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湖の街


 無事にセントラル・マウンテンでの死闘を終えた俺たちは邪魔者のいなくなった山頂で一夜を明かした。夜の山は非常に寒かったが、アグニャとくっついていたらどんな寒さもへっちゃらだ。


 翌朝になると早速山を駆け降り麓の街に到着したのだが、どうやらこの街には美しい湖があるようで、俺たちはかつて訪れたことのある諏訪湖より素晴らしいのかを確かめるため見物することにした。


「にゃん〜、人が多すぎるみゃ」

「割りと大きな湖だな。でも地図の観光情報によるとボートとかも借りれるのに、ただの一つも浮かんでないな」

「みんな水にビビってるみゃ?」

「分からん。まあいいや、ボート屋に行ってみるか」


 せっかく観光地へ来たのでアグニャと一緒にボートに乗ろうと思っていたのだ。それにありがたいことに、この大きな街ではまだ俺たちに突っかかってくる変な人間もいないので、久しぶりに人間社会の一員として過ごせているような気がしてちょっぴり感動している。俺もなんだかんだ人を嫌ってるとかイキっていても、やっぱ心のうちでは人恋しさに飢えていたのだ。


「貸しボートを使いたいんだけど」

「現在湖は危険なモンスターが出るので、遊泳禁止なんですよ」

「モンスター! 聞いたかアグニャ」

「みゃん〜」

「ようやく俺の英雄譚が始まるってワケだ」

「うにゃにゃ!」

「うわ、危ない人だ……お客様、そういうわけですのでうちは休業中です。お引取りを」

「お、おう」


 ボート屋の店員さんを若干引かせてしまったようだが、それはともかくとしてモンスターだ。見た目で人を判断しない文明的な民度を誇るこの街は気に入ったので、そこへ俺がカッコよくこの街の名物湖を荒らすモンスターを退治したら、そのまま土地とかお宝なんか授与されてのんびりスローライフを送れるんじゃね? と考えたのだ。ようやく俺の踏んだり蹴ったりな異世界ライフにも希望が見えてきた。そうと決まれば早速湖を観察してみよう。


「ちょっと失礼、すみませんね」

「あ? 今うちらが見てんだけど、おっさん」

「よせ、きっとオレらのデートを妬んでるんだよ」

「うは、きめ〜。あ、でも神獣連れてるよ」

「たぶん金に物を言わせて自分の言いなりになるペットとして買ったんだろ。さ、あんなキモいおっさんから離れようぜ」

「はーい、たっくん」

「よしよし、ミチリン」

「にゃあ、ちょっと声を掛けただけなのに失礼にゃ」

「我慢だアグニャ。ああいうヤツもいる」

「みゃみゃ、今日はやけに冷静な対応みゃ」


 ガキが、舐めた態度取りやがって、こっから湖に突き落としたろかボケ、なんてイライラが頭に湧きまくっているが、ああいうバカップルどもの目の前で噂のモンスターを成敗したら手の平を返したように俺を持て囃すとするじゃん? そしたらめちゃくちゃ気分が良くなりそうだからあえてスルーしたのさ。お楽しみを味わうために今は堪えるのだよ。


 そんな事を考えながらアグニャと一緒に美しい湖を眺めていたら、メガホンを持った湖泉管理員みたいな人が見物客に向かって大きな声で注意を促し始めた。


「えー、時刻は正午を過ぎました。湖をご覧の皆さまは安全のため一度お帰りになるよう願います。モンスター出没の恐れがあります、お帰り願います」

「来たな、チャンスが」

「みゃん! がんばるにゃ、応援するにゃ」


 ワイワイと楽しそうに湖を眺めていた客たちは素直に指示に従い湖から離れていく。うんうん、きちんと管理者の指示に従えるほど民度が高いのは素晴らしい事だ。が、その中に一人だけ指示に従わずボチャーンと湖に飛び込む影が!


