誰か忘れている気がする
もうどれほど前に来たのか曖昧なくらい久しぶりの場所へようやく着いた。
正確には少し離れた場所であるが、日が落ちたばかりの少し暖かな風はあの時と同じ感触だ。
……ホントは風情のあるシーンになるはずなんだけど、残念ながら夥しい数のトラックがそこかしこに停まっているので情緒もへったくれもないんだが。
「うっわ〜! 滑走路にこんなトラックが並んでる光景、めちゃくちゃ迫力あるなぁ〜!」
「この世界にはこんな開けた空間もあるのか。いったい何のために……?」
「ふふ〜ん。あのねアダム、この世界の人類は空を飛ぶ乗り物まで持ってんのよ。でも長い助走が要るからこんな施設ができたってワケ」
「さあみんな、とりあえず荷物を置いて来よっか。空き部屋は山のようにあるから好きなとこを使ってね」
「にゃんでそんにゃに荒れてにゃいのに使われにゃくなったんだミャ?」
「滑走路が少なくて便数の急増化に対応できなかったんだ。格安航空も台頭してきた現代は滑走路を増やせない土地では赤字になるからね」
「なるほどな。じゃあ別に空港内がボロかったりするわけじゃないのか」
老朽化して放置されてた空港で寝泊まりするとかいつ崩落して死ぬか分かったもんじゃねえぜ! と思ったが、想像以上にキレイそうで拍子抜けしたのだ。
確かにこの地域は海がかなり近いから地盤もゆるそうでヘタに巨大な滑走路や飛行機を納める建屋を建設すると崩れそうだから、増やそうにもお金が掛かるのでもう別のトコへ空港を新しく作る方が安かったりするのだろう。
ワイワイとかつて空港職員たちが仮眠をしていたであろう部屋へ行き、物珍しい設備にはしゃぎながら俺たちは楽しい時を過ごす。
……なにか忘れているような。
「なあエシャーティ、入ったら大量のイスが設置されていたが、ここは教会のようなところなのか?」
「違うのよ〜。ここは数千人もの人が飛行機が来るのを待つ場所だからね。あれはただの待合室のようなものよ」
「数千人!?」
「ちなみに一日の利用者数は数万人だよ」
「そ、それはつまりどういうことだ?」
「数万人の人が遠くへ行くためだけにここへ集まったってことだよ」
「スケールがすごいな……さすが数十億の人間がいる世界だ」
う〜ん、何を忘れてるんだっけ。思い出せなくてモヤモヤしてきたぞ。
モヤモヤ。モヤモヤか。なんか似たような語感だった気もする……
でももう夜だし、何かするにしても明日から始めるからそのうち思い出せばいいか!
とりあえず風呂でも入ってサッパリするか……って、この空港って長いこと放置してたのならガスや電気どころか水すら通っていないのでは?
まあ幸い少し車を走らせたら街へ出るから銭湯なりメシ屋なりに行けばいいのだが。とりあえずゴロにライフラインはどうなってるのか聞いてみるか。
「なあゴロ、ここって電気とか水道って引いてる?」
「あ!! 忘れてた!! 何にも契約してないよ!」
「じゃあお風呂はどうするのよ」
「お風呂は入らにゃくていいみゃ」
「なんだエリミネーター、風呂などオケアノスに頼めばいくらでも融通してくれるんじゃないのか?」
……あっ! マキマキおじさん! そうだそうだ、マキマキおじさんを呼ばなきゃいけなかった!
ナイスだアダム! すっかりマキマキおじさんを呼び出すのを忘れて銭湯へ行くところだった。また仲間はずれにしたらいよいよ泣いちゃいそうだからな。
しかもマキマキおじさんを呼べば風呂の都合もつくし良いことづくめだ。具体的には第33話の後書きでお見せしたように、お祈りして湯を生成してもらえばよかろう。
「すまんみんな、ちょっと海へ行ってくる」
「どうしたの? 何かやることあるの」
「いや……マキマキおじさんを呼びにね」
「あ〜、そういえばいなかったわね」
「みゃあ。最近影が薄いミャ〜」
「呼びに行くったって、あのおじさんドコにいるんだい? 連れてきてないよね?」
「マキマキおじさんは海神だから海に向かって声を放てば湧いてくる」
「なにそれー!? ボクも見に行っていい!?」
「もちろんだ」
水辺のマキマキおじさんは結構迫力あっておもしろいしな。でもゴロの前であの痛々しい掛け声はちょっと恥ずかしい。
行きがてら夕飯も近くの街で調達し俺たちは砂浜へとやってきた。
ミニバンから降りると美しい夜景が俺たちを出迎え、これから起こる神話的なおじさんの登場に期待をしてしまう。
水平線を見つめ、いざ叫ばんッ!
