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ほどける記憶


 ※エシャーティ視点でお送りします。


 思い出せない……


 どれだけ記憶を振り返っても思い出せない……


 あたしだけじゃない。アダムもイブもゴロも、あのアグニャですらおじさんのことを思い出せないでいる……!


 ずっとあたしたちの中心に立っていたあのおじさんの”名前”が、あんなに呼び交わしていた”名前”が、あたしたち全員の記憶から抜け落ちてしまった。


「みゃああああああん! にゃあああああああん!」

「ぐすん、泣きたくもなるよね、アグニャ……」

「うぅっ、なんでボクたちはあんなに親しくしてた彼の名前を忘れてしまったんだ」

「今までエリミネーターと過ごした記憶から綺麗に名前だけが抜けてしまった。それどころか、朝は鮮明に思い出せた声や顔がだんだん朧気に……」

「にゃあああご! 嫌だミャ! にゃんでおじちゃんはこんな時にいないんだミャ! 忘れたくにゃいみゃ! にゃあああご!」


 そう、今朝からあのおじさんが見当たらないのだ。この世界に帰ってきてからはほとんどずっと誰かと行動してたあのおじさんが、いきなりみんなの前から姿を消してしまったのだ。


 それにアダムの言う通り、時間が経つにつれてあのおじさんの顔や声、姿が曖昧なものになっていく。このままではいつかおじさん自体を忘れ去ってしまいそうなほど、あたしたちの頭から不自然に記憶が消されてゆく……


 と、もう一人この場にいない人物がいるのを思い出す。


 そう、マキマキおじさんだ。


「あ! そういえばマキマキおじさんもいないわよ!」

「そういえばいないミャ」

「オケアノスはいつも影が薄いから気づかなかった……」

「そうだゴロよ、そなたはオケアノスから加護をもらったのだろう? 呼び掛けたら来てくれるはずだ」

「呼び掛け……って、なんか海神が来たれとかいうアレ?」

「そうだミャ、そういえばおじちゃんはそんにゃ事言ってマキマキおじちゃんを呼んでたミャ!」

「うわぁ、恥ずかしいな……」


 そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! きっとマキマキおじさんが全部知ってるに違いないから、一刻も早く呼び出して話を聞かなきゃ!


 思い返せばゴロの奥さんたちが事故ってから何だかあのおじさん、顔は笑ってるのにどこか暗い表情を見せることが多かったし、きっとどこかで思い詰めているに違いないってあたしのカンが告げてるわ。


 もう……あたしはハッキリと好きって伝えたんだから、一回くらいは悩みを相談してくれてもいいじゃない。ばか。


「ホラ、はやく呼んで!」

「分かったよ。えっと……来たれ海神オケアノス?」

「ぬわぁぁぁぁぁぁん!」

「うみゃっ! 普通にドア開けて入ってきたニャ!」

「え、だって呼ばれたし……ゴロよ、何か用か?」

「用も何もあの人が見当たらないんだよ! それにボクたちの記憶から彼の存在が曖昧になってくんだ」

「あんた何か知ってんでしょ!」

「……そうじゃった! ヤバいのぅ、あの代償はワシの記憶も容赦なく消すのか。危ない危ない」


 マキマキおじさんはハッと何かを思い出した顔をしてゴソゴソと何かを取り出し、あたしたちにそれを配っていく。


 ……手紙だ。それも一人あたり何十枚もの便せんが入っているようで、ズッシリとした重みがこれに込められているであろう強い思いを物語っている。


 もちろんこの手紙はあのおじさんがあたしたちへ書いたものだろう。早速みんな封を開けて内容を確認し始めた。


「みゃあ……読めにゃいみゃ……」

「ワシは受け取った直後に読み終わっとるから代わりに読んでやろう」

「ありがとミャ!」


 ああ、アグニャって字が読めないのね。もうかなり長いこと一緒にいたけど知らなかったわ。


 ていうかコレ、もろ日本語で書いてあるけどアダムたちは読めるのかしら……って、スラスラと読みんでいるわね。


 まあアトランティスで読んだ本はなぜかあたしたちでも読めちゃったし、異世界の字は母国語に変換されるようになってるのかな。便利な世界ね。


 さて、人の様子を見るのはこれくらいにしてあたしも読んでみよ。どれどれ?


x x x x x x x x x x x x x x x


 エシャーティへ。マキマキおじさんからこの手紙を受け取ったということは、俺がみんなにナイショで両親へ復讐しに向かったというのを聞いてるとは思うが、念の為に詳しいことを記しておくことにする。


 まず俺は、どうしても己の心の内にある復讐心と、大事な友人であるゴロの家族に危害を与えた親父たちにケリをつけたくて、わがままながらみんなの頭から”俺に関する記憶”を勝手に消してしまった。


 なぜそんなことをしたかと言われたら話は長くなるんだが、両親を始末するにはエリミネーションしなければならず、エリミネーションを喰らわせるには一人につき一つの代償を払わないといけなかったんだ。


