26.エピローグ
夜の静寂を切り裂くように、とある海外の匿名掲示板群にひとつの投稿が現れた。
投稿者も、IPも不明。誰もその正体を知らない。いや、知ろうとした所で複雑な経路からのアクセスである事は確かだった。
そこに書かれていたのは、簡素でありながら、どこか挑発的で、不可解な挑戦状──世界のどこかに潜む秘密を暴く者を求めるメッセージと、不可解な数字列、そして一枚の画像だけだった。
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“Good evening, or perhaps good morning. There are secrets in this world, hidden from human knowledge.
We seek brave companions who will pursue these secrets and unravel the conspiracies.
Those who can decipher the message concealed within this image shall follow the path it marks. Good fortune to you. 3301・51419”
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日本語に訳せばこうだ。
「こんばんは。或いはおはようございます。この世界には、人知れず隠された秘密が存在します。
我々はその秘密を探求し、陰謀を打破する勇気ある仲間を求めています。
この画像に隠されたメッセージを解読できる者は、その道標を辿ることになるでしょう。幸運を。3301・51419」
添付された画像は、一見ただの夜景写真だった。
街灯が並ぶ夜道、誰も歩いていない公園、朽ちかけた建物──そこに紛れるように、小さく写る影。人影なのか、それとも物影なのか判別はつかない。
しかしよく見ると、その影の中に微細な数字や記号が巧妙に織り込まれており、見る者の視線を逃がさなかった。
世界各地のハッカーや暗号愛好家が掲示板に群がる。彼らには、投稿の真の意図など知る由もない。
ただ、謎多きインターネットミステリーの再来として、熱狂と混乱がコメント欄を支配した。
「これは何の暗号だ」
「誰が何のためにこんなことを? 何年ぶりだろうな、懐かしい」
「どうせ悪戯だろ」
「3301・51419……何だこれ。また例のあれか? 今回も楽しめそうじゃないか」
「もしかして、今回こそアメリカの諜報機関の採用テスト説とかありえる?」
しかし、どれほど優れた頭脳も、どれほど緻密な解析も、この謎には届かない。
投稿は解読されることなく、一つのインターネットミステリーとして静かにインターネットの奥底へ沈みかけていた。
だが、その数日後、海外の配信サイトで人気を博していたゲーム実況者のチャンネルに、不意にその画像が映し出された。
ゲーム画面の端に、まるで意図的に差し込まれたかのように。
『We want to discover a secrets in the world. I’ve caught sight of the wolf… or perhaps the moon. This is the answer to 3301・51419. 1052167』
画像に添えられた文章の日本語訳はこうなる。
「我々は世界の秘密を探し求めている。目にしたのは狼か……あるいは月か。これが3301・51419に対する回答だ。1052167」
英語の字幕がオーバーレイされ、視聴者のコメント欄は一気に騒然となる。
「え、今の何?」
「配信ジャック? 代替現実ゲームの一種か?」
「狼か月か……なんだよそれ」
「1052167って番号、検索していいやつ?」
「怖すぎるって!」
実況者本人も困惑したように笑いながら「俺じゃないぞ、俺は知らない」と繰り返すが、映像は確かに彼のチャンネルから世界中に配信されていた。
そして、その一瞬の異物を境に、配信は強制的に切断された。
狼か、月か。
数字列の意味は未だ不明。
だが確かなことは、掲示板の書き込みと配信映像の符号が、どこかで繋がっているらしいということだけだった。
それはまるで、誰かが、あるいは何かが世界の闇に潜み、新たな扉を開こうとしているようであった。