11.おっぱい星人⊕
ジェイムズが満月亭に戻ってきたのは、あれこれとイヴの体質の解析をし終えてから5分程経った後だった。
扉を開けて店内の様子を見ると、何やら妙な空気になっているのを察すると首を傾げながらもジェイムズが口を開いた。
「どうした? イヴさんの事は何かわかったのか?」
「そりゃあもう! むふふ〜、イヴちゃんのあんな所とかこんな所までわかっちゃった〜♪」
かりんが楽しそうに言うのに、香月とイヴが何やら気まずそうにお互いに視線を下に向ける。
『おじ様。イヴさんはおじ様が言ってたみたいに、始祖人類の持つ特徴に近い物があったよ。魔力も魔術に対する耐性も、色々と凄い物があったみたいだよ』
かりんの言う事だとまた変な方向へ脱線しかねないと空気を読んだのだろう、クレアが進んで発言する。
クレアの言葉に、ジェイムズは顎に手を当てて考えるような仕草をした。
「ふむ……そうか。それならディヴイッドに対する対策はかなり厳重に考えないといけないな……」
『それから、カヅキがおっぱい星人だってわかった』
「おっぱ……ん? 何だって?」
素直に復唱しそうになってジェイムズが思わず聞き返す。
『カヅキがおっぱい星人だってわかった』クレアがまるで念を押すようにもう一度言った。『カヅキの故郷はおっぱい星なんだよ』
「ちょっと何言ってるのかわかんないんだが!?」
香月は慌てて否定したが時既に遅し。クレアの奴、表情からわからないがもしかしたら不機嫌になってるのかと思いながら、クレアに抗議の視線を向ける。というのか、つい最近まで故郷に居たのに何でそんな言葉を知っているんだ。
その様子を見て、かりんがニヤニヤしながら香月を揶揄う。
「あらあら〜、カヅキ君ったらえっち〜」
「いや、その……これは……」
「……ふーむ」ジェイムズがその場に漂う妙な空気に眉をひそめ、しどろもどろになる香月に問う。「カヅキ、お前……イヴさんに何か良からぬ事でもしたのか? 彼女は大事な護衛対象なんだぞ。そんな風ならこの任務からお前を……」
「いや、その……。何もしてねえからな!」
ジェイムズの厳しい視線に、香月はたじろぎながら答える。
「本当か? イヴさんは芸能事務所に入ってる芸能人なんだ。それどころか教皇庁に重要人物と目されている。そんな子に何かしたら……」
「本当なんだっての!」香月が必死に弁明する。「お、俺はただ……! 解析魔術でイヴの魔力容量がわからないかってやっただけで……!」
「で、イヴちゃんが隠れ巨乳だってわかって盛大に鼻血吹いちゃったんだよねぇ〜。あの細さでFカップは凄い凄い♪」
余計な事を付け加えるようにかりんが言う。その発言にイヴが恥ずかしそうに更に下を向き、香月がかりんに声を上げる。
「かりん!」
「え〜? だってそうでしょ〜?」
「いや、あのな……」
イヴが恥ずかしそうな表情を浮かべながら口を開く。
「私、人に見られる職業ですし……別にプロフィールでオープンになってる情報ですので……。だから、このくらいで取り乱す方がおかしいんです……。でも、ちょっとだけ……恥ずかしかったです……」
消え入りそうな声でイヴが言う。更に誤解を招きそうな表現だ。
そんなイヴの様子に、ジェイムズはふむと頷くように顎に手を当てた。
「成る程な……。カヅキがそういう奴なのはよーくわかった。だが、護衛対象にそんな目線を持つべきではないと思うぞ。まったく、度し難いな……」
『カヅキはおっぱい星人』クレアがまた言った。『だからイヴさんのおっぱいに視線が釘付けだったんだよ』
「こ、こら! 誤解を招くような発言はやめろ!」
狼狽する香月の顔を見、クレアは口元を緩めて目を細めた。どうやら今の香月の反応が面白くて仕方ないらしかった。
ジェイムズがイヴに向き直り、人差し指をピンと立てた。
「イヴさん。今ここではっきりさせておきましょう。カヅキは貴方を護衛する任務に当てるつもりです。いえ、当てるつもりでした」
その言葉に香月とイヴがジェイムズの顔を見つめる。その視線を受けても尚、ジェイムズは真剣な表情で続けた。
「この任務中、カヅキが貴女に対して不埒な行為を働く可能性があります。ですので、彼をこの任務から外します」
「え……」
イヴが声を漏らす。香月が慌てて口を挟んだ。
「だから! 俺はそんなんじゃねえって!」
「まだ言うのか。これ以上言い訳するようであれば暫くお前を謹慎処分に──」
「待ってください、ジェイムズさん」と、ジェイムズの言葉を遮ってイヴが口を開いた。「香月さんの言ってる事は本当ですよ。解析魔術? を使ってる時にちょっと色々わかっちゃっただけなんです。それで、香月さんが鼻血を吹いちゃったのは……多分、その、興奮したからとかではなくて、たぶん、えーと……」
