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伝説のエンジニア


 トラックでアダムたちの故郷へ人を転生させる作業を初めて1ヶ月。ゴロの家族もすっかり元気になり、俺の車も修理が完了したという。


 今日はいったん異世界転生の作業はおやすみして、俺とゴロは修理の終わったオンボロの軽を工場へと受け取りに行くことにした。


 どうやらゴロの友人の工場へ預けていたらしく、構造変更届けを提出し白ナンバー枠に変更するレベルの補強までしてくれたらしい。


「楽しみだねぇ! でもホントにボクの嫁好みの改造をしちゃってよかったの?」

「いいっていいって。もうあの車には怪我した事もあって乗りたくないだろうに、それでも欲しいって言ってくれてんだからあげるよ」

「すまないね。必ず代わりの車をプレゼントするよ……あ、着いた着いた」

「へぇ〜、こんなトコに大きな整備場があったのか」

「整備場じゃなくてファクトリーなのさ」

「うん?」


 毎度お馴染みの黒いスポーツカーで整備場へと入っていくと、メンテナンス中なのか1台のハイパーカーが転がされていた。


 ハイパーカー。つまりスーパーカーをも凌ぐ1台1億円以上の価値を誇る雲の上の存在。


 ゴロの所有している車はラグジュアリー路線のが多いのでハイパーカーらしいハイパーカーはかの”56×5+6+5+6エンジン”を積んだアレしか無かった。まああれはハイパーの枠を超えてレーシングカーそのものに近かったけど。


 そしてそのハイパーカーを押しのけ、俺の所有していたオンボロな軽がリフトアップされてる光景は非常に申し訳ない気持ちになる。というか場違い。


「こんにちはー。ボクだけど」

「おおゴロくん! そちらの人は?」

「ボクの友人でこの車のオーナーだよ」

「そうかそうか。いやぁイイ車を乗ってますよ、ゴロくんの奥さんへ差し上げるそうですね」

「いっや〜、こんなボロをよくもまあ綺麗に直してくれましたね。すげえや、こんなタルみてぇなタイヤ履くためにクソデカフェンダー付けてまぁ」

「ふふん、300馬力を受け止めるにはタイヤ自体に重さがいるからね」


 300馬力!? おいおい、素の64馬力から何をどうしたら4倍以上のパワーを絞り出せるんだよ。


 ていうか俺の車、こんな禍々しい雰囲気だったっけ? ブレーキはドラムからディスクへ変えられているばかりか、どう見ても片押しで十分そうなのに4ポッド式と思われる巨大なキャリパーを見せつけている。無駄。1トンに満たない車をそんなイカついブレーキで全力ストッピングするとジャックナイフするわ。


 ドアミラーもまるで軽トラみたいだった四角で空気抵抗の塊だった物が、エアロを意識した往年のレーサースタイルの物へ付け替えられている。


 そして異様に盛り上がった形状に変貌したボンネットにはカーボンであることを予感させるピンが据えられており、開けてみるとダンパーまで付けられていた。うん、無駄! こんな車、ボンネットを止めたいときは三角板でも挟んどきゃいいんだよ!


「な、なんじゃこりゃあ」

「驚いたかな。ターボエンジンから自然吸気の1.5リッターへ変えたんだ。ウォッシャータンクとかバッテリーはエンジンルームからトランクへ移動させたりして、シルエット保ったまま載せるの大変だったよ……」

「ていうか後ろの席の床がモッコリしてるけど……四駆に変えたのか!?」

「当然! まあ駆動配分は前7割だけど」

「ゴロくん、FR寄りが最強なわけじゃないよ。私はこの車にはFF寄りが最適だと思ってセッティングした」


 サイドブレーキも本来は足踏み式だったのにレーシーな手引きの物へ変えられている。せっかく席の行き来がしやすいワゴン車だったのに、セミバケットシートなんか付けて……


 でも開口部の大きいワゴン車であるから車内中に張り巡らされたロールケージによる窮屈さはそれほど感じないな。そこは普通にいいと思う。


 しかもまた事故を起こした際に頭をロールケージへぶつけても怪我しないよう、車内に剥き出しの部分は全て柔らかなパッドで覆われているし、致命傷になりそうな頭部付近のロールケージはそもそも車高が高いからぶつからなさそうだ。


「こんな大掛かりな改造をたった数ヶ月で終えるなんて、あなたはいったい何者なんです?」

「はっはっは……まあちょっと色んなメーカーで車作りに携わってただけの老いぼれだよ」

「ところであそこのハイパーカーは市販の7リットル型”56×5+6+5+6エンジン”を搭載した車ですよね。見たところ、ストイックに内装を削ったのになぜか純正カーボン部をアルミへ置き換えてますが……」

「ムッ……キミ、車が好きなのか」

「そうだよ〜この人はボクと同じくらいの車好きさ! それに……あなたが最初に造った最高の傑作機を乗り回せてる男さ!」

「ほぉう! あの魔物をか!」


 待てよ、待てよ、あの魔物のエンジンは確か20世紀の末頃までヨーロッパで車作りの才能を発揮していた大天才エンジニアの、現役最後にして最高傑作のモンスターエンジンだった。