 それで俺は”みんなと過ごせたであろう幸福な未来”と、”みんなの中にある俺という人間の名前”を捧げた。


 つまり、俺の過去と未来を代償に両親へ復讐しにいったから俺はもういない……と考えてくれ。


 …………


 さて、1枚目は非常に重い話になったのでここからはエシャーティと過ごした思い出でも書こうと思う。


 そうだな、エシャーティは気づいてないかもしれないが、実は俺たちが初めて会ったのは湖のある街なんだよ。


 はは、ピンとこないよな。だって俺さ、湖に魔物が出たら一目散に飛び込んでエリミネーションし、あっという間に民衆から尊敬を得たエシャーティを物陰からアグニャと一緒に睨んでただけだったもん。


 あの時のお前は正直言うと憎たらしくて仕方がなかったが、華麗に巨大なモンスターにアサルトニードロップをかましてエリミネーションした姿はすごくカッコよかったのを覚えてるよ。


 …………


(ここから何枚もあたしと過ごした思い出が綴られてる。印象深い思い出も、小さなことも、あたしが気づいてないような事も、いっぱい書いてある)


(今までハッキリと言ってくれなかったあたしに対する好意もたっくさん綴ってくれてる……)


(そして最後のページには……)


 かなり長文になってごめんな。それじゃそろそろ締めるとしよう。


 心優しいエシャーティたちは、きっと俺みたいなわがままな男が勝手にいなくなったというどうでもいい出来事で、心から悲しんでしまうと思う。


 けれどどうか悲しみを引きずらないでほしい。それに俺の払った代償のおかげで、すぐに俺のことは忘れてしまうだろうから悲しいのは少しの間だけだ。


 それを受け入れるんだ。俺はみんなの記憶から消え去るべき人間なんだ。


 そしてエシャーティの無限の夢を叶える旅路に、どうかアグニャを連れて行ってくれないか。


 アグニャは本当は人に懐かないのにエシャーティにはすぐ懐いたから、きっと心からエシャーティを好きなんだと思う。だから頼むぜ!


 それが俺の最後のわがままだ。どうかよろしく頼む。それじゃあな!


 追伸……俺もエシャーティがずっと好きだったんだぜ?


「もう……言うのが遅いのよ……」

「ばか! こんなワガママ通ると思ってるの!?」

「絶対に何とかしてみせるんだから!」

「そうよ、あたしたちは一度死んでからが本番だったじゃない」

「ねえ、そうだよね。アグニャ」


 あたしはワガママなおじさんからの手紙をグシャグシャに握りしめてポイッと投げ捨てた。同じく手紙を引き裂いてゴミ箱へ投げたアグニャへと声を掛ける。


 アダムも、イブも、ゴロだって同じだ。こんな縁起でもない手紙なんて誰も受け取らない。思い出を振り返るのは良いことだけど、こんな全て終わったような感じの手紙を書かないでよね!


 あたしたち、ようやく新しい人生の再スタートを切ったばかりじゃない!


「みゃん! おじちゃんはワガママすぎるみゃ! 勝手に突っ走ってバカだみゃ!」

「そうだそうだ。俺たちという最強の人類がいるのに何の相談もしてくれないなんてボケだ!」

「私、ブスじゃなかったんだ……!」

「金持ちを裏切ると怖いって教えなくちゃね。まったく、あと100年はみんなで健康に生きる予定だったのに勝手にいなくなって」

「その意気よ! でもどうすれば未来と過去を捧げたおじさんを呼び戻せるのかしら……」


 意気込んだはいいものの、みんな何をすればいいのかは分からなかった。


 ……と思ったら、一人だけ何かを閃いた。


 そう、ずっとずっとおじさんの側で生きてきたアグニャだった。


「にゃあご、良いこと思いついたミャ!」

「ほんとうに!? どんなアイデア!?」

「おじちゃんは自分の命を引き換えにしたんだみゃ。ということは、」

「ということは?」


 えっへん、とアグニャは胸を張って自信満々な表情を浮かべる。


 場にいる全員が、神であるマキマキおじさんですらがアグニャの閃きに期待をして静かに耳を傾ける。


 このかわいらしいネコちゃんの頭から生まれたアイデア、それは……!!


「こっちも命を引き換えにすればいいんだミャ〜」


 それは……あんまりにも予想外の発想だった。


 あたしはガックリと肩を落とした。アダムは苦笑いして言葉を濁した。イブはアトラスを呼んで助言をもらおうと現実的な事を言い始めた。ゴロはクァァのほうがいいのでは、と提案した。


 あたしたちの反応にもちろんアグニャは不満そうだ。だけどね、命を捧げるって言うことは結局誰かが犠牲にならないといけないじゃない。


 みんながそんな感じだったけど、一人だけなるほど〜! といった様子の人がいる。


 そう、マキマキおじさんであった。



 ※作者から裏話


 実は最後の最後までアグニャの一人称は一度も出てきておりません。読み返してみるとアグニャは”わたし”とか”わっち”という一人称に関する類いの発言を一切していないのが分かります。


 これはこのページでおじさんが名前を捧げたのに対抗し、アグニャも自分の名前に匹敵する”一人称”を捧げるという前提でずっと執筆していたのですが、最後になって路線変更し命を捧げる事になったから不要な一人称縛りということになったのです!


 とことんまで作者は雑にこの作品を描いておりますが、本当にここまでお付き合いいただいてありがとうございます。残り2話もどうか楽しんでください!


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