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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
短編「姫咲かりんは酒が強い」
106/160

前編⊕

 この話の時系列はEpisode Ⅰが始まる前の頃合です。

 なので本編に絡む事の無いエピソードなので短編という形になりました。

   *注意書き

 

 この物語はフィクションです。登場人物が過度にアルコールを摂取するシーンが含まれていますが、これは物語の演出の一環として描かれています。

 また、この物語の登場人物はアルコールに対する特殊な訓練を受けて、軽く人類を辞めて異常に強靭な肝臓を持ってしまっていると思ってお読み下さい。

 現実世界での過度な飲酒は健康に深刻な影響を与える可能性があり、推奨されるものではありません。またこの物語は過度な飲酒を推奨している物でもありません。

 適度な飲酒を心がけ、法律や社会のルールを守りましょう。また、未成年者の飲酒は法律で禁じられています。読者の皆様が適切な判断をされることを願っております。

 お酒は適度に楽しんで飲みましょう(笑)


          ◆

 

 名古屋。

 その繁華街である錦三丁目には「地上最強の女」が居るという都市伝説がある。

 その女の通り名は「千杯鬼姫(せんぱいきき)」。彼女の事をアフターに誘い、沢山飲ませて酔い潰そうとしてきた男達を全員返り討ちにして来た、まごう事なき酒豪のキャバ嬢であるという噂もあれば、一見酒豪には見えない普通のお姉さんでやたら酔いの覚めが早いだとか、姫って名前が付いてるが本当は身の丈2メートルもある大男だという説すらある。

 噂が尾びれ背びれ、ついでに胸びれまでついておまけに毛まで生えている程度の膨れ上がった噂がちょっとした都市伝説と化しているのだ。

 その名は何故か全国に轟き、錦三丁目の夜を渡っていればいずれその千杯鬼姫に巡り合うという。

 しかし、その千杯鬼姫に巡り合えた自らを酒豪であると豪語していた者達は口を揃えてこう言うのだ。

「あれは人間じゃない。人間を超えた何かだ」と。


     ◆


「ろわぁ〜、ヤスさんおはようございまぁ〜」


 錦三丁目の路面店。その店前で立つボーイに呂律の回らない口調で挨拶をしたのは、このキャバクラ「LUXE(リュクス)」の売れっ子キャバ嬢である姫咲かりんその人である。

 

「おはよう。かりんちゃん。相変わらず飲んでるね」

「ぜ〜んぜん! 今日はぁ、ま〜だこれだけしか飲んで無いよぉ〜?」

 

 ホワホワとした口調でそれだけ言って、かりんは指を四本立てて飲んできたお酒の量を見せようとする。

 ヤスと呼ばれたボーイは「ははは」と声を上げて笑む。

 

「あー、分かってる分かってる。この仕事を始めてからもう五年くらい経つからね。かりんちゃんがお酒強いのは知ってるからさ。うーん、多分メガジョッキ四杯くらいかな?」

「う〜うん、ボトルで四本だよ〜。しかも割り物なし換算で〜。あとねぇ、お客さんに貰った分を足したらぁ〜……う〜ん? 六本くらいかなぁ〜?」

「あ〜うん。やっぱりかりんちゃんは凄いやあ……」

「えへ〜」


 嬉しそうに笑うかりん。

 ヤスはそんな様子を見て、思わず苦笑する。

 しかし、こんな酔ってる状態でも普通にどころかそれ以上の仕事が彼女はできる事もヤスはよく知っていた。彼女はトークスキルも上手ければ、お客さんに楽しくお酒を飲ませるのが本当に上手だ。

 

「……じゃあ今日も頑張ってね」

「うん! ありがとう! またね〜」

 

 そう言って店の中に入っていくかりん。

 その背中を見送りながら、ヤスは心の中で呟いた。

 

「……かりんちゃん、相変わらず凄いなあ……まだ飲むのか。さすがこの街の都市伝説になっただけはある」

 

 そう、千杯鬼姫はかりんの事なのである。

 

「千杯鬼姫に巡り合えた時に自分を酒豪だと自称していた者は、皆その身をもって千杯鬼姫の恐ろしさを知る」

 

 この話はそんな都市伝説がまことしやかに囁かれる程に有名な話であった。

 それ(ゆえ)に、彼女に挑もうとこの街にやってくる自称酒豪達は少なくない数に昇る。

 それは、例えるなら酒のストリートファイトだ。

 千杯鬼姫に挑み、そして打ち負かされる者達が生まれる時間。彼女が築き上げる屍の数がまた増える時間。それは、このキャバクラが営業時間を終えた後だ。

 今宵もまた、千杯鬼姫に挑む挑戦者達が夜な夜な現れる。

 

