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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅳ『神の檻編』
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21. 禁忌は焼かれ、謎は残った

 かくして、魔術協会日本中部支部による神の檻潜入作戦は、当初の予定とは大幅に違う形で幕を閉じる事となった。

 作戦の主目的であった「先遣隊として潜入していた日本本部構成員四名の救出」及び「教団による禁忌魔術の証拠抑押収」は達成された。


 しかしながら、作戦行動中に発生した複数の異常事態──すなわち、神胎と称される禁術級兵器の製造過程に由来する魔術災害、ならびに『人形師』と呼ばれる抹殺指定魔術師の介入──により、本事案は極めて高い秘匿性を要するものと判断され、協会本部の裁可をもって特例隠蔽案件へと切り替えられた。


 当該施設に残された魔術装置および記録媒体は、機密管理部隊によりすべて破棄・焼却処理され、残った信者への記憶操作も含めた情報抹消措置が施された。

 これにより、外部への露見は最低限に抑えられ、表面的には「反社会的宗教団体による違法薬物製造および集団武装事件」としてカバーストーリーが流布される結果となった。


 また、作戦終盤に確認された「魔術的性質を持たない空間改変現象」──すなわち、術式や媒介を経ずに発現した局所的な次元書き換え事象については、現在も調査が継続中である。


 当該現象はオル・カディス及び魔術協会日本中部支部所属構成員である大神香月に発現した。特に大神構成員には一時的な意識喪失が確認された直後、魔術空間内にて発生したものであり、複数の目撃証言から「彼とは異なる存在による干渉が疑われる」との指摘が上がっている。


 注目すべきは、従来の詠唱体系に依らず、口頭による単語の発話のみで、空間構造そのものが書き換えられた点である。


 大神構成員本人は、当該現象に関する一切の記憶を有していない。専門家による精神分析でも、「一時的な解離症状、あるいは深層意識への外部侵入の可能性」が否定できないとされている。


     ◆


 神の檻教団施設──かつて禁忌の魔術が孕まれていたこの場所は、今や一切の異常は排除され、空間はただの冷えた残骸と化していた。


 陽子の手によって焼却処理された神胎培養ポッドの残骸が、いまだ焦げた鉄の匂いを発している。破壊された魔術装置の残骸の間を縫うようにして、バーテンダー服の人物が一人、無言で歩いていた。


「……貴方に処理をお願いはしていましたが、随分と派手に焼き尽くしましたな。名残も残らないようで」


 英国訛りの混じった声でそう呟いたのは、ジェイムズだった。

 その隣で、赤黒いゴシックドレスの裾をなびかせながら、陽子が足を止める。


「名残なんて、最初から要らないんでしょ。こんなもの、あっちゃいけない物なんだから。協会のやり方なら、燃やして捨てるのが一番だって考えるんじゃないかな? ねえ、ウィルソン日本中部支部長殿?」


 しれっとした顔でそう言う陽子に、ジェイムズが苦笑いを浮かべる。

 

「まあ、それはそうですが……ね。お陰で作業に当たっている下位構成員達にはこの残骸がどういった物なのかというのは全くわからないでしょう」

「ま、実際これが残り続けて貰っちゃ魔術師間で新たな争いの種を生んでもおかしくないしね」


 淡々とした口調。けれど、その目は培養ポッドの残骸を見つめたまま、微かに濁っていた。

 ジェイムズは小さく頷くと、話題を変える。


「それで──例の件ですが」

「大神香月少年のことかな?」

「ええ、フランス本部の調査局から出向しているシャルロット・ルフェーブルからの報告書を読ませて貰いました。陽子さんが魔術空間内で目撃した現象、そして『彼ではない誰か』が彼の身体を使って顕現した件。……正直、一概に信じられません。本部報告に上げていい物かすら判断がつかない」

