サバンナ
しかし冷静になって考えるとエリミネーションが使えるということは、あの金髪女は俺みたいに転生してきた人間の可能性がありそうだな。もしくはこの世界に元々いたエリミネーション使いなのか。でもわざわざ俺のあだ名がエリミネーターと名付けられたくらいだし、この力を扱える人間は一握りしかいないか、もしくは俺と金髪女の二人だけという可能性が高い。
何はともあれ、俺の予定を狂わせたあの女と接触してみよう。別にかわいかったから追いかけるとかじゃないからな。
「アグニャ、あの金髪女がどっちに行ったか覚えてるか?」
「あっちみゃん。追いかけるにゃん?」
「もう一度会って、お前は贅沢だと文句を言うんだ」
「ふにゃ〜」
既に人を惹き付ける美貌やカリスマという恩恵に恵まれているのに、その上俺みたいな特級の弱者に与えられる唯一の強みまでもらっているのはどう考えても贅沢としか言えない。せめてこの世界でくらい俺はオンリーワンでいたかったのに、ああいう元来の強者が悠々と嘲笑うかのように俺の強みを奪っていく。こんな腹立たしさはもうたくさんだ、俺はあいつが消え失せてくれないと気持ちよく過ごせない!
幸いにもあの金髪女が向かっていった方向は俺たちが元々目指していた東の方角だったので、エリミネーションにより壊滅した湖の街にはロクに滞在せずに出発した。
湖の街を出てしばらく走り回っていると、段々と日差しが強くなっていくのを感じる。青々と茂っていた草も日差しの強さに比例してなんだか砂色になっていって、なんだか枯れ果てた草原みたいで辛気臭い。
それにこういう灼熱の暑さには、文字通り死ぬほど憎たらしい怨念しか湧かないのでさっさと通り過ぎたかったが、アグニャはこの乾燥した草原にはしゃいでいるようだった。
「みゃん〜、狩りをするみゃ!」
「狩り?」
「あそこ! シマウマがいるにゃあ」
「おお、すげえ! ほんとだ!」
「あっちにはキリンもいるみゃ」
「そうか、ここはサバンナなのか」
地図を見ると確かに湖の横にサバンナらしき図解が載っていた。何ヶ所か地図上のランドスポットに寄ったので段々この縮尺が分かってきたが、意外とこの世界は小さいようだ……
それはそうと狩りをするとかなんとか言ってたが、シマウマでも追っかけて遊ぶのかな?
「ヒヒィィィィィィィィン!!」
「やったみ゛ゃ、喰うニャ」
「んヒヒィィィィィィん!!!!」
「す、すげえ、アグニャが野生を発散している」
「ぶちぶち」
「ヒヒん゛ッ!」
「おえ、シマウマまずいにゃ」
俺が地図を見ている間にシマウマを捕食していたよ。すごいじゃん、アグニャ。しかしシマウマはお口に合わなかったみたいで、アグニャが容赦なく噛み付いてゴッソリと胴体に風穴を開けたシマウマはすぐに開放され、ドヒューンと群れの中へと戻……あ、ハイエナが待ち伏せしてて群れに合流する前にパクパクされた。
なんというか、こうして自然の摂理という厳しさを目の当たりにすると結構ショッキングだ。俺も動画サイトで野生動物の生活を記録したビデオを見たりして捕食映像など見慣れている自負があったのだが、いざ現実にハイエナが手負いのシマウマを捕らえ貪る様を見ると、とても痛々しくて長くは直視出来ないほどの悪寒に襲われる。俺はあの死と食のやり取りに一切関わっていないにも関わらずだ。
「にゃあ、横取りはうざいみゃ!!」
「おいおい、ハイエナは危なさそうだから止めときなよ」
「フシャァァァァ!!」
「うわ、アグニャがガチギレしてる」
「ぎんぎにゃァァ!!」
「まあいっか、心ゆくまで遊んでこい」
いざとなればエリミネーションすればいいしな。それにアグニャが実際どのくらい強いのかもそろそろ知っておきたいし、これはいい機会かもしれない。
俺の想像では人の放つ矢は完璧に見切って避けきれる反射神経と、シマウマくらいなら俺が少し目を離したスキに仕留められるパワーと、なにより無限のスタミナがあるのでいくら猛獣とはいえたかがハイエナ一匹に遅れを取るようなことはないと思う。
そもそもハイエナってさっきみたいに他の動物が仕留めて放置した獲物を横取りして生きてるんだから、そんなに強くなさそうだしな。
「にゃぎゃあああああ!?」
「え、どうしたどうした」
「こいつら群れてるにゃ!」
「いや一匹じゃ……あ、ホントだ」
「ふにゃ〜、汚い手ばっか使うみゃ!」
どうやらハイエナの体を覆う砂色の毛並みはサバンナの草原に上手く溶け込み、カモフラージュとして絶大な効果を発揮していたようで、辺りに伏せていたハイエナの仲間たちが次々にアグニャへ襲いかかっていた。
一匹や二匹くらいまでならアグニャも難なく引っ掻いたり蹴っ飛ばしたりして余裕で対応できていたが、それが六匹七匹と増えていくと次第に劣勢になっているのが目に見えて分かった。
しかしアグニャは群れたハイエナごときには負けないという自信があるのかまったく怯えた様子はなく、むしろアグニャの内に秘められた闘志に火がついたように動きはキレを増していく。
「みゃっ、ふしゃっ、にゃにゃにゃーん!!」
「めちゃ強いじゃん。今までなんで爪を隠してたんだろ」
「うー、みゃみゃみゃ〜ん!」
「うんうん、元気に暴れるアグニャは眼福だ」
が、ハイエナたちはどうも挫けずに何度もアグニャに襲いかかっている気がする。勝機が全く見えない一方的なアグニャの暴力に、なぜハイエナたちは勇敢に立ち向かっていくんだろう?
