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さようなら、マキマキおじさん


 ……よし、手紙の内容はこんなところでいいか。なんだか遺書みたいになったが、同じような末路を辿るだろうから別にいいだろう。


 俺なんぞがいなくなったくらいでみんなが寂しがると思っちゃってる勘違い弱者男性、ダッサいなぁとか自惚れてんなぁとか思われるかもしれない。


 それくらいみんなが俺のことを思ってくれていないほうがいっそ俺らしいのにな。


 さて、それじゃこの手紙をマキマキおじさんに託してみんなが眠っている間に俺がやりたかった事を済ませてしまおう。


「マキマキおじさん、書き終わったぜ」

「そうか……」

「そんな悲しい顔しないでくれよ。ほらこれマキマキおじさん宛の手紙ね。で、こっちはみんなへの手紙」

「こんな縁起でもないもんをワシに託しおって。のぅ、本当にやらないといけないのか?」

「やらねばいけない。40年間俺を苦しませてきて、さらには俺以外にも危害を加えたヒト畜生だから道連れにしてでも殺す」

「せっかく幸せに満ちた未来を手にしたのに、それを捨てることになるぞ?」

「俺の身に余る幸せだろ。あんなにも楽しい時が過ごせて俺はもう十分幸せだったよ」


 頑固な俺の言い分を聞いたマキマキおじさんは悲しそうな顔をしながら別れの手紙を受け取った。


 そして……遂に|一度限りのエリミネーション《冥護破りの禁術》を行うための代償を払う時がやってきた。


 いや、正確には二度エリミネーションしないといけないから払うべき代償は二つか。最後の最後まで理不尽な要求をしてくるこの世界が俺は大嫌いだ。


「それじゃマキマキおじさん。冥護を破るための代償を捧げるから頼むぜ!」

「……承った。そなたは何を捧げ、天界からのギフトである冥護を無力化させる?」

「アグニャやエシャーティたちと過ごせるはずだった幸福な”俺の未来”と、」

「幸福な未来と?」

「みんなの記憶に存在する俺の名前という”過去”を捧げる」

「そうか……」


 俺は考えに考えた末、己の名前を捨てることにした。みんなの記憶から俺と過ごした思い出そのものを捧げるのは絶対に不可能だからだ。


 どういう事かというと、それは”俺と過ごした各人の思い出”であり”俺の持っているモノ”ではないから、勝手に代償として捧げることはできないからな。


 だが名前を捨てればきっとみんなの記憶から俺だけの姿が消えるだけだろうし、さらには俺のこの先何十年も過ごす幸福な未来に匹敵するほどの代償になると思ったのだ。


 どうやらそれは正解だったらしく、マキマキおじさんは例の掛け声を発しながら泣き始めた。


「嫌じゃ、嫌じゃ、嫌じゃ! そなたを忘れたくなんか……クァァァァァァァァ!!!!!!!」

「ありがとよ、マキマキおじさん。ずっと最後まで世話になりっぱなしだったな。一つも恩返しができなかった」

「恩返しすべきはワシのほうじゃ! ただの一つも伝説が無く、カーチャンの威光で海を担当してるだけで格が皆無だったワシを、こんなにも、こんなにも……クァァァ!!」

「うぷぷっ、喋りながらクァァされると一層気色悪いな!」

「クァァァァァァァァ!」


 人生で最後であろうマキマキおじさんからの放水をしばし浴びていると、どんどん感極まって泣きそうになってしまう。


 マキマキおじさんと出会えてよかった。海の神だって言うのに初めて会ったときは地面に埋まってる変な神だったけど、転生した俺たちと初めて行動を共にしてくれた人物でもあって色々な思い出が蘇ってくる。


 マキマキおじさんがようやくクァァを終えると、絶望に満ちた表情で俺を凝視しうんうんと頭を抱え始めた。


 ……忘れてしまったのだろうか、俺のことを。


「マキマキおじさん、俺のこと覚えてる……わけないか」

「う、うぅっ、思い出せん!」

「無理しないでいいよ。でも手紙は本当に任せたからちゃんとみんなにも渡してよ」

「待ってくれ、そなたと話していれば思い出せる気がするんじゃ!」

「……辛いだけだよ。きっと思い出せない。だから俺はもう行くね」

「行くんじゃない!」

「本当にずっとありがとう。マキマキおじさんたちが俺のことを忘れても、俺はずっと忘れないから」


 泣いているマキマキおじさんを見ていると心に陰りができてしまう。ずっと仲良くしてた人が俺のためにあんな悲しそうな顔をしてくれただけでもう十分だろう?


 さあ行くんだ、俺にはもう時間がない。なんせ俺は未来も捧げたのだからあんまりモタモタしてると死んじまうかもしれん。


 薄情になるんだ。冷酷になるんだ。俺はそういう宿命がお似合いの弱者男性だろう。


 もう身に余る幸せを堪能した。だから後ろを振り返らずに出発し、俺の人生にケリをつけよう。


 滑走路に並んだミニバンとスポーツカーとトラックのうち、俺は躊躇なくトラックに乗り込んだ。


 燃料が切れただけでさほど壊れていないトラックだが、もう使われることはないであろう車だ。乗り捨てるにはちょうどいい。


「待つんじゃ! しめしめ、そのトラックは燃料切れじゃったから動けまい」

「ところがどっこい。なんと灯油を入れれば動いちゃうんだ」

「ブッギュギュギュ……ボモモモ……フォーン」

「な、なに〜!?」

「それじゃマキマキおじさん、アグニャたちをよろしく頼むぜ! あばよ!」


 ガンガンとトラックを蹴っ飛ばし、俺のことを忘れたはずなのに最後まで俺を引き留めようとしてくれたマキマキおじさんに思わず涙がこぼれてしまう。


 あんなに優しい神を俺は裏切ったのだ。自分のわがままで……


 空港跡地から抜けてマキマキおじさんの姿が見えなくなると、急に俺は寂しい気分でいっぱいになった。


 けれどもう手遅れだ。俺は後先考えずに幸福より復讐を選んだバカじゃないか。だったら最後まで突っ走って成し遂げなきゃなんの意味もねえさ。


 待ってろよ、俺の人生を狂わせた元凶どもめ。



 ※ディーゼルエンジンに灯油を給油して走行するのは脱税となるので違法です。またエンジンを始めとする車体各部に不具合が起きてしまうので大変危険です。


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