「今夜は、どんな伝説が生まれるのかねえ」

 

 今宵もまた一人、また一人と。


     ◆


「名古屋で飲み歩いて一ヶ月……やっと巡り会えたね、貴女が千杯鬼姫? 私は新宿酔狂丸しんじゅくすいきょうまると呼ばれてる。私の箔をつけるため、貴女に勝負を申し込みに来たわ」

「んあ〜? 千杯鬼姫ぇ〜?」

 

 アフターで来たバー『セブンスヘヴン』でかりんはまた下心で酔い潰そうとしてきた男性客を逆に撃沈させて一人で飲み続けていたその時。

 目の前に現れた一人の女性。その女性を見た時、かりんは一瞬で彼女が自分への挑戦者だと理解した。



挿絵(By みてみん)


 

「いいよぉ〜! わ〜い、飲もう!」

「え、えっ? いいの?」

 

 あまりにもあっさりと勝負を受けてもらえるとは思わなかった新宿酔狂丸こと歌舞伎町のキャバ嬢である星宮るかは拍子抜けする。かりんはそんなるかに笑いかけながら言う。

 

「もっちろん〜! だって私、お酒大好きだからぁ♪」

 

 そんなかりんの笑顔に一瞬惚けたかの様に見とれたるかだったが、すぐに気を取り直すと彼女に向かって言った。

 

「じゃあ、勝負よ。千杯鬼姫」

「うん♪」

 

 そんな二人の様子をカウンターから見ていたバーテンダーが一人。

 このバーのマスターであり、かつてはこの街で名の知られたホストの一人として名を馳せていた人物、四ツ村克也だ。そんな克也は二人のバトルを懐かしそうに眺めながら隣に立つ男性に言う。

 

「──まあな。かりんちゃんは昔っから酒が大好きだったから、よく飲み勝負を挑まれてたんだけど……そのほとんどを受けて立ってさ。しかも、その全てを打ち負かして行ってるんだ」

「へえ! そりゃ凄いなぁ!」

「ああ。かりんちゃんはガチで強いぞ? なんせ、かりんちゃんの肝臓は都市伝説級に丈夫だからな!」

 

 克也がそう言ったタイミングで、かりんの「カンパーイ!」と言う声とグラス同士がぶつかり合う音が店内に響き渡った。

 

     ◆


「うぇ〜い! もう飲めないよぉ〜」

「あれぇ〜? もう終わりなのぉ〜?」


 勝負開始から二時間。

 バーカウンターに突っ伏し、すでに意識がふわふわと霧の中に沈んでいたるかを、かりんはグラスをくるくる回しながら見下ろしていた。彼女の声はまだしっかりしている……というか、むしろ開始時よりも滑舌が良くなっている気がする。いや、元から酔ってたから多分気のせいか。


「おかしい……そんな……私……新宿じゃ負けたことないのに……。24時間だって飲めるのに何で……何このハイペース……」

 

 るかはかろうじて顔を上げ、グラグラ揺れながらも最後の気力を振り絞って言葉を発する。

 

「どうして……酔ってないの……?」


 かりんは、そんな彼女に満面の笑みで答える。

 

「酔ってるよぉ〜? ほらぁ〜、ほっぺ真っ赤〜」

「……じゃあ、なんで……そんな平気なの……」

「ん〜〜〜……」

 

 かりんは少しだけ首をかしげたあと、嬉しそうに指を一本立てる。


「私ね〜、たぶん……お酒が血液なの〜♪」

「は……?」


 よくある酒豪や酒好きの言う常套句だ。

 るか自身も言った事がある。だが、酒飲みとしての格が違い過ぎる。

 そう思った瞬間、るかの意識はぷつりと途切れた。

 グラスの中の琥珀色の液体が、氷と共にカラカラと音を立てていた。




挿絵(By みてみん)



「んぇ〜! かりんたん! 居るじゃろ〜、私と勝負せえやぁ〜!」


 バーの扉が開いたかと思うと、そこから入ってきたのは、酒瓶を片手に千鳥足で現れた女──清香だった。

 目は座っており、足元はふらつき、それでいてなぜか足さばきは妙にしなやか。舞台上で鍛えた重心バランスは酔っていても健在らしい。


「わあ〜! 清香ちゃーん! やほ〜! 飲んできたの〜?」

「うんじゃよ〜! 今日はね〜、劇団の公演千秋楽じゃったけぇ〜! み〜んなでドンチャンしてきたんよぉ〜! でも! でもじゃよ! 何か物足りなくてな! 思ったんじゃあ! かりんたんに会いたいってぇ〜!」