 当時まだ40ほどと決して老いてはいないこの大天才は、長年車作りの現場に身を置いていたので毒性の強いオイルやらなんやらに触れていたのが原因で難病を患ってしまったのだ。


 まだ才能が枯れていないこの男は惜しまれつつも治るかどうか分からない病を治すため、車作りの現場から引退し表舞台からも一切姿を消してしまった、というのが俺の知っている”とある大天才エンジニア”のお話だが……


「あ、あ、あなたはまさか……ドイツで礎を築き、イタリアで身を起こした伝説のマンハッタン生まれのエンジニア!?」

「おお〜! 私を知っているのか! そうだよ、そうだよ、嬉しいなぁ! キミ、あの砂色の車はどうだった!?」

「どうもなにも、あなたのお造りになったオーパーツエンジンに耐えられる車体に驚きですよ。20年前の車体とは思えない獰猛さで、そりゃもう……」

「実はあの車体も私が手を掛けたのだ。0から私が造ったエンジンと違い、車体造りはベース車を用意して改造しただけだがね」

「でも結局あの魔物の出来をいつまでも超えられないんだよね」

「そうなんだ。いくら0から車体を起こしてハイパーカーを造っても、どうしてもあれには追いつけない……」


 エンジン造りの天才でも車体までは完璧に作れないもんなんだなぁ。って、ハイパーカーがあそこに転がってるやつだとしたら、あれだって車体数億のモンスターマシンだよ。あんた、十分すごい才能だって!


 ていうかそんな伝説のエンジニアがなんでこんな日本こ整備場に一人でいるんだよ!


 世界中の車好きがあんたの作る新作エンジンを待ってるよ!


「あの、どうしてあなたみたいな天才がこんなところに?」

「私はね、ホントはそこまで車作りは好きじゃないんだ。ただ向いてたし身入りもいいから設計に携わってただけでね」

「そうだねぇ〜ボクが初めて会ったとき、いっつも暗い顔して後進の描いた図面を添削してたもんね」

「暗い顔にもなるよ。毒煙がモクモクで体に良いはずがない工場で何十年も働き、妻子も持たず趣味も無かった私は生きる屍だったから」


 初耳だった。俺が知っているこの人の人物像はストイックに名エンジンを産み続ける生粋の機械好きというイメージだったから、実際はこんなにも暗い気持ちでエンジンの進化を引っ張っていたとは思いもしなかった。


 そんな人がどうして今は楽しげに車を触っているのだろう。なぜ数万の部下を率いていたのに一人でこんなところにいるのだろう。


 そして、どうやってゴロと出会ったのだろう?


「40を過ぎた頃、私は長年の無理が祟って重い病にかかった」

「俺もよく知っている世紀末の事ですよね。20世紀の技術の最高到達点とも言えるあのエンジンの発表と、あなたの体が病に冒されていて現役を引退するという2つのニュースは、ワクワクと悲しみを与えてきましたよ……」

「ははっ、こんな一技術屋でしかない私にも熱烈なファンがいるなんて嬉しいよ」

「一技術屋だなんて! あなたはエンジン史のアインシュタイン、車界のガリレオですよ!」

「おお、咄嗟にドイツとイタリアの学者が出るとは。いつの雑誌のキャッチかな?」

「今俺の頭に浮かんだフレーズです!!!!!」

「へぇ〜、キミなかなか頭が回るね」


 ニコニコと笑ってくれながら、俺の憧れの大天才は話を続けてくれた。


 こんな俺にも憧れている偉人の一人や二人はいるのだ。その中で恐らくは最も会いたいと思っていた人とこうして話ができるのは幸運としか言いようがない。


 それどころか俺が乗っていた車の改造まで手掛けてくれていたなんて、ゴロの無限のような顔の広さに感服しきっきりだ。


「さて、いよいよ現役を引退したはいいものの何の楽しみも持っていなかった私は、どんな医者が診ても治らぬ病に体だけではなく心まで冒された」

「そこで登場するのがボクさ! あれはいつだったかな。ていうかドコで会ったっけ?」

「私の生まれ故郷のマンハッタンだよ……」

「あ〜、じゃあ15年くらい前かな」

「そういえばゴロってエシャーティの専属ってわけじゃないんだな」

「ム!? キミ、エシャーティちゃんを知っているのか!? あの子はまだ生きているだろうか?」


 エシャーティの名を出したら予想外の反応が返ってきた。この人がエシャーティと面識があるなんて想像もしていなかったぞ。


 唯一この場で全てを知っているゴロはマンハッタン、マンハッタンと呟いてまるで過去を必死に思い出そうとしてるし、いったいこの3人にどんな関係が!?


 遂にこれまで謎だったエシャーティの過去が、少しだけ明らかになるのだろうか!?



アダム「みんな〜、魚を釣ってきたぞ〜」

アグニャ「みゃん〜!! ありがとミャ! 喰うニ゛ャ」

エシャーティ「よーし、今日はお料理を初体験しちゃうんだから!」

イブ「それじゃ私と一緒に簡単な魚料理を作って、エリミネーターたちの帰りを待とうじゃないか」

アグニャ「にゃあ、おじちゃんたちはどんくらいで帰ってくるのかにゃあ」

アダム「きっと昼飯頃には帰ってくるだろう。さて、俺は飯ができるまでトラックの整備でもするとしよう!」


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