「それは当然だよ。報告だけ見れば、あれは確かに魔術の論理を超越していた。少年のは神性の干渉がなされたと見られてもおかしくない」


 陽子は腰に手を当て、宙を見上げる。天井に穿たれた裂け目の向こうには、まだ封鎖されていない星空の残滓が揺れていた。


「私だって、彼を特異な人物と見ていたよ。だけれど、ここまでとは思ってもいなかった。特異も特異だよ。彼の身に起きている事が私にすら全くわからないんだ。それに──」

「人形師、ですかな」


 陽子は口を閉ざしたまま、わずかにうつむく。その表情には、明らかな警戒と、そして言葉にはできない不安が滲んでいた。


「……うん。あの男が、少年の身体に何か細工をしていた可能性は捨てきれない。でも、彼と少しだけ会話したけれど人形師が施した加工が直接的に関係してる雰囲気でも無さそうだった──」

「人形師も現代の魔術師としては、協会の序列上位の魔術師を凌ぐほどの使い手ではあるようですな。ですが、それでも神格の降臨を成立させるほどの人体加工をできるとも思えない……」

「もしかしたら、ちょこちゃんの世界にお願いする詠唱魔術の特異性が、少年の肉体に神格を呼び寄せたのかもしれないという仮定はできそうだけど……」


 陽子のその仮説に、ジェイムズは眉をひそめた。


「……あり得るでしょうな。その、世界に お願いするという詠唱魔術というのは術式や型に拘らないで、感覚的に魔術を発現させる──もはや魔法の領域の物なのでしょう? 理論上不可能とされてきた詠唱魔術の理想型だ。だから、貴方が彼女を手元に置いた。しかしながら、そのお願いというのが神格的な何かにお願いを聞いて貰っているとしたら──」


 ジェイムズの言葉はそこで途切れた。静寂が降りる。


 焦げ跡の残る空間に、かすかに風が吹き込む。まるで、外からこの話題に耳を傾けている誰かがいるかのように。


「……ああ、それは私も考えた。でも、それって、教皇庁で法術として伝わってる魔術とかではない。彼らは信仰の名の下に扱うけど、あれとはまったくの別物だもの。宗教的な……うーん、何て言うんだろうね。信仰に似てるけど、ちょっと違う」


 陽子がそう呟くと、ジェイムズがわずかに眉を動かす。


「信仰……ですか?」

「うん。もし、ちょこちゃんの魔術が『神に願う』ものだとしたら、彼女はその神を知ってるわけでも、崇めてるわけでもない。ただ、『お願いすれば叶う』と、無邪気に信じてる。それだけ。でも、実際にその願いが届いてるのが問題なのよ」


 陽子はふっと息をつき、続ける。


「大神少年の場合も似てる。彼自身は何かを信じていたわけじゃない。けれど、術式も詠唱もなしに、まるで内側から何かが溢れ出すように──魔術とも呼べない何かを発現させた。……まるで、その身に神の加護でも宿っているみたいにね」


 そう言って、陽子はゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。焦げた金属片を指先で弾くように弄びながら、ぽつりと呟く。


「──願いが本当に届いてしまうという、その事実こそが、一番得体が知れないかなって。私たちは『魔術』っていう体系で世界を理解しようとするけど……ちょこちゃんや香月君が起こしてることは、その枠の外にある。……理屈や論理じゃ測れないものに、どうやって向き合えばいいんだろうね」

 

 ジェイムズは答えず、ポケットの中の懐中時計を取り出して、蓋を開く。針の音が、場の空白を静かに埋めた。


「……結局のところ、現時点では判断しようがありませんな。これ以上の調査は、香月君本人の状態が安定するのを待つほかないでしょう」


「うん。あたし達にできるのは、しばらく黙って見守ることくらいだと思う」


 陽子はそう言いながら立ち上がると、焦げ跡の残る空間を見渡した。まるで、そこにまだ何かが潜んでいるかのように──何かを、待っているかのように。


「それに、彼の中に居た何かが、再び目を覚ますかどうか……その時、初めて私たちは真実に触れるのかもしれない」


 ジェイムズは頷き、懐中時計の蓋を閉じた。


「それまでは──そうですな。これ以上は、憶測で報告を重ねるのは控えるべきかとしれません。日本本部への報告は、詳細は未確認現象として留めておくつもりです」

「報告は……言える範囲で、それっぽく濁しといて」


 その一言を最後に、二人は会話を終えた。神の檻と呼ばれた施設の残骸の中に、また静寂が戻っていく。


 真相は、未だ霧の中にあった。

 結論は──まだ、誰にも出せなかった。


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