数式の亡霊Sheet1:スナック『エンター』
N市の歓楽街。
その店は北の外れ、ワンブロック向こうはオフィス街といった立地が良いのか悪いのか、なんとも微妙な所に位置している。
スナック『エンター』
カウンター席が五つと四人掛けボックス席が二つ。
一つは物置きと化しているが、何の支障もないといえる客の入り具合が続いている。
最近まで店主が一人で切り盛りしていた。
店主の名はアキラ。
客は「マスター」と呼んだり「ママ」と呼んだり様々だ。
要はどちらかよく分からない風体をしている。
意を決した猛者が単刀直入に尋ねる事もままあったが、
「企業秘密でして、すいません」
とはぐらかされる。
常連はそんな詮索はすっかりあきらめて、「アキラさん」呼びがデフォルトになっている。
ファッション雑誌の読者モデルといわれても納得の容姿だが、化粧っ気がなく性格も大雑把。
いや、いい意味で何事にも寛容というか細かい事は気にしない質といえばよいだろうか。
なので、一見さんをツケで飲ませて回収しそびれたり、嬉しい事があると
「今日は店のオゴリ!」
と、宣言してタダ酒を振舞ってしまう。
常連の客達は経営不振で店が潰れやしないかとヤキモキするのが常である。
そんな店主の『エンター』だが、最近チイママを雇い出した。
こっちはアキラとは異なり、どこからどう見ても女性なのだが、若干ユニークともいえる特徴によって「エルちゃん」と呼ばれている。
このご時世、容姿イジりは何かと問題視されがちだが、この件に関しては本人公認。
というか客の大半はそれをコスプレの特殊メイクと見ているのでルッキズムとはやや毛色の異なる話かも知れない。
何せ彼女の外耳は異世界ファンタジーに出てくるエルフの様に、やたら尖っているのだから。