……おや、体格の大きなハイエナが一匹、密かにアグニャの背後を取ったぞ。アグニャはそれに気づかず他のハイエナに馬乗りになってベベベベベンと引っ掻きまくっているが、その無防備なアグニャの背にデカハイエナが遂に襲いかかった!
「うみゃ、しまったにゃん!」
「あらら。まあケガはしないだろ」
「……ふぎゃ!?」
「お?」
「シャァァァァ!!」
「おろ、アグニャが這いつくばってしまったぞ」
「ミ゛ァ゛ギャァァァァ!!」
四つん這いにされたアグニャにデカハイエナが後ろから覆いかぶさるようにのしかかり、必死に抜け出そうともがくアグニャの腰にガッシリとヘバリついて何やらヘコヘコと腰を……あッ、あいつまさか!?
いかん、どう考えてもアグニャをマウンティングして、股間にぶら下げたマリモと鉛筆をご利用なさるつもりだ! いかん、いかんぞそれはーーーーーー!!
「おじちゃん、乙女の危機ニャァァァ」
「え、エリミネェェェェショォォン!!!」
「キャイーン!!」
「ギャンギャン!」
「ぱうっ、ぱうっ」
「クソ、胸クソ悪い、フンヌァァァァ!」
エリミネーションの破壊の根源を手に込め、枯れ草の大地へバァァァァンと叩きつけると、アグニャを襲っていたバカ犬どもの足元から鋭利な岩石が突き出し、ブスブスと薄汚い砂色の胴体を貫き引き裂き掻っ捌いた。
ついでにガァァァァァァと気合いを込めてもうワンタップ地面を叩くと、ハイエナどもを突き刺した岩石はモコモコと水分を含みながら膨らんでいき、やがてハイエナどもの体中の穴という穴から汚泥を噴出させて息の根を止めた。
ハイエナの群れが全滅したのを確認した俺は、大急ぎで地面にへたりこんでいるアグニャの元へと駆け寄った。考えうる限り最悪の事態がアグニャの身に起こったのだ! 俺はなんてマヌケなんだ、アグニャの、アグニャの初めてがッ!!
「あ、あ、あ、アグニャ……お、俺がモタモタしてるから、は、初めてが野良犬に……!!」
「にゃん〜、あれはメスだったにゃ」
「え? で、でもキンタマとか見えたけど」
しかも結構立派だった。鉛筆というより単一電池だった。
「みゃみゃ、見てたのかミャ!」
「そりゃまあ、ちょっと色っぽかったからつい見惚れて……」
「それはみゃあいいとして、とにかくあの大きい犬はメスだったからよかったみゃん〜」
「そ、そっか!!!!!!!!!」
よく分からんけど、あれはメスだったらしい!!!!!!!!!!
どう見てもオスっぽかったけど、まあ元動物で同じ四足歩行だったアグニャがそう言うんだから、アグニャの貞操は無事だったってことだ! いやー、ホントに安心した。アグニャは乙女のままでいてほしいのが親心だからね。今度から動物を見かけ次第、全部ぶっ殺してやる。
「ハッ……そこ! エリミネーション!」
「みゃ?」
「ヒヒィィィィィィィィん!」
「お前もだ、エリミネーション!!」
「ンモォォォォォォォォ!?」
「く、くるっくゥゥゥゥ!!」
「ガァァァァァァァァァ!!」
「お、おじちゃんがサバンニャのばいおーむをぶち壊していくみゃ……」
※豆知識
サバンナに生息するブチハイエナのメスは股間にまるっとした脂肪の塊と大きく発達した陰核を備えており、一見するとまるでオスのように見えるのが特徴です。