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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅰ 『EVE誘拐事件編』
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14.魔術協会×教皇庁の共同作戦ブリーフィング⊕

 魔術協会日本中部支部と教皇庁検邪正省との共同作戦の打ち合わせ(ブリーフィング)の会場は名古屋市内のとあるホテルだった。

 

 その最上階にあるレストラン──この店舗は魔術協会の一員が運営している物だ──の奥、名だたるVIPでもなかなか入れないと噂がされる特別個室で行われた。

 

 この個室というのは魔術協会の幹部クラスの会合などで使われる。その存在をそこはかとなく知っている一般人からの問い合わせに対してそんな物はないとの一点張りで予約を断っているという。一種の都市伝説化した噂話のひとつになっているのだ。

 

 それもそのはず、この部屋は特別個室などではなく扉を開けば普段はレストランの資材置き場なのだ。方式としては満月亭と同じで、魔術的な開錠方法によってこの会議室の魔術空間に繋がるようになっている。

 

 会場の空気は両組織の所属員が集結しており重々しかった。魔術協会日本中部支部からは香月の所属する実行班の面々の他に事案の事後処理担当の処理班。そして、荒事担当の武闘派が揃う戦闘班。それぞれから数名選抜されていた。


 検邪正省からは魔術犯罪者の討伐部隊である「執行者(エンフォーサー)」が数名。その中にはあの吸血鬼神父、ロナルドの姿もあった。


「ねえ、大神君。久しぶり。今日は随分と物々しい雰囲気だよね……」


 香月の隣からひそやかな声を掛けてきたのは処理班の一条清香(いちじょうさやか)だった。刑事に扮してイヴへの聞き取りをしていた人物だ。


 化粧っ気は薄く、髪は後ろで縛っても腰あたりまで届くポニーテール。健康的ながら白皙(はくせき)な肌、活発そうな大きな瞳と笑顔で幼さを感じさせるが、その性格は真面目で実直なタイプだ。

 香月とは三つほど歳が離れており、その人懐っこさとしっかりとした落ち着きから姉のように感じるような人だった。

 彼女は処理班では唯一の女性構成員で、彼女は普段舞台役者として活躍している。


「今回の任務は結構な極秘重大作戦だから……とかじゃないか?」

「確かにそんな感じするね……。ほら、あの人。黒いバンダナを頭に巻いてる」


 そう言って、清香が視線で示してくる。


「あの人、二階堂さん。戦闘班のエースの人だよ。その隣のサッパリとした髪型の真面目そうな顔のおじさんは日本中部支部(うち)じゃ大ベテランの三浦さんだし……錚々たるメンツだよ」


 清香の説明の順に面々の顔を見ていくと、表の職業はおそらく格闘家、その次は自衛官……という具合に見るからに体躯が良いのが揃っている。中にはあまりに華奢なのも居たが、何て事ははない、おそらくは香月と似たような魔術または特異体質を持っているのだろう。武闘派集団と言われているのは知っていたが香月の目にも粒揃いに見えた。


 チラチラと周りを見回しながら、驚いている様子の清香に香月は「武闘派集団って言われてるだけあってみんな強そうだな」

と、思わず小声で溢してしまっていた。


 その言葉に清香はクスッと笑いを漏らしながら、

「まあね……でも大神君がそう言うのも分かる気がするよ。彼らって魔術無しでも警察のエリートや自衛隊の精鋭と比べても遜色無いくらい強いんだよね……」

 そんな会話を続けているうちに全員の入室が完了したようだった。


 緊張感からピリッとした空気が部屋を包む中、キッチリとしたスーツを着たオールバックの男が自己紹介を始めた。よくよく見てみるとジェイムズだった。普段が色付きワイシャツにサスペンダーかベスト程度の服装だからか、ちゃんとした礼服でジャケットをきちんと着ている所なんて初めて見た気がする。


「私は魔術協会から今回の作戦を統括させて頂きます。魔術協会日本中部支部代表ジェイムズ・ウィルソンと申します」


 その言葉に全員が軽く会釈する。


「知っての通り、我々魔術協会と検邪正省は古くは長く敵対関係にありましたが、近年では両組織の関係は協定を結ぶなど共存の道を歩んできました。そしてこの度は両組織間で協力体制を取る事となりました。その第一歩として、本日のブリーフィングでは互いの情報の共有や作戦の細部を詰めていく予定となっております」


 そんなジェイムズの言葉に清香が「え? そうなの?」と香月に囁きかけてきたので、「清香姉(さやかねえ)が聴取取った子が原因だよ」とだけ返した。清香はふーん……という様子で再びジェイムズに視線を向けていた。


