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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅰ 『EVE誘拐事件編』
13/160

12.大神便利屋事務所にて⊕

 その日はそれで解散となった。満月亭を出た香月・イヴ・クレアの三人は歩いてイヴの自宅に寄った後、イヴが荷物を纏めてきた後に大須商店街に向かった。ジェイムズの指示通りに香月の自宅兼事務所に向かう為だ。

 

 商店街の中は時折遠くから車の走る音が聞こえる程度で静かな様子だった。それに加えて三人の足音とイヴが引くキャリケースのガラガラとした車輪の転がる音だけが響いている。

 

『カヅキの家ってどんな所なの?』

 

 夜8時を過ぎ、(ほとん)どの店がシャッターを閉めているが、ちらほらとやっている店があるので通りを歩いていても人の目はそれなりにある。クレアは自分の口パクに伝声魔術で発生させた声を合わせているようだ。……器用なヤツだな。

 

「んー……俺のは便利屋の事務所兼自宅って感じだよ。ジェイムズに前任者が使わなくなって余っていた所を手配して貰ったんだ。二人のチームだったらしい。だから、一人で住むには少し間取りが広い。2LDKだ」

 

 間取りを聞いて、クレアが疑問を浮かべる。

 

『ん……? 空けようと思えば二部屋って、リビングは多分事務所だよね? カヅキは何処で寝るの?』

「んー……」考えるように香月が上を向く。「まあ、ソファとか?」

『何で疑問形なんだい? カヅキって変な所いい加減だよね。何も考えてなかったの?』

「一応、リビング以外の各部屋にベッドが二つあるな。片方は俺が普段使ってるんだが、そっちはクレアが使えよ。もう片方はイヴに使わせる」

『カヅキの部屋……』

 

 そう聞いて、何か思い浮かぶ物があったのかクレアが黙り込む。

 

「どうした? クレア」

『ううん、なんでもないよ』


 クレアが肩をすくめてみせる。香月はその態度に少し引っかかるものを覚えたものの、それ以上追及する事なく話を続けた。

 何せ、顔色からではクレアの考えている事というのは少し読みにくいからだ。

 

「イヴには少し不便をかけるかもしれない。とりあえず、協会がちゃんとした所を手配してくれるまでの辛抱(しんぼう)だ」

「うん……」イヴが頷き「……あの、本当に良いのかな?」

「何がだ?」

 

 聞き返す香月に、イヴが申し訳なさそうに返す。

 

「だって、私なんかのせいで……」

「気にするな」香月はぶっきらぼうに言ってみせた。「俺がやりたいからやってる。それに、イヴも芸能活動を続けたいだろうに妙な事に巻き込まれてしまってるからな」

「でも──」とまだ何か言いたげなイヴを遮るように香月が言った。

「とにかく、心配するなよ。必ず、俺達が元の生活に戻してみせるから」

 

 アーケード街の裏路地に入り、少し進んだ先。住宅と古めかしい商店が入り交じっている地域がある。そこにあるマンションの二階が香月の事務所兼自宅だ。

 

「あそこだ」

 

 香月が窓ガラスに貼ってある事務所名を指さした。大神便利屋事務所。捻りもないネーミングだが、自分の表向きの職業を記号付けするには逆にそれがちょうど良かった。

 

「すごい……何か、推理系漫画の主人公の家みたい……」

 

 イヴが呟くのに、クレアが続ける。

 

『なるほど……あれがカヅキのおっぱい星か……』

「もうその話を引っ張るのはやめてくれ……」

 

 しみじみとするクレアに、香月がげんなりとした表情で言った。


     ◆


「わあ、結構広い……」

 

 二階に上がり、事務所の扉を開けた所でイヴが感激したような声を上げた。

 

 中は事務所にしているリビング部分だけでも十二畳程の広さで、三人が過ごすには手狭という程ではなかった。部屋の中央に事務用の机、その正面に応接セットが置かれている。

 

 事務机はもしかしたら前任者の趣味なのかもしれないが、木製で重厚感のあるマホガニー材の物だ。応接セットもシックな雰囲気の物でまとめられている。

 

「ここなら誰にも邪魔されないからな。必要になったら使ってくれ。一応、人祓いの結界も張っておくよ」

「うん……ありがとう……」

『ここがカヅキの家か〜』

 

