表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅴ『人形師編』
152/160

18.確固たる復讐者《ソリッド・ステート・リベンジャー》

 烈風が広間を荒れ狂い、砕けた床石が宙を舞う。赤い光は獣の心臓の鼓動のごとく脈打ち、空気を焦がし、石壁を軋ませ、瓦礫すら抗えぬ意志のまま宙を彷徨う。

 白銀の髪は炎のように逆巻き、深紅の瞳は揺るがず人形師を射抜く。始祖人類の痕跡──リリスという神格の加護を纏う、その姿だけで、空間のすべては圧倒的な存在感に呑み込まれた。


 いや、これは単なる圧力ではない。

 世界そのものに命令を下すような神域の魔力。空気は震え、石壁は軋み、瓦礫すらも香月の意志に従う。この空間に存在するあらゆるものが、香月自身の復讐者としての決意の前に屈服させられる。



挿絵(By みてみん)



 香月の双眸はただ一つの対象を捉えていた──人形師。仮面に覆われ表情は見えないが、すべての動きが今の香月に注がれていることは明白だった。

 胸奥から指の先々まで、神格リリスの力が烈火のように迸る。だが、それを支配するのは自分自身の意志だ。

 世界を震わせる力よりも強く揺るがないもの──復讐者としての決意だった。


「俺の答えはここにある。人形師、そして俺の人生を弄んだすべてに、決着をつけさせてもらう」

「……来い」


 構え、短く答える人形師に香月は膝を突いた姿勢から立ち上がり、掌を復讐の対象に向けた。

 

「──ああ、行くぜ」


 その声が広間を切り裂き、赤い光が更に鋭く迸る。空間を支配する魔力の波を前に、周囲を取り囲む分魂体がざわめいた。小さな光の粒のように震えていた彼らは、香月の意思と神格リリスの力を肌で感じ取り、互いに牽制するように動きを探る。


──そして瞬間、分魂体の群れが一斉に襲いかかってきた。

 

 赤い光に押されることなく、まるで力を試すかのように。だが香月は動じない。構えた手を振り上げると赤い光刃が放たれる。それは群れを薙ぎ払った。


 放たれた魔力に込めた念は『破壊せよ』だった。

 

 衝撃波が広間を揺らし、瓦礫や埃が舞う。光の奔流が全身を駆け巡り、神格リリスの力が異質な圧力として空間を支配する。分魂体は跡形もなく吹き飛び、香月の前に道が開かれる。

 香月は視線を人形師に向ける。──奴の感情も体も、すべて読み取れる。その混沌とした恐怖と喜びの感覚が、俺の意志をより強固にする。拳を握りしめ、赤い光が迸る。復讐の炎が体の奥から全身に広がった。


「決着をつけよう」


 放った光刃が仮面の傍をかすめて壁面に飛ぶ。人形師は動じず、しかし微かな呼吸のリズムに──香月は確かに喜びと恐怖の混じった感情が脈打つのを感じる。その気持ち悪さも胸に、香月はさらに攻撃を畳み掛ける。赤い魔力の奔流が空間を切り裂き、広間の暗がりを照らし出す。

 赤い光に全身を任せ、香月は人形師に向けて力を集中させる。自らの人生を賭け、復讐者として──確固たる意志で。


「ははっ……そうか。やっと……ここまで辿り着けた……」


 人形師は仮面の奥から香月を見据えていた。冷静さは残る。しかしその眼差しは、赤い光に押し潰される広間の中で、わずかに揺らいでいた。それは恐怖ではない、喜悦だった。吐き気を催すほどの「待ち望んでいた」という感覚が、香月の胸に流れ込んでくる。


「やれよ、大神香月。その力で、全てを終わらすんだ」


 気持ち悪さが骨の髄まで突き刺さる。その言葉に呼応するでなく、香月は人形師に向けて拳を握り込んだ。そして、力を行使する。

 赤い光が全身を包み込んだ。空間そのものが震え、瓦礫も空気も香月の意思に従う。そして放たれた光の奔流は人形師の四肢を絡め取り、ねじり、引き裂き、再生能力をもってしても耐えきれぬ痛みを与えた。人形師の肉体は瞬時に再生するが、光は再生の瞬間ごとにさらに残酷に四肢を、胴体を痛めつける。


 腕はねじれ、脚は折れ、背骨に鋭い衝撃が走る。赤い光は筋肉を切り裂き、骨を砕き、再生のたびにその痛みを刻みつける。広間には血と焦げた肉の匂いが充満し、再生したばかりの肉体ですら、光の奔流の前に屈服する。


 香月の目は揺るがない。胸奥で燃える復讐の炎が全身を駆け巡り、神格リリスの力が概念ごと圧し潰す勢いで人形師を縛り上げる。その力は絶対的だった。


──だが、異変はすぐに香月の目に映った。


折れ、砕けたはずの四肢が、灼光の中でゆっくりと形を取り戻している。腕の肉がぐにゃりと蠢きながら元の位置に這い戻り、裂けた脚の筋繊維がうごめくように再生していく。香月は眉をひそめ、一瞬息を呑んだ。