 清香はそのままかりんの隣にどっかりと腰を下ろす。バーテンダーの克也が苦笑しながら言った。


「おいおい、清香ちゃん。だいぶキテるな……」


 だが、この店のマスターである克也は知っている。彼女こそが、千杯鬼姫伝説の影の立役者。

 そう、本物の千杯鬼姫である姫咲かりんの(ファントム)。もう一人の千杯鬼姫、一条清香だ。

 ちなみに何でそんな事になっているかと言うと、清香もとんでもなく飲みっぷりが良いのだ。お陰で千杯鬼姫と勘違いされて飲み勝負を挑まれるのだが、その悉くを泥酔の縁に沈めている。

 そして千杯鬼姫と、勘違いされたままその伝説が加えられるのだ。

 そして、かりんを知り清香を知るこの地域の常連達は清香の事を密かにこう呼ぶ。

『千杯影姫』と──


「じゃけん! 今日もやるんじゃろうがぁ〜!」


 清香が焼酎の700ml瓶を掲げてドンとバーカウンターに叩きつけるようにして叫ぶと、周囲の客たちが自然と距離を取り始めた。

 何故なら知っているのだ。この店で千杯鬼姫ともう一人の千杯影姫が揃ってグラスを交わすという事は、ひとつの夜の終わりだ。

 そう、それはまるで魔族と魔族同士の熾烈なる戦い。

 今宵も刻まれる伝説の始まりでもあるということを──


「んへへ〜、もちろん飲むよぉ〜清香ちゃ〜ん♪」

「じゃあ、まずは乾杯じゃな!」


 二人のグラスがぶつかり、甲高い音が店内に響いた。その瞬間、克也はそっと棚の下から分厚い帳簿を取り出した。そこにはこう記されている。


《千杯鬼姫 vs 千杯影姫 飲み勝負記録帳》


 今夜で、このページも何度目になるだろうか。克也は開いたページの余白にそっと今日の日付を記す。


(202X年4月25日。清香、既に広島弁モードになるまで酔ってる。(生まれも育ちも愛知県民のくせに)舞台で広島弁で喋る役でもやったのか? 開幕ダッシュは凄まじい。かりんはいつも通りフワフワだが、多分この状態でそのまま夕方まで飲み続けられる)


「じゃあじゃあ〜、まずは勢い付けにテキーラのショットからいくよ〜!」

「ふん! ぬるいのう! そんなんじゃ酔えんのじゃ〜!」


 二人はあっという間に五杯、十杯とショットグラスを空けていく。酔いが回るどころか、かりんの顔の赤みは薄れていき、清香の口調は標準語に近づいていく謎現象が起き始める。まあ、もちろん二人ともだいぶ酔ってるのには変わらないが。


「……うん? 清香ちゃん、ちょっとしっかりしてきてない?」

「ふっふっふっ、私が何が得意かお忘れか!」


 ビシッとポーズを決めた清香。その姿は泥酔のはずなのに、やけにキマっていて、何かこう、無駄にカッコいい。さすが舞台役者といった所だろうか。

 そんな清香にかりんが、ははあと声を上げた。


「あ〜! 清香ちゃん、使った(・・・)な〜?」

「えへ、かりんちゃんの肝臓に追いつくならそのくらいのドーピングは許して欲しいかにゃぁ〜」


 そんな事を口にする二人。

 克也や他の客からすると、清香はアルコールの分解を早めてくれる錠剤やらドリンクやらを服用したのだろうと思っているのだろうが実際には違う。

 清香は自分の肝臓に回復魔術を発動して、アルコールの分解を爆速にした上に負担が掛からないよう回復まで施しているのだ。なんつー魔術の無駄遣いだろうか。だが、そんな事はかりん以外の周りの連中にはわからない。

 ちなみにかりんの場合はナチュラルに人外レベルの酒量をとんでもない速さで分解できる肝臓だから、飲むペースが遅くなると自然と酔いが覚めていってるだけだ。


「さーあ、始めようか〜! ゲームのルールは何にする!? カラオケとかどうだあ!」

「いいよ〜? かかってきなさい、清香ちゃん!」

 

 清香がグラスを掲げて煽るのにかりんも負けじと笑顔でグラスを高く掲げ、勝負が始まる瞬間を迎えた。


「ふふ、当たり前じゃ〜! じゃあ、いくよ、かりんてやん!」

 

 そうして、店内に二人が決めた曲が流れ始めた。

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