「キモチィィィィ!! 泳ぐの、キモチィィィィ!!」

「ば、バカがいるみゃ!」

「ほっとけアグニャ、ああいうヤツもいる」

「いいのかにゃあ」


 ザブザブと泳ぐそのバカはよく見ると綺羅びやかな金髪を美しい湖面へとなびかせ、華奢な体をしたかわいらしい女の子だった。ああいう人の言うことを聞かないバカは大概痛い目を見るのだが、そこで俺が颯爽と助けてあげて惚れられちゃうのだ。いやあ、参っちゃうね、いよいよ俺もハーレムを作っちゃうワケですか。はよこい、モンスター。


「ザバァー!」

「みゃ、おじちゃん、モンスターが出たにゃ」

「よーしよし、それじゃま、エリミ」

「あなたが湖のオバケね! 喰らいなさい、エリミネーション!!」

「ジュンジュワァァァァァァァァァァァ」

「な、なんだと……」

「すごいにゃあ、モンスターが蒸発したみゃ」


 のんきに泳いでいた金髪少女はすっかり聞き慣れたあの必殺の呪文を叫び、水面から飛び跳ねながら巨大なモンスターに向かってアサルトニードロップを食らわすと、凄まじい水蒸気とともにモンスターの体から爆煙が立ち昇り惨たらしい奇声を発しながら霧散していった。その破壊力は間違いなく俺のエリミネーションと同じ。見目麗しい少女の活躍に人々からは歓声が上がった。


「す、すげ〜、お嬢ちゃんサイコー!」

「どういたしまして! これで安心して湖で遊べるね!」

「おねえさーん、カッコよかったー!」

「ありがと! それじゃあね〜」

「待ってくれ、街を代表してお礼をさせてくれまいか……ああ、もう行ってしまった」

「なんて強い女の子だ。しかもかわいかった」


 むむむむ、俺が浴びるはずだった歓声が、俺が受けるはずだった尊敬が、すべてあの金髪少女に持っていかれてしまった。どうして、なんで。せっかく俺は自分の出来ることを見つけだして、人のために何かしようとするといつも横取りしていくんだ。


 おかしいだろ、俺はどんな悪口を言われても怒りを抑えてそいつらのために頑張ろうとしてたのに、なんであんな美少女が俺のちっぽけな自己顕示欲を満たせる場すら奪っていくんだよ。クソ、クソ、クソぉ!


「おいおっさん、お前さっき注意されてたとき退かなかっただろ。あの子がいなかったら死んでたぞ」

「やめなよたっくん。こんな弱おじが死んでもどうでもいいよ」

「湖にハゲチャビンが浮かんでたら嫌じゃん」

「フー!! フシャァァァァ!」

「うわ、ペットがご主人様のために怒ってる」

「情けな〜。自分じゃ何も言い返せないからって、ねぇ……」

「シャァァ! フルルルル……」


 ああ、だめだ、この街ではどうにか堪えてみようと思ったのに、やっぱ俺は我慢の出来ないダメな男なんだ。ドクドクと流れる濁った血が理不尽な怒りを解き放つのを待ちぼうけ、俺の脳へと巡り回る。やがてムカムカとした全身の強張りがついに破滅の叫びを解き放ってしまった。


「ガァァァァ! エリミネェェショォォォン!」

「ジュンジュワァァァ!?!?!?」

「ジュヂヂヂヂヂヂヂ!!!!!!」

「出たにゃ必殺、エイミにゃあみょんみゃ!」

「うわあああ、ば、バケモノだァァ!」

「に、逃げろ逃げろー!」

「うがぁぁぁ、エリミネーション!」

「シャブブブブブゥゥ!!!!!!」


 怒りを解き放ち己の肉体を本能のまま動かすと、俺の背後にあった湖から轟音と共に水柱が巻き起こり人々を無差別に八つ裂きにする。恐ろしい怪物を見るような目でこちらを見ながら必死に逃げていく人々を、俺はただひたすら怒りのままに殺していく。たった数分で湖の周りは夥しい量の亡骸で満たされてしまったが、今度はこの街を守る警備の者たちがやってきた。


「キサマァ、さては噂のエリミネーターだな!」

「え、俺のこと知ってるの?」

「まだ一般には知らせていないが、各国の軍隊には危険な二人組が通り魔行為をしていると伝達があったのだ!」

「へぇ〜、なかなか情報が早い世界だな」

「この世界にはお前の居場所がないも同然! 大人しく死ね!」

「うみゃあ、めちゃくちゃ乱暴ミャア」


 アグニャの言うとおりだよ、少しくらい事情を聞いてくれてもいいじゃないか。そもそも捕縛する姿勢を全放棄して即殺害は酷すぎるぜ。まあこんな何十人って死体を転がしてる状況だし仕方ないのかなぁ。俺だってこの綺麗な湖は結構良いと思ったから、絶対湖の中には死骸が飛んでかないよう気を使ったりしてんだけど。