 クレアはそう言いながら香月の案内で中へと進んでいく。どうやら室内を見て回るようだ。

 

 事務所の中をざっと案内し終えると、香月達は事務所奥にある自宅スペースへ進んだ。事務所の中に扉は四つあり、その一つが香月の寝室。

 もう一つが使っていない部屋。前の前任者が用意していた家具類が一通り揃っている。残りの二つがトイレとバスルームだ。

 

 リビングの奥の壁の向こうにはこじんまりとしたキッチンスペースがある。香月自身はあまり自炊はしてないのでここに用があるのは冷蔵庫と食料庫にしてる棚ばかりだ。

 

『何というか……割と普通の部屋ではあるね。置いてある家具の趣味はすごく魔術師的な面はあるけど』

 

 一通り見て回ったクレアが素直な感想を述べる。香月はそれで良い、という風に頷いてみせた。

 

『台所も割とちゃんとしてるし、ベッドもふかふかだし……それにしたってもっとこう、秘密基地みたいな部屋をイメージしてたんだけどな』

「そんな大層な部屋にするつもりは無いぞ。俺達の本業はあくまで魔術協会の構成員(エージェント)だからな。いずれこの拠点を出る事になるなら、荷物は最低限で十分だ。元々用意されてた家具はそのまま後任に譲るさ」

『カヅキのそういう割り切った所、ボクは好きだよ』

「そうか。そりゃどうも」

 

 クレアの言葉にぶっきらぼうに返し、香月はイヴの方を見た。

 

「イヴも自由に使ってくれ。とはいえ、今日はもう遅いからな」

 

 時計を見ると既に時刻は午後10時を過ぎていた。

 

「夜の護衛は教皇庁の連中がやってくれるらしい。あの吸血鬼も居るらしいから安心して良い。さあ、風呂はあっちだ。二人とも先に入っておいてくれ。俺は──」

 

 そう言って、事務所の応接セットの方まで歩いていく。茶色い革張りのシックなソファに横たわった。

 

「二人が終わるまで少し寝てるよ」

 

 そう言って、本当にそのまま寝始めた香月に、クレアとイヴは呆れた様子で顔を見合わせてから苦笑した。


     ◆


「お風呂、上がったよ」

 

 午後11時を少し回った頃。先に風呂に入り終えていたイヴがリビングにやって来た。その声に目が覚める。

 

 その格好は日中着ていたラフなTシャツとミニスカートの姿ではなかった。目覚めたばかりの香月のぼやけた視界にはよく見えなかったが白地に黒で何やら文字が書いてあるTシャツと黄色のショートパンツに着替えたようだった。

 

「ああ……もうそんな時間か……」

 

 応接用のソファで横になっていた香月が身体を起こすと、寝ぼけ眼を腕でこする。視界が戻ってきて、次第に物が見えるようになってきた。イヴの方を見ると、ソファの背もたれ越しに立って横になってた香月を覗き込んでいたようだ。

 

 着ているTシャツに書いてある文字は『睡眠時間48時間』だった。

 

 何なんだ、その謎センスのTシャツは。もしかしてパジャマ代わりにしてるからか?

 それにしてもそんな服を着ていても、やはりモデルだからなのかそのスタイルの良さで着こなしてるようにすら見える。いや、そんな事もないか。やっぱりなんかちょっと変だ。

 

 そんな事を思っているとイヴがクスリと笑った。

 

「本当に寝ちゃってたね」

「ああ、少しな……ところでクレアは?」

「今、お風呂に入ってるところだよ」

「そうか……」

 

 そう言って欠伸をした香月がイヴの方を見ると、彼女の頬は透き通った白い肌に浮かび上がるようにほんのりと赤く染まっていた。風呂上がりだからか、それとも別の理由があるのか。それはわからないが、少なくとも自分と同じ様にまだ彼女も眠たくはないらしかった。

 

「あ……えと……」

 

 そんな香月の様子をじっと見ていたイヴが急にそわそわし始める。

 

「……どうした?」

 

 不思議そうに尋ねる香月に、イヴが何やら慌てた様子で答えた。

 

「う、ううん? なんでもない……」

 