「──なんだ……?」


押し潰されたはずの身体が、まるで意志を持つかのようにぞわりと動き出す──それでも、香月の復讐心は揺るがない。


「再生能力……吸血鬼の肉体か──」


再生の度に、四肢や筋肉がねじれ、骨が折れる痛みが襲う。それは単なる回復ではなく、形を模して這い戻る「苦悶の痕跡」とでもいうべき不気味さを伴っていた。香月は、その異様な再生を目の当たりにしつつも、光の奔流を緩めることはない。


 吸血鬼であろうと、その再生能力をもって耐えうる他の存在でも、逃げ場など与えるつもりはなかった。相手が魔力生物であるなら、その再生能力が働かなくなるまで──その生命力である魔力が尽きるまで続けるだけだ。

 四肢は再生しても再び赤い光に屈し、再生の度に痛みが全身に刻み込まれていく。それはただ──自分の復讐が確実に通用していることの証明と言えた。

 拳を握り直し、赤い光の奔流を再び集束させる。再生してもなお屈服させる、その残酷さこそが、香月の望んだ復讐の形だった。


 香月の意識の奥底で、あの恐怖と怒りが甦る──幼少期に人形師の手で部品のように分解され、再び組み上げられたあの記憶。あの時の感覚と、今、赤い光で切り刻む感覚が重なる。怒りが、復讐の炎が、まるであの頃の恐怖を上書きするかのように全身を駆け巡る。


──痛み、絶望、屈辱、そして恐怖。光の奔流に抗う人形師の四肢は、過去と同じように思い通りに操られる。赤い光の刃が交錯するたび、香月の胸奥にある復讐の炎は、幼少期の記憶の傷跡を抉るように熱を帯びた。


「──思い知れ。これが俺の復讐だ」

 

 トドメの一撃を加える。香月の意志が光に乗り、四肢は再びねじれ、腕は無力化され、脚は崩れ、背骨にまで衝撃が走る。再生するたび、痛みの記憶は人形師の身体に刻まれ、赤い光がそれを強化する。


 膝をついた香月は、全身に満ちる怒りと復讐の炎を抑えつつ、人形師の絶望の姿を見下ろした。四肢は骨を複雑に砕かれて、ぐにゃりと歪んでいた。

 仮面の奥の瞳には恐怖と屈辱が刻まれている。吸血鬼の驚異的な再生能力をもってしても、もはやこの身体は自由に動かせまい。痛みと屈辱だけが残る。


 そして、香月は確信した。

 人形師はもう動かない。復讐は終わったのだ、と。


「────」


 赤い光が消え、神格リリスの力が胸奥から静かに引かれる。白銀の髪はゆっくりと黒に戻り、深紅の瞳も元の色に変わる。膝をついた姿勢のまま、香月は深く息を吐き、全身の力を抜いた。


 広間に残るのは、荒れ果てた瓦礫と、静まり返った空気。痛めつけられた人形師の姿には屈辱と絶望の痕だけが残る。香月の胸奥の炎は、まだ微かに温もりを帯びながらも、戦闘前の静かな自分に戻ろうとしていた。


 そのとき、工房の隅から駆け寄る足音が響いた。──陽子だった。


 香月は微かな安堵の息をつこうとした。しかし陽子の視線が追った先で止まったのは、香月ではなく、痛めつけられた人形師の方だった。思わず眉をひそめ、胸奥で違和感がざわめく。


「──陽子、さん……?」


 陽子は迷うことなく人形師に駆け寄り、荒れ果てた四肢を抱きかかえる。焦げた衣服や歪んだ身体を目にしても、彼女の瞳には動揺の色はなく、ただ怒りだけが鋭く光っていた。その視線は人形師の仮面に向けられ、まるで全てを見透かすかのように鋭い。


「何考えてるの! 自分が何をしたか──何を、してきたか……わかってるの……ッッ!?」


 声には怒りだけでなく、苛立ちと悲しみが混じり合い、広間の空気を震わせる。人形師は仮面の奥で目を伏せるしかなく、言葉を返すこともできない。その沈黙に、陽子の怒りはさらに燃え上がる。


「……貴方自身でさえ、もう訳がわからなくなってるんでしょ! どうして、こんな結末を選んでしまったんだよ……!」


 人形師の肩に手をかけ、身体を支えつつ、陽子は声を荒げる。悲哀と憤怒をの混じった感情を一気にぶつける。その姿に、香月の胸奥にある炎は静かに揺れ、同時に安堵と不思議な充足感が押し寄せる。復讐者としての役割は果たした──だが、ここに別の物語がある事を感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