「大体さぁ、エリミネーターって言うけど、さっきモンスターを倒したあの女の子だってエリミネーション使ってたぞ」

「ほぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

「あーもう、会話中でも発動するのかよ。言ってはいけない禁句みたいだな、エリミネーションて」

「アンバラヤァァァァァ!!」

「みゃん〜、わざとにゃん」

「あ、気づいた? はは、エリミネーション」

「ポポンガポーン!!!!」


 あ、そういえばこの警備隊はあのエリミネーション女が立ち去ってから現場に来たから、あの金髪女がエリミネーションを使っている姿は見てないのか。これはすまねえ。でも死ね。


 数百人規模の屈強な警備隊だろうが、俺のエリミネーションの前ではちりくずのように矮小な集いにすぎない。面白半分でボカンボカン弾け飛ばされる哀れな警備隊どもはものの数分で壊滅した。結局いつも通りの展開に少し飽きつつあった俺は、最初以来の生存者一人残しをやってみた。


「くっ……殺せ!」

「もうこの街は終わりだ。これから俺はさっきの力を使い、街全てを葬る」

「エリミネーター……! お前だけは絶対に呪ってやる……!」

「そんな後ろ向きな考えはいけないよ、お前はたった一人の生存者として見逃してやる」

「みゃあ、おじちゃん女騎士にはやさしいみゃ」

「凌辱する気か! け、ケダモノめ!」


 見逃すって言ってんじゃん。なんなの、女騎士ってそういう存在なの? 日頃からこういう状況を想定して訓練とかしてんの? やっぱ体育会系の女って欲求不満というか、肉食な思考になる運命なのだろうか。って、何を考えてるんだ俺は。俺はアグニャだけがいれば何も求めないって心に誓って胸に刻んでるじゃないか。収まれ下心ッ。


「とにかくお前に用はない。失せろブス」

「ブス……!? クソ、覚えていろ! いつかお前はもがいて死ぬだろう!」

「ぶす、あっちいけにゃ。クドいにゃ」


 アグニャが追い討ちでホッホッホッと後ろ脚で砂を掛けたら迷惑そうな顔をしながら女騎士はどこかへ走り去っていった。いやまて、アグニャは腰を降ろしたままパンツを脱ぎ捨て、なにやら踏ん張っているぞ。これはもしや……

 

「ふにゃにゃにゃにゃ……!!」

「あの、もしかしてうんこ?」

「ふぎー、ふんぎッ!」

「ちょっとちょっと、するなら言えよ! もう少しで見えるとこだったじゃん!」

「……ふにゃん〜。どうして見ミャいにゃ、おじちゃんうんちするとこ見るの好きだったみゃ」

「うわ、パンツを履け、パンツを!」

「みゃみゃ〜」


 まったく、これだから人間エアプは困るよ。パンツもそうだけど、終わったらきちんと拭いてほしいんだよ。いやでもアグニャ(ネコ時代だぞ)のうんこはキレがいいから滅多にケツ穴に分身を付けてなかったしなぁ。別に拭く必要も無いくらいスパッとひり出してるんなら、まあいいか。


 いやよくないぞ、うんこはいいけどおしっこは……!?


「よいしょっと……うみゃ!?」

「待てアグニャ、それ見せてみろ」

「みゃあ、履けと言ったり見せろと言ったり、どっちかにするにゃん!」

「そ、そうだな、じゃあ履いてから見せてくれ!」

「こうかみゃあ?」

「お、おお、なんと絶景……!」


 スカートをたくし上げて見せてくれたその中は、今までアニメや漫画でしか見たことのない俺に凄まじいインパクトを与えた。そうか、こんなにも本物のパンティってスケベなのか。そしてこんなにも女の子の体は細くていい匂いなのか。ああ、触りてえ。ていうか俺、なんでアグニャのパンティ見させてもらってるんだっけ。まあなんでもいいや、今はこの絶景を目に焼き付けよう。


「エッッ! エッッッッッ!!」

「おじちゃん、ちょっとだけキモいみゃ」

「えっっっ!?」

「うみゃみゃみゃみゃ!!」

「あっ、もう少しだけ〜!」


 うんこを終えた直後だったアグニャは本能のままに猛然と走り回り、俺の眼福タイムを強制終了させた。結局なんでアグニャのパンティを覗いていたのか思い出せなかったが、すごく綺麗だったのはハッキリ覚えているので、アグニャに幻滅することはなかったのは確かだ。



女騎士「あっ、キミ! エリミネーターには気を付けろ!」

エシャーティ「エリミネーター? 前にも聞いたことがある名だけど、どんなヤツなの」

女騎士「ネコの神獣を連れたブサイクなおっさんで、とにかく危険なんだ! それじゃあな!」

エシャーティ「ふーん。怖いねぇ」


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