた匂いとともに、崩壊していく魔術空間の残滓が光の粒となって漂っている。


「はぁ……っ、はぁ……っ……!」


 息を荒げ、清香は肩で呼吸を繰り返す。

 まだ終わっていない。

 天草真矢、この事件の首謀者が目の前に居る。


 崩壊する魔術空間の中心、夜空に浮かぶ彼の姿は、もはや半ば人のそれではなかった。

 白い外套の下、右半身からは、黒い鱗のような皮膚が覗き、右腕は異形の骨格を帯びている。

 まるで体に埋め込まれた別の細胞が、肉体の主を喰らおうとしているかのように見えた。


「天草真矢ッ──!」


 清香の叫びが夜気を裂く。

 だが男は、その声に身じろぎもしなかった。まるで遠い祈りを聞いているかのように、天を見上げたままだ。そして静かに口を開く。


「……人類は、神に似せて造られた。ならば人類が神と同等になる事も、真なる力を得る事も──赦されるはずだ。何故、我々の邪魔をする?」

「それが貴方の言える台詞なの!? 人の生きる今を犠牲にするような真似をして……!」


 清香の声に、天草はようやく視線を落とした。

 その眼には、人間らしい熱も、狂気も、何もなかった。ただ、目的のために全てを捨てた者の冷たい確信だけがあった。


「では問う。魔術という奇跡を人類から隠匿する事に何の意味がある──!?」

「意味なんて、いくらでもある!」


 清香が天草を睨み付けた。

 

「人は魔術なんて知らないからこそ生きてこられたの! 祈って、怯えて、間違いながらも──そうやって文明を築いてきたの! それを奪って、何になるの!?」


 清香の声は掠れていた。喉が焼けるほど叫び続けたせいか、それとも全身の魔力を使い果たしたせいか、自分でも判然としない。ただ、その一言には確かな怒りと信念があった。


「魔術はね、使い方を誤れば──簡単に人を焼き、街を、文明を滅ぼす。ただ『知らない』ってことだけで守られている平穏がある! だから私たちは、魔術の存在を隠してきた。それが、私達が守って来たことなんだよ!」


──その瞬間だった。


 視界の端で、空間が歪んだ。

 まるで透明なガラスの膜を内側から叩き割るように、白い光が走る。


「清香ァ!! 下がれッ!!」


 雷鳴のような声と共に、空間が爆ぜた。

 轟音と風圧が清香の髪を乱し、そこに三つの影が飛び出した。


 先頭は、長身の男。焦げたベストのセットアップに身を包み、片腕に魔術刻印を展開したままの──魔術協会日本中部支部長、ジェイムズ・ウィルソン。

 その背に続いて、二つの影が地を蹴る。


「よくやった……! 流石に名古屋の街がマジで終わるかと思ったぞ……ッ!」

「言ってる場合か、三浦! 息をつく暇はまだ無いぞ」


 三浦が荒い息を吐きながら、額の汗を拭う。ジェイムズが振り向くと、瓦礫の影で清香が片膝をついていた。

 焦げた地面に手をつき、かろうじて意識を保っている。

 その足元では、未だ燻る天草達がこの街に仕掛けた魔術式の残滓がじりじりと光を放っていた。


「一条、無事か!」


 焦げ跡の付いたジャケットを翻しながら、二階堂が清香の傍へ駆け寄っていた。

 ジェイムズはすでに天草へ向けて、拳に淡い蒼光を集めていた。

 その光は瞬く間に空気を振動させ、周囲の瓦礫が微かに浮き上がる。


「支部長……来てくれたんですね……!」

「お前が魔術陣の核を吹き飛ばしたおかげだ。空間の歪みが一時的に薄れた。……そこを強引に跳んでこれた」


 ジェイムズの口調はいつも通りの低音だったが、その目の奥には焦燥の光があった。

 清香の魔力が限界であることを一目で見抜いたのだろう。


「よくやった、清香。下がっていろ。ここからは俺達の出番だ」

「……ありがとうございます」


 清香は膝を押さえながら、小さく息を吐いた。

 視線の先では、天草真矢が静かに四人を見下ろしていた。その身から漏れ出る黒い脈動は、もう制御不能の域に達している。


「ほう。ようやく協会の狗の親玉が顔を出したか」


 その声は、静かに、しかし街全体を震わせるほど重かった。


「その装い、横浜の神の檻とかいうカルトの残党か。それにその身体を蝕んでるような黒いのは……そうか、随分と厄介だな──」

 

 ジェイムズは天草の姿を一瞥すると、一歩前に出た。

 肩越しに三浦と二階堂に命じるように言った。


「──ここからは俺がやる。アイツはお前らには手に負えん。代わりにあの天草とかいう奴の取り巻きを押さえてくれ」

「ですが……!」

「聞こえなかったか? 任せろと言っている。こいつは俺が終わらせてやる」


 その瞬間、天草の足元から赤黒い紋様が広がる。

 だがジェイムズは一歩も退かず、天草を真っ直ぐに見据えた。


「伊達に──総本部(ロンドン)のエリートコースを蹴ってまで名古屋(ここ)の支部長やってる訳じゃないぞ俺は」


 そうして、煙草を咥え直して笑った。

 

「Right then — I’ll show you how I do it(──さて、俺の流儀ってやつを見せてやる)」

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