数式の亡霊Sheet4:カプ厨
[今日は特定の日付ではありません。]
「これだけなんです。それで"OK"ボタンしかないから、これ押すと…」
育美が"OK"を押すと、ファイルは閉じてしまった。
エルは静かに画面を見つめながらぽつりとつぶやいた。
「マクロですね」
「マクロかぁ、俺苦手」
と、アキラ。
「マグロ…」
オヤジギャグを言おうとして言いよどむ川口。
「マクロ見てみましょう。…あれ?[開発] タブが無いですね。設定変えないと…」
エルはテキパキと設定変更し、再度ファイルを立ち上げる。
今度はダイアログメッセージが出ても"OK"を押さない。
「アキラ師匠、この魔道具ってマクロ止める術式何でしたっけ?」
術式とはキーコンビネーションを指す。
「MacだからたぶんCommand+ピリオドじゃね?あ、Commandは左下のこれな」
今度はファイルは閉じないまま留まった。
[開発] タブから Visual Basic Editor を開く。
これでマクロと呼ばれるプログラムを見ることが出来る。
マクロをじっと見つめるエル。
「何か分かったぁ?」
アキラが顔を寄せモニターを覗き込む。
頬がくっつくほど近く、エルの尖った耳は折れ曲がっている。
「ちょいちょい、近い近い!アキラはん、それセクハラでっせ!」
川口がなぜか似非関西弁でツッコミを入れる。
「耳とかぺたんってなってるし、それ付き合ってる距離感やん。もしかしてラブラブなん?ねぇ、あきまへんよねぇ。そう思いません?」
川口は育美に同意を求めた。
だが、育美の耳に川口の言葉は届いていない。
顔を紅潮させながら独り言をささやく。
「尊い…」
かろうじて聞き取った川口が目を丸くする。
「えっ、なんやあんた"カプ厨"ってやつか。こっちも何かびっくりや」
初老の川口から"カプ厨"ってワードが出てくる方が驚きである。
育美もアキラが男性か女性なのかは知らないが、カップリング厨には異性愛も同性愛も関係ない。
己が推す者同士のカップリングにそんなものは瑣末事なのだ。
育美が戦力外と見るや、単刀直入にエルに問う川口。
「なぁ、エルちゃんは嫌やないんか?上司でも世話になってても嫌なら嫌って言ってええんやで」
もう似非関西弁を止める気はないようだ。
「別に嫌じゃないですよ。アキラ、いい匂いするし」
「!」
エル以外の三人に言葉にならない驚がくが走る。
「えっ、ちょっ、バッ、やめろ、匂いとか言うな〜!」
アキラがのけぞりながら逃げて行く。
「ゴフッ!」
育美が吐血のごとくカシスソーダを吹き出した。
「ワイはいったい何を見せられとるんや。ファイルはどうなるんや…」
一番無関係な川口がファイルの動向を気にしていた。