「このブリーフィングでは普段滅多に顔を合わせる事のない我々のような立場の者が多い為、一人一人簡単に自己紹介をさせて頂きます」


 ジェイムズはそう言って立ち上がると、隣から順に名前と協会での役職を言っていった。

 順番が回ってきて、香月が立ち上がり自己紹介する。


大神香月(おおがみかづき)です。魔術協会日本中部支部の実行班に所属し、他班と連携して潜入や調査、処理など様々な任務を遂行しています。よろしくお願いします」


 そう言い、軽く頭を下げて再び席に座る。


「うわ、普段の香月君らしくない真面目な発言〜。緊張してるの〜?」


 隣にいた清香がひそひそと茶化してくるのに、香月が顔をしかめる。


「彼は今回の作戦の要です。ご存知の通り、今回この共同作戦は囮により標的(ターゲット)を誘い出し、捕縛または討伐するのが目的です。彼には変身魔術が使えますので、護衛対象の姿で囮となり誘い出しを行って貰います」


 ジェイムズの言葉に全員が「ほう……」と頷いた。


「デヴィッド・ノーマンがどのような魔術を使って抵抗してくるかはわかりません。ですが彼は、潜入と実戦に長けています。なので、戦闘班や検邪正省の方々の邪魔にはならないと考えております」


 清香が「大神君ってそんなに強かったんだね」と呑気に言ってくるのに、香月は軽い頭痛を感じながらも「……まあね」とだけ返しておいた。

 そうして今回作戦に参加する魔術協会側の面々の自己紹介が終わり、教皇庁側の面々の番が始まった。


 教皇庁側から派遣されたのは、教皇庁の地下組織である検邪正省の執行者(エンフォーサー)と呼ばれる魔術師を討伐する部隊の面々だった。彼らは魔術師からは通称で「魔女狩り」と呼ばれている。

 各々の紹介が続いて、次はロナルドの番が来た。彼が席から立ち上がって会釈するのを見て、香月がポツリと感想を漏らした。


「あの、吸血鬼神父も作戦に参加するんだな……」


 それは隣に座っていた清香にしか聞こえない程度の小さい声での独り言だったのだが、清香は律儀に「あの人が、大神君の言ってた人だね……」と香月の言葉を拾って言葉を返してきた。

 自己紹介をしているロナルドの方をチラリと見て、清香は顎に手をやると考えるように呟いた。


「あの人、祓術師(エクソシスト)なのに肉体は吸血鬼なんだよね……。どうしてなんだろう」


 清香が呟くのに、香月は肩をすくめる。


「さあな。魔術師を討伐するのが任務なんだから、それに見合う身体を得たって感じなんじゃないか? 理由はどっちかというと魔術師的な考えかもしれないが」

「目には目を、歯には歯を。どっかの法典的な考えだよね。それにしてもさ」

「ん? 何か気になる事でも?」


 清香真剣な表情でロナルドを見るのに、香月が聞き返す。それに清香がその表情を保ったままひそひそと言った。


「吸血鬼って、確か噛まれて血を吸われると身体中に性的な快楽が走るらしいよね。本当なのかな?」


 清香のそんな発言に、香月が目をぱちくりとさせる。


「は? いや、知らないけど……。清香姉、まさか……」

「だってほら、あの人って美形だし。スタイルも良いから。何か想像が膨らんじゃうよね。何だかえっちな感じ」


 あくまで真剣な表情で清香が言うのに、香月は苦笑いすると手で顔を覆うようにした。


「あのな、清香姉がそういう事に興味を持つのは自由だと思うけど……俺にそういう事言うなよ……」

「えー? 別に良いじゃん」


 そんなやり取りをしている内に、一通り自己紹介が終わった所で今回のブリーフィングが始まったのだった。


「今回の任務は敵の捕縛または討伐。そして、本件の要となる人物を護衛する事です」


 ジェイムズがそう言うと、資料のページを(めく)った。


「今回、我々の標的である標的(ターゲット)は魔術犯罪者、通称『神出鬼没の闇オークショニア』デヴィッド・ノーマンです」


 その言葉に全員がゴクリと唾を飲み込んだようだった。


「彼は今までも魔術協会の規律を犯して協会を追われた後、魔術犯罪者として様々な犯罪行為を行ってきていますが、今回はその中でも特に重大な物となります。彼の目的は伊深未来(いぶかみら)さん、EVE(イヴ)という名で活動されているモデルです。教皇庁の皆さんにとっては神の子の再臨としてご存知かと思います」