色々頑張って香月の代わりに弁明をしようとするのだが、色々と思考が追いついていないようだった。
「んっと……」
イヴがまごまごしていると、ふと香月の方を向いて小首を傾げてくる。
「その……私ね、この前水着でグラビア写真をスタジオで撮ったの。そういう仕事もしてるから。ちょっと大胆な構図のもあるよ。谷間とかすごいの……とか。スマホのアルバムに入れてあるから……見る?」
違う。そうじゃない。
おかしい、弁明して貰える筈の流れだったのに微妙に流れが戻ってきてしまっている。何かしら真面目な言い分を考えてる時にもしかしたら本当にそうなんじゃないかとか思ったんじゃなかろうか。
もしそうなら、その気遣いの仕方は多分ちょっと間違ってるような気がしないでもない。
イヴがジェイムズに向き直る。
「……だから、あの。香月さんを任務から外すのは辞めてあげてください。まして処分だなんて……。それに、香月さんは倉庫から助け出してくれる時、真剣に私の事を守ろうとしてくれました。私、香月さんと一緒なら安心できると思うんです」
その口ぶりにジェイムズが息を漏らす。
「なるほど、わかりました……。イヴさんがそうおっしゃるのであれば。それでは早速なのですが──」
ジェイムズがコホンと咳払いをする。
「今後の話をしていきましょう。貴方の芸能活動についても」
そうしてジェイムズはイヴの今後の活動について話を始めた。
「まず、イヴさんの今後についてですが……。一旦、芸能活動はお休みをして頂きます。もう既にイヴさんの事務所には構成員を密かに手配してありますので活動を再開しても支障は出ないようにはしてあります。心的な要因による体調不良、という形で事を進めて行きます」
「ええ……」
「この事件が解決してイヴさんの安全が確保されるまでの話になりますが、それまでは護衛を常に付けさせて頂く事になるのでその部分だけご了承ください」
「……わかりました」
イヴが頷くのにジェイムズは続ける。
「それともう一つ、こちらが指定した場所で生活して頂くことになります。魔術協会のセーフハウスを手配させて頂きます。これは警備上の都合もありますが、一番はイヴさんの安全を考えてのことです。そこには結界を張っていますので」
「結界?」
イヴが首を傾げるのにジェイムズが答える。
「ええ。協会ではよく使う手です。魔術師は魔術を秘匿しなければいけないので、その為に魔術的な防御手段をビルや施設などに施すんです。勿論、この満月亭もそうです」
「へぇ……そうなんですか……」
「ええ。ですから安心して過ごして頂ければと。ただ場所をご用意するのに何日かお時間を頂く事にはなりますので、その間は護衛の係に付ける者の家に寝泊まりして貰う事にはなってしまうのですが……」ジェイムズが香月に視線を向ける。「カヅキ、確かお前の事務所が空いていたな?」
「あ、ああ……。確かに、やろうと思えば部屋が二つほど空けれるくらいに余裕があるな」
「なら、そこでいいだろう。カヅキ、お前の家に泊めてやってくれ。護衛のサポートでクレアも一緒にだ」
「え?」
「は?」
イヴが驚きの声を上げ、香月が声を上げる。ジェイムズはそんな二人に構わず続ける。
「なんだ? 何か問題でもあるのか? それともお前の家には泊められないとでも?」
「いや、そういう訳じゃないんだが……」
香月が口ごもるのを見て、イヴが口を開く。
「あの……私なら大丈夫ですよ? その……香月さんの家に行ってみたいです」
「えっ?」
イヴの言葉に香月が戸惑う。ジェイムズはそんな二人を気にせず続ける。
「そうか、なら決まりだ。カヅキ、いいな?」
「……あ、ああ」
香月がそう答えるとジェイムズは頷く。
「じゃあそういう事で頼む。こちらがセーフハウスを用意できるまでの間の話だ。しっかりやってくれ」
イヴの今後についての話が終るとジェイムズは立ち上がった。そして満月亭の扉を開けて外の景色を見た。
空は暗くなり始めており、外では日が完全に落ちてしまっていた。
Tips:『おっぱい星人』
O81星雲に存在するおっぱい星出身の侵略型宇宙人である。
主に地球人の女性の乳房を愛好しており、大きな乳房に対して並々ならぬこだわりを持つ。
有識者によると彼らの目的は、侵略した惑星を支配下に置き、母星の文化を広めることにあるそうだ。
本作の場合、このワードが示す人物は主人公の大神香月である。
……まったくのデタラメな嘘である。
【更新について】
一部の用語・表現を修正、イヴのセリフに加筆を行っています。