「わくわく」
「来たれ海神、オケアノス!」
「わっ、ビックリした! 急に叫ばないでよ!」
「すまんすまん。これ叫ぶの恥ずかしいからさ……」
「しかし神様を呼べるなんてなかなかスゴいよ。ボクもなんかそういうの欲しいな〜」
「マキマキおじさんに相談したらどうだ? 信者を欲してる神がいないか」
「それいいね。後で聞いてみよ!」
と、なんだか徐々に空が明るくなっていく。明るいといっても太陽のような感じではなく、何か強力な線形の光がほとばしっている感じだ。
俺たちは何事かとその光を見つめていると、ズズズズとハリケーンがこちらへと接近してくるのが見える。どうやらあの渦の中心から光が放たれているようだ。
ハリケーンは周囲の漁船をまるでおはじきのように軽くふっ飛ばし、強引に陸を求めて進んでゆく。このまま俺たちのほうへきたら間違いなく風圧でどこかしらへ飛ばされてしまうだろう……
「ね、ねえ、あれって台風だよね?」
「そうだな」
「オケアノスさんには悪いけど、ちょっと避難しない?」
「その必要はない……と思う」
「まさか!」
「そう」
「あれオケアノスさんが!?」
「きっとそう!」
「違ったらぶっ叩くからね!」
好きにすりゃいいさ! もし違ったら巻き込まれたときに100%死んじまうだろうがな!
さあさあ来たぞ〜、だんだん来たぞ〜、そろそろ出てきてもいいんじゃないかマキマキおじさん!
ちょっと引っ張り過ぎだぞ。このままじゃハリケーンに吸い込まれるぞ。ねえ、ちょっと、これガチのハリケーン?
い、い、いかーん! これたぶんガチだ!
逃げないとマジでヤバそうなやつだ!
「うわ~! ねえ、これ大丈夫なやつなの!?」
「すまんゴロー! 違ったかもしれねぇ!」
「こっ、この……バカヤロォォ!」
「ひぃーん、マジでごめん! と、とにかく車まで走る……うおっ!?」
「ぐっ! 風が強すぎる……」
全力で路肩へ停めている車めがけて俺たちは砂浜を駆け抜けるも、あとわずかというところでハリケーンの風圧へ取り込まれてしまった。
凄まじい回転から発生する遠心力に俺たちは大声を上げながら振り回される。こんなふわふわとした感覚は……
そうだな、谷底の街めがけてアグニャと一緒に飛び降りた時以来のダイナミック感だ!
つまり……死ぬな!
「うおろろろろろ!」
「大丈夫かゴロ!」
「は、吐きそう」
「あの中心点のピカピカしてる光を見て気を紛らわせろ!」
「そういえばあれはなんだろう?」
「たしかに……」
最初から光ってたので気にならなかったが、あの光はなんだ?
指摘されると人は気になってしまうもので、ついジッと見つめてしまう。
……と、次の瞬間!
「クァァァァァァァァァ!!」
光の中心から聞き慣れた叫び声が発された。
全てを察した俺たちはド派手すぎる馴染みの神様の登場に心の中で悪態をつきながら、ハリケーンが収まるのを待つのであった。
アダム「おーい、このトラックはエアコンも効いてテレビもつくぞー!」
アグニャ「ナイスだミャ、アダム!」
エシャーティ「空港っていっても電気が無ければつまらない施設だから、あいつら帰ってくるまで暇だったのよね!」
イブ「ねえアダム、この収納に入ってた本はなんだろうな!? トラックの絵が描いてるが!」
エシャーティ「なにそれー! あたしが読んであげるわ!」
アグニャ「うんみゃ〜! しっぽ踏んでるみゃ! このピッピーはしっぽの置き場がにゃいんだから気をつけろミャ!」
アダム(しかしトラックの中で女の子3人に囲まれるのはなんとも言えぬ居心地だ……)