「伊深……イヴの本名ってそんな名前だったのか。未来(みら)って言うのか……」


 香月は思わず小声で呟いていた。隣の清香に「何々? 知り合いなの?」と小声で訊かれたが、「いや……」と濁しておいた。

 しかし、そんな香月を他所にジェイムズは説明を続けた。


「彼女は先天的色素欠乏症で、髪も肌も白く、瞳は赤い。この特徴は魔術の世界では、始祖人類の先祖返りとして人智を超えた強い魔力を持つ人間だと古くから信じられてきました。ディヴィッド・ノーマンはそんな彼女を商品として売ろうと画策していたと思われます。その為、この大神香月の変身魔術を使い護衛対象に化け、デヴィッド・ノーマンを誘き出します」


 ジェイムズが説明を終えると、隣にいた二階堂が「質問があります」と手を挙げた。


「そのイヴという少女は、本当に魔術的な価値のある存在なのですか?」

「彼女の魔力は始祖人類の先祖返りである事を裏付けるかのように非常に強い物でした。彼女自身は魔術の知識すらない一般人ではありますが、その秘めた力は長く修行を積んだ上級の魔術師の持つ魔力容量すら遥かに上回る物です」


 ジェイムズの言葉に二階堂が「……なるほど」と頷く。


「今回の共同作戦は、教皇庁にとっても魔術協会にとっても重要な意味合いがあります。教皇庁にとっては、信仰上重要な人物の警護。魔術協会にとっては魔術犯罪者に強大な力を持つ人物の肉体が渡らないようにする、イヴさんという存在を隠す事ではぐれ魔術師により発生するであろう争奪戦を防ぐという意味合いがあります。イヴさんの身の安全を確保の為にこの囮作戦の裏で処理班には彼女のセーフハウスへの移動と警護を担当してもらいますが、この囮作戦でデヴィッド・ノーマンを拘束または討伐する事で目標を達成しようという考えです」


 ジェイムズの説明に、ロナルドが頷いた。


「彼女の護衛とデヴィッド・ノーマンの討伐、よろしくお願いします」


 ロナルドの言葉に検邪正省の面々が頷くと、ジェイムズも頷き返し説明を続けた。


「本題に戻りましょう。次にこの作戦を行う場所ですが……」


 そんな説明が続き、作戦会議は滞りなく進んでいったのだった。

 ブリーフィングが終わり、一同は解散となった。


    ◆


「お疲れ様〜」と清香が声を掛けてきたので、香月は「ああ、お疲れ。清香姉」と返した。



挿絵(By みてみん)



「え〜、それだけ? せっかく久しぶりに会ったんだから『一緒にご飯行こう』とかないの?」

「いや……いきなり言われてもな……。しかも清香姉は婚約者いるじゃんか」


 困惑する香月に清香がクスクスと笑う。そんなやり取りをしつつ歩き出そうとすると、急に背後から声を掛けられた。

 振り返るとそこにはロナルドの姿があった。彼もちょうど今部屋から出てきた所のようだ。彼は冷たい眼差しでジッとこちらを見据えた後、ゆっくりと口を開いた。


「大神香月……と言ったか。私は貴様の事は認めないぞ」

「……藪から棒だな。何か俺に対して不満でもあるのか、吸血鬼」


 ロナルドがその言葉にピクリと眉を動かした。


「──未来(みら)は神の子の再臨だ。貴様が彼女の姿で囮となるのも気に入らんが、何より貴様が未来を手にかけるのが気に入らない」

「はあ? 俺がイヴを手にかけるってどういう事だよ」


 ロナルドの言葉に香月が怪訝な顔で聞き返す。その問いにロナルドは静かに答えた。


「彼女の身体は神に祝福されている。そんな彼女の身体に貴様のような穢れた存在が触れる事は許されない」


 その言葉に香月はピクリと眉を吊り上げる。


(けが)れた存在とは随分な言いようだなあ、神父さんよ。お前も教皇庁の裏組織に所属してるにしても、身体が吸血鬼じゃねえか。人の事言えるのか?」


 香月は静かに怒りを露わにしてロナルドを睨むと、彼もまた冷ややかな視線で香月を見返した。互いにしばらく睨み合うと、フッ……とロナルドが笑みを漏らした。


「まあ良い……貴様のその態度はいずれ改めさせてやる」


 そんなロナルドの言葉に香月はフンッと鼻を鳴らして背を向けると、清香と共にレストランを出た。

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