エシャーティの功労
立ち話もなんなので室内へ案内された俺たちは、のんびりと茶をすすりながら長話に花を咲かせることになった。
エシャーティとこのエンジニア……共通点はどちらも不治と言われていた重い病を患っていた事だが、いったいどのような関係が?
「私にとってエシャーティちゃんはね、同じ病気を持った仲間であり、治療法の確立に寄与してくれた恩人なんだ」
「同じ病気を持った仲間!?」
「正確にはエシャーティの患っている病気一つが、この人の病気と同じものだったんだ」
「え!? エシャーティって色んな病気を患っていたのか!?」
「あんなにキミとエシャーティは仲がいいのに知らなかったの?」
「この反応、もしかしてキミは恋人かな?」
ニヤニヤしながら伝説のエンジニアは俺を見ている。やめてくれ、俺の中でのあんたの理想像が崩れていく。あんたはストイックで一心不乱にエンジンの図面を引き、現場で自ら作業してる姿が憧れだったのに……
でもエシャーティのおかげで治療法が確立とはどういう意味だろう。
「あなたの治療にエシャーティがどう関わったのです?」
「うーん、キミにはいつかボクかエシャーティから打ち明けようと思ってたし、言っちゃおっかな」
「え、なになに」
「実はこの世界には歴史に名を残すほどの偉人を保護するため、秘密裏に組織された慈善団体が存在するんだ」
「私もその慈善団体に救われた偉人とやらの一人なんだよ。ゴロくんとエシャーティちゃんはその組織の医療に関する一員なんだよね」
「医療以外にもマフィア撲滅に力を入れた元大統領が安全に余生を過ごせるために動いたりと、まあ色々な方向で偉い人を守ってるのさ」
なるほど、ゴロは確かにそういう機関に入っていてもなんらおかしくはない経歴持ってるしな。しかしエシャーティはどういう経緯で慈善団体に入ったのだろう?
むしろエシャーティは病弱な孤児だから慈善団体から保護される側の存在な気もするが。
不思議そうな顔をする俺を察したゴロは、すぐに答えを教えてくれた。
「それでね、ボクは医者として怪我や病気に苦しむ歴史的功労者を助け、エシャーティは特殊な体質を利用した医療発展の面で人を助けた」
「特殊な体質?」
「特殊というか、まあめっちゃたくさんの難病が体を蝕んでいるっていうだけなんだけどね。けど、そのどれもが歴史に数名しか疾患例のない珍しいものばかりで、治療法の研究に大いに役立ってくれたんだ」
「エシャーティちゃんの素晴らしいところは、私のようにたった一つ病気した程度では絶対に生きる希望を失わないところにある。あの子の苦境に対する姿勢に勇気づけられた人間は数多いだろうね」
「……そうですね。エシャーティは生きる事に誰よりも執着し、そして誰よりも多く夢を持ってますから」
ようやくエシャーティに対するずっと抱いていた疑問が解けた。孤児なのに豪華な病室で常に体調を見守られながら厳重な入院生活を送っていたのは、まだ解明されていない病気の治療法確立に一役買いまくってたからなんだ。
けれどそれならなぜゴロたちの所属する慈善団体はエシャーティの治療を施さなかったのだろう?
ゴロのように優秀な医者も多くいるだろうし、なによりエシャーティこそが歴史的功労者と言えるほど医療に貢献しているではないか。
それなのに体中いじくりまわし、用済みになったらゴロに押し付けて放置だなんてあんまりじゃないか。
「なあゴロ、なんでエシャーティはその慈善団体とやらに治療をさせてもらえなかったんだ。エシャーティの体で治療法が確立できたなら、治してやってもいいんじゃないのか?」
「それがね、多くの病気が難解に絡み合っていてヘタに一個だけ治すとどういう反応が起きるか分からず、手が付けられなかったんだ。けど……」
「けど?」
「たった一つだけ、超特殊なドナーがあれば全てを同時に完治させられると判明した」
「……そうか、それがイブだったのか」
「ええっ!? エシャーティちゃん、治ったの!?」
「もうすっかり元気になって、最近はトラックを乗って人をひいてますよ!」
「そ、それはめちゃ元気だね……」
そうか、ゴロがついててエシャーティをほっとくわけないわな。
まっ、とにかく色々な疑問が無くなってスッキリしたよ。ホントはこういう形でエシャーティの過去を知るのはあまり良くなかったかもしれないが、俺だってこの先いついなくなるかは分からんもんな。
……そうだな、もうそろそろ復讐を果たしてもいいかもしれないな。
もう十分に思い出は作れたし、俺の心残りはゴロに託せばアダムたちも困らないだろう。
「さて、それじゃ車を引き渡すとしよう」
「よっし、それじゃボクの家まで競争しようよ!」
「お!? お前まさか軽自動車と最新スポーツカーでバトルするつもりか!?」
「はっはっは、あの車は街中なら普通のスポーツカーより早いよ。この私がゴロくんの奥さん用にキメたからね!」
「普通って……あのね、あれでも1000万以上するんだよ」
とかいいつつも自信ありげにご自慢の高級スポーツカーへ乗り込んだゴロは、臨戦態勢といった様子で整備場の出口で待っている。
ここで勝負を受けなきゃ男じゃないわな。さて、久しぶりのオンボロピッピーよ、いったいどれくらい様変わりしたのか見せてもらおうじゃないか!
「おいしょっと……うわぁ、やっぱ有名メーカーの新品セミバケは凄まじい座り心地だ!」
「パシュンッ、パシュッ……ガガガガガガァァァァァオン!」
「ほほぉーう! やっぱ私のサウンドチューンは素晴らしい! どうだ、気分が燃えたろう!?」
「なんだこれ! ただのアイドリングなのにカタルシスを感じる……!」
「さぁ……あの電子制御の塊をブッちぎるんだ!」
「はい! それではお元気で!」
「ガガガォォォォォォォォ! ピロロロガガガガガガォォォ!」
「キタキタキタキター! よーし、勝負だエリミネーター! ボクだって伊達に車好きを自負してんじゃないだよォォォォ!」
「コォォォォン……バグダッ!」
昼過ぎののどかな街に、大小2つの車が恐ろしげなオーラを纏い海へと一目散に駆け抜けていく。
美しいボディを持つゴロのスポーツカーに見惚れながら、俺たちは抜きつ抜かれつの熾烈なレースを繰り広げ、めちゃくちゃなルートを通りながら満足するまでガソリンを食いつぶした。
エシャーティ「えっくし! ふがふが」
アグニャ「みゃん〜? 風邪でもひいたかみゃ」
エシャーティ「んー、別に体を冷やすような事はしてないけどな。医者的観点から見ても、最近のあたしの行動に免疫力を欠く行動は無かったし」
イブ「エシャーティもたまに男どものような早口になることがあるよな」
アグニャ「わかるミャ」
エシャーティ「あっ、バカにしたわね! そんなこという子たちには……えいえい!」
イブ「あぅっ! まて、ドコ押して……あぅ!」
アグニャ「ふみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
アダム「おーいオケアノス! 今度はフナジャイルを呼ぼう!」
マキおじ「ほっほ、そうじゃな! 金龍くんバイバイじゃ〜!」