 そうやって、まごまごしつつも香月の座っているソファと対面に置いてあるソファにイヴが座る。

 

「……?」

 

 香月がそんなイヴを見て首を傾げる。

 二人の間に沈黙が流れるが、意を決したようにイヴが口を開いた。

 

「か、香月さんに聞きたい事がある……の」

「聞きたい事?」

 

 そう返すと、イヴは静かに頷いた。

 

「あのね、倉庫での事。何で、香月さんはあんな親身になって助けてくれたのかなって……」

「……」

 

 香月は考えるように少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「自分でも上手く言えないんだけどな……あの時、俺はイヴの事を他人のように思えなかったんだ」

「……え?」

 

 香月の答えに、イヴは戸惑った様な声を上げた。その反応に苦笑しながら、香月は続けた。

 

「俺は幼い時に事故で両親を亡くした後、イギリスで人身売買で魔術師に売られたんだ。とある指名手配されたはぐれ魔術師の手に渡った俺はそこで魔術的な改造を施されてな。身体は、色んな所が他人の物に挿げ替えられた。もう、元々の自分の身体じゃない……」

 

 魔術に触れた事のない一般の人間が聞けば、震え上がってしまうようなおぞましい話ではあった。

 イヴの喉が鳴る音がした。香月がする話を静かに聞いている。

 

「それで魔術協会に救出されて、今は協会の構成員(エージェント)をしている。……イヴには俺のような目に遭って欲しくなかった」

「……」

 

 イヴは、香月の告白にどう反応して良いかわからないようだった。それも仕方ない事だ。受け止めるにはあまりに重い内容ではある。

 

「だから、俺はあの倉庫でイヴが酷い目に遭わされているのを見て放っておけなかった。……ただ、それだけだ」

 

 そう締めくくると、香月はソファに深く座り直して目を閉じた。これ以上話す事はないとでも言いたげに。

 

「……ありがとう」

 

そんな香月にイヴがぽつりと言った。

 

「私ね……ずっと自分が嫌いだったの……」        


 そう言って、自分の着ているTシャツの裾を両手で握った。

 

「私もね、小さい時に両親が居なくなっちゃったの。理由はよく知らない。おぼえてないしわからなかったから……。それで教会の支援で運営してる児童養護施設に預けられたの。そこで色んな人に助けられて育った……」

「……そうか」

「でも、色んな人に助けられても自分の中の一番大事な所だけは満たされなかったの。どうしてなのか自分でもわからなかった。そんな自分が嫌いだった。だから、私は高校を卒業してからモデルになったんだ。自分一人で生きていけるように。漠然としててわからないけどなりたい自分になれるように。ずっと満たされない何かがわかるようにって。けど……」

 

 イヴはシャツの裾を更に強く握り締めた。Tシャツにしわが寄る。まるで、自分が着ているこの服を破き捨てるかの様に強く握りしめられていた。

 

「少し……今、こんな状況になって色々わかっちゃったのかもしれない。何で、私があの施設に預けられていたのか……とか」

「……神の子の再臨、か」

 

 そういえば、あの吸血鬼神父が言っていた。教皇庁はイヴの事をそう考えていると。

 恐らく、預けられた児童養護施設は彼女を目の届く所に置いていたかったからそうなったのだろう。教皇庁は彼女が幼い時からわかっていたのだ。

 

 彼女が芸能事務所に入って、モデルとして生きていけるようになるまでに彼女にもそれなりの苦労はあったのだろうが、施設を飛び出した後もそれでも教皇庁は彼女を密かに護衛対象にし続けた。

 彼女は、ずっと昔からどこかで誰かに守られているような感覚を無意識に薄々感じていたのかもしれない。

 

 だから独り立ちを夢見て外へ飛び出した。そうであっても尚、籠の中の鳥のような扱いを受けている。なりたい自分にはどこかなれていない。そういう話なのだ。

 

「どうして、こんな初めから決まってたみたいな……感じなのかな……。もし、私が……私の身体を目当ての魔術師達に見つかったらどうなるのかな……」

「……」

 

 イヴの問いに、上手く答えられずに香月が押し黙る。躊躇うように首を横に振るくらいしかできなかった。少しの沈黙の後、イヴは続けて口を開いた。

 

