表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅳ『神の檻編』
132/160

23.優雅なる帰還⊕

 セントレアの国際線出発ロビーには、ゆるやかな秋の光が差し込んでいた。

 高いガラス天井から降り注ぐ陽射しに、キャリーケースの金属がきらりと光を返す。


 淡い亜麻色の髪を揺らしながら、シャルロット・ルフェーブルが足を止めた。

 その後ろを、香月とクレアのふたりが追うように歩いていた。


 クレアが、少しだけ寂しげに言葉をこぼす。


『……いよいよ帰っちゃうんだね、シャルロット』


 その声に振り返ったシャルロットは、軽く肩をすくめて微笑んだ。


「ええ。フランス本部への報告が山積みですもの。今回の神の檻の件、それに……今後の人形師の動向も。今回の作戦に参加して見えてきた物がありますし」


 その語り口は柔らかいが、言葉の端々に冷静な観察眼が覗く。

 シャルロットは任務を終えたわけではない。ただ、いったん離れるだけだ。


 香月はわずかに目を伏せた。


「人形師の本体……まだ姿は見えないが、感覚としては何となく読める気がしてる。断片的だけど、やつの根がどこかに意図的に残されてる気がしてならない」

「……予感、ですの?」

「予感っていうより──引っかかってるんだ。わざと俺に追わせようとしてるような……そんな感じがある。もし本当にそうなら、麗奈に会って話を聞いたあとで動いてみるつもりだ」


 その名を聞いた瞬間、シャルロットの眉がわずかに動いた。


「霧島麗奈……。確か、人形師を追う捜査線上に上がってた闇オークショニアのディヴイッド・ノーマン……その愛人でしたわよね。あの女が、あなたたちの側に?」

「ああ。敵ってわけじゃないんだ」


 香月がそう答えると、クレアが小さく肩をすくめて苦笑気味に言った。


『……メイドカフェの店員さんしてる人だよ。協会の情報綱じゃなくてあの人から情報を聞き出すとか、ますますイレギュラーづいてるっていうか。ま、カヅキらしいけど』


 シャルロットはふっと目を細め、わずかに笑みを浮かべた。


「あの陽子さんという方もそうですけれど、そういう人たちに囲まれているから、あなたは普通の魔術師ではいられないのかもしれませんわね」


 軽やかな声音でそう言ったものの、その言葉の奥には、少しだけ憂いがあった。

 香月はそれを感じ取ったのか、肩をすくめて気の抜けた笑みを返す。

 

「シャルロットだって似たようなもんだろ。こっちの混乱に首突っ込むだけ突っ込んで、報告書書きに帰るわけだしな」

「うふふ、言い返せませんわ」


 そう言って、シャルロットは小さく笑った。


 シャルロットはスーツケースの取っ手を握り直すと、ロビーの中央を横切るようにして数歩、ゲートの方へと歩み出す。

 だが、数メートル進んだところで、ふと足を止めた。



挿絵(By みてみん)



 振り返った彼女の表情は、先ほどまでとは打って変わって引き締まっていた。

 その声もまた、わずかに低くなる。


「……本部は、近くある案件の再調査に入る予定ですの。人形師に関するものとは、また少し別口のものですが──おそらく、貴方たちの関わる事態とも、どこかで繋がるでしょう」


 香月の眉がわずかに動いた。

 冗談や軽口の余地はない。これは、協会上層からの匂わせ──それも相当に深いレベルの。


「ある案件? そりゃ協会が内々で探っている動きってことか」

「ええ。詳細は……この場では申し上げられませんけれど」


 シャルロットは言葉を濁しながらも、目だけで「察して」と訴える。

 香月はそれを黙って受け取り、小さく頷いた。


「……ただ、もし近いうちにフランスに立ち寄ることがあったら──そのときは」

「そのときは?」


 問い返す香月に、シャルロットはわずかに頬を紅潮させたように見えた。

 けれど、その表情にはどこか勝ち気な色も含まれている。


「……ルフェーブル家のティールームにご招待しますわ。温かい紅茶と──カヅキだけに、特別なおもてなしを用意しておきますわ」


 言い切ったその声は、どこまでも優雅で、そして挑戦的だった。


『うわ、なんか怪しいフラグ立ったな……』


 クレアの眉間に皺が寄る。こめかみに手を当てて、呆れたように呟いた。

 その横で、香月は小さく息を吐きながら、静かに頭を下げる。


「……ありがとう、シャルロット。お前が居てくれて助かったよ」


 軽口を挟まず、真っ直ぐな声音で言う。

 

「お礼を言うにはまだ早いですわ。これからもっと面倒なことが起こりますもの、きっと」


 そう言って、スーツケースの取っ手を引き直す。


 ちょうどそのとき、空港のスピーカーから搭乗アナウンスが流れた。

 出発の時間が、近づいていた。


「では──また、戦場か茶会の場でお会いしましょう。おふたりとも、くれぐれもお気をつけて」

『うん。……行ってらっしゃい』

「ああ、またな」

「ええ、また現場でお会いしましょう」


 シャルロットは丁寧に一礼し、背を向けて歩き出す。その後ろ姿がゲートの奥へと吸い込まれていく。

 香月とクレアは、しばらく無言のまま、その背中を見送っていた。


 空港の天井に広がる秋の光は、どこか優しく、そしてどこか切なかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