「元々、そうだったのかもしれないけど……きっと私はもう戻れない所に居るんじゃないかって。今はそう、思う……」

「…………」

「だからもう、色んな事を隠されて……知らないまま生きたくないと思ったの。私の事は私が決めたい。私が私であるために……」

「……そうか」

 

 そんな短い香月の答えを聞いてからイヴは意を決したようにソファから立ち上がった。

 

「……香月さん」

「……何だ?」

 

 香月が問うと、イヴは香月の前まで歩いてきて改めて向き直った。そしてシャツの裾を掴んでいた手をそのまま上げ、Tシャツをたくし上げた。

 

「お、おい……!?」

 

 香月の制止を振り切るようにイヴがTシャツを脱ぎ捨てる。そのまま、ショートパンツに手をかけると下ろし始めた。

 

「……あのね、香月さん」気恥しそうに香月から目を逸らしながらイヴが言う。「私……香月さんにまた助けて欲しいって思ってる。図々しいよね。でも、私から何か差し出せる物もないから……」

 

 そう言って、イヴはショートパンツを足から抜き取った。

 

「だから、私をあげる」

「な……」

 

 香月が絶句する。イヴはそんな香月の反応に構わず、そのまま履いていた下着も下ろして一糸まとわぬ姿になった。

 

「お……おい……」

「お願い……私を見て」

 

 そう言って、イヴがソファに座る香月に跨るように膝立ちになる。その身体は微かに震えていた。

 

「……っ!」

 

 そこでやっと香月が我に返ったようにイヴの肩を掴む。

 

「待て、落ち着けイヴ」

「私は落ち着いてるよ……っ!」

 

 イヴはそう叫んで、両肩に置かれた香月の手を振り払った。そしてそのまま、その身体を強く抱きしめる。

 

「お願い……」

「……っ」

 

 香月はそんなイヴに何も言えず、ただされるがままになっていた。彼女の震えが直に伝わってくる。それは寒さからくる物ではないのは明白だった。

 

 彼女は怯えている。

 

 その恐怖を和らげてあげる術を考えてみようにもどうしたらいいのかわからない。

 

「……私の事、嫌いでもいいから……見て……」

「イヴ……」

「お願いだから……っ」

 

 そんな悲痛な声を聞いて、香月は覚悟を決めたように身体を起こした。そのままイヴの身体を抱き上げると優しくソファに座らせる。そして自分は床へ膝をついた。

 

「……」

 

 イヴは何も言わず香月の動きをじっと見ていた。そんな彼女に視線を合わせながら、香月は着ているスタジャンを脱ぎ始めた。

 

「言っただろ。本当に……心配しなくても良いんだ」

 

 そうして、脱いだそれをイヴの身体を隠すように覆いかぶせた。

 

「イヴの覚悟だけはわかったから……それだけは受け取るよ。でも、それ以上は受け取らない……。もう決めているんだよ。君をちゃんと守るって」

「…………」

 

 それだけ言い、香月が立ち上がり事務所の玄関の方まで行く。

 

「暫く外に居るよ。風邪……ひかないように、な」

 

 そう言って、事務所の玄関が閉められた。イヴはソファに座ったまま呆然としていた。

 

「香月さ──」

 

 そんな彼の名前を呼ぼうとした、その時だった。玄関の向こうから轟いたけたたましい音がその場の空気をぶち壊しにした。

 

 ブビッブリリリリブチブチブチブチブリブリブリビブバッブッバァッ!! ドゴォンッズドォンッ!! ブビブビビブリィッ‼︎

 

 聞くに耐えない汚い轟音が鳴り響く中で、香月の叫ぶ声が聞こえた。

 

「くそっ! クレアの奴の仕業かよ!」

 

 轟音の正体はクレアの腹いせの音魔術だったようだ。風呂の中からこっそり二人のやり取りを集音魔術で聞かれていたらしい、深夜の近所迷惑などお構い無しに香月に対して無言の抗議が行われている。

 

「ちっくしょおおおおっ!!」

 

 そんな香月の声が聞こえた後、そのけたたましい音が玄関から遠ざかっていった。

 それを確認してから、イヴがソファから立ち上がった。

 

「もう……」

 

 そう呟くイヴの顔は、クスッと笑っていた。



挿絵(By みてみん)

 

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